労働審判の調停はどこまで解決できるのか|心証開示と調停の射程
1 労働審判の調停はどこまで解決できるのか|心証開示と調停の射程
労働審判は、申し立てたからといって、いきなり判断が下される手続ではありません。労働審判委員会は事件を審理し、解決の見込みがあれば、まず話し合いによる解決を試みます。この話し合いの段階を「調停」といいます。この記事で「調停」というときは、すべてこの労働審判手続の中の段階を指します。
調停と聞くと、双方の言い分の間を取って折り合いをつけるだけのものに見えるかもしれません。労働審判の調停はそうではありません。委員会が争点についての判断を示したうえで進められますし、決められる中身も、申立てで求めたことや金銭の支払に限られません。成立したときの効力も、当事者どうしで交わした約束とは違います。
この記事は、労働審判手続の中の調停について、進め方・決められることの範囲・成立したときの効力を、労働審判法と民事調停法の条文、そして実務の文献に沿って説明します。
手続の全体像——申立てから審判、そして訴訟への移行までの流れは、別の記事で説明しています。
労働審判でそもそも何を請求できるのか、誰を相手方にするのかは、別の記事で説明しています。
2 調停で決まること、決まらないこと
下の表は、この記事で説明することを、調停の場面ごとに並べたものです。左が場面、右がそこでどこまでが決まるのかです。
この表は当事務所の整理で、各行の根拠はこの記事の本文にあります。気になる場面があれば、その先の本文で詳しく説明しています。
<調停で決まること、決まらないこと>
調停の場面どこまで決まるか調停を経るかどうか調停は、成立による解決の見込みがあるときに試みられる段階です。訴訟の前に必ず経なければならないものではありません調停の進め方第1回期日(事件によっては第2回期日)までに証拠調べを終え、委員会が争点についての判断を示したうえで、調停案が出されます調停案への返事1回目や2回目の期日に出された調停案は遅くとも次の期日までに、3回目の期日に出されたものはその場で答えることになります申立ての枠の外にある事柄別に訴えを起こさなければ主張できない事柄も、双方の了解があれば併せて審理されることがあります求める中身賠償金の支払だけでなく、ハラスメントを防ぐ具体的な対策を求めることもできます。配転命令の取消しや今後の人事についての約束まで調停で決まった例があります調停が成立したとき合意を調書に記載したときに調停が成立し、その記載は裁判上の和解と同一の効力を持ちます調停の前に現状を保ちたいとき委員会は現状の変更や物の処分の禁止を命じることができます。ただし、この措置は執行力を持ちません
3 調停は手続の中の段階であって、訴訟の前に必ず経るものではない
労働審判法1条は、労働審判手続を「事件を審理し、調停の成立による解決の見込みがある場合にはこれを試み、その解決に至らない場合には、労働審判……を行う手続」と定めています。調停は、この手続に組み込まれた段階です。裁判所の外で行う話し合いでも、民事調停法に基づく民事調停でもありません。
条文が「見込みがある場合には」と書いているとおり、調停は必ず行われるものでもありません。まとまる見込みがなければ、審理の結果として審判が出されます。
訴訟との関係でも、調停を先に経なければならないわけではありません。同じ事件について先に民事訴訟が起こされているときに、あとから労働審判を申し立てても、当然に訴訟が止まるわけではありません。文献は、労働審判制度が調停前置主義を採っているものではないことを、その理由として挙げています。
両方の手続が並び立つときに裁判所がどう扱うかは、別の記事で説明しています。
労働審判法1条の条文
この法律は、労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争(以下「個別労働関係民事紛争」という。)に関し、裁判所において、裁判官及び労働関係に関する専門的な知識経験を有する者で組織する委員会が、当事者の申立てにより、事件を審理し、調停の成立による解決の見込みがある場合にはこれを試み、その解決に至らない場合には、労働審判(個別労働関係民事紛争について当事者間の権利関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決をするために必要な審判をいう。以下同じ。)を行う手続(以下「労働審判手続」という。)を設けることにより、紛争の実情に即した迅速、適正かつ実効的な解決を図ることを目的とする。
