【財産分与での高額譲渡所得税発生時の無効・取消と代理人責任】

1 財産分与での高額譲渡所得税発生時の無効・取消と代理人責任

離婚が成立した時に財産分与として財産の清算をしますが、この時に値上がりしている不動産については、譲渡所得税が課税されます。
詳しくはこちら|財産分与に譲渡所得税が課税される(判例・通達)
この点、財産分与で贈与税はかかりません。この2つを勘違いして、「譲渡所得税はかからない」と思い込んで財産分与を完了して、その後で高額の譲渡所得税を知ってあわてふためく、というトラブルがあります。
そのようなケースでは、状況によっては財産分与を無効とする(取消をする)ことができます。また、財産分与に弁護士が代理人として関わっていて、弁護士が誤った説明をしていた場合、弁護士自信の責任が生じることもあります。
本記事では、このような法的扱いを説明します。

2 平成元年最判・錯誤無効肯定方向

協議離婚と財産分与が完了した後に、約2億円の譲渡所得税が発覚したケースがあります。平成元年最判は、錯誤にあたるという判断をしました。
では、高額の譲渡所得税に後から気づいたら錯誤として無効になる(取消ができる)、と単純にいえるかというとそうではありません。無効とするためにはいくつかのハードルがあります。
まず、錯誤の規定が使えるためには、「譲渡所得税が課税されない」という前提部分が表示されていることが必要です。なお、この「前提部分」は、講学上、動機(平成29年改正後の民法95条2項の「法律行為の基礎」)といいます。
たとえば、財産分与の話し合いの中で、「譲渡所得税が課税されないので(これを前提として)財産分与をします」と発言していれば表示ありとなります。ただし、ここまでクリアーな発言でなくても、その意図が伝わる状況であれば、黙示の表示あり、といえます。
この判例の事案では、譲渡所得税の課税を心配して気遣う発言があったため、(黙示の)表示はあった、と判断されました。
さらに、錯誤により無効となるためには、その錯誤(誤解)が「重要なもの」(民法95条1項、改正前は「要素」)といえることも必要です。
この判例の事案では、譲渡所得税が約2億円と高額であったため、これも認められました。
最後に、無効となるためには、その錯誤(誤解)が重過失ではないことも必要です。これについては最高裁としては判断せず、差戻審が判断しました(後述)。

平成元年最判・錯誤無効肯定方向

あ 譲渡所得税の課税肯定(前提)

本件についてこれをみると、所得税法三三条一項にいう「資産の譲渡」とは、有償無償を問わず資産を移転させる一切の行為をいうものであり、夫婦の一方の特有財産である資産を財産分与として他方に譲渡することが右「資産の譲渡」に当たり、譲渡所得を生ずるものであることは、当裁判所の判例(最高裁昭和四七年(行ツ)第四号同五〇年五月二七日第三小法廷判決・民集二九巻五号六四一頁、昭和五一年(行ツ)第二七号同五三年二月一六日第一小法廷判決・裁判集民事一二三号七一頁)とするところであり、離婚に伴う財産分与として夫婦の一方がその特有財産である不動産を他方に譲渡した場合には、分与者に譲渡所得を生じたものとして課税されることとなる。

い 動機の表示→肯定

したがって、前示事実関係からすると、本件財産分与契約の際、少なくとも上告人において右の点を誤解していたものというほかはないが、上告人は、その際、財産分与を受ける被上告人に課税されることを心配してこれを気遣う発言をしたというのであり、記録によれば、被上告人も、自己に課税されるものと理解していたことが窺われる。
そうとすれば、上告人において、右財産分与に伴う課税の点を重視していたのみならず、他に特段の事情がない限り、自己に課税されないことを当然の前提とし、かつ、その旨を黙示的には表示していたものといわざるをえない。

う 要素性(重要性)→肯定

そして、前示のとおり、本件財産分与契約の目的物は上告人らが居住していた本件建物を含む本件不動産の全部であり、これに伴う課税も極めて高額にのぼるから、上告人とすれば、前示の錯誤がなければ本件財産分与契約の意思表示をしなかったものと認める余地が十分にあるというべきである。
上告人に課税されることが両者間で話題にならなかったとの事実も、上告人に課税されないことが明示的には表示されなかったとの趣旨に解されるにとどまり、直ちに右判断の妨げになるものではない。

え 結論→錯誤の主張が失当ではない

以上によれば、右の点について認定判断することなく、上告人の錯誤の主張が失当であるとして本訴請求を棄却すべきものとした原判決は、民法九五条の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法を犯すものというべく、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
そして、本件については、要素の錯誤の成否、上告人の重大な過失の有無について更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。
※最判平成元年9月14日

