労働審判では何を請求できるのか|審理の対象と範囲

1 労働審判では何を請求できるのか(審理の対象と範囲)

労働審判は、解雇や賃金、ハラスメントといった職場のトラブルを、原則として3回以内の期日で解決する手続です。訴訟より早く、話し合い(調停)による解決も組み込まれているため、労働紛争の解決手段として有用です。手続の全体像は別の記事で説明しています。

労働審判総合ガイド:労使の紛争解決のための実践マニュアル

ただし、使えるケースは限定されています。労働審判法が対象を「個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争」に絞っているためで、同じ職場のトラブルでも、誰を相手方にするか、どういう法律関係の争いかによって、扱えるものと扱えないものが分かれます。対象に入っていても、複雑な事案として手続が打ち切られることもあります。

この記事は、その線引きを説明します。下の表は、扱えるケースと扱えないケースを一覧にしたものです。左が置かれている状況、右がその場合に申立てで求める中身です。扱えないものについては、代わりにどの手続へ行くことになるかを併記しました。

この表は当事務所の整理で、各行の根拠はこの記事の本文にあります。自分の状況に近い行があれば、その先の本文で詳しく説明しています。

<労働審判で扱えるもの>

こういうトラブル請求する内容解雇を告げられたが、無効だと主張したい労働契約上の地位の確認 + 解雇後の賃金残業代や未払賃金を払ってほしい未払分と遅延損害金過労死・過労自死について会社の責任を問いたい会社に対する損害賠償(安全配慮義務違反)上司からハラスメントを受けた(会社の責任を問う)会社に対する損害賠償業務委託・請負の形だが、実際は労働者だと主張したい未払賃金・残業代の支払(契約を打ち切られた場合は労働契約上の地位の確認 + 賃金)採用内定を取り消された労働契約上の地位の確認、または損害賠償採用の場面で差別された損害賠償(均等法違反・不当労働行為が理由なら、労働契約上の地位の確認も)親会社や営業を譲り受けた会社に雇用の責任を問いたい労働契約上の地位の確認・賃金整理解雇された(同時に複数人)地位の確認 + 賃金(併合審理を求めることもできる)就業規則の変更で賃金を下げられた差額賃金公務員のハラスメント損害賠償/現業公務員の残業代損害賠償・未払賃金

<労働審判では扱えないもの>

こういうトラブル請求する内容代わりに使う手続労働組合と会社の紛争(団体交渉拒否・支配介入など)不当労働行為の救済労働委員会加害者個人に責任を問いたい加害者個人に対する損害賠償通常訴訟(会社を相手方にするなら労働審判)公務員の任用に関する紛争(懲戒処分・配置転換・雇止め)処分の取消しなど人事院・人事委員会への不服申立 → 行政訴訟労災が不支給とされた不支給処分の取消し行政訴訟

2 労働審判の対象は「個別労働関係民事紛争」

労働審判で扱えるものの範囲は、労働審判法1条が決めています。長い一文ですが、対象を示している部分は三つの要素に分かれます。①労働関係に関する事項についての紛争であること、②個々の労働者と事業主との間に生じた紛争であること、③民事に関する紛争であること、の三つです。

この三つのどれかを欠くと、労働審判の対象から外れます。逆にいえば、このあと「対象外」として挙げるものは、いずれもこの三要素のどれかを満たさないために外れています。

もう一つ、手続の形を先に説明します。労働審判手続は、いきなり審判が出る手続ではありません。法1条が「調停の成立による解決の見込みがある場合にはこれを試み、その解決に至らない場合には……労働審判……を行う手続」と定めているとおり、まず話し合い(調停)を試み、まとまらなければ審判を出す、という二段の手続です。

この記事でこのあと出てくる「調停」は、すべてこの労働審判手続の中の段階を指します。民事調停法に基づく民事調停とは別の手続で、労働審判法29条2項が民事調停法の一部を準用しているにすぎません(準用の中身は後述します)。