※労働審判法1条
労働審判制度は調停前置主義を採っていない
例えば、解雇された労働者が民事訴訟を先に提起しているのに、使用者が後から労働関係不存在確認の労働審判を申し立て、並存した場合には、労働審判制度は調停前置主義を採っているものではありませんから、裁判所は労働者の明示の同意がない限り、民事裁判を優先させるべきです。
※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p41
4 民事調停やあっせんと違い、委員会が心証を示したうえで調停案が出る
調停というと、双方の言い分の中間を取るものを思い浮かべるかもしれません。労働審判の調停はそうではありません。文献は、民事調停や労働局のあっせんなどと違って、証拠に基づく事実認定を踏まえたうえで、労働審判委員会の心証を開示してなされるものが想定されている、としています。短い期日で当事者の納得を得るには、それしかないからです。
進め方も決まっています。第1回期日(事件によっては第2回期日)までに証拠調べを終え、委員会が争点についての判断を示して、双方に話し合いによる解決を促し、調停の条件についての考え方を聞いたうえで、委員会の調停案が提示されます。
つまり調停案は、委員会が「この事件はこう判断される」と示したあとに出てくるものです。受けるかどうかを考えるときの材料は、その判断そのものになります。
あっせんや民事調停といった裁判外の紛争処理と労働審判が制度としてどう違うのかは、別の記事で説明しています。
調停は委員会の心証を開示したうえで行われる
民事調停や労働局のあっせんなどと違って、労働審判手続における調停は、証拠に基づく事実認定を踏まえた上で、労働審判委員会の心証を開示してなされるものを想定しているといえます。
そうでなければ、短い期日で当事者の納得は得られないと思われるからです。
第1回期日(事件によっては第2回期日)までに証拠調べを終了し、労働審判委員会が争点についての判断を示して、当事者双方に対して話合いによる解決を促し、調停条件に関する双方の考え方を聞いた上で、労働審判委員会の調停案を提示するという進め方が通常です。
※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p55
5 調停案には、いつまでに答えることになるのか
調停案が出されたからといって、その場ですぐに応じるかどうかを決めなければならないわけではありません。ただし期日が3回しか予定されていないので、返事の時期はその枠から決まってきます。
1回目や2回目の期日に提案されたものは、遅くとも次の期日までに返事をすることになります。3回目の期日に提案された調停案は、その場で考えて答えることになります。
したがって、3回目の期日に臨むときには、調停案が出た場合にどう答えるかをあらかじめ決めておくことになります。まとまらなければ審判が出されるので、どちらの結果も想定して準備することになります。
3回目の期日に提案された調停案はその場で答えることになる
当事者としては、調停案が出されたからといって、すぐにそれに応じるか否かを決断しなければならないわけはありませんが、3回しか期日が予定されていませんので、1回目や2回目の期日に提案された場合は遅くとも次の期日までには返事をしなければなりません。
3回目の期日に提案された調停案はその場で考えて答えなければならなくなります。
※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p56
6 申立ての枠を超える事柄も、一緒に解決できる
ここまでは調停の進み方でした。ここからは、調停で何を決められるのかを見ます。
労働審判で何を請求できるかには枠があります。しかしそれは申立ての枠であって、調停で扱える範囲は、それより広くなることがあります。広がり方は二つあり、一つは申立ての枠の外にある紛争を一緒に片づける方向、もう一つは求める中身を金銭の支払以外へ広げる方向です。順に見ていきます。
そもそも労働審判で何を請求できるのか、誰を相手方にできるのかは、別の記事で説明しています。
(1)別に訴えを起こすほかない事柄も、双方の了解があれば併せて審理される
例えば、賃金の支払を求めて申し立てたところ、相手方が、賃金の全額払いの原則との関係でその手続では主張できず、別に訴えを起こさなければならない事柄を持ち出してきた、という場合があります。
