【自筆証書遺言の方式(形式要件)の総合ガイド】
1 自筆証書遺言の方式(形式要件)の総合ガイド
自筆証書遺言は、遺言者が1人で作成することができる最も簡便な遺言方式です。他の遺言方式(公正証書遺言や秘密証書遺言)と比較して手軽に作成できる反面、法律で定められた厳格な方式に従う必要があります。
自筆証書遺言の方式は、民法968条1項に規定されており、全文の自書、日付の記載、氏名の自書、押印という要件が定められています。これらの方式に違反すると、原則として遺言は無効となります。ただし、判例の蓄積により、一定の条件下では方式違反があっても例外的に有効とされるケースもあります。
なお、自筆証書遺言の形式的要件は「様式」「要式性」とも呼ばれますが、本記事では「方式」という用語で統一して説明します。
2 厳格な方式を要求する法的趣旨
自筆証書遺言に厳格な方式が要求される趣旨は、主に2つあります。
(1)作成の真正の確保
全文自書の要件は、遺言者の同一性を確認する手段となり、それによって遺言内容が遺言者の真意に基づくものであることを担保します。遺言者の死後、本人に確認することができないため、この点は特に重要です。
(2)文書の完成の担保
日本には、作成者が署名した上でその名下に押印することによって重要な文書の作成を完結させるという慣行・法意識があります。最高裁判所は、署名・押印がある場合に作成者に文書を完成させる意図があったと解釈できるとしています(※最判平成元年2月16日)。
これらの要件は、遺言者の死後に遺言者自身に確認ができなくなる状況において、遺言者の意思を検証するための重要な手段となっています。
3 自筆証書遺言の基本的方式要件
自筆証書遺言の基本的な方式要件は以下の通りです。
(1)全文自書の原則
自筆証書遺言は、原則として遺言者が全文を自分で書かなければなりません。これは、他人による代筆や印刷されたものを利用することはできないことを意味します。ただし、2019年の民法改正により、財産目録についてはパソコン等で作成することが可能になりました。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の「自書」要件(裁判例と平成30年改正による変化)
(2)日付の自書要件
日付は、年月日まで明確に記載する必要があります。和暦・西暦のどちらでも構いませんが、遺言書作成の時点を特定できる記載であることが重要です。実務上は「令和○年○月○日」や「2025年4月22日」のように明確に記載することが推奨されます。日付の記載について、ルールに従っていないと無効になるのが原則ですが、救済的に有効となることもあります。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の「日付」の要件(民法968条)(解釈整理ノート)
(3)氏名の自書要件
氏名は、戸籍上の氏名を自書する必要があります。理想はフルネーム(苗字と名前)で記載しますが、それ以外の記述も一定の範囲で許容されます。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の「氏名」の要件(民法968条)(解釈整理ノート)
(4)押印の要件
押印は、認印でも実印でも有効ですが、遺言の真正を担保する観点からは実印が望ましいとされています。押印は通常、署名の下または横に行います。このような理想的な押印の方法でないと無効になることもありますが、一定範囲で例外も許容されます。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の押印の要件(民法968条)(解釈整理ノート)
4 財産目録の方式
2019年の民法改正により、財産目録については自書の例外が認められるようになりました。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の「自書」要件(裁判例と平成30年改正による変化)
(1)パソコン作成の許容
財産目録については、パソコンで作成・印刷することが可能になりました。これにより、多数の財産を所有している場合でも正確かつ明瞭な財産目録を作成しやすくなりました。
(2)各頁への署名押印
財産目録をパソコン等で作成した場合、財産目録の各頁に遺言者が署名し、押印する必要があります。これは、財産目録が後から差し替えられることを防止するための措置です。
(3)本文との一体性確保
財産目録と本文の一体性を確保するために、本文中に財産目録を添付する旨を明記し、本文と財産目録にページ番号を付けるなどの工夫が実務上推奨されています。また、ホチキスなどで物理的に綴じることも有効です。
5 自筆証書遺言の訂正方法
自筆証書遺言の訂正についても、民法上方式のルールがあります。
(1)正しい訂正方式
訂正する場合は、訂正箇所に二重線を引き、その上部または余白に正しい内容を書き、訂正箇所に訂正印を押す方法が正しいとされています。訂正印は、遺言書の末尾に押した印鑑と同一のものを使用します。
(2)追記・挿入の方法
内容を追加する場合は、追記する場所を明示し(「↑」や「※」などの記号を使用)、余白に追記内容を記載した上で、追記箇所に押印します。遺言書の末尾に追記する場合も同様に、追記である旨を明示し、追記後に署名・押印を行います。
