シフトが指定されない期間も、最低労働日数の黙示の合意があれば賃金は失われない
1 シフトが指定されない期間も、最低労働日数の黙示の合意があれば賃金は失われない
シフト制で働いていると、ある月からシフトを組まれなくなることがあります。勤務の希望を出しても勤務日が指定されず、使用者からは「シフトがゼロなのだから賃金もゼロだ」と言われる、という形です。
民法536条2項は、その日に労務を提供する義務があったことを前提にしています。そのため、シフトが指定されていない期間について賃金を請求できるかは、条文の当てはめの前に「労働日はあったのか」という問いに落ちます。
本記事では、シフトが指定されない期間の賃金請求のうち、最低労働日数・時間数の黙示の合意がどのように認定されるかと、認定されたあとに何を立証すれば民法536条2項が働くかを説明します。
解雇が無効とされた場合の賃金の扱いは、別の記事で説明しています。
2 賃金請求の分かれ目=最低労働日数の黙示の合意の認定(まとめ)
シフトが指定されない期間の賃金請求は、次の順に判断されます。
入口は労働日の有無=下限の合意が認定できれば賃金は発生する
あ 入口=労働日があったか
(ア)民法536条2項は「債務を履行することができなくなったとき」を要件にする→その日に労務提供義務がなければ条文は働かない(イ)シフト制は所定労働日・所定労働時間が契約上特定されていないことが多い→勤務実態からの合意の認定が入口になる
い 通る合意の形
(ア)「週4日ないし5日・1日6時間ないし8時間」のような確定的な日数の合意→実績に少ない週が1つでもあると落ちる(イ)「1週20時間以上」のような最低労働日数・時間数の下限の合意→実績の最小値で満たされるので日数が動いても崩れない
う 下限の水準の手がかり
(ア)雇用契約書・労働条件通知書の記載(「週5日程度」)/求人が明示した下限(「最低週3日」)(イ)社会保険の加入要件(週の所定労働時間20時間以上・所定内賃金月額8万8000円以上)を満たす前提で契約したこと(ウ)勤務実態・就労が生活費に充てられていたこと・削減への抗議の有無(エ)「希望シフト制」の了解→一時的な調整までで、継続的な減少の了解には及ばない
え 合意が立ったあとの立証
(ア)不就労の理由を使用者が具体的に主張立証しない→帰責事由が認められる(イ)使用者が受領拒絶の意思を明確にしていた→労働者側のシフト申請(労務提供の申出)は要らない(ウ)その期間に労働契約が存在したこと・就労を拒絶されたことは労働者の側が立てる→立たなければ請求は理由がない
お 合意の認定を経ない経路
(ア)契約が続いているのに使用者が業務内容を指定せず放置→放置それ自体が帰責事由(イ)ただし額まで出るのは所定労働日数が明確な契約に限られる→時給制のシフト制では算定の段で下限の認定が戻る
3 ノーワーク・ノーペイが原則→労働日が無ければ民法536条2項の土俵も無い
民法536条2項は、債権者(使用者)の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときに、債務者(労働者)が反対給付を失わないという規定です。条文が置いている要件は「債務を履行することができなくなった」ことなので、その日に労務を提供する義務がなければ、履行不能も生じません。働いていない時間について賃金が発生しないという原則は、この手前にあります。
帰責事由が認められる典型例として実務書が挙げるのは、解雇・復職の拒否・出勤停止・自宅待機です。いずれも労働日が存在していて、そこへ就労できなくなった場面です。
シフト制はここで一段余計な問いを抱えます。所定労働日や所定労働時間が契約上特定されていないため、条文を当てはめる前に「その日に労務提供義務があったか」が争われるからです。
働いていない時間に賃金が発生しないという原則そのものは、別の記事で説明しています。
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民法536条2項=「債務を履行することができなくなったとき」が要件
債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
※民法536条2項
536条2項の帰責事由の典型例=解雇・復職拒否・出勤停止・自宅待機
典型例としては、使用者が正当な理由もなく労働者を解雇した場合(891頁参照)、正当な理由なく休職からの復職を拒否した場合(598頁)、出勤停止・自宅待機を命じた場合が挙げられる