このとき、そうした処理をすることについて互いに了解があり、双方がそれも含めて解決する意向を持っているなら、その紛争も含めて審理が行われた——という実務が、労働審判を担当した裁判官によって書かれています。清算条項でどの紛争を想定して定めたのかが分かるようにする、といった工夫も併せて紹介されています。
つまり、どこまでを一度に片づけるかは、申立ての枠だけでは決まりません。相手方の出方と、双方の了解によって動きます。
別訴によるほかない関連紛争も、双方の了解があれば併せて処理される
もっとも、賃金の支払を求める申立てに対し、相手方が、全額払原則との関係で相殺の抗弁を主張することができず、別訴提起によらなければならない紛争について主張してきた場合、相殺的処理をすることについて互いの了解があり、双方がそれも含めて解決をする意向を有しているときは、そうした紛争も含めて審理を行い、どのような相殺的処理をしたのかを明らかにするなり、清算条項において、どのような紛争を想定して調停条項に定めるほか他になんらの債権債務がないことを確認したかが明らかになるように工夫しているが、調停が成立せず、調停案と同一の審判を言い渡した場合も、関連紛争について必要な限度で理由を補足しておくことが適切な場合があり得る。
※和久田斉稿『労働審判の経験を踏まえた自庁調停』/『判例タイムズ1357号』2011年12月p22
(2)求める中身も、金銭の支払に限られない
求める中身についても幅があります。賠償金を請求するのではなく、在職したまま、ハラスメントを防いで良好な職場環境を実現するための具体的な対策そのものを求める申立ても可能だとされています。
実際に、金銭以外の中身が調停で決まった例も、同じ文献に紹介されています。社長への批判をきっかけに退職を迫られた労働者が、退職勧奨を断り続けたところ、新しく作られた庶務課へ配転されたという事件です。この労働者は、庶務課で働く義務のないことの確認と、退職強要による慰謝料を求めて労働審判を申し立てました。委員会は、それが退職強要を目的とした配転なのか通常の人事異動なのか判断に迷い、第2回期日までの間を長めにとって、申立人に与えるべき業務が本当にないのかを確かめることにしました。その過程で委員会は退職強要と配転無効の心証を固め、成立した調停は、配転命令を取り消して元の業務に戻すこと、担当業務に争いが出ないよう業務の内容を確定させること、今後不当な人事評価や人事異動を行わないこと、そして損害賠償までを内容とするものになりました。
原状回復にとどまらず、同じことが繰り返されないようにする手当てまで調停で決められている、ということです。
ハラスメントの防止策を求める申立ても可能
単に賠償金を請求するのでなく、在職する労働者が、ハラスメントを防止し、良好な職場環境を実現するための具体的な対策を求める労働審判を申し立てることも可能ですが、これについては、第32〈103頁以下〉を参照ください。
※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p123
配転命令の取消しと今後の人事についての約束まで、調停で決まった例
そこで、第2回期日までの間を少し長めにとって、本当に申立人に与えるべき業務がないのか、労働審判期日に出頭していた人事部長が毎日業務を管理して申立人にやらせた業務内容を報告するようにと労働審判委員会から指示を出しました。
申立人としては不満ではあったが、どうせコロナ禍で来客もほとんどいなくて、掃除と電話番と接客対応しかないので従うことにしました。
ところが、第2回期日が来る前に、当該人事部長が自分の任務に嫌気がさして会社を退職してしまいました。
これにより、労働審判委員会も退職強要、配転無効の心証を固め、相手方に対して庶務課への配転命令を取り消して元の業務に戻すこと、その際に担当業務に争いがないように「ジョブディスクリプション」の内容を確定させること、今後不当な人事評価や人事異動を行わないことと合わせて損害賠償まで命じる調停が成立しました。
この事例も、労働審判の調停により、原状回復と労使紛争が再発しないように手当をした解決例です。
※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p27
7 調停が成立すると、裁判上の和解と同じ効力を持つ
調停がまとまったときに何が起きるのかは、労働審判法には書かれていません。労働審判法29条2項が、民事調停法のうち4か条——11条、12条、16条、36条——を労働審判事件について準用しており、効力を定めているのは、このうちの16条です。
