【建物賃借人が亡くなった後の内縁配偶者の居住の保護】

1 建物賃借人が亡くなった後の内縁配偶者の居住の保護

内縁の夫婦が賃貸マンションに住んでいて、内縁の夫(または妻)が賃借人になっているケースはよくあります。ここで、賃借人(内縁の夫)が亡くなった場合、そのままだと内縁の妻は相続権がないため、居住できなくなってしまいます。しかし、いろいろな理論で、内縁の妻の居住は保護される結果となることが多いです。
本記事では、建物の賃借人が亡くなった後の、内縁配偶者の居住の保護について説明します。

2 前提とする状況

想定する状況が少し複雑なので、整理しておきます。

<前提とする状況>

建物の賃借人=内縁の夫(または妻)A
建物には、内縁の妻B(や子供)が同居している
Aが亡くなった
賃貸人(所有者)CがBに対して明渡を請求した
Aの相続人Dが賃借権を相続によって取得している(賃借人となっている)

賃借人が亡くなった場合、賃借権は、(亡くなった賃借人の)相続人が取得します。ここで、法律婚であれば配偶者相続人となるので賃借権を得られます。しかし、内縁の配偶者は相続権がありません。
詳しくはこちら|内縁関係の死別における相続権・財産分与の適用の有無
そこで、内縁配偶者は賃借権を得られない、つまり、賃借人にはなれないのです。退去しなくてはならないことになります。このような構造があるため、内縁配偶者の居住を保護するいろいろな解釈が存在します。

3 賃借人死亡後の事実上の養子の居住の保護(前提)

相続権がないので権利を得られないという状況が生じるのは、内縁だけではありません。事実上の養子でも同じです。事実上の養子の居住を保護した判例がありますので、まずはこれを紹介します。
事実上の養子とは、親子同然だけど、養子縁組の届出をしていないという関係です。法律上は親子ではないので、相続権がありません。
事実上の養子のケースで、建物の賃借人であった親が亡くなりました。そのままでは、は賃借権がない(賃借人ではない)ので退去しなくてはなりません。ここで最高裁は、子は(相続権はないけれど)家族共同体の一員であるから、(賃借権はないけれど)相続人がもっている賃借権を援用できる、と判断しました。結局は退去しなくてよいことになったのです。

賃借人死亡後の事実上の養子の居住の保護(前提)

亡Kの有していた本件家屋の賃借権は、同人の死亡による相続により、S外五名の相続人等に承継された旨の原審の判断は正当である。
・・・Y(注・事実上の養子)は、昭和一七年四月以来琴師匠のKの内弟子となつて本件家屋に同居してきたが、年を経るに従い子のなかつたKは、Yを養子とする心組を固めるにいたり、晩年にはその間柄は師弟というよりはまつたく事実上の母子の関係に発展し、周囲もこれを認め、K死亡の際も、別に相続人はあつたが親族一同諒承のもとに、Yを喪主として葬儀を行わせ、コマの遺産はすべてそのままYの所有と認め、同人の祖先の祭祀もYが受け継ぎ行うこととなり、Kの芸名中石絃代の襲名も許されたというのであり、
叙上の事実関係のもとにおいては、YはKを中心とする家族共同体の一員として、X(注・賃貸人)に対しKの賃借権を援用し本件家屋に居住する権利を対抗しえたのであり、この法律関係は、Kが死亡し同人の相続人等が本件家屋の賃借権を承継した以後においても変りがないものというべきであり、結局これと同趣旨に出た原審の判断は正当として是認できる。
※最判昭和37年12月25日

4 賃借人死亡後の内縁配偶者の居住の保護

前述のように、内縁事実上の養子も、相続権がないということは共通しています。賃借人が亡くなった後の居住を保護しなくてはならないという状況も共通です。
そこで、賃借人である内縁の妻が亡くなったケースで、最高裁は、前述の判例の理論をそのまま採用しました。つまり、相続人がもっている賃借権の援用を認めたのです。結果的に内縁の夫は退去しなくてよいことになったのです。