※土田道夫 (同志社大学教授)著『労働契約法 第3版』有斐閣2024年 12月p322
4 実績の揺れで落ちる確定的な日数の合意→通るのは「週20時間以上」の下限
所定労働日数に係る合意を認定できる場合→民法536条2項の賃金請求権
なお、シフト制労働者のように、所定労働時間・労働日が不明確であり、所定労働時間が労働契約上特定されていない労働者についても、労働者の勤務実態から合理的意思解釈を介して所定労働日数に係る合意を認定できる場合は、当該日数に満たない日数分について、危険負担規定(民536条2項)に基づく賃金請求権が肯定される
※土田道夫 (同志社大学教授)著『労働契約法 第3版』有斐閣2024年 12月p323
所定労働時間や労働日が契約上特定されていない労働者についても、勤務実態から合理的な意思解釈を介して所定労働日数に係る合意を認定できれば、その日数に満たない分について民法536条2項に基づく賃金請求権が肯定されます。入口は、この合意が認定できるかどうかです。
ここで通る合意の形は決まっています。「週4日ないし5日・1日6時間ないし8時間」のような確定的な日数の合意は、実績に少ない週が1つでもあると落ちます。契約書に「シフト表により」としか書かれておらず、実際の指定も3日の週や6時間に満たない日を含んでいれば、主張した内容どおりの合意は認められません。
立つのは「1週当たり20時間以上」のような下限の合意です。下限は実績の最小値で満たされるので、日数や時間数が月ごとに動いても崩れません。確定的な日数を主張して落ちた事案で、予備的に主張された最低労働時間数の合意が認められた例があります。
確定的な日数の合意は否定=契約書は「シフト表により」だけ・実績も揺れていた
本件雇用契約書(書証略)には「始業・終業時間」及び「休日」がいずれも「シフト表により」と定められているのみであり、その他本件雇用契約書及び本件就業規則を通覧しても、原告と被告との間で、原告のシフト勤務日の指定を一週間当たり4日ないし5日とする旨の確定的な合意がされたことをうかがわせる記載は存在しない。また、本件面談において原告は「契約で週4から5入るっていうお話だったんですけど」などとの発言をし、Bもこれを否定する発言をしていなかったものの(前記1の認定事実(5)オ)、原告の上記発言内容に係る会話がされた経緯や、会話の具体的なやり取りの内容などを認めるに足りる証拠はない。そして、原告の令和6年3月15日以降の月曜日から日曜日までの1週間ごとの実際のシフト勤務日の指定状況(書証略)を見ると、月曜日から日曜日までの1週間ごとにおおむね4日ないし5日のシフト勤務日が指定されていたものの、令和6年4月1日から同月7日までの1週間については3日しかシフト勤務日が指定されていなかったことが認められ、また、指定されたシフト勤務日の1日当たりの労働時間が6時間に満たない日も複数認められる。これらからすると、原告と被告との間の本件労働契約において、原告の上記主張に係る合意がされていたとは認められない。
※東京地方裁判所 2025-10-30 労経速 2612号3頁
通ったのは予備的な下限=1週20時間以上の最低労働時間数の合意
これらからすると、原告と被告との間では、本件労働契約において、原告の1週当たりの労働時間数を20時間以上とする旨の最低労働時間数の合意がされていたものと認めるのが相当であり、Bは、上記合意に基づき、シフト表の作成に当たって、シフト決定権限の行使として、原告からのシフト申請に対して1週当たりの労働時間数が20時間以上となるように原告のシフト勤務日を指定していたものと認められる
※東京地方裁判所 2025-10-30 労経速 2612号3頁
5 最低労働日数・時間数の合意を認定する手がかり
下限の水準は、労働者が主張した数字から決まるのではなく、契約の周辺にある資料と勤務の実態から取られます。手がかりは4つです。
(1)雇用契約書の「週5日程度」と求人の「最低週3日」=下限の水準を決める書面
まず書面です。雇用契約書や労働条件通知書に「週5日程度」と書かれていれば、その記載と実際の勤務とを合わせて、所定労働日数が合理的な意思解釈によって認定されます。
逆に、書面に月の勤務日数の記載がなく、求人が「最低勤務日数は週3日」と低い下限を明示していれば、それより高い水準の保障は立ちません。業務量が元請けの受注に左右され、同じ職種の他の従業員も月20日未満の月が多かったという事情も、高い下限を否定する方向に働きます。
