1 STAP問題×刑事責任|詐欺罪・横領or背任罪
2 STAP問題×刑事責任|偽計業務妨害罪
3 STAP問題×刑事責任|虚偽公文書作成罪|みなし公務員
4 STAP問題×刑事責任|公正証書原本不実記載等罪・窃盗罪・動物愛護法違反
5 理研の『調査の継続』への期待・罪を憎んで人を憎まず|最終報告書の行間を読む
6 STAP問題×労働|懲戒処分
7 STAP問題×民事責任|理研→小保方氏
8 調査の強制手段|捜査機関による『捜査』|理研による証拠保全などの法的手段
9 STAP問題×民事責任|理研以外から小保方氏への請求
10 STAP問題×民事|小保方氏からの請求

STAP問題に関して『想定される法的責任』をまとめます。
なお,以下の説明の『前提』には,『想定』しているものもあります。
いわば『思考実験』として,前提条件を幅広く想定して,一般論として,多くの可能性をまとめたものです。
『確実に生じる責任』というものではありません。
また『小保方氏個人を責める』という意図ではありません(後述)。
むしろ『原因解明→再発防止→サイエンス関係者の信頼回復』を切実に期待しています。

1 STAP問題×刑事責任|詐欺罪・横領or背任罪

研究機関における研究者の『不正』についての刑事責任をまとめます。
『研究費』を不正・不当に使った,ということに対応する刑事的な罪名です。
ここで『研究費』は広い意味で使いますので,最初に確認しておきます。

<『研究費』について>

出張のための交通費など,研究のために必要となる経費という意味

STAP事件では,笹井氏や小保方氏は一定の研究費を使える立場にありました。
『研究費』が『不正に』使われた,ということがあったと仮定した場合に抵触する刑事責任をまとめます。
次のような事情があった場合に,詐欺・横領・背任に該当することになります。

<詐欺罪の構造>

あ 基本的構造

研究費(※1)の支出について決裁権者(=理研の1担当者)がいる
決裁権者への『申請』として虚偽の内容を記載・説明した
→決裁権者が『誤った判断』で支出を決定(処分)した

い 判断のポイント

『虚偽の内容の記載・説明』

う 有罪となる事情の例(想定)

それまでの実験結果・検討結果をそのまま記載・説明すると『新たな研究費支出』が認められそうもない
そこで『虚偽の実験結果・検討結果』を記載・説明して支出の申請を行った

え 詐欺罪の法定刑など

懲役10年以下
非親告罪(親族などは別)
※刑法246条,251条

<(業務上)横領罪or背任罪の構造>

あ 基本的構造

理研が特定の者に『委ねた』研究費を,預かった者が『許容範囲外』の用途に使った

い 判断のポイント

支出の『許容された範囲』

う 有罪となる事情の例(想定)

それまでの実験結果から考えると,次の実験は『実施しても意味がない』ことが明らかであった
しかし『不正な情報を含めてでも論文を完成させる』意図で『次の実験を実施(継続)』した

え 法定刑
罪名 法定刑 刑法
単純横領 懲役5年以下 252条1項
業務上横領 懲役10年以下 253条
背任 懲役5年以下or罰金50万円以下 247条
お 親告罪or非親告罪

非親告罪(親族などは別)
※刑法251条,255条

ここで『横領罪・背任罪』を一緒にして説明しましたが,この2つの分類は次のようになっています。

<(業務上)横領罪/背任罪の区別>

あ 共通事項

自己の占有する他人の財産を処分した

い 違う点
権利者(所有者)でなければできないような行為 法的表現 罪名
該当する 自己の計算 横領罪
該当しない 本人の計算 背任罪

※最高裁昭和34年2月13日

以上の判断の重要な部分は『虚偽の内容の記載・説明』『許容範囲外(の支出)』という部分です。
大雑把に言えば『意味のある実験だったのか』という評価・判断と直結します。
純粋に『科学的な研究』ですが『意味があったかどうか』は,一定の主観的な評価も混ざります。
さらに大雑把な説明を続けると『STAP現象発現があり得ないと判明した時点』以降の実験は『意味がない』という方向性と言えましょう。

なお,研究不正の指摘以降の検証実験については『理研としての判断』として実施されています。
理研に対する『虚偽申請』や,1人の担当者が『許容範囲外』で,研究費を支出したというものではありません。
詐欺・横領・背任罪とは関係ありません。