賃借人死亡後の内縁配偶者の居住の保護

あ 昭和42年2月最判・ノーマルケース

・・・上告人Mは亡Rの内縁の妻であつて同人の相続人ではないから、右Rの死亡後はその相続人である上告人Gら四名の賃借権を援用して被上告人に対し本件家屋に居住する権利を主張することができると解すべきである(最高裁昭和三四年(オ)第六九二号、同三七年一二月二五日第三小法廷判決、民集一六巻一二号二四五五頁参照)。
しかし、それであるからといつて、上告人Mが前記四名の共同相続人らと並んで本件家屋の共同賃借人となるわけではない
※最判昭和42年2月21日

い 昭和42年4月最判・相続人が行方不明ケース

本件家屋の賃借人Mには唯一の相続人として姉R(明治二八年二月二五日生)があり、RはMの死亡当時行先不明で生死も判然としないことが認められるけれども、Rがその頃すでに死亡していたとの確証がない本件では、Mの死亡によりRが遺産相続人として本件家屋の賃借権を相続承継したと認めるほかはない旨の原判決の判断は、その挙示する証拠関係から肯認することができる。
さらに、Mは昭和一五年八月七日Xから本件家屋を賃借したものであること、Y(注・内縁配偶者)は、Mの内縁の夫であり、昭和二六年九月から本件家屋に同棲して互に扶け合い、Mが病床につき昭和三七年七月五日死亡するまでの約三年間は同人の面倒をみてきたものであり、M死亡後もひきつづき本件家屋に居住していることは、原判決の適法に確定するところである。
以上の事実関係のもとにおいて、YはMの家族共同体の一員として、X(注・賃貸人)に対し、同人の賃借権を援用し本件家屋に居住する権利を対抗しえたのであり、この法律関係は同人が死亡し、その相続人が本件家屋の賃借権を承継した以後においても特別の事情のないかぎり変りがないというべきであるから(昭和三七年一二月二五日第三小法廷判決、集第一六巻第一二号二四五五頁参照)、結局これと同趣旨に出た原判決の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
※最判昭和42年4月28日

5 賃貸借の合意解除の際の賃借人の配偶者の保護(前提)

以上の判例の理論は、内縁の配偶者が相続人がもっている賃借権を援用、つまり代わりに使うというものでした。この理論がうまく機能するのは、相続人が協力してくれる(少なくとも静観している)ことが前提になります。というのは、相続人は賃借権をもっている(賃借人である)ので、やろうと思えば、(賃貸人との間で)賃貸借契約を合意解除してしまうこともできるのです。解除されてしまえば、賃借権は消滅するので、援用しようと思っても援用できないことになります。
この場合の法的解釈では、合意解除の場合の配偶者の保護の理論を使います。これは死亡とは関係ない理論で、内縁の夫婦でも法律婚の夫婦でも、賃借人が合意解除しても、その配偶者は保護される、という解釈です。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|賃借人による合意解除における配偶者の保護(法律婚・内縁共通)

6 相続人による合意解除と内縁配偶者の居住の保護

賃借人(内縁の妻)が亡くなった後に、賃借権を取得した相続人が、賃貸借契約を合意解除してしまった、というケースの裁判例を紹介します。
合意解除をした者は内縁の妻の相続人ですが、結果的に、内縁の妻が合意解除したのと同じように扱いました。前述の、賃借人が合意解除しても、その(内縁)配偶者は保護されるという理論を採用したのです。正確には、特段の事情がある場合だけは保護されない(退去しなくてはならない)ということになっています。