「週5日程度」の契約書+実態→所定労働日数は週4日
所定労働日数に係る合意は、契約当事者の意思を合理的に解釈すれば、週4日であったと認めるのが相当である。
※横浜地方裁判所 2020-03-26 労判 1236号91頁/ウエストロー・ジャパン
書面に月の勤務日数の記載なし・求人は「最低週3日」→月20日以上の保障は否定
しかしながら、本件雇用契約書には月の勤務日数については何らの記載はなく、その後に締結された本件嘱託社員雇用契約書には「原則として毎月24日以内の出勤とする。」(甲2)との記載があるのみであって、月の最低勤務日数については何ら言及された書面が存在しない。
また、被告の求人募集(甲7)にも、「最低勤務日数・・・週3日」、「シフト・収入例 日給1万1000円、週4日で勤務」と記載されているのであって、勤務日数が月20日以上であることは明示されていない。
※東京地方裁判所 2023-03-03 Westlaw Japan
(2)社会保険の加入要件(週20時間以上・月8.8万円以上)が与える下限
次に、契約の外にある基準が下限を与えることがあります。労働者が社会保険に加入できることを前提に求職し、面接でその可否を確認して契約を結び、使用者も加入手続を進めていたのであれば、加入要件を満たす内容で勤務させる前提で契約したと認められます。
短時間労働者の加入要件は、週の所定労働時間が20時間以上であることと、所定内賃金が月額8万8000円以上であることです。実際の指定がどの週も20時間以上だったのであれば、この要件がそのまま下限の水準になります。
社会保険の加入要件(週20時間以上・月8.8万円以上)を前提に契約→実績もどの週も20時間以上
そして、証拠(書証略)によれば、いわゆる短時間労働者の社会保険の加入要件としては、使用者の従業員数に応じ、①週の所定労働時間が20時間以上であるか、実労働時間が2か月連続で週20時間を超え、今後もその見込みがある状態であり、かつ、②所定内賃金(ただし、通勤手当等を除く。)が月額8万8000円以上であることとされていることが認められるところ、現に、原告の令和6年3月15日以降の月曜日から日曜日までの1週間ごとの実際のシフト勤務日の指定状況(書証略)を見ると、いずれの週についても、原告に指定された1週当たりのシフト勤務日の労働時間数は合計20時間以上となっていたことが認められる。
※東京地方裁判所 2025-10-30 労経速 2612号3頁
(3)勤務実態・就労の目的・削減への抗議=黙示の合意を推認させる事情
3つめは勤務の実態です。シフト表で休日として指定されない限り勤務する前提だったこと、勤務成績によって日数を増減させる定めが契約に明記されていないこと、就労が生活費に充てられていて使用者もそれを推察できたこと、収入を生活維持が可能な程度に確保するには日数の確保が必要だったこと、従前は週4日ないし5日の勤務が続いていて削減に強く抗議していたこと。こうした事情から、少なくとも週4日の割合の勤務が継続的に確保されるという黙示の合意が推認されます。
担当する業務量が使用者の決定で動く形でも同じです。19年にわたり教員を務め、少なくとも直近の年度まで週17コマ以上を担当していたのであれば、最も蓋然性の高い金額として前年度と同額が認定されます。「所定労働時間が決まっていないのだから民法536条2項の適用はない」という主張は、失われない反対給付が蓋然性の範囲で特定できる以上、採用されません。
勤務実態・就労の目的・削減への抗議→週4日の割合の黙示の合意
これらの事実に照らすと、原告と被告との間では、勤務シフト表で具体的な勤務日が定まる雇用契約を締結する際、少なくとも週4日の割合の勤務は継続的に確保されることを黙示に合意にしていたと推認される。
※東京地方裁判所 2017-06-09 ウエストロー・ジャパン
19年間の勤務実態→最も蓋然性の高い額は週17コマ相当
しかし、原告は、約19年間にわたり日本語科教員を務めており、少なくとも平成20年以降は週17コマ以上を担当していたこと、本件雇止めの直近の年度においても、週17コマを担当していたことなどからすれば、最も蓋然性の高い金額としては、17コマを担当していた前年度の金額と同額の基本給57万0100円、勤続手当7万7000円及び住宅手当9万2100円の合計である月額73万9200円と認めるのが相当である。