労働審判法1条の条文

この法律は、労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争(以下「個別労働関係民事紛争」という。)に関し、裁判所において、裁判官及び労働関係に関する専門的な知識経験を有する者で組織する委員会が、当事者の申立てにより、事件を審理し、調停の成立による解決の見込みがある場合にはこれを試み、その解決に至らない場合には、労働審判(個別労働関係民事紛争について当事者間の権利関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決をするために必要な審判をいう。以下同じ。)を行う手続(以下「労働審判手続」という。)を設けることにより、紛争の実情に即した迅速、適正かつ実効的な解決を図ることを目的とする。

※労働審判法1条

対象となる事件の定義(法1条)

労働審判手続の対象となる事件について、法1条は、「労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争」すなわち「個別労働関係民事紛争」と規定しています。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p29

3 対象にならない紛争

ここからは、対象にならないものを見ていきます。外れる理由は、事件が重いからでも複雑だからでもありません。誰との、どういう法律関係の争いなのかという点で外れます。

外れる類型は四つです。相手方が労働組合である紛争、公法上の法律関係である公務員の任用に関する紛争、相手方が労働者個人である紛争、そして行政処分を取り消すための訴訟です。順に見ていきます。うち二つには、相手方の選び方しだいで対象に入るという例外があるので、続けて説明します。

(1)集団的労使紛争(労働組合と会社の紛争)

労働組合と会社の間の紛争は、労働審判では扱えません。団体交渉の拒否、組合への支配介入、組合員であることを理由とする不利益な取扱い——これらは労働組合法7条が不当労働行為として禁じているもので、争う場は労働委員会です。

労働組合法7条の条文

使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。
一 労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること又は労働者が労働組合に加入せず、若しくは労働組合から脱退することを雇用条件とすること。ただし、労働組合が特定の工場事業場に雇用される労働者の過半数を代表する場合において、その労働者がその労働組合の組合員であることを雇用条件とする労働協約を締結することを妨げるものではない。
二 使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと。
三 労働者が労働組合を結成し、若しくは運営することを支配し、若しくはこれに介入すること、又は労働組合の運営のための経費の支払につき経理上の援助を与えること。ただし、労働者が労働時間中に時間又は賃金を失うことなく使用者と協議し、又は交渉することを使用者が許すことを妨げるものではなく、かつ、厚生資金又は経済上の不幸若しくは災厄を防止し、若しくは救済するための支出に実際に用いられる福利その他の基金に対する使用者の寄附及び最小限の広さの事務所の供与を除くものとする。
四 労働者が労働委員会に対し使用者がこの条の規定に違反した旨の申立てをしたこと若しくは中央労働委員会に対し第二十七条の十二第一項の規定による命令に対する再審査の申立てをしたこと又は労働委員会がこれらの申立てに係る調査若しくは審問をし、若しくは当事者に和解を勧め、若しくは労働関係調整法(昭和二十一年法律第二十五号)による労働争議の調整をする場合に労働者が証拠を提示し、若しくは発言をしたことを理由として、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること。

※労働組合法7条

集団的労使紛争は対象にならない

(1)集団的労使紛争
集団的労使紛争とは、労働組合を一方当事者とする紛争のことを意味します。
典型的には、団体交渉拒否(不誠実団交)、支配介入、不利益取扱いの不当労働行為(労働組合法7条)の成否をめぐる紛争や、争議行為をめぐる損害賠償請求の紛争などがこれに該当します。
これらは、「個々の労働者」と使用者の紛争に該当しないことから、労働審判手続の対象にはなりません(不当労働行為に対する救済機関としては、労働委員会制度があります)。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p119

(2)ただし個々の労働者への行為は対象になり得る

ただし、ここには重要な例外があります。解雇のように個々の労働者に対して行われた行為は、それが不当労働行為にあたるものであっても、「個々の労働者と事業主」の間の紛争として労働審判の対象になり得ます。また、解雇や配転の効力を争う労働審判の中で、その解雇や配転が不当労働行為にあたると主張すること自体も妨げられません。

見通しに関わる点が一つあります。解雇が無効である理由を不当労働行為だけに置くと、その立証に膨大な主張と証拠が必要になり、複雑な事案として手続を打ち切られることがあり得ます(後述する「24条終了」です)。不当労働行為を判断するまでもなく解雇が無効だと言える事案であれば、通常の解雇事件として組み立てた方が早く進みます。

