【遺言の自書能力の意味と判断方法(遺言無効確認訴訟の主張立証の戦略)】

1 遺言の自書能力の意味と判断方法(遺言無効確認訴訟の主張立証の戦略)

遺言の有効性を判断する上で「自書能力」は重要な要素となります。自筆証書遺言は簡便に作成できることから広く利用されていますが、その有効性が争われるケースも多いです。
詳しくはこちら|遺言無効確認訴訟の審理の総合ガイド(流れ・実務的な主張立証・和解の手法)
特に遺言者の「自書能力」は、遺言無効確認訴訟において頻繁に争点となります。本記事では、自書能力に関する裁判例を中心に、実務での主張立証戦略を立てる上で必要となる判断の枠組みの要点を説明します。
なお、自書能力を含めた遺言の偽造に関する詳細な理論面については、別の記事に整理してあります。
詳しくはこちら|遺言の偽造(自書性・作成者)の判断(判断要素・証拠と評価)(整理ノート)

2 自書能力の意味と判断基準

自書能力とは、「遺言者が文字を知り、かつ、これを筆記する能力」を意味します。この能力は、精神能力的側面と運動能力的側面から評価されます。

(1)精神能力的側面

「文字を知り」とは、単に文字を認識するだけでなく、文字およびそれによって構成される文章の意味を理解することを指します。多くの裁判例では、この精神能力的側面は遺言能力(判断能力)と同一に考えられています。

(2)運動能力的側面

「これを筆記する能力」については、他人が判読できる程度に書くことができる能力までは必要とされず、法律行為としての遺言の内容をなす遺言事項について判読することができれば足りるとされています。

(3)具体的事例

たとえば、認知症と診断されていた高齢者の遺言について、認知症の程度が軽度であり、遺言の内容が比較的単純で、以前から一貫して表明していた意向と一致していたことから、自書能力を含む遺言能力が認められましたケースがあります。

3 添え手による補助が争点となった事例分析

運動機能の低下により、他人の添え手による補助を受けて作成された遺言の有効性もしばしば争われます。

(1)添え手の許容基準

最高裁の判例によれば、添え手による補助が認められるのは以下の条件を満たす場合です。
① 遺言者が証書作成当時に自書能力を有していること
② 補助が遺言者の手を正しい位置に導くにとどまるか、単に筆記を容易にするための支えを借りたにとどまること
③ 添え手をした他人の意思が運筆に介入した形跡のないことが筆跡上で判定できること

(2)実際の判断事例

大阪地方裁判所の判決では、パーキンソン病を患う遺言者が子の補助を受けて作成した遺言について、医師の診断書や看護記録から遺言者の精神能力が保たれていたこと、筆跡鑑定により添え手の程度が「支え」にとどまっていたことが認められ、有効と判断されました。
一方、東京地方裁判所の事例では、介護施設入所中の遺言者の遺言について、筆跡鑑定により他者の意思が明らかに介入していると判断され、無効とされました。

4 筆跡による判断 – 実務上の重要ポイント

裁判所は、遺言書の筆跡と遺言者の筆跡の類似性を重視しています。

(1)主な判断要素

① 遺言書の筆跡と遺言者の通常の筆跡との類似性
② 遺言書の筆跡と偽造したと目される者の筆跡との類似性
③ 筆跡の乱れや特徴(震え、筆圧の強弱など)

(2)具体的判断例

札幌高等裁判所の判決では、遺言書の筆跡と遺言者の日常的な筆跡を比較し、独特の字体や癖が一致していたことから自書と認められました。この事例では、遺言者の手の震えが文字に現れていたことも、自書性を裏付ける証拠として評価されました。

(3)筆跡鑑定の位置づけ

筆跡鑑定の証拠価値は高いものの、鑑定結果が絶対視されるわけではありません。複数の鑑定結果が対立した場合、裁判所は他の証拠も総合的に考慮して判断します。

5 内容的整合性に基づく判断事例

遺言の内容的整合性も、自書能力の判断において重要な要素となります。

(1)整合性の評価要素

① 遺言者が以前にした遺言内容との整合性
② 遺言者の従前の発言・意向との整合性
③ 遺言者と相続人の関係との整合性
④ 遺言の目的である財産内容との整合性

(2)判例における評価

名古屋地方裁判所の判決では、遺言の内容が遺言者の生前の発言や家族関係と著しく矛盾していたことが、自書能力を否定する一因となりました。
また、福岡高等裁判所の事例では、遺言に記載された不動産の表示が、実際の登記事項と一致せず、さらに遺言日付より後に発行された登記事項証明書の内容と一致していたことから、自書性が否定されました。

6 作成可能性・偽造可能性の判断事例

自書能力の判断において、遺言者による作成可能性と偽造可能性も重要な考慮要素です。

(1)主な判断要素

① 遺言者が遺言書を作成する時間的・身体的可能性
② 偽造したと目される者による遺言書偽造の機会や手段
③ 遺言書発見の経緯の自然さ

(2)具体的判断例

東京地方裁判所の判決では、遺言者が入院中で常時看護師や家族が付き添っていた期間に作成されたとされる遺言について、遺言者が一人で遺言を作成する機会がなかったことが認定され、自書性が否定されました。
また、京都地方裁判所の事例では、遺言受益者が遺言者の死後に自宅を整理中に「突然」遺言書を発見したとする経緯の不自然さが、自書性を否定する一因となりました。

7 最新の裁判例に見る自書能力判断の傾向

近年の裁判例を見ると、以下のような傾向が見られます。

(1)医学的証拠の重視

診療録や認知機能検査結果などの医学的証拠が、これまで以上に重視される傾向にあります。

(2)筆跡鑑定の精度向上

科学的手法の発展により、筆跡鑑定の精度が向上し、証拠価値が高まっています。

(3)日常生活能力との関連

遺言者の日常生活における判断能力や書字能力が、自書能力の判断において重要視されるようになっています。

(4)自筆証書遺言保管制度の影響

自筆証書遺言保管制度の開始により、保管された遺言書については自書性の推定が働く傾向にあります。高齢化社会の進展に伴い、認知症等を抱える遺言者の自書能力が争われるケースは今後も増加すると予想されます。

8 主張立証の要点(まとめ)

自書能力の判断において、裁判所は筆跡の特徴と類似性、添え手の程度と他者の意思介入の有無、遺言内容の整合性、作成・偽造可能性と状況証拠を総合的に考慮します。自書能力が争点となる訴訟では、以上のような判断の枠組みをしっかりと理解した上で、これに沿った客観的な証拠を積み重ねることが重要です。

本記事では、遺言の自書能力の意味と判断方法について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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【遺言の内容による自筆性判断のプロセスと内容や具体例】
【公正証書遺言の方式(民法969条)(解釈整理ノート)】

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