事実たる慣習(民法92条)と慣習法(法の適用に関する通則法3条)の違い

1 事実たる慣習(民法92条)と慣習法(法の適用に関する通則法3条)の違い

民法92条は「法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習」について定め、法の適用に関する通則法3条は「法律と同一の効力を有する」慣習について定めています。どちらも慣習の効力に関する条文ですが、前者の慣習は「事実たる慣習」、後者の慣習は「慣習法」と呼び分けられてきました。

本記事では、この2つの慣習がどう違うと説明されてきたのか、その区別にどのような批判があるのか、両条の関係について学説がどう分かれているのか、判例は何を述べたのか、そして注釈はどの説を採るのかを説明します。

民法92条は、法律行為の当事者の意思を手がかりにする条文です。法律行為そのものの意味は、別の記事で説明しています。

『法律行為』の意味・基礎(私的自治の原則との関係)・根拠

2 通説は法的確信の有無で2つを分けるが、両条の関係は決着していない

2つの慣習の区別と、両条の関係をめぐる現在地

あ 2つの慣習はどう違うのか

(ア)慣習法を定める条文は、かつての法例2条が全部改正されて、現在の法の適用に関する通則法3条になった(イ)通説は、社会の法的確信に支えられているかどうかで2つを分ける(ウ)慣習法=法的確信に支えられ、法としての意義を有する慣習(エ)事実たる慣習=慣習法の程度に達せず、社会の習俗的規範として存在するもの(オ)個人的な習慣など、社会的な規範としての意味をまったく持たないものは「単なる習慣」

い 通説が挙げる効力の違い

(ア)事実たる慣習=当事者の意思を解釈する標準となり、意思表示の内容となってはじめて効力を持つ。慣習法=当事者の意思に関係なく法規としての効力を持つ(イ)事実たる慣習=任意規定を改廃する効力を持つ。慣習法=任意規定でも法規のある事項については、それを改廃する効力を持たない(ウ)当事者がそれによる意思を有すると認められるときは、慣習法にも民法92条が適用される

う 区別への批判

(ア)規範性の低い事実たる慣習が任意規定に優先し、規範性の高い慣習法が任意規定に劣後するのは矛盾である(イ)法例2条は「慣習」といっており、「慣習法」とはいっていない(ウ)慣習法と事実たる慣習を社会学的に区別することは、理論上は可能でも実際上は至難である

え 両条の関係をめぐる5説
立場 その立場の内容
第1説(通説) 法例2条の慣習は慣習法、民法92条の慣習は事実たる慣習。法的確信の有無で両者を区別する
第2説 両条はともに慣習の効力を定めた規定。慣習が法源となる場面は3つ。民法92条の慣習の確定は当事者の主張・立証に依存する
第3説(有力説) 民法92条は、法例2条にいう「法令ノ規定」に当たる
第4説(近時の有力説) 民法92条は法例2条の特別法。私的自治の認められる分野に限って、任意規定に先んじる効力を認める
第5説 法令に規定のある事項に関する慣習か、ない事項に関する慣習かで区別する。規定のない事項については当事者の意思を問わない
判例 法例2条は慣習法、民法92条は事実たる慣習を定めたものだと述べた。ただし傍論である

どの説を採るかは決着していない=判例の判示は傍論で、学説は5説に分かれたままである

3 慣習の効力を定める2本の条文=民法92条と法の適用に関する通則法3条

慣習の効力について、民法と法の適用に関する通則法がそれぞれ条文を持っています。民法92条は、任意規定と異なる慣習があるときに、当事者がその慣習による意思を有していると認められるならその慣習に従う、という形をとります。慣習が効力を持つために、当事者の意思を経由させる条文です。

これに対して法の適用に関する通則法3条は、慣習そのものが法律と同一の効力を有する場合を定めます。効力が認められるのは、法令の規定により認められたものと、法令に規定されていない事項に関するものに限られます。当事者の意思は要件になっていません。この条文は、かつての法例2条が全部改正されたものです。

条文を並べると、同じ「慣習」という語が2本の条文に出てきて、効力の認められ方が違うことが分かります。そこで、どちらの条文がどの慣習を指しているのかが問題になります。