不当労働行為にあたると主張すること自体は妨げられない

ただし、解雇事件や配転無効事件などの労働審判において解雇や配転が不当労働行為にあたることを主張することは問題ありません。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p29

不当労働行為意思に基づく解雇は対象になり得る

ただし、不当労働行為のうち、解雇などの不利益取扱いは、個々の労働者に対して行われるものです。
したがって、不当労働行為意思に基づく解雇などは、「個々の労働者と事業主」の間の紛争として、労働審判手続の対象になり得ます。
もっとも、一般に不当労働行為の成否には相当に膨大な主張、立証を要しますので、解雇無効の理由として不当労働行為であることのみを主張すると、複雑な事案として手続を終了させられる(法24条1項)ことがあり得ます。
その一方、不当労働行為についての判断をするまでもなく、当該解雇等が無効であると判断できるような場合(解雇を正当化するだけの合理的理由や、相当性がない場合)には、一般の解雇事件として労働審判で審理することが可能です。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p119〜120

(3)公務員の任用関係

公務員と国・地方公共団体との関係は、労働契約ではなく任用行為によって設定され、任用後も公法上の法律関係に服します。したがって懲戒処分、配置転換、非常勤職員の雇止めといった任用に関する紛争は「民事に関する紛争」にあたらず、労働審判では扱えません。これらは人事院や人事委員会への不服申立を経て、なお不服があれば行政訴訟という道筋になります。

ただし「公務員だから使えない」わけではありません。ハラスメントを受けた公務員が国や地方公共団体を相手に損害賠償(国家賠償)を求める場合や、現業公務員が残業代を求める場合は、公法上の紛争ではないと考えられており、労働審判を利用できます。

公務員の任用関係は「民事に関する紛争」にあたらない

公務員と国家もしくは地方公共団体との関係は、私法上の労働契約関係に基づくものではなく、国もしくは地方公共団体の任用行為によって設定され、任用後の関係も公法上の法律関係に服するものと理解されています。
したがって、公務員を一方当事者とする任用上の紛争(身分の得喪、懲戒処分、配置転換など)は、「民事に関する紛争」に該当しないものとして、労働審判手続の対象にはなりません(国家公務員法、地方公務員法の規定に基づき、人事院、人事委員会(公平委員会)に不服申立を行い、それに対しても不服がある場合に、行政訴訟を提起できる仕組みになっています)。
ただし、セクハラの被害者や、退職強要を受けた公務員が国もしくは地方公共団体を相手方として提起する損害賠償訴訟(国家賠償法に基づく損害賠償請求)や現業公務員の残業代請求などは、公法関係上の紛争でないと考えられていますので、これらの紛争については、労働審判制度を利用することができます。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p120〜121

公務員でもハラスメントの損害賠償は対象になる

(1)対象となる事件は民事紛争でなければなりませんから、公務員の任用関係は対象となりません。
例えば、公務員の懲戒処分や配転に関する紛争、非常勤公務員の雇止めなどです。

(2)しかし、公務員がセクシャル・ハラスメントやパワー・ハラスメントに対する損害賠償請求を求める紛争は、労働審判の対象になると解されます。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p31

(4)労働者どうしの紛争

ハラスメントの加害者である上司や同僚だけを相手方にして損害賠償を求める申立ては、労働審判では扱えません。労働者と労働者の間の紛争であって、「労働者と事業主」の紛争ではないからです。

加害者個人だけを相手方にすると対象外になる

(2)労働者個人間の紛争も対象となりません。
問題なのは、上司や同僚によるセクシャル・ハラスメントやパワー・ハラスメントによって身体上・精神上の損害を被ったとして上司や同僚に対し損害賠償請求をなす場合です。
個人のみを相手方とする申立では、労働審判の対象外と解さざるを得ません。
しかし、使用者の職場環境配慮義務違反(労契法5条)や不法行為責任(使用者責任・民法715条)を追及する場合には、労働審判の対象となります。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p30

(5)ただし会社を相手方にすれば対象になる

しかし、同じ被害について会社を相手方にすれば対象になります。会社には、労働者が生命・身体等の安全を確保しつつ働けるよう配慮する義務(労働契約法5条)があり、また被用者が事業の執行について第三者に損害を加えたときの責任(民法715条の使用者責任)もあります。これらを追及する申立てであれば、労働者と事業主の紛争ですから労働審判の対象です。