3 平成3年東京高判(差戻審)・重過失否定→錯誤無効肯定

(1)差戻審の判断→重過失否定・錯誤無効肯定

前記の平成元年最判の差戻審では、錯誤に重過失があったかどうかを審理しました。
財産分与として夫が妻に不動産を与えた(渡した)のですが、夫の職業は銀行員でした。受けた研修の中で使ったテキストにも、「財産分与で譲渡所得税が課税される」説明が入っていました。また、そもそもこのことは、インターネット上で調べても分かることですし、また、たとえば弁護士や税理士に相談すればすぐに分かることです(弁護士でも誤解していることはあります、後述)。これらの事情は、重過失(大きなミス)であるという方向に働きます。
しかし、夫は、妻から離婚や財産分与を要求された後、短期間で、多くの不動産をすべて妻に渡す、という決意をした、裸一貫で新しい人生をスタートしようと決断した、という経緯がありました。そのため、過去の研修テキストやインターネットで税のことを調べてもいなかったし、ましてや専門家への相談もしなかったのです。このような経緯を踏まえて裁判所は重過失はない(軽過失にとどまる)と判断しました。つまり結論として財産分与は無効となったのです。

差戻審の判断→重過失否定・錯誤無効肯定

あ 銀行員という立場→重過失につながらない

(一)被控訴人は、控訴人が自己に課税されないと誤信したのは、控訴人の職業、地位、経歴からみて重大な過失がある旨主張する。
《証拠省略》によれば、控訴人は、昭和三五年に戊田大学経済学部を卒業して丙川銀行に入行し、都内の各支店で勤務し、昭和四四年支店長代理となり、昭和五一年から東京事務集中部に勤務していた者であって、その間特に法務や税務を専門とする仕事についた経験はなかったことが認められる。
また、財産分与について分与者に譲渡所得税が課されることは課税実務の取扱いであり、昭和五〇年五月二七日の最高裁判所第三小法廷判決以来同裁判所の判例とするところであるが、法律専門家の間においても賛否の結論が分かれており、少なくとも通常の一般人にとっては、財産分与者に譲渡所得が発生するとの理解は必ずしも容易ではないといわざるを得ない。
《証拠省略》によると、銀行員を対象とした税務研修や検定等のために発行されている教材又は解説資料の中には、財産分与についての右課税実務の取扱いに触れているもののあることが認められるが、控訴人が本件離婚問題の発生前にこれらの教材又は資料等に接して、一般的知識として右の点を理解していたこと又は当然かつ容易にこれを理解し得たことを認めるべき証拠はない
これらのことを考慮すれば、控訴人が銀行員であったとの事実から、本件財産分与により自己に課税されないと信じたことについて重大な過失があったと認めることはできない

い 調査や専門家への相談なし→重過失につながらない

(二)次に、被控訴人は、控訴人が離婚の申入れを受けてから本件財産分与契約を締結するまでの間に、財産分与をめぐる課税問題を自ら調査、検討するなり、専門家に相談するなりしなかったのは重大な過失である旨主張する。
しかし、前記認定のように、控訴人は、突然離婚の申入れを受け、数日間家にこもって考え続けた上でこれに応ずる気になり、すぐに本件財産分与を承諾したものであって、このような経過に照らせば、右数日の間に控訴人が財産分与に関する課税問題についてまで自ら調査し又は専門家に相談しなかったことをもって重大な過失とみることは相当でない

う 破綻させた有責者の立場→重過失につながらない

(三)更に、被控訴人は、控訴人が婚姻を破綻させた有責者であり、社会道徳上も公平の見地からも、重大な過失を認めるべきである旨主張するが、右主張のような事情があるからといって本件において重大な過失を認定すべき理由とはなり得ない

え 結論→重過失なし=錯誤で無効

その他、控訴人が課税されることがないと信じたことについて重大な過失があると認めるに足りる証拠はない
3 以上のとおりであるから、本件財産分与契約は、要素の錯誤により無効というべきである。
※東京高判平成3年3月14日

(2)協議離婚の錯誤無効→否定(参考)

ところで、本件で妻は、夫が行内の女性といわゆる不倫をしたケースで、夫が財産分与として多くの財産を渡すことを決断したため、協議離婚に応じたというもののようです。妻としては、財産分与が否定されたのであれば、離婚も応じなかった、つまり協議離婚が錯誤により無効である、と主張したいところです。しかし、離婚のような身分行為については錯誤の規定の適用は否定されています。つまり、離婚はもう戻せないのです。
詳しくはこちら|身分行為への民法総則規定(取消・無効)の適用可否(判例と学説)

4 昭和60年東京高判・表示の否定→錯誤無効否定

同じように、財産分与を完了した後に、譲渡所得税に気づいてあわてふためくことになった別のケースです。
発覚した譲渡所得税の税額は約3200万円です。十分に高額といえますが、裁判所は財産分与を無効とは認めませんでした。その理由は、動機の表示がなかったということです。具体的には、「譲渡所得税がかからない」という誤解内容が、財産分与の話し合いの中で発言として出てきていなかった、ということです。
ただし、この事案では、譲渡所得税を支払うために、持っている財産(財産分与で取得した財産)をほぼすべて失う状況にありました。このことから、「譲渡所得税がかからないことを前提としている」と読み取れる、つまり黙示の表示があった判断してもおかしくなかったと思います。判決の中でも表示されていたと解釈する余地はある、と指摘されています。