※横浜地方裁判所 2017-11-28 労判 1184号21頁/ウエストロー・ジャパン
「所定労働時間が決まっていない」という主張→反対給付が蓋然性の範囲で特定できれば採用できない
被告は、原告との雇用契約においては、所定労働時間が決まっていないから、民法536条2項の適用はないと主張するが、その趣旨が、原告が同条項で失わない反対給付が特定できないというのであれば、上記認定説示の範囲では、その蓋然性が認められるから、被告の上記主張は採用できない。
※横浜地方裁判所 2017-11-28 労判 1184号21頁/ウエストロー・ジャパン
(4)「希望シフト制」の了解→一時的な減少までで、継続的な減少の了解ではない
4つめは、使用者が持ち出しやすい反論の射程です。採用のときに「希望シフト制であって必ずしも希望どおりにはならない」と説明していたとしても、それで下限が放棄されたことにはなりません。
各人の希望を調整した結果として一時的に勤務日が減る可能性は了解に含まれますが、継続的に勤務日が減って生活の維持に支障を来すおそれまで了解していたとは推認されません。了解の射程は、一時的な調整までです。
「希望シフト制」の了解→継続的な減少までは了解していない
被告従業員の陳述書(乙9、10)には、「希望シフト制」で、必ずしも各人の希望に沿わないこともあることは原告も採用時に了解していた旨の記載があるが、その記載を前提としても、各人の希望を調整した結果として一時的に勤務日が減少する可能性はともかく、継続的に勤務日が減少して生活の維持に支障を来すおそれが生じる可能性まで原告が契約当時に了解していたとは推認できない。
※東京地方裁判所 2017-06-09 ウエストロー・ジャパン
6 民法536条2項が働くための立証の分配
下限の合意が認定できれば、その日数に満たない部分について労務の履行不能が観念できます。残るのは、その履行不能が使用者の責めに帰すべき事由によるものかどうかです。ここでは、何を誰が立証するかが結論を分けます。
(1)不就労の理由を具体的に主張立証しない使用者=帰責事由あり
シフト表や勤務の計画表に労働者を入れるかどうかは使用者の判断に委ねられています。そのため、計画表に入らなかった日について労働者は業務に従事することを命じられておらず、労務提供の有無を観念する局面にそもそも至っていません。そこから、就労しなかったことは基本的に使用者の責めに帰すべき事由によるものと解されます。
この構造の帰結として、不就労の理由は使用者が具体的に主張立証しなければ認められません。労働者が特定の業務への従事を正当な理由なく拒む意向をあらかじめ明確に示していて、使用者がその意向に沿って計画表を作ったというような特段の事情があれば別ですが、それを基礎づける事実は使用者の側が立てることになります。
もっとも、入口は労働者の側にあります。その期間に労働契約が存在したことと、使用者が就労を拒絶したことを認めるに足りる証拠がなければ、民法536条2項に基づく請求は理由がないとされます。
計画表に入れるかは使用者の判断→労務提供の有無を観念する局面に至っていない
控訴人を送迎計画表に入れるかどうかは、被控訴人の判断に委ねられているのであり、各日の送迎計画表をもって具体的な勤務を命じられていた控訴人は、送迎計画表に入らなかった日については、当該日の送迎業務に従事することを命じられておらず、これを受けた労務の提供の有無を観念する局面に至っていなかったというべきであるから、控訴人が就労しなかったことは、基本的には被控訴人の責めに帰すべき事由によるものであったと解するのが相当である。
※横浜地方裁判所 2020-03-26 労判 1236号91頁/ウエストロー・ジャパン
労働契約の存在が立たない期間=536条2項の請求は理由がない
平成29年5月15日から平成30年2月9日までの期間において、原被告間に労働契約が存在したことを認めるに足りる証拠はなく、上記期間における、原告の民法536条2項に基づく請求は理由がない。
※東京地方裁判所 2022-11-18 ウエストロー・ジャパン
(2)受領拒絶の意思が明確→労働者側のシフト申請(労務提供の申出)は不要
使用者が受領拒絶の意思を明確にしていた場合は、労働者側からの労務提供の申出は要りません。シフト制であれば、シフト申請がその申出に当たりますが、申請しても指定しないという態度が明確になっていれば、申請を続けなくても履行不能は生じます。
