【遺言の偽造(自書性・作成者)の判断(判断要素・証拠と評価)(整理ノート)】

1 遺言の偽造(自書性・作成者)の判断(判断要素・証拠と評価)(整理ノート)

実際の相続、遺産分割では、遺言があっても、その有効性が問題となることが多いです。つまり、結果的に遺言が無効となるケースもよくあるのです。相続人の間で有効、無効の見解が熾烈に対立するケースでは最終的に遺言無効確認訴訟で裁判所が有効か無効かを判断します。
遺言の有効性の問題の1つとして、遺言が偽造されたものか(作成者が誰か)という問題があります。本記事では、遺言の偽造(作成者)の判断について、実務的な判断の手法や傾向を整理しました。
なお、審理の全体像の説明は別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺言無効確認訴訟の審理の総合ガイド(流れ・実務的な主張立証・和解の手法)
また、実務的な主張立証の戦略については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺言無効確認訴訟における遺言の偽造(自書性や作成者)の審理(主張立証の戦略)

2 遺言無効確認訴訟における「偽造」主張の位置づけ

(1)「偽造」主張の位置づけ→抗弁の否認

「偽造」主張の位置づけ→抗弁の否認

あ 訴訟法上の位置づけ→抗弁の否認

遺言無効確認請求事件において、被告は抗弁として①遺言者が遺言をしたこと、②遺言が法定の方式に従ってされたことを主張立証する必要がある
原告が無効原因として遺言書の偽造を主張する場合、これは①の事実を否認し、遺言書の形式的証拠力(成立の真正)を争うことを意味する

い 実情と立証の構造

自筆証書遺言に関する裁判例では、作成者(自書性)の争点が最も多く、次のような間接事実や補助事実から判断される

(2)偽造と自書(性)の関係→重複(表裏)

偽造と自書(性)の関係→重複(表裏)

あ 自筆証書遺言の要件

自筆証書遺言では、遺言者自身による全文、日付及び氏名の自書が必要的とされている
これらの要件を欠く自筆証書遺言は無効である
※民法968条1項

い 偽造と自書性の関係

自筆証書遺言の偽造の判断と自書性の判断は、表裏の関係にあるものとして実質的に重なり合う

3 偽造(自書性・作成者)の判断の全体像

偽造(自書性・作成者)の判断の全体像

あ 判断要素(考慮要素)

遺言書の偽造(自筆証書遺言の自書性)の判断に当たっては、以下の諸事情を総合考慮する
(ア)筆跡の同一性(イ)遺言者の自書能力の存否及び程度(ウ)遺言書それ自体の体裁等(エ)遺言内容それ自体の複雑性、遺言の動機・理由、遺言者と相続人又は受遺者との人的関係・交際状況、遺言に至る経緯等(オ)遺言書の保管状況、発見状況等

い 証拠力の判断の構造

遺言書は処分証書であり、その形式的証拠力が認められれば、特段の事情がない限り実質的証拠力が認められ、遺言者が遺言をしたという事実の存在が認められる
遺言書の偽造に関する原告の主張は、遺言書の成立の積極否認と位置付けられる

4 遺言の偽造(自書性・作成者)の判断要素

(1)自書能力

自書能力

あ 自書能力の意義

自書能力とは、遺言者が文字を知り、かつ、これを筆記する能力をいう
例=遺言書作成当時の病状が、遺言書作成が可能な程度だったかどうかを判断する
※最判昭和62年10月8日

い 自書能力の内容

「文字を知り」とは、単に文字を知るだけでなく、文字及びこれによって構成される文章の一般的意味を理解することをいう
「これを筆記する能力」としては、書かれた文字が示している意味内容を理解できる程度、すなわち、他人が判読できる程度に書くことができる能力までは必要ない
法律行為としての遺言の内容をなす遺言事項について判読することができれば、遺言は無効とならない
自書能力は精神能力的側面と運動能力的側面から成る
精神能力的側面は、通常の事案では遺言能力と同一に考えて差し支えない

う 遺言能力と自書能力の関係

老齢等による判断能力の減退、欠如を理由として自筆証書遺言の効力が争われる場合には、遺言能力(判断能力)の有無の問題と作成者(自書能力)の問題とが関連付けて主張されることが多い
判断能力の減退や欠如が、遺言者が遺言書の全文、日付、氏名を自書する能力に影響を与える可能性があるため、両方の能力が同時に争点となる場合が多い

(2)他人の添え手による補助(自書性の判断)

他人の添え手による補助(自書性の判断)

あ 基本

運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言が「自書」の要件を充たすためには、以下の要件を満たす必要がある
遺言書の外形から遺言者が添え手をされた形跡が認められることは、自書能力があることの推認を妨げる事情になる

い 自書能力

遺言者が証書作成当時に自書能力を有していること

う 補助の程度

補助が以下のいずれかにとどまること
(ア)遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまる場合(イ)遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされていて単に筆記を容易にするための支えを借りたにとどまる場合

