兄に対して遺留分減殺請求の提訴を行います。
兄は,金銭での弁償を要望しています。
私としては,金銭の請求と不動産共有持分の請求とをどのように組み合わせたら良いのでしょうか。
提訴時や訴訟での主張の方法について教えてください。

1 遺留分減殺請求→価額弁償の抗弁;詳細な法的分析
2 価額弁償の抗弁→請求者が金銭請求
3 価額弁償の判決確定後→金銭弁償不履行→現物返還請求
4 価額弁償の判決確定後→金銭弁償不履行→対応策
5 遺留分減殺請求訴訟→価額弁償の抗弁;判決と処分権主義
6 遺留分減殺請求訴訟;価額弁償の抗弁への実務的対応策
7 遺留分減殺請求訴訟;原告の請求の構成;まとめ

1 遺留分減殺請求→価額弁償の抗弁;詳細な法的分析

遺留分減殺請求に対し,価額弁償の抗弁,が主張がされた場合の状態を正確に言うと次のとおりになります。

<価額弁償の抗弁の効果>

遺留分侵害相当の金銭を弁済すれば本来の財産返還義務(現物返還義務)は消滅する。
金銭を弁済しない場合,本来の財産返還義務は存続(復活)する。

簡単に言うと未確定併存状態なのです。

価額弁償は,実際に遺留分侵害に相当する金銭を支払って初めて効果が生じます(民法1041条1項)。
効果というのは,本来の財産の移転(返還)をしなくてよくなる,という意味です。
条文の文言上『弁償して返還の義務を免れる』という表現になっているので,ストレートに解釈されているのです。

逆に言えば,一旦価額弁償の主張がなされても,その後,実際に金銭を払わない場合は,本来の財産移転の効果は消滅しない(復活する)ということになります。

2 価額弁償の抗弁→請求者が金銭請求

遺留分減殺請求に対し,価額弁償の抗弁が主張されたことを前提にします。
これに対して,遺留分の請求者が金銭を請求するということがあります。
要は,価額弁償の抗弁を積極的に受け入れた,というような状況です。
この,価額弁償を受け入れるという意思表示によって,金銭請求確定の効果が生じます(後掲判例1)。
より正確に言うと,併存していた現物返還請求権が行使できなくなる,ということです。

3 価額弁償の判決確定後→金銭弁償不履行→現物返還請求

訴訟において,価額弁償の抗弁が主張され,これを前提とする判決がなされることがあります。
一定の金額が定められ,金銭の支払義務として判決の主文が示されます。
ここで,金銭が支払われない場合に問題となります。
併存していた現物返還請求権の方を行使することが考えられます。
実際に金銭が払われるか,遺留分減殺請求者が金銭請求の意思表示をしない限り,2つの請求権が併存しているのです(上記)。

つまり現物返還請求は可能,ということです。

しかし,判決に現物返還請求が記載されていない場合は,強制執行はできません。
判決主部に,不動産の共有持分移転登記が記載されていれば請求者側が登記の単独申請をできます。
しかし,判決に記載がないと,あくまでも相手方との共同申請で行わざるを得ません。

理論上請求できること,と,強制執行できること,は別なのです。
<→別項目;債務名義;種類,心理的効果

4 価額弁償の判決確定後→金銭弁償不履行→対応策

価額弁償の抗弁を前提とした判決がなされ,確定した後に金銭が払われない場合の対応策を説明します。
判決主文には金銭の請求が記載されています。
強制執行として,遺留分侵害者(被告)の財産の差押をすることができます。

また,併存している現物返還請求を行うこともできます。
現物返還請求の強制執行を行うとすれば,判決などの債務名義が必要です。
具体的には,新たな訴訟提起または集結した訴訟の再開のいずれかです。
弁論の再開の場合,従前の審理内容は維持されます。
主張,立証のほとんどが省けます。
新たな訴訟提起よりも好ましいです。
一方で,弁論再開の判断は,裁判所の裁量が大きいです(後掲判例2)。
再開が認められる可能性が高いですが,否定されることもあります。

以上の対応策を↓にまとめます。

<価額弁償の判決確定→金銭賠償不履行;対応策>

ア 金銭債権を前提に,財産の差押を行う
イ 現物返還請求を内容とした新たな訴訟提起
ウ 判決言渡で終了した訴訟について弁論再開申請を行う

5 遺留分減殺請求訴訟→価額弁償の抗弁;判決と処分権主義

上記のように,判決に価額弁償のみが記載され,現物返還請求が記載されていないと,その後の無駄な手間,が生じます。
価額弁償のみの判決となるのは,↓の経緯がある場合です。