つまり、同じ出来事でも相手方の選び方で結論が変わります。どちらを相手方にするかは申立ての組み立ての要点で、加害者本人にも責任を取らせたい場合にどうするかは後述します。

労働契約法5条の条文

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

※労働契約法5条

民法715条の条文

ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

※民法715条

使用者を相手方にすれば対象になる

(3)労働者間の紛争
例えば、セクハラ・パワハラ等を行った上司(労働者)と被害者の間の紛争は、「労働者と事業主」の紛争に該当しませんので、労働審判手続の対象にはなりません。
ただし、セクハラ等の場合、就業環境整備義務や民法715条の使用者責任を介して使用者にも責任が生じる場合が大半ですから、使用者を相手方として労働審判を申し立てたり、手続(調停)の中で直接の加害者も利害関係人として手続(調停)に参加させ(則24条)、調停の中で解決を図ることは可能です(2を参照のこと)。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p121

(6)労災の不支給処分を争う訴訟

労災の申請が退けられたとき、その処分の取消しを求めて訴えることはできますが、それは行政訴訟です。「民事に関する紛争」にあたらないので、労働審判では争えません。

これと、会社に対して安全配慮義務違反の損害賠償を求めることとは別です。後者は労働審判の対象になります(もっとも、責任の有無そのものが争いになる場合は手続を打ち切られることもあり、これは後述します)。

労災の不支給処分の取消しを求める訴訟は対象外

ちなみに、労災保険の適用について労働基準監督署長、労働者災害補償保険審査官、労働保険審査会が労災の申請を退けた場合、その取消しを求めて提訴することも可能ですが、このような取消訴訟は行政訴訟であり、「民事に関する紛争」(法1条)に該当しませんので、これを労働審判で争うことはできません。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p129

4 意外に対象になるもの

対象になるかどうかは、雇用契約が現にあるかどうかだけで決まるわけではありません。契約がまだ無い場面、もう無いと言われている場面、そもそも無いとされている場面でも、労働審判の対象になることがあります。

(1)募集・採用の段階

募集や採用の段階の紛争は、労働契約が成立する前ですから、契約上の地位を争うことはできません。しかし採用をめぐる損害賠償の請求は対象になります。さらに、男女雇用機会均等法違反や不当労働行為を理由とする採用差別であれば、契約上の地位を争う紛争も対象になると解されています。

募集・採用をめぐる損害賠償請求は対象になる

(2)募集及び採用に関する紛争は、労働契約成立前の段階ですから労働契約上の地位を争う紛争は対象となりませんが、募集・採用をめぐる損害賠償請求は対象となります。
ただし、男女雇用機会均等法違反や不当労働行為を理由とする募集・採用差別の事件は法律の定め(男女雇用機会均等法5条、労働組合法7条)により公序と解されるので契約上の地位を争う紛争も対象になると解されます。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p29〜30

(2)内定取消し・親会社・労働者性

採用内定の取消しは、労働契約関係があることを前提とする問題なので対象です。相手方が親会社や営業の譲受人であっても、その会社との間に労働契約関係があるかどうかが争いになる事件として対象になります。業務委託や請負の形で働いていても、実際には労働者だと主張する「労働者性」の紛争も同じです。

内定取消し・親会社・営業譲渡先・労働者性

(3)採用内定取消し事件は、労働契約関係の存在を前提としているので対象となります。
事実関係によりますが、内内定事件も同様です。

(4)親会社に対して雇用責任や賃金の支払いを求める事件は、法人格濫用の法理や実質的同一性の法理などによって親会社との間の労働契約関係の成否が争いになる事件ですから、労働関係の存否を争う事件として対象となります(ただし、法24条の複雑事件にあたる場合があります)。
同様に、営業譲渡先の会社に対して労働契約上の地位確認や賃金請求等を行う事件も労働審判の対象になります。

(5)請負や業務委託等の形式で就労しているが、実質的には「労働者に該当する」として労働契約関係があると主張する「労働者性」を争う紛争も、労働関係に関する紛争ですから、労働審判の対象となります。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p30