2 STAP問題×刑事責任|偽計業務妨害罪

実験において『虚偽』の内容が含まれていたと仮定すると,理研などの『業務』が混乱→妨害された,と言えます。
これについて『業務妨害罪』が該当することになります。

<偽計による業務妨害罪;刑法233条>

あ 構成要件

偽計を用いて,他者の業務を妨害した

い 法定刑

懲役3年以下or罰金50万円以下

う 親告罪or非親告罪

非親告罪

この点,平成27年2月10日理研は記者会見で窃盗罪とともに偽計業務妨害罪についてコメントがありました。

3 STAP問題×刑事責任|虚偽公文書作成罪|みなし公務員

(1)STAP論文×虚偽公文書作成罪|基本・みなし公務員

STAP現象に関する論文を作成してNatureなどの出版社に提出したことに着目します。
ある意味一連のSTAP問題の根幹的なイベントです。
『論文作成→提出』という行為は,刑法上抵触する可能性があるのは『虚偽公文書作成罪』です。
『公文書』というところがちょっと複雑です。
順に説明します。

まず,理研は『行政庁』ではありません。
当然理研の職員は『公務員』ではありません。
理研や理研の職員が作成した文書は『公文書』ではありません。『私文書』です。
『私文書』については基本的に『内容が虚偽』でも『偽造罪・虚偽作成罪』には該当しません。
唯一『内容虚偽の私文書』が犯罪になるのは『医師作成の診断書』のみです(虚偽診断書作成罪;刑法160条)。

ところがここで『特殊な例外扱い』があるのです。

<独立行政法人理化学研究所法15条>

(役員及び職員の地位)
研究所の役員及び職員は、刑法 (明治四十年法律第四十五号)その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす。

理研専用の法律で,理研職員は『みなし公務員』となっているのです。
そうすると,理研職員が職務において作成した文書の内容が『虚偽』であった場合は『虚偽公文書作成罪』に該当するはずです。

<虚偽公文書作成等罪>

あ 構成要件

公務員が,その職務に関し,行使の目的で,虚偽の文書・図画を作成した

い 法定刑など

懲役1〜10年
非親告罪
※刑法156条

(2)『虚偽』×『故意』の判断

『虚偽』というのは『虚偽の事実』は当然含まれますが,『虚偽の判断・評価』は含まれません。
要するに『客観的な実験データ』を敢えて改ざんした,という場合は『虚偽』になります。
しかし『データから考えられること(法則)』は,いわゆる『仮説』です。
『仮説』自体は『虚偽/真実』を判断できません。
もちろん,その後の多くの研究者による再現実験で『確度が非常に高くなる』ことはあり得ます。
しかし『絶対』レベルになることは理論的にあり得ません。
ニュートンの力学の法則ですら,その後アインシュタンの(特殊)相対性理論により『前提条件によっては再現しない(違っている)』ことが判明しているのです。
結局『虚偽』と言えるのは『客観的な数値などのデータ』のみとなります。
また『データの改ざん』があったとしても『故意』がないと,虚偽公文書作成罪は成立しません。
『過失犯』の処罰規定がないのです。
インターネット上の研究者の指摘により『不自然さ』を示す根拠が続出しているようです。
正式に証拠調べをした場合でも『故意の立証』のハードルは一定の高さがありましょう。
具体的に言えば『ES細胞混入を意図的に行った』ことが証明されればハードルを超えるでしょう。

(3)STAP論文は『証明書』ではない→虚偽作成罪に該当しないという見解もある

一般的に,学術論文は『事実の証明』,要するに『公的な証明書』とは性質が異なります。
そのため,学術論文については,虚偽公文書作成罪は成立しないという見解が有力です(新版口述刑法各論 中山研 成文堂p275)。
この見解は『趣旨(保護法益)』からの解釈です。
趣旨(保護法益)は『文書に対する社会的信用性』です。
STAP論文がNatureに掲載されるまでのプロセスでは,厳正な審査・評価・判断がなされています。
理研の,『独立行政法人』=公的という性格,つまり『公的な社会的信用』が反映されています。
内容が虚偽であったことにより『文書に対する社会的信用性』が損なわれています。
趣旨(保護法益)の点からは『虚偽公文書作成罪が成立しない』とは言い切れません。
この点条文上は『虚偽の文書若しくは図画を作成』という表現です(刑法156条)。
規定上『文書』を『証明書』に限定する言葉はないのです。

