1 夫婦財産契約が普及しない原因と米国の状況
2 夫婦財産契約の利用件数の統計
3 夫婦財産契約が普及しない原因
4 夫婦財産契約への文化的・心理的な抵抗
5 企業提携における解消の条件の契約との類似性
6 米国でのプレナップの実例と普及
7 夫婦財産契約を利用する状況の典型例
8 資産家・高額所得者の結婚による不合理性

1 夫婦財産契約が普及しない原因と米国の状況

夫婦財産契約(婚前契約)として,夫婦の間で財産に関するルールを約束することができます。
詳しくはこちら|夫婦財産契約(婚前契約)によって夫婦間のルールを設定できる
夫婦財産契約はとても便利なのですが,実際にはほとんど使われていません。
諸外国でも類似する制度が普及していないことが多いです。
この点,米国では,夫婦財産契約に相当するプレナップが比較的普及しています。
本記事では,夫婦財産契約が普及していない原因や,米国のプレナップの普及している状況について説明します。

2 夫婦財産契約の利用件数の統計

夫婦財産契約は婚姻前に締結して,かつ登記する必要があります。
詳しくはこちら|夫婦財産契約(婚前契約)によって夫婦間のルールを設定できる
実際になされた夫婦財産契約登記の数の統計を紹介します。
ある程度のブレはありますが,日本全国で年間10件いくかいかないか,という状況が続いています。

<夫婦財産契約の利用件数の統計>

あ 昭和時代全体

夫婦財産契約登記がなされた全国の件数について
昭和23~62年までに85件
※『新版注釈民法(21)親族1』有斐閣

い 近年

新規の夫婦財産契約登記がなされた全国の件数について

平成19年 平成20年 平成21年 平成22年 平成23年 平成24年 平成25年 平成26年 平成27年 平成28年
23 10 12 10 10 13

※政府統計の総合窓口e-Stat 表番号16-00-67

う 件数が少ないことが分かる実例

司法書士井口学氏はかつてより夫婦財産契約の登記を経験したいと考えていた
登記申請をするに至ったところ法務局の第1号を獲得できた
=横浜地方法務局相模原支局の夫婦財産契約登記第1号
※『月報司法書士2016年10月』日本司法書士会連合会p32

3 夫婦財産契約が普及しない原因

前記のように,夫婦財産契約は日本では普及していません。
夫婦財産契約が使われるのは非常にレアなのです。
ほとんど利用されていない原因をまとめます。

<夫婦財産契約が普及しない原因>

あ 婚姻前の限定

夫婦財産契約の締結時期・登記の時期が限定されている
婚姻届の提出前に限られている

い 変更・廃止ができない

婚姻後の変更と廃止が原則として認められていない

う 婚姻する者に知られていない

夫婦財産契約(の制度)の存在が知られていない

え 専門家にも知られていない

専門家にも知られていない傾向がある
例=弁護士・司法書士

お 日本の文化に適合しない

文化的・心理的に夫婦財産契約の締結に抵抗がある(後記※1)

か 課税上の不利益

夫婦財産契約によって所得税・贈与税が余分に課税されることがある
詳しくはこちら|夫婦財産契約によって余分な所得税・贈与税がかかることがある
※『THINK 司法書士論業115号』日本司法書士会連合会2017年p139

4 夫婦財産契約への文化的・心理的な抵抗

夫婦財産契約が使われない原因として,文化や心理的な抵抗があります(前記)。
要するに嫌なことは考えないというような考え方です。
同じようなメカニズムで準備が不十分になるという現象はほかにもあります。

<夫婦財産契約への文化的・心理的な抵抗(※1)>

あ 『考える事自体が悪』という慣習

『嫌なこと』は考える事自体が良くないこと,という慣習(考え)

い 『嫌なこと』の具体例

ア 夫婦財産契約
結婚の時に将来の離婚のことを考えたくない
イ 企業間の提携・買収
提携の際に将来の提携解消のことを考えない(後記※2)
ウ 原発事故対策
原発の運用開始の時に原発事故が発生することを考えたくない
例=避難訓練・ヨウ素剤備蓄

5 企業提携における解消の条件の契約との類似性

嫌なことを考えないという傾向は,夫婦の約束をしないことにつながっています。同じように,企業間の提携の際にも将来の提携解消の条件を決めないことにつながっているという指摘があります。

<企業提携における解消の条件の契約との類似性(※2)>

あ 企業提携における解消の条件の合意

企業の業務提携や共同出資において
提携の終了の条件を契約しておく方法がある
日本企業はしばしばこの手の契約を軽視する
プレナップと同じような機能の契約である

い 提携解消の条件の契約の具体例

スターバックスとサザビーの共同出資によって
スターバックスジャパンを設立した
スターバックスが特定の価格でサザビーの株を買い取るできる契約が締結された
→この権利行使によりスターバックスはスターバックスジャパンを100%子会社とした
※中島聡氏『週刊 Life is Beautiful 2017年7月18日』

