【民法における意思能力と制限行為能力(本人保護の仕組み)の基本】
1 民法における意思能力と制限行為能力(本人保護の仕組み)の基本
民法の基本概念に、意思能力や制限行為能力があります。本記事ではこれらの基本的事項を説明します。
なお、意思能力の理論面については別の記事に整理してあります。
詳しくはこちら|意思能力の基本(意味・効果・判断基準)(解釈整理ノート)
2 意思能力の意味と機能
意思能力とは、法律関係を発生・変更させる意思を形成し、それを行為の形で外部に発表して結果を判断・予測できる知的能力を指します(『法律学小辞典第4版』有斐閣)。別の表現では「契約等の意味内容を理解・判断する能力」とも定義されます。日常的には「意思能力」や「事理弁識能力」という用語が使用されます(民法7条参照)。
判断能力が欠けている人が行った取引については、そのままだと本人に不利益となる可能性があります。これは、自分が不利益に陥ることを十分に認識せずに契約に応じてしまうことがあるためです。そこで、意思能力が欠ける人の法律行為は無効とされています(最判明治38年5月11日など)。この無効という効果は、本人保護の政策的目的も果たしています。
3 意思能力を欠く場合の典型例
(1)具体的な事例
例えば、認知症の方が、相場より大幅に安い金額で不動産を売却(契約書に調印)してしまうケースがあります。このような場合、意思能力を欠くとして契約が無効となる可能性があります。
また、幼児が「アゲル」と言って1万円札を差し出した場合、贈与契約の意思表示とは言えず、そこには契約は存在しないとされます。成人でも事理弁識能力を完全に失っている場合も同様に考えられます。
(2)意思無能力者の典型例
一般的に、意思能力がないと判断される典型例としては、精神的障害を持つ方(認知症、知的障害、精神障害)や幼児が挙げられます。ただし、実際には個別的に判断能力の程度や対象となる法律行為によって判断されます。
4 意思能力の判断基準
(1)医学的診断と法的判断の関係
認知症の場合、意思能力なしと判断されることが多いですが、必ずしも症状・診断結果が意思能力の有無と対応するわけではありません。認知症などは精神医学上の診断・判断である一方、「意思能力」は法的判断であり、これらの判断が常に一致するとは限りません。
(2)判断要素と行為内容との関係
意思能力は、本人の客観的な判断能力だけで「有/無」が決まるわけではありません。意思能力の有無は、個々の具体的な法律行為ごとに、行為者の能力・知能などの個人差その他をふまえた実質的個別的判断によります。また、問題となる法律行為の種類によっても判定が異なりうるため、画一的・形式的な基準ではなく個別的に判断されます。
例えば、不動産の売却に必要とされる判断能力と、食材をスーパーで買う際に必要とされる判断能力は異なります。対象とされる意思表示によっても意思能力の有無は変わってきます。
(3)年齢による判断の目安
『法律学小辞典第4版』(有斐閣)によれば、意思能力の有無は問題となっている行為ごとに判断されることになりますが、一般的には10歳未満の幼児や泥酔者などには意思能力がないとされています。また、実際には7歳程度の通常人の知能が意思能力の有無の分界線であることが多い、という指摘もあります。
5 制限行為能力制度の概要
(1)制度の趣旨と変遷
類型的に「意思能力」が不足する方については、一律に法律行為(契約など)の効果に制限を加えます。これを「行為能力(の制限)」「制限行為能力(者)」などと言います。
なお、以前は「行為無能力(者)」や「禁治産者」という呼称を用いていましたが、イメージが悪いということから法改正により現在は使用されていません。
(2)制限行為能力者の種類と要件
制限行為能力者の種類と要件については以下のようにまとめられます。
未成年者は民法4条、5条に基づき20歳未満の者が対象です。
法定被後見人はに基づき事理弁識能力を欠く常況にある者(民法7条)、被保佐人は事理弁識能力が著しく不十分な者(民法11条)、被補助人は事理弁識能力が不十分な者(民法15条)、任意被後見人は事理弁識能力が不十分な者(任意後見契約法4条)が対象となります。
なお、「未成年者」以外は家庭裁判所の審判が必要です。
(3)制限行為能力制度の機能→取消可能
行為能力に制限がある者については、種類によって具体的な規定があり、「取消」が典型的です。「意思能力の程度」の場合は、その基準自体が曖昧であり、立証には一定の不確定要素を伴い、時間的、手続上のコストを要します。そこで、類型的に契約の効果を「簡略的に」解消するのが「制限行為能力」の制度趣旨であり、最終的に「本人の保護」を図っています。
なお、後見人などが選任されると有効に契約、手続を行うことが可能となります。
6 意思無能力と制限行為能力の関係
(1)原理的関係
意思能力と行為能力の有無は原理的には別の問題です。意思能力はないが行為能力はある者の法律行為は無効となります。一方、行為能力はないが意思能力はある者の法律行為は、法定の同意なく行われた場合、取消しうるものとなります。
(2)競合の場合の効果
同一人が意思無能力者かつ行為無能力者である場合、通説では「二重効」が認められており、意思無能力を理由とする無効の主張と行為無能力を理由とする取消の両方が可能とされています。
例えば、未成年者が法律行為(契約)を行った場合、親権者が取消をする(民法5条)という方法と、意思能力が欠けることを理由として「無効」を主張するという方法の両方が可能です。
(3)競合の場合の調整
ただし、意思無能力を理由とする無効の主張は意思無能力者側からのみできると解されています。また、相手方や第三者の地位の安全のため、無効主張は一定期間(取消と同じ時間)内に限られるとされています。
7 まとめ
意思能力は法律行為の有効性を判断する上で重要な概念であり、意思能力を欠く場合には法律行為は無効となります。意思能力があるかないかの判断は、年齢や診断名だけで一律に判断されるものではなく、個別具体的な判断が必要です。
また、類型的に意思能力が不足する場合には、制限行為能力者として保護されますが(未成年者以外は)家裁の手続が必要です。
本記事では、民法における意思能力と制限行為能力の基本について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に判断能力が低下した方による取引などに関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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