(4)『行使の目的』の判断

虚偽公文書作成罪では『行使の目的』が必須条件(構成要件)となっています。
通常のケースの例を挙げてみます。

<『行使の目的』の例>

虚偽の公文書 『行使の目的』
登記で必要な承諾書 『不動産登記をする』
虚偽の『死亡』の戸籍事項証明書 『銀行から預金を引き出す』
虚偽の登記事項証明書 『銀行から融資を受ける』
虚偽の営業許可証 『営業する』

いずれも経済的な利益に関わるものです。
ところが,STAP論文の場合,『行使の目的』を敢えて作ると『有名な科学誌に掲載され名声を得る』ということになりましょう。
その先に『特定法人指定ゲット→予算(収入)拡大』という経済的な効果もあります。
ただこれは因果関係・因果の流れとして『遠い』です。
ところで,『行使の目的』は『経済的用途に限る』という規定はありません。
むしろ,虚偽公文書作成罪の保護法益は『文書の社会的信用性』とされています。
『経済的』以外にも広く『社会的信用』が保護されているのです。
つまり『社会的信用』を害するものは『虚偽公文書作成罪』の対象に入るのです。
『偽造罪』の判例で,『父親を満足させるために卒業証書を偽造』したことが『行使』に該当する,と判断されています(最高裁昭和42年3月30日)。
『行使の目的』の方は違和感がありますが認められる可能性が高いでしょう。

(5)まとめ

<STAP論文×虚偽公文書作成罪|まとめ>

否定・肯定の両方の方向性がある

あ 否定される方向性

『虚偽』という認定のハードルが高い+学術論文を除外する学説も有力

い 肯定される方向性

事情によっては『虚偽』認定がなされる+STAP論文は『除外されない』可能性もある

4 STAP問題×刑事責任|公正証書原本不実記載等罪・窃盗罪・動物愛護法違反

(1)特許出願→公正証書原本不実記載罪

STAP現象に関して,理研が『特許出願』をしているという報道もあります。
仮にこの内容が『虚偽の内容』であったと仮定すると『公正証書原本不実記載等罪』に該当します。
これも故意犯のみですから『虚偽』という認定のハードルが高いです。

<公正証書原本不実記載等罪の構造>

あ 構成要件

公務員に対し虚偽の申立をして,権利・義務に関する事実を証明する記録に不実の記録をさせた

い 法定刑など

懲役5年以下or罰金50万円以下
非親告罪
※刑法157条
※最高裁昭和36年3月30日

(2)ES細胞(株)の無断ゲット→窃盗罪

仮にES細胞の株を『正式な手続を経ずに=無断で』持ってきた場合は『窃盗罪』が成立します。
これについて,被害者となる『理研』ではなく,理研OB個人が刑事告発をする,という報道もあります。
『告訴』と『告発』が紛らわしいので整理しておきます。

<告訴と告発>

あ 共通事項

犯罪の疑惑を捜査機関に申告するもの

い 違うところ=申告する者
手続 告訴 告発
申告する者 被害者 被害者以外
根拠(刑事訴訟法) 230条 239条1項

詳しくはこちら|告訴・告発の基本|受理の拒否・民事不介入|虚偽告訴罪による反撃

(3)マウスの虐待→動物愛護法違反

一般的に哺乳類は『愛護動物』に指定され,動物愛護法の保護が及びます。

<動物愛護法|虐待の規定>

構成要件 愛護動物を『みだりに』殺すこと・傷つけること
法定刑 懲役2年以下or罰金200万円以下

※動物愛護法44条1項

詳しくはこちら|『愛護動物』の虐待・保護不足の罰則
仮に実験が『実質的に無意味』と分かっていてマウスに身体的ダメージを与えたとすれば,『みだり』に該当します。
この前提であれば,動物愛護法違反という刑事責任が成立します。

5 理研の『調査の継続』への期待・罪を憎んで人を憎まず|最終報告書の行間を読む

理研の最終報告書(研究論文に関する調査報告書)の行間から,理研の考え方が読み取れます。

(1)『調査』自体の遂行への姿勢

何箇所も『小保方氏が資料を提出しないから判断できない→研究不正とは認定できない』という記述があります。

<小保方氏の資料提出拒否の指摘>

ア Article Fig.3b(p22)
イ Article Extended Data Fig.2f(p22)
ウ Article Extended Data Fig.5f および Article Extended Data Fig.8k(p23)
エ Article Fig.2b、3d、3g、Extended Data Fig.1a、Extended Data Fig.6d(p23)

