【退職の意思表示(退職届)の効力発生時(撤回期限)と信義則の制限】
1 退職の意思表示の効力発生時=撤回期限
2 退職の意思表示の受領権限者
3 特別優遇制度による退職の成立時点
4 退職の意思表示の撤回の制限(基準)
5 退職の意思表示の撤回の制限(具体例)
1 退職の意思表示の効力発生時=撤回期限
退職届を提出することは,法律的には退職の意思表示に該当します。退職届は提出した時点で効力が発生するとは限りません。法律的な効力が発生する時点について説明します。この点,効力が発生する前であれば無条件での撤回が可能です。そこで,効力発生のタイミングは重大なのです。
<退職の意思表示の効力発生時=撤回期限>
あ 効果発生時点
退職の意思表示が効力を発生する時点
=『退職の意思表示の受領権限者』(後記※1)が受領した時
効果=一定の時期に退職する
法律的な分類として『解約告知』に該当する
い 意思表示受領前の撤回
『退職の意思表示の受領権限を持つ者』が受領する前
→撤回できる
福岡高裁昭和53年8月9日;昭和自動車事件
名古屋高裁昭和56年11月30日;大隅鉄工所事件
青森地裁弘前支部昭和59年11月1日;紅屋商事事件
う 意思表示受領後の撤回
『退職の意思表示の受領権限を持つ者』が受領した後
→原則的に意思表示を撤回できない
別の事情により意思表示が無効となることはある
詳しくはこちら|退職の強要と意思表示(退職届)の無効(全体・判断基準・紛争予防)
2 退職の意思表示の受領権限者
退職の意思表示,つまり退職届の受領権限を持つ者については,実質的に判断されます。判断の大きな目安と具体例をまとめます。
<退職の意思表示の受領権限者(※1)>
あ 受領権限者に該当する立場
ア 経営の責任者イ 人事の権限を任せられている者
い 受領権限者の代表例
ア 社長
中小企業で社長が直接労務管理を担当している場合
イ 人事の担当者
人事マターを扱う部署の担当者
う 受領権限者として認めた裁判例
ア 理事長
※大阪地裁平成9年8月29日;学校法人白頭学院事件
イ 工場長
※東京高裁平成13年9月12日;ネスレ日本(合意退職)事件
3 特別優遇制度による退職の成立時点
単純な退職以外では退職の成立時点も特殊な扱いとなります。特別優遇制度による退職のケースについてまとめます。
<特別優遇制度による退職の成立時点>
あ 成立時点
特別優遇制度による合意解約について
募集受付方法欄記載の合意書が作成された時点で成立する
い 撤回
『あ』の合意書が作成される前において
→従業員による応募の撤回が認められる
※大阪高裁平成16年3月30日;ピー・アンド・ジー明石工場事件
4 退職の意思表示の撤回の制限(基準)
退職の意思表示は『受領権限者の受領』までは撤回できます(前記)。しかし,例外もあります。具体的事情によっては信義則により撤回が認められなくなります。まずは基本的事項をまとめます。
<退職の意思表示の撤回の制限(基準)>
退職の意思表示の撤回について
撤回が信義に反する特段の事情がある
例;雇用主に不測の損害を与える
→撤回の効力は生じない
※民法1条2項
※宮崎地裁昭和61年2月24日;佐土原町土地改良区事件
5 退職の意思表示の撤回の制限(具体例)
上記の裁判例の事案では,結局,退職の撤回は認められませんでした。判断の対象となった事情についてまとめます。
<退職の意思表示の撤回の制限(具体例)>
あ 退職の申し出
土地改良区の従業員が退職を申し出た
従業員は退職届と誓約書を提出した
い 雇用主の対応
退職による人件費削減を前提として補正予算を作成した
事業改善のための体制を整えた
う 退職の撤回
従業員は退職の意思表示を撤回した
え 裁判所の判断
仮に退職が撤回されると
土地改良区の組合員・役員に大きな混乱と不測の損害が生じる
→信義に反する
→撤回の効力は認めない
※宮崎地裁昭和61年2月24日;佐土原町土地改良区事件