え 他人の医師の介入痕跡なし

添え手をした他人の意思が運筆に介入した形跡のないことが筆跡の上で判定できること
※最判昭和62年10月8日

(3)遺言の内容

遺言の内容

あ 遺言者が以前にした遺言の内容との整合性

遺言者が以前にした遺言の内容と当該遺言の内容とが似ていることは、遺言者が作成者であることを推認させる間接事実となる

い 遺言者の従前の発言・意向との整合性

遺言者の従前の発言と遺言内容とに整合性があることは、遺言者が作成者であることを推認させる
反対に、不整合があることは、遺言者が作成者であることの推認を妨げる間接事実となる

う 遺言者と相続人の関係との整合性

遺言者と受遺者との親交を裏付ける事実(世話をしていたこと、同居していたこと、家業への寄与など)は、遺言者が作成者であることを推認させる間接事実となる

え 遺言の目的である財産内容との整合性

遺言の目的である財産に関する記載が自然であるか不自然であるかが、遺言者が作成者であるかの判断に影響する
例=遺言書が作成日付より後に発行された登記事項証明書に言及していることは、遺言者が作成者であることの推認を妨げる間接事実となる

(4)筆跡(の評価)

筆跡(の評価)

あ 筆跡の類似性

ア 遺言書の筆跡と遺言者の筆跡との類似性 遺言書の筆跡と遺言者の筆跡とが似ていることは、遺言者が作成者であることを推認させる間接事実となる
逆に、似ていないことは推認を妨げる間接事実となる
イ 遺言書の筆跡と偽造したと目される者の筆跡との類似性 遺言書の筆跡と偽造したと目される者の筆跡とが似ていることは、遺言者が作成者であることの推認を妨げる間接事実となる

い 筆跡の特徴

ア 筆跡の乱れ等 遺言書作成当時、遺言者の手に震えがあったり、自由に手を動かすことができない状況にあったりした場合、遺言書の文字の震え、乱れは、遺言者が作成者であることを推認させる間接事実となる
イ 使用された筆記具 同一の遺言書の中に異なる筆記具を用いて記載された部分があることは、遺言者が作成者であることの推認を妨げる間接事実となりうる

(5)作成可能性、偽造可能性

作成可能性、偽造可能性

あ 遺言者による遺言書作成の可能性

遺言者に遺言書作成の時間的可能性があったことは、遺言者が作成者であることを推認させる間接事実となる

い 偽造したと目される者による遺言書偽造の可能性

偽造の機会や手段があったことは、遺言者が作成者であることの推認を妨げる間接事実となる

(6)遺言者・特定の者(被告)の言動

遺言者・特定の者(被告)の言動

あ 遺言者の言動の例

遺言者が顧問弁護士に遺言書の作成方法を尋ねていたことなどは、遺言者が作成者であることを推認させる間接事実となる

い 被告の言動

被告の不自然な言動が、遺言者が作成者であることの推認を妨げる間接事実となることがある

(7)遺言書発見の経緯

遺言書発見の経緯

遺言書発見から検認に至る経緯が不自然であることが、遺言者が作成者であることの推認を妨げる間接事実となることがある

5 遺言書の偽造(自書性・作成者)の判断の証拠

(1)筆跡対照文書

筆跡対照文書

筆跡の同一性を裏付けるために遺言者の日記、メモその他の筆跡対照文書(民訴法229条)が提出される
筆跡は個人のその日の感情や個人内における個体格差(時間の経過に従って個人の筆跡も変わってくることが多い)によって異なることが多い
したがって、自筆証書遺言の自書性を証明しようとするのであれば、成立に争いのない照合文書の原本を可能な限り多数提出するのが望ましい

(2)私的鑑定書

私的鑑定書

私的鑑定書では私的鑑定人の専門性や中立性が問題視されることがある
例えば、私的鑑定人が適切な専門的知識や経験を有していない場合や、依頼した当事者の主張に偏向した意見を述べることがある
また、採用している経験則が確立したものか判然としない場合や、事実関係のあてはめが恣意的と思われる場合もある
私的鑑定書の信用性は慎重に検討する必要がある

(3)人証(証人・当事者尋問)

人証(証人・当事者尋問)

遺言当時の自書能力、遺言書の作成状況等のほか、遺言の動機・理由、生前の遺言者と相続人又は受遺者との人的関係・交際状況、遺言に至る経緯等や遺言書の保管状況、発見状況等を認定するために関係者の証拠調べをすることが考えられる