次に,最後の『まとめ』で意味深なメッセージがあります。

<調査『不完全』を悔いるコメント>

『これだけ多くの ES 細胞の混入があると、過失というより誰かが故意に混入した疑いを拭えない』
『残念ながら、本調査では 十分な証拠をもって不正行為があったという結論を出すまでには至らなかった』
『これは、本調査委員会の能力と権限の限界でもある』
※『まとめ』p29〜

ここから,『調査委員会以外の機関での調査(捜査)』に期待しているという解釈もできましょう。
理研がいろいろな立場・性格から調査その他のアクションを『したくてもできない』という仮説です。
最終報告直後の理研の記者会見においてもこのニュアンスが現れていたと思います。
その後,理研OBが刑事告発をする,という報道がなされています(平成27年1月24日現在)。
『立場的なしがらみのない者が代わって告発』と考えると,上記仮説に整合しています。

(2)罪を憎んで人を憎まず;『おかしな人がいた』だけで発現したわけではない

報道などでは特定の個人への攻撃的なニュアンスを感じます。
しかし『おかしな人がいたことで不正が生じた』,という単純なものとは考えられません。
再発防止を考える上で,非常に重要な『根本的原因の究明』です。
これについて,最終報告書は踏み込んでコメントしてます。

<他の研究者も身につまされるだろう!|研究費獲得意欲を抑制しよう>

『たまたま小保方氏と共同研究する立場にはなかった大部分の研究者も、もし自分が共同研究をしていたらどうなったかを考えると、身につまされることが多いだろう。』
『理研だけでなく全ての研究者は、STAP問題を自分の研究室にも起こり得る問題と考え、今までよりいっそう思慮深い教育と研究室運営を行うべきだろう。』
『より広い視野で研究者倫理を考え、教育を行う必要がある。』
『そこで基礎となるのは、論文のインパクトファクターでも、獲得研究費の額でも、ノーベル賞の獲得数でもなく、自然の謎を解き明かす喜び社会に対する貢献である。』
※『まとめ』p29〜

このとおり,『個人への攻撃・感情』が,本質を見失わせることにつながります。
『なぜ不正が生じたのか』『同じ環境・状況に他の人が置かれても同じ結果が生じたのではないか』ということを検討課題にすべきです。
また,最後に『自然の謎を解き明かす喜び』と『社会に対する貢献』を『研究者倫理の基礎』として明言しています。
この価値観自体は非常に良いです。
ただ,再発防止としては,システム上にこの価値観を具体化させて組み込む必要があります。
『研究のメイン業務への支障が最小限となる形』で再発防止策を具体化して欲しいと思います。

<理研の最終報告書>

研究論文に関する調査報告書 平成26年12月25日 研究論文に関する調査委員会
別サイト|理研|研究論文に関する調査報告書

6 STAP問題×労働|懲戒処分

仮に小保方氏の研究の方法が不適切なものであった場合,『懲戒処分』が考えられます。
『報酬(給与)の減額』や『懲戒解雇』です。
しかし,理研は既に『依願退職』を『受理』していると報道されています。
このとおりであるとすれば,既に『退職』が完了しています。
そうすると,『懲戒処分』は事実上できないことになります。
一般的には特殊事情がない限り『遡って懲戒処分を行う』ことはできないとされているのです。
詳しくはこちら|研究不正×懲戒解雇の有効性|実験者・共著者

7 STAP問題×民事責任|理研→小保方氏

(1)『不正な研究費支出』の返還|不法行為

要するに『本来支出すべきではなかった』という場合には『返還請求』が認められます。
不法行為による損害賠償請求というものです(民法709条)。
結局『本来支出すべきではなかった』という判断・評価(法的には『違法性』)次第と言えます。
前記『2(2)』の『虚偽×故意』と同様の判断になります。
典型例としては『ES細胞混入を意図的に行った』ことが証明された場合は『違法性』が認められるでしょう。

(2)検証実験に要した費用の返還|不法行為

理研は研究不正の認定後に,『STAP現象の再現性を確認』するための実験を小保方氏を参加させる形で行いました。
ある意味この『検証実験』自体の費用が『無駄遣いだった』という発想があります。
『元の実験・論文作成』に不正があった,と仮定すれば,『検証実験の費用支出』は因果関係のある損害,と言えます。
ただし,検証実験は実施の必要性や規模について,理研の判断・裁量が大きく関わっています。
そのため,『不正な研究費支出(上記(1))』よりも,違法性のハードルは高いでしょう。
要するに,小保方氏への請求が認められる可能性は低めで,また認められたとしても割合(金額)は低めになる方向性です。

