【民事訴訟における違法収集証拠の証拠能力(理論・基準)】

1 民事訴訟における違法収集証拠の証拠能力(理論・基準)

刑事訴訟では、違法収集証拠証拠能力が否定されます。証拠提出(取り調べ)自体ができない、という扱いになります。
詳しくはこちら|違法収集証拠の証拠能力(判断基準・刑事と民事の違い)
この点、民事訴訟では違法収集証拠の扱いが違います。
本記事では、民事訴訟における違法収集証拠の証拠能力について説明します。

2 民事訴訟における証拠能力の制限(前提)

違法収集証拠の証拠能力の説明に入る前に、民事訴訟における証拠能力の扱いを説明します。
というのは、民事訴訟では、(刑事訴訟と異なり)証拠能力が否定(制限)される、ということ自体が、原則としてないのです。
ただし、完全に無制限に証拠として認められるわけではありません。情報の内容に問題がある、あるいは証拠を獲得する過程に問題があった場合には、その程度によっては証拠として認められない、つまり証拠能力が否定される、ということもあります。
なお、証拠能力が認められた、つまり証拠提出ができたとしても、証拠の内容や獲得過程に問題がある場合には、証拠の価値(信用性)が低くなる傾向はあります。このこと(証拠力)は証拠能力とはまったく別の問題です。

民事訴訟における証拠能力の制限(前提)

あ 原則→証拠能力の制限なし

ア 要点 証拠調べの規律が緩やかであることの現れとして、民訴法では原則として、証拠能力の制限はない
伝聞証拠でも証拠能力があり、訴え提起後に係争事実に対して作成された文書でも証拠能力がある(最判昭和二四・二・一民集三巻二号二一頁)、と判例・通説は考えている。
あとは、証拠力の問題として処理すれば足りると考えるのである。
一般的には、証拠力は高くはないであろう。
※高橋宏志著『重点講義民事訴訟法(下)第2版補訂版』有斐閣2014年p47
イ 判例 上告人が原審において疏明方法として提出した乙第一二号証および第一三号証は、いずれも、本件仮処分申請提起の後に、被上告人自ら、上告会社に宛てゝ本件係争の事実関係について、差出した書面(内容証明郵便)であることは所論のとおりである。
しかしながら、訴訟提起後に、当事者自身が、係争事実に関して作成した文書であつても、それがために、当然に、証拠能力をもたぬものではない
※最判昭和24年2月1日

い 例外(証拠能力なし)

ア 情報内容に基づく違法性 しかし、最近では、民訴法でも証拠能力の制限がありうるのではないかという議論が生じている。
一つは、他人の日記帳や手紙のように、プライバシーの侵害になり得るものは本人の同意なき限り証拠能力がないのではないか、とする考え方である。
この旨を述べた判例はまだ出ていないが、文書提出命令の二二〇条四号ニに自己専利用文書が法定されたこともあり、理論としては肯定すべきである。
これは、情報の内容からの規律(日記に書くという媒体の特性を含めて考える。日記の保護が、厳密には、情報の内容自体でないことは本書一九二頁の垣内論文の説く通りであるが、広義で含めてよいであろう)ということができる。
イ 収集過程の違法性(違法収集証拠) 他の一つは、いわゆる違法収集証拠の問題である。
情報の収集過程からの規律ということができる。
具体例として下級審で問題とされているのは、
話者の同意なくして録音されたテープの証拠能力と、
窃取された文書である。
※高橋宏志著『重点講義民事訴訟法(下)第2版補訂版』有斐閣2014年p47、48

3 違法収集証拠の証拠能力の判断基準(実務)

違法収集証拠の証拠能力の判断基準として、昭和52年東京高判の示したものが有名です。昭和52年東京高裁が示した判断基準は、原則として証拠能力を肯定したうえで、例外的な場合に限り証拠能力を否定する、というものです。例外にあたるのは、反社会的な手段を用いて人格権を侵害するような方法によって収集された証拠です。
なお、昭和52年東京高判の示した基準に対しては、反対する見解や、多少異なる見解もありますが、実務ではこの基準が使われる傾向が強いです。

違法収集証拠の証拠能力の判断基準(実務)

あ 証拠能力が否定される要件

民事訴訟法は、いわゆる証拠能力に関して規定を置かず、当事者が挙証の用に供する証拠については、一般的に、証拠価値はともかくとしても、その証拠能力については、これを肯定すべきものと解されている。
しかし、その証拠が、著しく反社会的な手段を用い、人の精神的、肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって収集されたものであるなど、それ自体違法の評価を受ける場合は、その証拠能力も否定されるものと解すべきである。
※東京地判平成18年6月30日
※東京高判昭和52年7月15日(同趣旨)