6 筆跡鑑定

(1)筆跡鑑定の基本(特徴)→判定能力は限定的

筆跡鑑定の基本(特徴)→判定能力は限定的

筆跡鑑定は、人の筆跡に個人差があることに着目して、執筆者が明確な文書との間でその固定化した特徴(筆跡個性)を比較することにより、筆者の同一性を識別しようとする鑑定方法である
そもそも筆跡は個人のその日の感情や個人内における個体格差(時間の経過に従って個人の筆跡も変わってくることが多い)によって異なることが多い
筆跡鑑定のみを根拠としてこれを判断することには慎重であるべきであって、結局のところ筆跡鑑定の結果のみで直ちに筆跡の同一性を判断できるとも考えられない
仮に筆跡鑑定を採用するのであれば、成立に争いのない照合文書の原本を可能な限り多数用意する必要があろうが、これが困難な事案も少なくないと考えられる

(2)筆跡鑑定の採否→慎重に判断

筆跡鑑定の採否→慎重に判断

筆跡鑑定の必要性は慎重に判断すべきである
筆跡の同一性は裁判所が自ら判断できる場合もあること、筆跡鑑定には未だ科学的に確立された手法がないとの見方もある
筆跡鑑定の科学性・客観性に限界があるため、他の証拠や間接事実を考慮して慎重に必要性を吟味すべきである
争点整理の中盤から人証調べ前での採用が多い
裁判所の鑑定結果に対する評価と当事者の評価が異なる可能性も考慮する必要がある

(3)筆跡鑑定の信用性評価要素

筆跡鑑定の信用性評価要素

鑑定人は筆跡鑑定について十分な知識と経験を有していたか
筆跡鑑定は文書の現物によって行われたか
比較対照するに十分なだけの同じ字体の同じ字が両文書に記載されていたか
鑑定人は何らかの予断をもって鑑定に臨まなかったか
執筆者が鑑定資料の中に存在することを前提に鑑定がされていないか
稀少性、常同性などが斟酌されているか、相同性のみならず相違性についても考慮しているか
個々の筆跡を判断するに当たって妥当な判断基準が設けられていたか、その基準に従って的確に判断されていたか
判断の過程について納得のいく説明がされていたか、矛盾はないか
同一の鑑定人の鑑定間あるいは他の鑑定人の鑑定との間に結論の齟齬があるかどうか
他の状況証拠との整合性はどうか

(4)鑑定の信頼性を高めるための工夫

鑑定の信頼性を高めるための工夫

筆跡対照文書は当事者間に争いのないものを選ぶ
遺言書に記載されている文字と同一の文字をできるだけ多く含む資料を用いる
筆跡対照文書は複数用意する
筆記条件(筆記具、縦横、書体、筆速、作成時期)ができるだけ類似したものを用いる
遺言書作成時期と近接した時期の筆跡対照文書を用いる
自書能力に重大な影響を及ぼす事実がある場合は、その事実があった時期を境として適切な資料を選択する
鑑定人には遺言者の氏名を構成する字の一致・不一致について必ず触れてもらう
鑑定人には一致点・相違点の両方を検討した偏りのない鑑定書作成を依頼する
相違点があるにもかかわらず同一人物が筆記したと鑑定人が認定した場合、その理由の説明を求める

(5)筆跡鑑定の証拠評価の実例

筆跡鑑定の証拠評価の実例

あ 鑑定を採用した事情の実例

鑑定書中で、遺言者の筆跡と対照筆跡との共通点、相違点が個別に指摘、検討されている
多くの文字につき、類似点及び相違点の有無を検討している
文字の特徴的な部分まで着目して検討している

い 鑑定を採用しなかった事情の実例

遺言書と対照筆跡との筆記方法が異なる(かい書体と行書・草書体など)
用いられた筆記具が異なる
対照筆跡の筆記時期が遺言書と著しく隔たりがある
対照筆跡が限られており、比較対照できない文字が多い
事実誤認がある
相違点のみを指摘し、類似点についての考察がない
対照筆跡間の相違についての合理的判断がない

7 参考情報

参考情報

石田明彦ほか稿『遺言無効確認請求事件の研究(上)』/『判例タイムズ1194号』2006年1月p48〜53
石田明彦ほか稿『遺言無効確認請求事件の研究(下)』/『判例タイムズ1195号』2006年2月p86〜92
畠山稔ほか稿『遺言無効確認請求事件を巡る諸問題』/『判例タイムズ1380号』2012年12月p15〜18

本記事では、遺言の偽造の判断について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺言の有効性など、相続や遺産分割に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

弁護士法人 みずほ中央法律事務所 弁護士・司法書士 三平聡史

2021年10月発売 / 収録時間:各巻60分

相続や離婚でもめる原因となる隠し財産の調査手法を紹介。調査する財産と入手経路を一覧表にまとめ、網羅解説。「ここに財産があるはず」という閃き、調査嘱託採用までのハードルの乗り越え方は、経験豊富な講師だから話せるノウハウです。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINE
【退職の意思表示(退職届)の効力発生時(撤回期限)と信義則の制限】
【遺言無効確認訴訟における遺言の偽造(自書性や作成者)の審理(主張立証の戦略)】

関連記事

無料相談予約 受付中

0120-96-1040

受付時間 平日9:00 - 20:00