(3)理研の評判悪化という『損害』の賠償|不法行為

これは成り立つ可能性は低いです。
まず,理研が受けた『損害』が不明確です。
さらに,STAP現象の研究・実験・論文作成には複数の理研職員が関わっています。
理研にも大きな責任があるはずです。
単純に『特定の研究者の行為に起因した損害』という構図にならないのです。

(4)給与の返還|債務不履行

『研究・実験が無意味だった』という発想です。
しかしこれが成立する可能性は低いです。
雇用している以上,使用者側は『業務を広範にコントロールができる権利がある』→『業務の生産性が低いリスクを負う』という構造があるのです。
上記の『研究費の支出(返還)』と比べると『給与の返還』はハードルが一気に高くなっているのです。

(5)損害賠償に関する就業規則の規定

理研から任期制職員(小保方氏)に対する損害賠償については,就業規程上に条項があります。

<理研|任期制職員就業規程|損害賠償関連>

(損害賠償)
第56条 任期制職員が、故意又は重大な過失によって研究所に損害を及ぼしたときは、情状によりその損害の全部又は一部を賠償させることがある。

実質的には『職員に賠償責任がある場合に責任割合に応じた請求をする』というものです。
法律上の責任の判断と実質的に同様のものと言えます。

8 調査の強制手段|捜査機関による『捜査』|理研による証拠保全などの法的手段

(1)強制的な『調査』の法的手段

以上の『小保方氏の法的責任』が存在すると仮定した場合に『調査方法』も問題となります。
実際に,理研は公式発表(記者会見など)によって『強制手段による調査ができない』とコメントしていました。
これについて,法的・強制的な『調査手段』についてまとめます。
一概に『強制手段は取れない』ということではありません。
逆に言えば『責任が認められる可能性』が高いことが明確になることが前提条件となります。

<強制的な調査手段>

あ 捜査機関による『調査』

刑事責任が成立する可能性が高い場合に『捜査』として実施する
任意・強制手段がある
※刑事訴訟法197条〜

い 理研による『調査』

ア 証拠保全手続
提訴前に『強制的な証拠確保』を先行して実施する手続
※民事訴訟法234条
イ 『研究成果』の引渡請求権
※理研|任期制職員就業規程13条
ウ 民事訴訟上の証拠調べ
民事訴訟の審理手続内で行う『文書提出命令』などの手段
『提訴後』にだけ利用できる

<理研|任期制職員就業規程|研究成果関連>

(研究成果の取扱い)
第13条 任期制職員が研究所における研究の過程又は結果として作製又は取得した研究成果に関する一切の権利(職務発明規程(平成15年規程第71号)第2条に規定する知的財産権(次項において同じ。)を除く。)は、研究所に帰属する。
2 任期制職員が研究所における研究の過程又は結果としてなした知的財産権は、職務発明規程に基づき、研究所に帰属し、又は研究所が承継する。
3 第1項にかかわらず、任期制職員の研究成果に係る研究論文及び研究論文に係る図表等についての著作権は、当該任期制職員に帰属する。
4 前項において、研究所は、任期制職員の研究成果に係る研究論文及び研究論文に係る図表等の全部若しくは一部又は必要に応じて適当な修正を加えたものを、研究所の広報活動、 研究成果の普及、官庁への報告等に係る業務を行うために利用できるものとする。ただし、 研究成果の発表に際して、任期制職員と研究論文等の掲載先との間で著作権について取極 めがある場合はこの限りではない。
(研究成果の発表)
第14条 任期制職員は、研究成果を発表しようとするときは、別に定める手続きを行い、発
表した研究成果は、速やかに研究所に届け出なければならない。

(2)理研の『告発義務』はない

『公務員』については,一般的な『告発義務』があります(刑事訴訟法239条2項)。
そうすると『理研の(小保方氏以外の職員)には告発義務がある』という発想もあります。
告発があれば,捜査機関が捜査をスタートする,ということになりましょう。
しかし,このようにはなりません。
『みなし公務員』の対象は『刑法などの罰則の適用』だけです。
『告発義務』は『罰則の適用』には該当しないからです。
なお,告発義務自体には一定の例外(裁量)を認めるなど,見解が分かれていますがここでは関係ないことになります。