(3)人数は対象性を左右しない

人数も対象性を左右しません。整理解雇や就業規則の変更で大勢が同時に影響を受けても、解雇や労働条件の切下げは個々の労働者に対して行われるものだからです。複数人の請求を一つの手続で審理してもらうこともできます。ただしこうした事案では、複雑な事案として手続を打ち切られる可能性が残ります(後述します)。

人数が多くても対象から外れるわけではない

なお、整理解雇や就業規則の不利益変更による労働条件の切下げの場合、同一の理由で大量の労働者が解雇されたり、事業所全体の労働者の労働条件が切り下げられたりしますが、解雇や労働条件の切下げは、「個々の労働者」に対して行われるものですから、解雇される者や労働条件を切り下げられる者がいかに数多くいようとも、労働審判の対象から除外されることにはなりません(ただし、これらの事案では、法24条1項の複雑な事案として手続が終了させられる可能性があります。33、4〈125頁以下〉参照のこと)。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p120

複数人の請求を併合して審理することは可能

しかし、則23条は、「労働審判委員会は、手続の併合を命ずるときは、あらかじめ当事者の意見を聴かなければならない」と規定していますので、複数人の請求を併合して審理することは可能です。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p127

5 ハラスメントは「誰を相手方にするか」で決まる

前に述べたとおり、ハラスメントで加害者個人だけを相手方にすることはできません。では、会社を相手方にしたうえで、加害者本人にも話し合いの場に出てきてもらうことはできるのか。できます。

使用者を相手方に申し立て、加害者を調停に参加させる

しかし、セクハラやパワハラ等の場合、就業環境配慮義務(第322〈104頁〉を参照のこと)や、民法715条の使用者責任に基づき、直接の加害労働者のほかに、使用者にも責任が生じる場合が大半ですので、使用者を相手方として労働審判を申し立てることは可能です。
したがって、直接の加害労働者も相手方として紛争を抜本的に解決したいと考える場合には、使用者を相手方に労働審判を申し立て、審判手続の中で行われる調停に加害労働者の出席を求めるという方法があります(法29条2項が準用する民事調停法11条、則24条)。
そして、話し合いがまとまったときには、加害労働者を利害関係人に加えて、調停を成立させることができます。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p122

6 加害者本人は「利害関係人」として手続に参加させられる

労働審判法29条2項は民事調停法11条を準用しており、手続の結果について利害関係のある者を「利害関係人」として手続に参加させることができます。ハラスメントを行った上司や同僚について、労働審判委員会に呼び出しを求めることができるわけです。

実際の運び方はこうなります。会社を相手方として労働審判を申し立て、手続の中で行われる調停に加害者の出席を求める。話し合いがまとまれば、加害者を利害関係人に加えて調停を成立させることができます。加害者本人が解決の当事者になるので、被害の回復としても実質があります。

では、話し合いがまとまらなかったらどうなるのか。そこから先は審判で何が命じられるかという話になるので、次で扱います。

労働審判法29条2項の条文

民事調停法(昭和二十六年法律第二百二十二号)第十一条、第十二条、第十六条及び第三十六条の規定は、労働審判事件について準用する。この場合において、同法第十一条中「調停の」とあるのは「労働審判手続の」と、「調停委員会」とあるのは「労働審判委員会」と、「調停手続」とあるのは「労働審判手続」と、同法第十二条第一項中「調停委員会」とあるのは「労働審判委員会」と、「調停の」とあるのは「調停又は労働審判の」と、「調停前の措置」とあるのは「調停又は労働審判前の措置」と、同法第三十六条第一項中「前二条」とあるのは「労働審判法(平成十六年法律第四十五号)第三十一条及び第三十二条」と読み替えるものとする。

※労働審判法29条2項

民事調停法11条の条文

調停の結果について利害関係を有する者は、調停委員会の許可を受けて、調停手続に参加することができる。
2 調停委員会は、相当であると認めるときは、調停の結果について利害関係を有する者を調停手続に参加させることができる。