訂正がこのルールに合っていない場合は、訂正が無効になる(元の文章が有効)となるのが基本です。ただし、訂正が有効となる、あるいは遺言自体が無効となるという扱いもあります。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の訂正・変更の方式(民法968条)(解釈整理ノート)
(3)訂正における注意点
修正液や修正テープの使用は避けるべきです。これらを使用すると、何が訂正されたのか不明確になり、遺言の有効性に疑義が生じる可能性があります。また、訂正が多すぎると遺言全体の信頼性が損なわれるため、重要な変更がある場合は新たに作成し直すことも検討すべきです。
6 実務上の作成ポイント
自筆証書遺言を作成する際の実務上のポイントをいくつか紹介します。
(1)適切な筆記用具と用紙
ボールペンや万年筆など、消えない筆記用具を使用することが重要です。鉛筆やフリクションペン(消せるボールペン)などは、後から内容が変更される可能性があるため避けるべきです。用紙については、民法上のルールはありません。もちろん保管に適した用紙を使うことが望ましいです。
詳しくはこちら|自筆証書遺言作成の筆記具・記述する媒体(民法968条)(解釈整理ノート)
(2)複数ページの取扱い
遺言が複数ページにわたる場合は、各ページに通し番号を付け、ページの継続性を明確にします。また、各ページの余白に署名または捺印をすることで、ページの差し替えを防止することができます。最終的には、左側をホチキスやのりで綴じるのが一般的です。
(3)判読性の確保
遺言の内容は明確に判読できる文字で記載することが重要です。特に高齢者の場合、文字が判読困難になりがちですので、ゆっくり丁寧に書くよう心がけましょう。必要に応じて事前に下書きを準備し、清書する方法も有効です。
7 遺言無効確認訴訟における方式違反の審理の特徴(概要)
実際に、自筆証書遺言に方式違反があった場合、相続人や受遺者などの関係者全員が共通認識であれば遺言を無視するだけで済みます。しかし実際には、有効、無効についての意見が対立することが多いです。そのような場合は最終的に遺言無効確認訴訟で、裁判所が有効性を判定することになります。
自筆証書遺言の方式違反の審理、つまり判断の特徴は、遺言書そのものが証拠になる、つまり、それ以外の資料や証言は使われない、という特徴があります。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の方式違反による有効性判断の審査(実例整理ノート)
8 法務局の自筆証書遺言保管制度と方式(有効性)の関係
2020年7月から開始された法務局における自筆証書遺言の保管制度は、文字どおり、自筆証書遺言を法務局で保管してくれる制度です。紛失リスクを避けられる、などのメリットがあります。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の法務局保管制度の基本と手続
(1)保管申請時の方式審査
法務局では、申請時に形式的な審査が行われますが、これは遺言の内容や有効性を保証するものではありません。ただし、明らかな方式違反がある場合には保管が拒否される可能性があります。
(2)保管による方式不備リスクの軽減
法務局で保管された遺言書は、検認手続きが不要となるため、相続開始後の手続きが簡略化されます。また、原本が適切に保管されるため、紛失や改ざんのリスクが軽減されます。
(3)保管のための実務的準備
保管申請の際には、本人確認書類や手数料が必要です。また、遺言書の原本とともに、コピー1部を持参する必要があります。法務局での保管を希望する場合は、事前に必要書類や手続きを確認しておくことをお勧めします。
9 遺言が無効となる他の事情(参考)
方式違反以外にも、遺言が無効となる事情がいくつか存在します。
(1)遺言能力の欠如
遺言時に遺言者が遺言能力(民法963条)を有していなかった場合、遺言は無効となります。認知症や精神疾患などにより判断能力が著しく低下している状態で作成された遺言は、方式が正しくても無効となる可能性があります。
詳しくはこちら|遺言能力の判断基準と認定方法(書証や証人の種類・証明力・収集方法)(整理ノート)
(2)意思表示の瑕疵
錯誤、詐欺、強迫などにより遺言者の意思表示に瑕疵があった場合も、遺言が無効となる可能性があります。特に相続人からの不当な圧力や誤った情報提供により作成された遺言は、後に争われるリスクが高まります。
詳しくはこちら|公序良俗違反・錯誤・詐欺・強迫による遺言の無効・取消(解釈整理ノート)
(3)共同遺言
2人が1つの遺言書を作成すると便利だ、という発想がありますが、この場合は無効になります。
詳しくはこちら|共同遺言の禁止(民法975条)(解釈整理ノート)
本記事では、自筆証書遺言の方式の全体像について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺言書作成や相続後の遺言の有効性に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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