い 高橋宏志氏見解(裁判例に賛成方向)

・・・、捜査当局の権力濫用ということを重視する必要のない民事訴訟では、東京高判の説くように、証拠能力は原則として肯定するのでよいのではなかろうか
(ただし、著しく反社会的な手段を用いて、人の精神的肉体的自由を拘束するなどの人格権侵害を伴う方法によって採集されたものは除く、というのは除外され証拠能力が否定されるものが少なくなりすぎよう。
原則肯定の視点から、第四説の比較衡量(後記※1)を行なう、と解するあたりが妥当ではなかろうか)。
※高橋宏志著『重点講義民事訴訟法(下)第2版補訂版』有斐閣2014年p49

う 裁判例(原則として肯定)と同趣旨の見解

・上田三七一頁
・二宮照興「違法収集証拠の論点覚書―弁護士の視点から」栂=遠藤・古稀五○三頁
これに対して、ドイツと異なり交互尋問制度の我が国では、緩やかでよいのではないかという注目すべき視点を提出するのは船越隆司「民事訴訟における証拠の証拠能力」争点〔旧版〕二三六頁。

え 原則否定説

反対に、間渕清史「民事訴訟における違法収集証拠(一)・(二・完)」民商一〇三巻三号(平二)四五三頁、四号(平三)六〇五頁は、証明権の内在的制約として原則的に証拠能力を否定する厳しい解釈論を採る。
傾聴に値するが、そこまで踏み切るには躊躇がある。
なお、ドイツでは厳しい解釈論が通常であることは同論文参照。
※高橋宏志著『重点講義民事訴訟法(下)第2版補訂版』有斐閣2014年p51

4 違法収集証拠の証拠能力に対する考え方の分類

違法取集証拠の証拠能力については、前述の昭和52年東京高判の見解以外にもいろいろなものがあります。
証拠能力を一切制限しない見解もありますが、一定の範囲で制限する見解も多いです。証拠能力を否定(制限)する見解は、さらに、否定する理由やその程度に違いがあります。
証拠能力を否定する程度、つまり証拠能力の判断基準としては、人格権侵害に着目するものや、信義則(信義誠実な訴訟追行に反するかどうか)に着目するものなどがあります。
さらに、問題となっている証拠の重要性・必要性、審理の対象事実の性格と収集行為の態様、被侵害利益とを総合的に考慮して判断する、という見解もあります。
前述のように、実務では人格権侵害に着目した判断基準が使われる傾向がありますが、信義則や比較衡量も用いられることがあります。どの判断基準を使うかによって、判断結果に大きな違いはないですが、事案によっては結果が違ってくるということもあります。

違法収集証拠の証拠能力に対する考え方の分類(※1)

あ 無制限説

第一に、私人間の利益の配分である民事訴訟では、証拠能力を肯定するという立場がある。
しかし、無制限の肯定は現在では、少数説である。

い 人格権侵害説

ア 人格権侵害説による証拠能力の否定 第二に、人格権侵害という憲法違反を理由に、正当防衛などの正当化事由のない限り、証拠能力を否定する立場がある。
イ 証拠調べの効果 なお、森説、松本=上野説等は、裁判官が法廷で違法収集証拠を調べること自体が、裁判官による憲法違反になる、とする。

う 信義則説

第三に、信義則を根拠に証拠能力を限定する立場がある。
信義誠実な訴訟追行に反する場合に、証拠能力を否定するという考え方である。
※東京地判平成10年5月29日参照

え 比較衡量説

第四に、真実発見、手続の公正、法秩序の統一性(刑法・民法で違法とされるものが民訴法では合法というのは統一的でない)、違法収集行為の誘発の防止(興信所等が違法収集に定型的に走ることの防止)という諸観点から、当該訴訟でのその証拠の重要性・必要性、審理の対象事実の性格と収集行為の態様、被侵害利益とを総合的に比較衡量して決するという立場がある
※盛岡地判昭和59年8月10日参照
※高橋宏志著『重点講義民事訴訟法(下)第2版補訂版』有斐閣2014年p48、49、51

5 民事訴訟における違法収集証拠の具体例(概要)

以上のように、違法収集証拠の証拠能力の有無の判断基準は抽象的なものであり、具体的な証拠についてはっきりと判断できないことが多いです。実際に裁判所が証拠能力を判定した実例(裁判例)は多くあり、とても参考になります。多くの裁判例については別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|民事訴訟における違法収集証拠の具体例(裁判例)

本記事では、民事訴訟における違法収集証拠の証拠能力について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に証拠に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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