<参考情報>

地方行政実務の法律相談増補改訂版上巻 ぎょうせいp93〜95

以上は,捜査機関や理研本体から小保方氏への責任追及に関する,いわばメインの説明でした。
以下,それ以外の法的責任について説明します。

9 STAP問題×民事責任|理研以外から小保方氏への請求

(1)共著者→小保方氏

STAP論文の共著者は『評判を落とす』という大きなダメージを受けています。
共著者間で『責任追及』,つまり『損害賠償請求』ということは一応考えられます。
しかし,不正があったことについての『責任割合』と『ダメージ』は概ね比例するでしょう。
そこで,原則的には『共著者間では賠償請求できない』ことになると考えられます。
詳しくはこちら|研究不正における共著者の責任割合→相互の損害賠償請求

(2)『流用』された論文作成者(研究者)→小保方氏

仮に『流用』の仕方が『引用』の範囲を超えていた場合は,『著作権法違反』となります。
被害者の告訴があれば捜査機関が捜査→起訴する,というフローに該当します。
しかし,仮にあったとしても『実験全体をまるまる横取り』ということはないと思われます。
要するに『一定の実験自体は行っていた』はずなのです。
そこで,実際に捜査機関が正式に捜査を行う→起訴する,ということは考えにくいのです。
民事的に『著作権侵害→損害賠償請求』という方法もあります。
ただこれも『損害』が観念・算定しにくいです。
あまり現実的ではないでしょう。

(3)キャラクター創作者→小保方氏

ラボに『ニョロニョロ』など,ムーミンの登場人物のステッカーがありました。
多くの報道で撮影され,テレビ番組などで流れていました。
これについて,ムーミンのイメージが悪化した,という発想があります。
しかし,視聴者が抱くイメージは『ムーミンへの嫌悪感』というものとは異なります。
仮に視聴者が『ムーミン関連商品の購入意欲を下げた』としても因果関係として『薄すぎ』です。
法的責任は認められないでしょう。
同様に『キメラマウス』のイメージが悪化したとも考えられます。
しかしスクエアエニックス(ドラクエの敵キャラ『キメラ』)は責任追及をできるわけではありません。
そもそも『キメラ』はギリシア神話にオリジンがある言葉(生物)です。

10 STAP問題×民事|小保方氏からの請求

(1)笹井氏の妻→小保方氏

一部報道では『笹井氏と小保方氏の恋愛感情』が指摘されています。
これを前提にすると『笹井氏の妻から小保方氏に損害賠償請求』ということが考えられます。
しかしこれは『不貞(いわゆる不倫・性的関係)』がないと基本的に認められません。
あったと仮定しても,当然,証拠による立証のハードルもあります。

(2)笹井氏の遺族→マスコミ

笹井氏の自殺は『過剰な報道により,日本・世界での非常に大きな話題となった』ことが関わっていると思われます。
そうすると『過剰な報道をしたマスコミ』も関係するように思えます。
しかし,特定のイベント(ニュース)をどの程度の規模で報道するか,ということはマスコミ(報道機関)に広い裁量が認められています。
『違法性がある』というレベルに達しているとは言えないでしょう。

(3)小保方氏→理研

一部報道によると,小保方氏は,割烹着着用などの『女性』『リケジョ』演出を理研に強要された,という見方もあるようです。
このような仮定を前提にすると,小保方氏は不本意な行為を強要された→精神的損害発生,となります。
いわゆる『セクハラ』と同様の類型です。
理研に対する慰謝料請求が認められるはずです。
しかしあくまでも『強要』という部分が前提になっています。
仮に『提案』があったとしても小保方氏自身が承諾・納得していたとすれば『強要』ではなくなります。

(4)小保方氏→『悪ふざけ』行為者

主にインターネット上で『便乗』型の『悪ふざけ』が散見されます。
個々の行為の具体的内容・悪質性によっては,一定の法的責任が生じます。

<小保方氏関連『悪ふざけ』行為×法的責任>

あ 名誉毀損,プライバシー権侵害,肖像権侵害

差止請求や損害賠償請求
《権利侵害の例》
ア 佐村河内氏や野々村氏とセットになったイラスト,写真の投稿
イ 早稲田大学訪問時に学生がスマホ撮影→SNS投稿
関連コンテンツ|予備論点|処分公表のタイミング・早大生による不当SNS投稿リスク

い パブリシティ権侵害

不当利得や損害賠償請求
例;小保方氏の容姿(イラスト・写真)が入ったグッズの販売

一部報道では,現に小保方氏に映像化などのオファーが来ているというものがありました。
このような『商品化』を無断で行うと上記のとおり違法となります。
適法に行う場合,料金を払って,使用許諾(ライセンス)を受ける,ということになります。