相続人による合意解除と内縁配偶者の居住の保護

あ 事案

(一)T(注・賃借人=内縁の妻)は昭和九年頃から本件建物を賃借していたものであること、
(二)Y(注・内縁の夫)は、昭和二三年頃から訴外竹子と内縁関係となり、本件建物に同居するようになったこと、
(三)当時、本件建物には、Tの他、同人の前夫Uとの間の子であるN及びH並びにHであるAも一緒に住んでいたが、Yが本件建物に居住するようになって以降は、同人らの家計はYの収入で賄われ、YはTらと生計・居住を同一にする家族共同体の一員となっていたこと、
(四)その後、本件相続人らは結婚するなどして本件建物を出て行ったが、YはTが昭和五三年九月に死亡するまでの間、同人の面倒をみてきたものであり、同人死亡後も引き続き本件建物に居住しており、これに対して本件相続人らは何らの異議を述べることがなかったこと、
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
・・・X(注・賃貸人)と本件相続人らとの間の合意解除・・・の事実は、当事者間に争いがない。

い 賃借権の援用

Yは、Tの家族共同体の一員であった者として、T死亡後も賃貸人であるXに対し、本件相続人らが承継したTの本件建物の賃借権を援用して本件建物に居住する権利を対抗することができるものというべきである。

う 合意解除との関係(一般論・規範)

建物賃借人の死亡後、その内縁の夫が建物の居住につき賃借人の相続人の賃借権を援用して賃貸人に対抗することができる場合には、賃貸人と右相続人との間でなされた賃貸借契約の合意解除が常に賃借権援用者に対抗し得るとすると、賃借権援用者の立場は甚だ不安定なものとなり、合意解除の濫用を招くなど、ひいては賃借権の援用を認めた趣旨をも没却する虞れが存するというべきであるから、賃貸人と賃借権の相続人との間の合意解除は、賃借権援用者に不信な行為があるなどして賃貸人と賃借人との間で賃貸借契約を合意解除することが信義誠実の原則に反しないような特段の事由がある場合のほか、賃借権の援用者に対抗できないものと解すべきである。
※東京地判昭和63年4月25日

7 内縁配偶者に賃借権を認める見解

以上のように、相続人による合意解除があると、内縁配偶者の居住を保護する理論は複雑になってしまいます。このような理論構成よりも、ストレートに内縁配偶者に賃借権を認める、つまり、内縁配偶者が賃借人になるという解釈も提唱されています。内縁配偶者が賃借人であれば、相続人は賃借人ではありませんので、合意解除をすること自体ができません。合意解除から内縁配偶者を保護する複雑な解釈論使わずにすむのです。

内縁配偶者に賃借権を認める見解

あ 見解(学説)

借家人の死亡のケースについて、学説のなかには、判例の相続的な構成に批判を加え、そもそも家庭共同体(家団)を借家権の主体と把握し、前代表者たる「借家人」の死亡によりその代表者名義が変更になるだけで、同居の内縁配偶者等に借家権がそのまま帰属していると主張するものなども有力であり・・・それらによると権利濫用禁止法理を援用するまでもないのである
※谷口知平ほか編『新版 注釈民法(1)総則(1)改訂版』有斐閣2002年p190

い 合意解除から配偶者を保護する理論(参考)

夫が賃貸借契約を合意解除したケースで、妻に共同賃借人の地位を認める理論(東京地判昭和39年8月5日)と同様である
詳しくはこちら|賃借人による合意解除における配偶者の保護(法律婚・内縁共通)

8 所有者の死亡における内縁配偶者の居住の保護(参考)

以上で説明したのは、内縁の夫婦が賃貸物件に住んでいるケースでしたが、これとは別に、マイホーム(所有する不動産)に住んでいるケースでも同じように、内縁配偶者の居住の保護が問題となります。内縁の配偶者の居住を保護するという結論や理論はとても似ています。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|内縁の夫婦の死別における不動産所有権のない内縁者の居住の保護

本記事では、建物の賃借人が亡くなった後の内縁配偶者の居住の保護について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に、内縁関係の死別に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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