「希望を出してくれれば受け入れる」という連絡があっても、それだけでは受領拒絶の撤回になりません。排除の状態を戻さず、責任の所在も整理しないまま、新たに不合理な条件を付けた連絡であれば、撤回とは認められません。復職を求める過程でシフトを提出していなかったことも、帰責事由の判断を左右しません。
受領拒絶が明確→シフト申請という労務提供の申出を要しない
原告が被告での就労の意思と能力とを保持し続けていると認められ、そうである以上、原告からのシフト申請という労務提供の申出を要せずとも、原告の前記2(2)の合意に基づく労務については、被告の責めに帰すべき事由により履行不能になったものといえる。
※東京地方裁判所 2025-10-30 労経速 2612号3頁
復職を求める際にシフト未提出→帰責事由の判断を左右しない
なお、被控訴人は、上記団体交渉以降、一貫して控訴人の合意退職を主張して、控訴人が雇用契約上の権利を有する地位にあることを争っていたのであるから、控訴人が復職を求める際にシフトを提出していなかったとしても、同月以降、控訴人は被控訴人の責めに帰すべき事由により就労することができなかったとの判断を左右することはない。
※東京高等裁判所 2022-07-07 労判 1276号21頁/Westlaw Japan
7 業務内容を指定せず放置=合意の認定を経ない帰責事由
536条2項が働く類型=業務内容を指定せず放置した場合・シフトの削減
使用者が業務内容の指定等もせず放置して不就労状態のまま労働契約が継続している場合23)、⑧シフト制において一定の日数・時間数を所定労働時間とする合意等が認定できるなかで使用者がシフトの日数・時間数を削減して労働者が就労できなくなった部分(⇨254頁■1)などが挙げられる
※水町勇一郎著『詳解 労働法 第4版』東京大学出版会2025年 9月p651
合意の認定を経ずに帰責事由が立つ場面もあります。解雇の意思表示もなく、労働者からの退職の意思表示もないまま労働契約が続いているのに、使用者が就労させるべき業務を紹介するなどの対応をせず放置している場合です。
この場合は、放置それ自体が使用者の責めに帰すべき事由にあたり、労働者は賃金の支払を受ける権利を失いません。使用者が「別の業務を紹介した」と述べても、時期も内容も定かでなく他に証拠がなければ採用されません。
民法536条2項が働く類型の整理でも、業務内容の指定もせず放置して不就労状態のまま契約が継続している場合は、シフトの日数・時間数を削減した場合と並べて挙げられています。
ただし、この経路で額まで出るのは所定労働日数が明確な契約に限られます。時給制のシフト制では、賃金額を算定する段で下限の認定が戻ってきます。
業務内容を指定せず放置→536条2項により賃金の支払を受ける権利を喪失しない
また、原告らが請求している8月11日以降の賃金については、被告が原告らに対して、本件マンションの管理人室を退去するよう求め、これに応じて原告らが本件マンションの管理人室を退去した後、被告において原告らに対し、他のマンションの管理人の業務を紹介するなど、しかるべき業務内容を指定すること等もせずに放置しているのであるから、民法536条2項の規定により、債権者たる使用者の責めに帰すべき事由によって、債務者たる原告らは労務の提供という債務を履行することができなくなっていると言わざるを得ず、原告らは、反対給付たる賃金の支払を受ける権利を喪失しない。
※東京地方裁判所 2014-12-24 労経速 2239号25頁/ウエストロー・ジャパン
8 下限が立たなくても請求は消えない→濫用の受け皿と26条の床(概要)
下限の合意が認定できなかった場合でも、請求が当然に消えるわけではありません。使用者が合理的な理由なくシフトを大幅に削減したことをシフト決定権限の濫用として捉える構成があり、裁判例はその帰着先を民法536条2項の賃金とするものと不法行為とするものに分かれています。
また、労働契約の内容を特定することが難しい事案について、違法解雇の救済で用いられる保障額の考え方を借りて、最低限の額を認める見解もあります。額の床については別の記事で説明します。
シフト決定権限の濫用とその帰着先は、別の記事で説明しています。
下限の合意がなくても、合理的理由のない大幅なシフト削減はシフト決定権限の濫用
本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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