1 月(天体)の所有は認められない
2 月(天体)から採取した物質の商用利用は科学的研究だけ認められる
3 月面を資材置場,倉庫として利用することは条約に反する

1 月(天体)の所有は認められない

<発想>

月,イオ(衛星)や火星(その他の惑星)の土地を購入して所有したい

(1)日本の現行法

まず,一般論としてまだ誰の所有とも決まっていない物(=無主物)の所有権については,一定のルールがあります。
日本国内については民法に明文規定があります(民法239条)。

(2)現在の国際法

トラディショナルな国際的なルールは,当然の前提として,地球上の土地について適用されます。
国際法として,明文はないですが無主地先占というルールが存在します。
新大陸発見(紹介),新航路発見→植民地獲得,国家間の競争・闘争,という,避けようがなかった人類の歴史上の苦悩から自然発生的に確立されたルールです。
無主地先占というルールを前提に,占有に該当するかどうか,先後の解釈で国際問題となっている事象が多くあります。

(3)過去の世界史上の占領に関する条約

無主地先占というルールを前提に,占有する対象エリアを協議で分けたルールがあります。

<土地の占領,領有に関する世界史上の条約>

・トルデシリャス条約(1494年)
・サラゴサ条約(1529年)
※いずれも,ポルトガル・スペイン間の条約

(4)近代における国際条約

時代が進み,宇宙開発の時代が幕を開けたのは,人類の月面着陸を内容とするアポロ計画が遂行された1960年代です。
並行して,国際的なルール策定に向けた協議が行われました。
その結果,月面着陸が実行された1969年の直前,1967年に宇宙条約が成立しました。
宇宙条約において,月を含む天体・宇宙空間については科学的調査は自由主権(所有)の対象ではないということがルール化されました(宇宙条約1条,2条)。
結局,衛星(月やイオ),(地球以外の)惑星(水星,金星,火星など)は所有の対象ではない,ということになります。
民間(個人や法人)の所有,についても,主権(国家の統治権)の範囲内,という当然の前提があります。
国が所有できない以上,民間が所有することもできません。

なお,海外では月の土地の権利証を販売する,という事例があるようです。
これは,いわば夢を売るという趣旨のものでは有効ですが,正式・法的な排他的に支配するという不動産の所有という効果は生じないものです。
ここまでくると,各天体自体が動いているので土地は『不動産』ではない(天動説が前提となっている)というネーミングへの疑問まで生じてしまいます。

(5)無主物の占有,所有のルールのまとめ

<無主物の取得と所有権に関するルールのまとめ>

あ 日本国内(民法)

・動産(民法239条1項)
 →無主物先占;最初に占有した者が所有権を獲得する
・不動産(民法239条2項)
 →国庫帰属;国(日本政府)に所有権が帰属する

い 地球上の土地(国際法)

→無主地先占

う 宇宙空間;天体(宇宙条約1条,2条)

→特定の国の所有の対象にはならない

2 月(天体)から採取した物質の商用利用は科学的研究だけ認められる

<発想>

月,イオ(衛星)や火星(その他の惑星)から研究のため,物質を地球に持ち帰りたい
月面のヘリウム3を大量に採取し,地球上に輸送し,発電に用いたい

<補足;ヘリウム3>

原則的,安定的なヘリウムは質量数が2です。
これの放射性同位体で質量数が3のものがヘリウム3です。
核融合によるエネルギー取り出し(発電)に用いる技術が提唱されています。

天体自体は誰(どの国家)の所有(主権)にも属さないとされています(宇宙条約2条)。
その一方で,天体・宇宙空間の科学的調査,や,天体への立ち入り,については自由とされています(宇宙条約1条)。
ですから,原則的に,月(などの天体)から土砂・塵・岩石を採取し,地球に持ち帰ること自体は禁止されていません。

そうすると,例えば,月面のヘリウム3を地球上に持ち帰り,発電に用いる,という事業も成り立ちそうに思えます。
しかし,天体の探査利用については平等の基礎国際法に従うことが前提となっています(宇宙条約1条)。
経済的な利用であり,その利益も特定の国家や事業者が享受する,というスタイルは,この前提に反することになります。
行うとすれば,国家間の(国際的な)プロジェクトとして,運用者・運用方法・利益配分について明確に合意した上で遂行する,ということになりましょう。

3 月面を資材置場,倉庫として利用することは条約に反する

月面を利用する方法はいろいろと考えられています。

<発想の例>

ア 月面を『機材置場』,『倉庫』として使う
イ 月面に槍や飲料水の缶を置く(放る)プロジェクト

『天体』自体は『誰(どの国家)の所有(主権)にも属さない』とされています(宇宙条約2条)。
その上で,天体の『探査』,『利用』については『平等の基礎』,『国際法に従う』ことが前提となっています(宇宙条約1条)。

月面を物資置場とするアイデアは,経済的な利用であり,その利益も特定の政府(国家)や事業者が享受する,ということになります。
宇宙条約1条に反する可能性があります。
仮に月の裏側(地球から見えない位置)であれば良さそうですが,『利益の独占』という意味で宇宙条約に抵触する可能性があります。
現実には月面利用に関する違法性の判断(先例・判例)の蓄積がありません。
いろいろな見解があり,判断の不確定性が高いです。

<月面利用と宇宙条例の抵触に関する見解>

あ 適法という見解

=『利用』に当たらない・『平等の基礎』『国際法』に反しない
ア 月面に設置(放る)物体がごく小さい→影響がほぼゼロ
イ 特定のエリアを占有(撤去容易)である

い 違法という見解

=『利用』に当たる・『平等の基礎』『国際法』に反する
ア 月面に設置(投下)した物体(物質)が月面の環境に影響を与える(可能性がある)
イ 特定の民族・宗教における感情を害する

国際的な了解のもと行うのが安全な方法です。

<国際的な了解を得て遂行する方法|例>

国際的プロジェクトとして,運用者・運用方法・利益配分について明確に合意した上で遂行する
獲得した(研究用)観測データは国際的に共有する

宇宙開発が進み,月の有効な利用法も確立し,人類の役に立つことにつながると良いと思います。

条文

[宇宙条約(月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約;1966年12月13日採択、第21会期国際連合総会決議2222号、1967年10月10日発効)]
第1条 月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用は、すべての国の利益のために、その経済的又は科学的発展の程度にかかわりなく行われるものであり、全人類に認められる活動分野である。
月その他の天体を含む宇宙空間は、すべての国がいかなる種類の差別もなく、平等の基礎に立ち、かつ、国際法に従って、自由に探査し及び利用できるものとし、また天体のすべての地域への立入は、自由である。
月その他の天体を含む宇宙空間における科学的調査は、自由であり、また、諸国はこの調査における国際協力を容易にし、かつ、奨励するものとする。
第2条 月その他の天体を含む宇宙空間は、主権の主張、使用若しくは占拠又はその他のいかなる手段によっても国家による取得の対象とはならない。

[トルデシリャス条約(参考;要旨)]
ベルデ岬諸島の西方向370リーグの地点の経線を堺として,その西側をスペインが,東側をポルトガルが優先的に領有する

[サラゴサ条約(参考;要旨)]
モルッカ諸島の東方向297.5リーグの地点の経線を境として,その西側をスペインが,東側をポルトガルが優先的に領有する

[民法]
(無主物の帰属)
第二百三十九条  所有者のない動産は、所有の意思をもって占有することによって、その所有権を取得する。
2  所有者のない不動産は、国庫に帰属する。