※民事調停法11条

加害者を「利害関係人」として手続に参加させる

この場合、労働審判申立の相手方は使用者になり、ハラスメントを行った上司・同僚については、「利害関係人」として労働審判手続に参加するよう、労働審判委員会に当該上司・同僚の呼び出しを求めることができます(則24条)。
法29条は民事調停法11条2項を準用し、「労働審判委員会は、相当であると認めるときは、労働審判手続の結果について利害関係を有する者を労働審判手続に参加させることができる」と定めています。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p30〜31

7 審判で命じられること、及ばないこと

ここまでは「載るか」の話でした。ここからは、載ったとして何が出てくるのかを見ていきます。

(1)申立ての趣旨——何を求めるかを示す

申立てで何を求めるのかを示すのが「申立ての趣旨」です。解雇を争う場合には一つの型があり、①労働契約上の地位の確認、②解雇後の賃金の支払、③申立費用の負担、の三つで組み立てます。①は解雇が無効だから契約が続いていることを確認するもの、②は毎月の賃金を求めるものです。賞与が支給されていた場合は、その分も請求に含めます。

解雇事件の「申立の趣旨」の実例

例えば、普通の解雇事件の場合、「申立の趣旨」は、

1申立人が相手方に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2相手方は、申立人に対し、○年○月○日から毎月○日限り金○円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済まで年3%の割合による金員を支払え。
3申立費用は相手方の負担とする。
との労働審判を求める。

と記載します。

第1項は、本件解雇は無効であるから労働契約は終了せずに、労働契約が継続していることを確認するものです。
第2項は、毎月の賃金の支払いを求めるものです。
賞与が支給されていた場合には賞与の請求も忘れないように。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p44〜45

(2)審判で命じられる内容と、その限界

労働審判委員会が命じられる内容は、権利関係の確認、金銭の支払、物の引渡しその他の財産上の給付、そして紛争を解決するために相当と認める事項です。訴訟の判決よりはるかに柔軟で多様な内容にできますが、限界もあります。権利関係を無視した審判は許されず、当事者が予想しないような審判や、当事者の意思に明確に反する審判も許されません。

労働審判法20条2項の条文

労働審判においては、当事者間の権利関係を確認し、金銭の支払、物の引渡しその他の財産上の給付を命じ、その他個別労働関係民事紛争の解決をするために相当と認める事項を定めることができる。

※労働審判法20条2項

審判で命じられることの範囲と限界

審判の内容は、「当事者間の権利関係を確認し、金銭の支払、物の引渡しその他の財産上の給付を命」ずるほか、「紛争を解決するために相当と認める事項を定める」ことができます(同条2項)。
「紛争を解決するために相当と認める事項」とはどういう内容なのかを巡り活発な議論がなされています。
上記のような法の規定からすれば、民事訴訟の判決よりははるかに多様で柔軟な審判ができるが、「権利関係を踏まえて」いなければならず、権利関係を無視する審判は許されません。
また、「労働審判手続の経過を踏まえ」る以上、当事者が予想しないような審判や当事者の意思に明確に反する審判も許されません。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p61〜62

(3)加害者個人には及ばない

加害者個人については限界があります。話し合いがまとまらず審判になった場合、加害労働者を審判の名宛人(相手方)にすることはできません。加害者本人の責任を追及するには、別に通常訴訟が必要になります。異議が出て訴訟に移った場合は、加害者に対する訴訟と会社に対する訴訟を併合するか、同じ期日で審理するよう裁判所に求めていきます。

異議が出なければ、会社との紛争はそこで終わります。ただし審判の効力は加害者には及びませんから、加害者に対して別に訴訟を起こすこともできます。もっとも、会社に対して加害者が負担すべき額と同額以上の支払が命じられ、それが現実に支払われてしまうと、加害者を被告とする訴訟では損害が補填済みだとして請求が棄却される可能性があります。このあたりは、どちらをどの順で進めるかの判断になります。

加害労働者を審判の名宛人にすることはできない

話し合いがまとまらずに、審判が下される場合には、加害労働者を審判の名宛人(相手方)とすることはできません。
したがって、直接の加害者の責任追及をしたいときには、同人を被告として、通常訴訟を提起する以外ないことになります。
審判に対する異議が出された場合(異議は、申立人の側から出されることもあれば、相手方である会社から出されることもあります)、事件は当然に訴訟に移行しますので、その場合には、直接の加害者に対する訴訟と労働審判から移行した会社を被告とする訴訟を併合し、もしくは同一期日における審理をするよう裁判所に求めるべきでしょう。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p122