6 米国でのプレナップの実例と普及

諸外国でも夫婦財産契約に相当するものがあります。
一般的な名称としては『婚前契約』と言うことも多いです。
多くの国で,日本と同様に,婚前契約はあまり普及していません。
この点,米国ではプレナップという契約がとても普及しています。
有名人の離婚の際に,報道によって登場することがあります。
報道で拡散されることが,さらにプレナップが使われることにつながり,循環的に普及が進んでいます。

<米国でのプレナップの実例と普及>

あ 米国での婚前契約

米国にも日本の夫婦財産契約に相当する契約がある
→プレナップ(prenuptial agreement)

い プレナップの普及

米国では,ある程度以上の資産を持つ方が結婚する時に
離婚の際の財産分与の方法を予め契約しておくケースが増えている
※中島聡氏『週刊 Life is Beautiful 2017年7月18日』

う プレナップの有名な実例

トム・クルーズさんが結婚した際,プレナップへのサインがなされた
内容=婚姻後11年以内の離婚については『財産分与』ゼロとする
※報道による情報

え 有名人の利用による普及

有名な方がプレナップ(婚前契約)を用いることにより
→多くの人が知るようになり普及する
→さらに別の有名な方も使い,より周知が拡がる
→スパイラルで拡がってゆく

7 夫婦財産契約を利用する状況の典型例

実際に日本でも,数は少ないですが,夫婦財産契約を利用する方は毎年存在します。
夫婦財産契約を利用しようと考える方の状況(環境)には,ある程度決まったパターンがあります。
要するに,結婚前に将来の財産について決めておくというニーズや発想が強い状況にあるカップルです。

<夫婦財産契約を利用する状況の典型例>

あ 晩婚カップル

男女ともに大学を卒業後,10〜20年間就労している
それぞれがある程度の財産を保有している
それぞれが既に居住する住宅を所有している
→婚姻解消時の財産分与の内容を婚姻前に定める要請は高い
経済的に対等なので,オープンに財産に関する意見を表明しやすい

い 国際結婚のカップル

海外では夫婦財産契約(に相当する契約)が普及しているとは限らない
国際結婚では,統計上,離婚する割合が高い
→婚姻解消時の財産分与の内容を婚姻前に定める要請は高い

う 子連れの再婚カップル

男女それぞれが子連れで結婚(再婚)する
離婚を経験しているので,婚姻前からトラブルとなった場合に備えておく意識がある
『連れ子』に関する扶養の内容の判断は(一般的なケースより)幅がある
→婚姻解消時の財産分与や解消後の扶養を婚姻前に定める要請は高い

え 資産家の高齢者

男性が資産家である(再婚)
前妻との間に子(成人)がいる
女性は若く,婚姻後は専業主婦となる(初婚)
→結婚制度による不合理が現実化しやすい(後記※3)
前妻との間の子に,再婚に賛同してもらうことにつながる
※『THINK 司法書士論業115号』日本司法書士会連合会2017年p144,145

8 資産家・高額所得者の結婚による不合理性

収入が大きい方は,特に,結婚制度の不合理性が表面化しやすいです。
民法上の婚姻費用分担金や財産分与の規定をそのまま適用すると異様に高額な支払につながるのです。
高額な支払が妥当かどうかは別として,家庭裁判所の裁判官の考え1つでブレる幅が大きいのです。つまり予測可能性が低いのです。
そこで,最初から,仮に婚姻を解消する場合の財産の処理の仕方を決めておくことが求められるのです。

<資産家・高額所得者の結婚による不合理性(※3)>

あ 婚費地獄

婚姻費用が異様に高額になる傾向がある
→離婚の際に将来の婚姻費用を買い取るような状況が生じる

い 財産分与

分与割合として一般的な2分の1がそのまま適用されなくて済むこともある
しかし,金額として異様に高額となることがある
例=清算的財産分与を5%・10億円と定めたケース
※東京地裁平成15年9月26日
詳しくはこちら|財産分与割合は原則として2分の1だが貢献度に偏りがあると割合は異なる

夫婦財産契約は,家族を持つ・子供をもうけることへのブレーキを解消することにつながります。 
詳しくはこちら|結婚制度の不合理性を回避する方法の全体像(婚外子・夫婦財産契約など)
日本でも,夫婦財産契約が普及することになり,結婚して出産して家族を作ることが増えるとよいと思います。
実際に夫婦財産契約を利用される場合は,個別的な事情や希望に応じてしっかりと内容(条項)を考える必要があります。
実際に夫婦財産契約のご利用をお考えの方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。