民事調停法16条は、当事者の間に合意が成立し、これを調書に記載したときに調停が成立するものとし、その記載は裁判上の和解と同一の効力を有する、と定めています。調停を成立させるのは合意そのものではなく、調書への記載だということです。次の節で見る調停前の措置について「執行力を有しない」とわざわざ書かれているのと読み比べると、条文が何を書き分けているかが見えてきます。
準用される4か条のうち、36条は過料についての規定で、読み替えの対象も労働審判法31条・32条(呼出しを受けた当事者が正当な理由なく出頭しない場合の過料)ですから、調停とは関係がありません。12条は次の節で扱います。残る11条は、手続の結果について利害関係を持つ人を参加させることができるという規定で、誰を手続に加えられるかという話になります。これは別の記事で説明しています。
労働審判法29条2項の条文
民事調停法(昭和二十六年法律第二百二十二号)第十一条、第十二条、第十六条及び第三十六条の規定は、労働審判事件について準用する。この場合において、同法第十一条中「調停の」とあるのは「労働審判手続の」と、「調停委員会」とあるのは「労働審判委員会」と、「調停手続」とあるのは「労働審判手続」と、同法第十二条第一項中「調停委員会」とあるのは「労働審判委員会」と、「調停の」とあるのは「調停又は労働審判の」と、「調停前の措置」とあるのは「調停又は労働審判前の措置」と、同法第三十六条第一項中「前二条」とあるのは「労働審判法(平成十六年法律第四十五号)第三十一条及び第三十二条」と読み替えるものとする。
※労働審判法29条2項
調停において当事者間に合意が成立し、これを調書に記載したときは、調停が成立したものとし、その記載は、裁判上の和解と同一の効力を有する。
※民事調停法16条
8 調停の前に現状を保つ措置には、執行力がない
調停がまとまる前に、相手方が現状を変えてしまうことがあります。民事調停法12条1項は、調停委員会が、調停のために特に必要があると認めるときに、当事者の申立てにより、相手方その他の事件の関係人に対して、現状の変更や物の処分の禁止などを命じることができると定めています。労働審判では、労働審判法29条2項の読み替えによって、これを命じるのは「労働審判委員会」になり、措置の名前も「調停又は労働審判前の措置」になります。
ただし、同条2項は「前項の措置は、執行力を有しない」と定めています。命令が出ても、その命令自体を強制的に実現する手段はない、ということです。
したがって、この措置は仮処分の代わりになるものではありません。強制的に現状を保つ必要がある事案で何をするかは、労働審判とは別の手続の問題になります。
民事調停法12条の条文
調停委員会は、調停のために特に必要があると認めるときは、当事者の申立てにより、調停前の措置として、相手方その他の事件の関係人に対して、現状の変更又は物の処分の禁止その他調停の内容たる事項の実現を不能にし又は著しく困難ならしめる行為の排除を命ずることができる。
2 前項の措置は、執行力を有しない。
※民事調停法12条
9 おわりに
労働審判の調停は、間を取るためだけの話し合いではありません。委員会が争点についての判断を示したうえで調停案が出され、決められる中身は申立ての枠にも金銭の支払にも縛られず、成立して調書に記載されれば、その記載は裁判上の和解と同一の効力を持ちます。
逆にいえば、調停に応じるかどうかは、委員会が示した判断をどう受け止めるかの問題になります。3回という期日の枠の中で答えることになるので、どこまでを一度に片づけるのか、金銭以外に何を求めるのかは、手続に入る前から考えておくことになります。
調停がまとまらなかったときに何が起きるのか——審判が出され、異議があれば訴訟へ移ることは、別の記事で説明しています。
事案の性質から労働審判手続に適さないとして、審判も出ないまま手続が打ち切られることもあります。これも別の記事で説明しています。
本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。実際に問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
本記事の引用は、書籍・判例などの原文から範囲を選んで載せたものです。改行の位置は読みやすさのために当方で整えており、原文の改行と同じとは限りません。また、記号や外字の扱いにより、文字の一部が原文と異なって表示されることがあります。