異議が出なければ会社との紛争は終わるが、効力は加害者に及ばない

なお、審判に対する異議が出されない場合、会社との紛争は終局的に解決されることになりますが、審判の効力は加害労働者に対しては及びませんから、加害労働者に対してさらに訴訟を提起することも可能です(ただし、審判で、会社に対して、加害労働者が負担すべき損害賠償額と同額もしくはそれ以上の金額の支払いが命じられ、現実にその金額が支払われてしまうと、加害労働者を被告とする訴訟において、損害は補填済であるとして請求が棄却される可能性があります)。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p122〜123

8 調停なら「対象の外側」も一緒に解決できることがある

ここで視点を一つ変えます。これまで見てきた「対象」は申立ての枠です。しかし実際の手続では、調停で扱える範囲が申立ての枠より広くなることがあります。前に述べたとおり、ここでいう調停は労働審判手続の中の段階です。

例えば、賃金の支払を求めた申立てに対して、相手方が本来なら別に訴えを起こさなければ主張できない事柄を持ち出してきた場合でも、双方に了解があり、それも含めて解決する意向があるなら、その紛争も併せて審理された——という実務が、労働審判を担当した裁判官によって書かれています。

求める中身についても幅があります。賠償金を請求するのではなく、在職したまま、ハラスメントを防いで良好な職場環境を実現するための具体的な対策そのものを求める申立ても可能です。

つまり「対象かどうか」は入口の問題で、入った先で何をどこまで話し合えるかは、それより柔軟だということです。どこまでを一度に片づけるかは、相手方の出方を見ながら決めていくことになります。

別訴によるほかない関連紛争も、双方の了解があれば併せて処理される

もっとも、賃金の支払を求める申立てに対し、相手方が、全額払原則との関係で相殺の抗弁を主張することができず、別訴提起によらなければならない紛争について主張してきた場合、相殺的処理をすることについて互いの了解があり、双方がそれも含めて解決をする意向を有しているときは、そうした紛争も含めて審理を行い、どのような相殺的処理をしたのかを明らかにするなり、清算条項において、どのような紛争を想定して調停条項に定めるほか他になんらの債権債務がないことを確認したかが明らかになるように工夫しているが、調停が成立せず、調停案と同一の審判を言い渡した場合も、関連紛争について必要な限度で理由を補足しておくことが適切な場合があり得る。

※和久田斉稿『労働審判の経験を踏まえた自庁調停』/『判例タイムズ1357号』2011年12月p22

ハラスメントの防止策を求める申立ても可能

単に賠償金を請求するのでなく、在職する労働者が、ハラスメントを防止し、良好な職場環境を実現するための具体的な対策を求める労働審判を申し立てることも可能ですが、これについては、第32〈103頁以下〉を参照ください。

※鴨田哲郎 君和田伸仁 棗一郎著『3訂版 労働審判制度 その仕組みと活用の実際』日本法令2023年 5月p123

9 対象に入っても「24条終了」で打ち切られることがある

対象に入っていても、複雑な事件だとして手続がそこで打ち切られることがあります。これを「24条終了」といいます。どういう場合に打ち切られ、打ち切られるとどうなるのか、どの類型で現実に問題になるのかについては、別の記事で説明しています。

労働審判が打ち切られるとき|24条終了

10 おわりに

自分のトラブルが労働審判に載るかどうかは、三つを順に見れば見当がつきます。第一に、労働関係に関する事項について、個々の労働者と事業主の間に生じた、民事の紛争かどうか。第二に、誰を相手方にするか——同じ被害でも、会社を相手方にするか加害者個人にするかで結論が変わります。第三に、3回以内の期日で終えられる事案かどうか。

もっとも、これを一人で見極める必要はありません。相手方をどう選び、何をどの順で求め、資料をどこまで揃えるか。そこが結果を左右します。申立ての準備や証拠の集め方、申立書の書き方については、別の記事で説明しています。

労働審判の申立準備・証拠収集と申立書作成の実践ガイド

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労働審判が打ち切られるとき|24条終了

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