昭和60年東京高判・表示の否定→錯誤無効否定

あ 高額の譲渡所得税課税は動機の錯誤となる+表示が必要

・・・控訴人は、本件調停成立後の昭和58年になつて所轄税務署職員から、本件調停による財産分与を基因として控訴人に課せられる税額は3231万5628円になるとの説明を受けたことが認められる。
そこで、仮に控訴人がこのような高額の租税債務の負担を被ることがあらかじめ分つていれば、本件調停による財産分与につきこれと異つた条項が合意されたこともあり得たであろうと推測される。
しかし、本件調停成立時において、控訴人が譲渡所得税を負担しないことを合意の動機として表示したことを認めるに足りる証拠はない。

い 動機の表示→否定

控訴人は、前記Z及び同Mから相続により取得した物件及び控訴人名義の前記土地、建物のほかは特段の資産を有していなかつたことは、前記控訴人本人尋問の結果により認められるところである。
したがつて、仮に本件調停により取得した物件を処分してその代金をもつて譲渡所得税の支払に充てるという方法を選んだ場合には、控訴人は本件調停により、被控訴人との離婚のほかには財産的には何ら得るところがない結果となることもあり得るところであり、かかる事態はそもそも本件調停において控訴人の予期した結果とは異つたものであるから、このような結果とならないことは調停による合意の動機として表示されていたものであると解さる余地があるとしても、本件財産分与によつて課される譲渡所得税の支払方法としては、控訴人が本件調停によつて取得する不動産を処分しその代金をもつて支払うというのが唯一の方法ではなく、右の不動産を担保として他から融資を受けて支払う(本件調停条項第7項の根抵当権設定登記及び債務負担も必ずしもその障害となるものではない。)、あるいは納税の猶予を得て分割して支払う、更にはこれらの方法を併用する等の方法があるわけであり、本件において、控訴人がこれらの方法による租税債務弁済の可能性を一切否定して、およそ譲渡所得税を負担しないということを、本件調停による合意の動機として表示していたとみることは困難であるといわなければならない。
※東京高判昭和60年9月18日

5 譲渡所得税課税を知らなかった弁護士の賠償責任

ところで、離婚に関して、当事者同士で話し合いではなく、代理人として弁護士が関与していれば前述のような、譲渡所得税課税についての誤解は、通常避けられます。しかし、弁護士も誤解したまま財産分与を成立させてしまった、というケースも生じています。
この場合、弁護士としては知っているべき知識(判例)といえますので、弁護士の責任が認められます。この点、損害額の算定は難しいです。というのは仮にその知識があったとしたら、当該内容での財産分与の合意をせずに済んだことは分かりますが、ではどのような合意に至ったといえるのか、ということを用意に判定できないからです。
ここで紹介する保険認定事例では、譲渡所得税の税額の半額を賠償すべき損害額(保険金額)としています。

譲渡所得税課税を知らなかった弁護士の賠償責任

あ 関係者の整理

夫X・代理人Y
妻A・代理人B

い 成立した財産分与調停の内容

財産分与の骨子は、預貯金類は等分、共有名義となっている自宅不動産については全部Xが取得し、残っているローンも全部Xが負担する、というものであった。
第1回調停期日には双方代理人のみ出席。
その席上、Bより、念のため、財産分与の結果Aに税負担が生じる場合には、相当額を請求者が負担することとしてほしい旨の要望が出される。
Yは本件財産分与によりAに税負担は生じないと認識していたことから、これを了承。
その内容を追加した上で調停成立となった。

う 譲渡所得税課税の発覚

ところがその後、Aには自宅不動産の共有持分をXに移転したことに由来し、約130万円譲渡所得税が課税されることが判明した。

え 結論→保険金支給

責任の有無=有
保険認定額=約65万円

お 誤解発生の原因

コメント
・・・
Yは決して財産分与によって発生する税効果について無関心だったわけではなく、贈与税が発生しないことまでは調査していたものの、問題となった不動産がオーバーローン状態であったこともあり、譲渡所得税については考えがおよばなかったとのことである。
※『弁護士賠償責任保険の解説と事例 第6集』全国弁護士協同組合連合会2020年p82

6 関連テーマ

(1)民法における法律の錯誤→肯定(前提)

以上の説明のとおり、税法の理解が欠けていた場合にも、民法の錯誤のルール(95条)の適用は可能です。当たり前のように思えるかもしれませんが、刑事の世界では法律の錯誤があっても犯罪は成立するのです。民事と刑事で違いがあるのです。
詳しくはこちら|民法における法律の錯誤(無効・取消の対象となる)

(2)遺産分割・相続放棄による高額相続税発生時の無効・取消

財産分与とは別の場面でも、高額の税負担が問題となることがあります。遺産分割、相続放棄の後に高額の相続税が発覚したケースについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺産分割・相続放棄による高額相続税発生時の無効・取消(判例の適用基準)

本記事では、財産分与の成立後に高額の譲渡所得税が発覚した場合の無効・取消や代理人弁護士の責任について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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