<価額弁償のみの判決となる場合>

提訴前に価額弁償の抗弁が主張された
提訴時の訴状では金銭請求のみが記載されていた

ここで,裁判所が気を利かせて判決に両方の請求(義務)を記載すれば良かったとも思えます。
しかし,当事者の請求がないことを判決内容にするということは禁じられているのです(民事訴訟法246条)。
裁判所の根本的性格として,中立性があります。
当事者(プレイヤー)が請求・主張していないことについては,裁判所(レフリー)は基本的に立ち入らない,という態度です。
処分権主義弁論主義と呼ばれています。

6 遺留分減殺請求訴訟;価額弁償の抗弁への実務的対応策

(1)提訴前に価額弁償の抗弁が主張されている場合

上記のように,価額弁償のみの判決では,その後,遺留分減殺請求者(原告)に,無駄な手間が生じます。
このようなことにならないように,請求者としてこれを回避する方策を取っておくべきでしょう。

具体的には,予備的請求として本来の財産の返還(移転)を明確化しておくことです。

なお,予備的にしておかないと,併存していた現物返還請求が行使できなくなります(上記)。
これを避けるためには予備的ということを明確にしておくと良いです。
具体的な体裁を↓に示しておきます。

<予備的請求の内容>

被告が価額弁償金を払わなかった場合は,本来の財産の返還を請求する
例;判決確定の2週間後において,被告(受遺者,生前受贈者等)がn円を支払わなかった時は・・・

また,この請求の明確化,は提訴時の訴状に記載するとは限りません(後記)。

(2)提訴後に価額弁償の抗弁が主張された場合

なお,提訴前には価額弁償の抗弁が主張されていなかった,という場合は,訴状には現物返還請求を記載してあるはずです。
訴訟係属後に価額弁償の抗弁が主張された時点で,予備的請求として金銭請求を追加することになります。
訴えの追加的変更,とか,請求の拡張と呼びます(民事訴訟法143条)。
結果的に,判決としては,金銭請求,現物返還請求の両方が記載されることになります。

この経緯の場合,金銭請求を追加した時に現物返還請求を撤回すると,判決には現物返還請求が記載されなくなります。
このような手続は訴えの交換的変更と呼んでいます。

7 遺留分減殺請求訴訟;原告の請求の構成;まとめ

遺留分減殺請求訴訟における原告の請求の構成についてまとめて説明します。

請求側(原告)が,価額弁償を望むか否かによって整理します。

<遺留分減殺請求訴訟;価額弁償の抗弁がなされた場合の請求の構成>

あ 原告が価額弁償を望む場合

主位的請求=現物返還請求(財産の移転)
予備的請求=価額弁償請求

い 原告が価額弁償を望まない場合

主位的請求=現物返還請求
予備的請求=価額賠償を履行しない場合の現物返還請求

実務上は,予備的請求の提出のタイミングは慎重に判断するのが通常です。
提訴段階では,まだ被告の主張が明確化していない場合は特にそのようにするメリットがあります。
裁判官の印象レヴェルも含めて,審理・判決への影響があり得ます。

条文

[民法]
(遺留分権利者に対する価額による弁償)
第千四十一条  受贈者及び受遺者は,減殺を受けるべき限度において,贈与又は遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができる。
2(略)

[民事訴訟法]
(既判力の範囲)
第百十四条  確定判決は,主文に包含するものに限り,既判力を有する。
2  相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は,相殺をもって対抗した額について既判力を有する。

(訴えの変更)
第百四十三条  原告は、請求の基礎に変更がない限り、口頭弁論の終結に至るまで、請求又は請求の原因を変更することができる。ただし、これにより著しく訴訟手続を遅滞させることとなるときは、この限りでない。
2  請求の変更は、書面でしなければならない。
3  前項の書面は、相手方に送達しなければならない。
4  裁判所は、請求又は請求の原因の変更を不当であると認めるときは、申立てにより又は職権で、その変更を許さない旨の決定をしなければならない。

(判決事項)
第二百四十六条  裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない。

判例・参考情報

[最高裁判所第1小法廷平成18年(受)第1572号遺留分減殺,建物明渡等請求事件平成20年1月24日]
(判例1)
上記遺留分権利者が受遺者に対して価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示をした場合には,当該遺留分権利者は,遺留分減殺によって取得した目的物の所有権及び所有権に基づく現物返還請求権をさかのぼって失い,これに代わる価額弁償請求権を確定的に取得すると解するのが相当である。

[最高裁判所第3小法廷昭和36年(オ)第1028号保険金請求事件昭和40年2月2日]
(判例2)
所論は,上告人が原審において口頭弁論期日の再開申請をなしたにもかかわらず,原審が右再開をしなかつたことを非難するものであるけれども,終結した口頭弁論期日を再関するか否かは,原審の裁量に属することであるから,原審の右措置に何らの違法は存せず,論旨は,採るを得ない。