【メール・手紙を見られたことへの法的救済:犯罪・慰謝料・証拠能力】
1 手紙、メールを無断で見られた場合にはいくつかの法的なペナルティが生じる
(1)違法、不当な証拠収集
特に親族間であると、「過剰な」証拠収集がなされることがあります。
このような場合に、一定の法律の保護はありますが、限度もあります。
ここでは手紙、メールを無断で見たり、持ち出したりした場合をテーマにします。
その場合に、刑事的な犯罪に該当するかどうか、を説明します。
(2)注意
以下の分析は、純粋な民事責任の科学的解釈論です。
特定の行動を推奨する、という意図ではありません。
別の側面で不利益を被る可能性もあります。
具体的な言動を検討する場合は、法律相談としてお問い合わせ下さい。
別項目;Q&Aをお読みになる方へのご注意
2 メールを見ることは『信書開封罪』には該当しない
一般的に、他人宛の手紙やメールを盗み見る、という場合を説明します。
これは犯罪に該当することがあります。
『信書開封罪』というものです(刑法133条)。
紙の手紙について『封がしてあるものを開けた』場合に成立する犯罪です。
ここで紙の手紙ではなくメールでも同様という発想があります。
しかし、刑法の解釈上は、極力条文の文言に忠実に考えます。
極力、拡大したり、類似しているものに当てはめる、ということは避けることになっています。
信書開封罪の条文上、ハッキリと『封をしてある信書』と書いてあります。
携帯電話やパソコンのメールは『封』があるとは言えないでしょう。
さらに『信書』という言葉には(物理的な)文書という意味が含まれています。
これを電子メールも含むと解釈するのは、合理的な解釈の幅を超えるでしょう。
結局、メールを無断で見ること自体は信書開封罪には該当しないと考えられています。
信書開封罪のポイント
あ 親告罪(刑法135条)
い 告訴権者
ア 発信者イ 受信者(到達後のみ;大判昭和11年3月24日)
う 対象(客体)
『封をしてある信書』
→電子メール、オンラインのメッセージは含まれない。
3 携帯電話を見ることは不正アクセス禁止法違反にはならない
例えば、夫がいない時に夫の携帯電話(スマホ)を見る、という場合を想定します。
不正アクセス禁止法への抵触について説明します。
データを不正に取得する、つまり見ることは、その態様によっては、不正アクセス禁止法により、犯罪とされています(不正アクセス禁止法3条、8条)。
この法律では、『不正アクセス行為』の内容をハッキリと規定(定義)してあります(2条4項)。
まず、『他人の識別符号を入力して』と規定されています。
つまり、パスワードを入力する、という意味です。
何らかの事情で夫の携帯電話のパスワードが分かって、これを入力したのであれば、該当しそうです。
しかし、『電気通信回線を通じて』とも規定されています。
携帯電話のメールは、通常は携帯電話本体に内蔵されているメモリ(記憶媒体)に保管(記録)されています。
メールを見る、というプロセスは『電気通信回線を通じて』には該当しません。
結局、『不正アクセス行為』には該当しません。
ですから、不正アクセス禁止法における犯罪は成立しません。
4 クラウド方式のメールを無断で見ると「不正アクセス禁止法」違反の罪になる
例えば、夫のメールがクラウド方式で、これを無断で見たという場合を想定します。
この場合は携帯電話本体内のメールを見たとは違うことになります。
携帯電話本体から外部に回線をもって接続してメール内容を表示させる、というシステムの場合、結論が変わってきます。
妻が、夫のログインパスワードを何らかの方法で取得して、これを使って、サーバにアクセスしてログインした、という場合です。
この場合は、『電気通信回線を通じて』に該当します。
そこで、不正アクセス行為、に該当します。
結局、不正アクセス禁止法3条、8条の規定に該当します。
犯罪に当たることになります。
外部のサーバにメールやその他の情報を保管しておくシステムのことを、一般に「クラウド」と呼んでいます。
具体例は次のようなものです。
不正アクセス禁止法違反の対象となるシステム
・オンライン上のカレンダー
・オンライン上のグループウェア
・オンライン上のファイル(写真(画像)等)保管システム(ストレージ)
5 紙の手紙を無断で持ち出すことは住居侵入、窃盗、文書毀損などの罪になる
例えば、メール以外の、夫の紙の手紙や手帳、あるいは(現像された)写真を妻が無断で持ち出すことを想定します。
その具体的態様によっては、住居侵入、窃盗、文書毀棄罪等の犯罪に該当することがあります。
当然ですが、持ってくる時に、別居している夫の住居に不正に侵入した場合は、それ自体が住居侵入罪になります(刑法130条)。
また、無断で持ってきた、ということが、窃盗罪または使用文書等毀棄罪に該当することになります(刑法235条、259条)。
6 携帯電話を奪い取ることは強盗罪にあたる
例えば、携帯電話を奪い取る、ということを想定します。
この場合は、強盗罪に該当する可能性があります。
暴行や脅迫を手段として、携帯電話を奪い取った、という場合は、まさに強盗罪に該当します(刑法236条)。
その時、被害者が怪我をした場合は、強盗致傷罪となり、非常に重い犯罪に該当することがあります(刑法240条)。
7 犯罪に該当することと証拠能力否定はリンクしやすい
メール、手紙などの証拠収集の方法が犯罪に該当すると、民事訴訟にも影響があります。
証拠として使えないということにつながる可能性が高くなるのです。
民事訴訟上の証拠能力と、刑事責任(犯罪の成否)というのは、直接リンクすると明記されているわけではありません。
違法性、不当性が一定程度を超えると初めて証拠能力が否定されるのです。
詳しくはこちら|民事訴訟における違法収集証拠の証拠能力(理論・基準)
この違法性の程度に刑事的な犯罪の成否が関係します。
犯罪に該当する→社会通念からの逸脱が激しい→違法性が高い→証拠能力が否定される、という傾向です。
民事訴訟上の証拠能力も、刑事責任も、本質・根底は、社会通念からの逸脱の程度(=違法性)が基準となっています。
根底が共通なので、判断結果もパラレルになる傾向がある、ということです。
このことを突き詰めて考えると、メールについては、従来型のもの(携帯電話に保管)よりも、クラウド方式(外部サーバに保管)の方が、保護性が高いという結論に至る傾向があります。
つまり、クラウド方式の場合盗み見が『不正アクセス禁止法違反』=犯罪、に該当します。
そうすると、違法性が高い→民事訴訟上証拠能力が否定される、という傾向に至ります。
まだ、裁判例の蓄積はないですが、解釈から、このような傾向が導かれます。
8 メール、手紙を盗まれた被害者からの慰謝料請求が認められることもある
メールや手紙を違法に見られた、盗まれた」という場合、民事的な責任も生じます。
慰謝料請求という形になります。
不正にメールを盗み見た場合、仮に犯罪に該当しないとしても、民事上、違法と判断されることもあります。
一般的に違法の程度は、刑事よりも民事のほうが低いのです。
民事上(不法行為)の違法性が認められれば、不法行為として損害賠償請求が認められることになります。
一般的には、精神的な苦痛、が損害の内容ということになります。
いわゆる慰謝料です(民法710条、709条)。
慰謝料の金額については、まさに、盗み見た態様によって異なります。
ごく一般的・平均的には数万円~10万円程度がヴォリュームゾーンです。