民法92条の条文

法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。

※民法92条

法の適用に関する通則法3条の条文

公の秩序又は善良の風俗に反しない慣習は、法令の規定により認められたもの又は法令に規定されていない事項に関するものに限り、法律と同一の効力を有する。

※法の適用に関する通則法3条

4 民法92条の慣習と法の適用に関する通則法3条の慣習は別物

2つの慣習は、呼び名が違うだけでなく、別の範疇のものとして説明されてきました。順に、事実たる慣習とは何か、慣習法とは何かを見ます。

(1)事実たる慣習=慣習法の程度に達しない社会の習俗的規範

民法92条にいう「慣習」は、慣習法の程度には達していないものを指すと説明されます。社会の習俗的な規範として存在してはいるけれども、法としての意義までは認められていないものです。学説はこれを、慣習法である慣習と対比する意味で「事実たる慣習」と呼んできました。さらにその下に、個人的な習慣のように社会的な規範としての意味をまったく持たないものがあり、こちらは「単なる習慣」と呼び分けられます。

なお、同じものを「事実である慣習」と書く文献もあります。我妻・有泉コンメンタール民法はこの言い方を採っているので、本記事が引用する逐語もその表記です。地の文では、通用している「事実たる慣習」で述べます。

事実である慣習=慣習法の程度に達しない社会の習俗的規範

本条は、慣習が法律行為解釈の標準となることを定めたものであるから、ここにいう「慣習」は「慣習法」の程度に達せず、単に社会の習俗的規範として存在するものを指す。
学者は、普通、これを、慣習法である慣習と対比する意味において、「事実である慣習」という
(これに対して、個人的な習慣などで、社会的な規範としての意味をまったく持たないものは、「単なる習慣」と呼ぶことができよう)。

※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p197

(2)慣習法=法としての意義を有する慣習・法律と同一の効力

これに対して、法としての意義を有する慣習が慣習法です。かつては法例2条が、公の秩序または善良の風俗に反しない慣習のうち、法令の規定により認められたものと、法令に規定のない事項に関するものに限って、法律と同一の効力を有すると定めていました。この条文が全部改正されて、現在の法の適用に関する通則法3条になっています。

我妻・有泉コンメンタール民法は、法例2条の原文と現在の条文を並べて、現代用語化されたものだと説明しています。慣習法の側は、当事者の意思を経由せずに法規として働く点が、事実たる慣習と対照されます。

慣習法=法例2条が法律と同一の効力を認めた慣習・現在は法の適用に関する通則法3条

これに対して法としての意義を有する慣習、すなわち慣習法については、法例2条が
「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反セサル慣習ハ法令ノ規定ニ依リテ認メタルモノ及ヒ法令ニ規定ナキ事項ニ関スルモノニ限リ法律ト同一ノ効力ヲ有ス」
と規定していた
(現在の法適用通則§3では、
「公の秩序又は善良の風俗に反しない慣習は、法令の規定により認められたもの又は法令に規定されていない事項に関するものに限り、法律と同一の効力を有する。」
と現代用語化された)。

※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p197

5 区別は効力の立ち方に出るが、慣習法が民法92条の外に出るわけではない

2つを分けたうえで、通説はその違いを2点に整理します。もっとも、慣習法だからといって民法92条がまったく働かないわけではありません。差異の2点と、例外にあたる場面を順に見ます。

(1)通説の挙げる差異は2つ=効力の生じ方と、任意規定を改廃する力の有無

第1の差異は、効力がどのように生じるかです。事実たる慣習は、当事者の意思を解釈する標準となることによって意思表示の内容となり、そこではじめて効力を持ちます。慣習法は、当事者の意思に関係なく、法規としての効力を持ちます。

第2の差異は、これと関連して、任意規定を改廃する力の有無に出ます。事実たる慣習は任意規定を改廃する効力を持ちますが、慣習法は、たとえ任意規定であっても法規のある事項については、法としての意義を認められないと説明されています。

差異は2つ=意思表示の内容となってはじめて効力か・任意規定を改廃する効力があるか

両者の差異は、
第1に、
「事実である慣習」は当事者の意思を解釈する標準となることによって意思表示の内容となったうえで、はじめて効力を有しうる(本条〔3〕参照)のに反し、
慣習法は当事者の意思に関係なく法規としての効力を有する点、
第2に、このことと関連して
「事実である慣習」は任意規定を改廃する効力を持つが(本条[1]参照)、
慣習法は、たとえ任意規定でも法規のある事項については、その法としての意義を認められない点、換言すればそれを改廃する効力を有しない点にある。

※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p197〜198

(2)当事者に慣習による意思があると認められれば慣習法にも民法92条が適用

以上の区別は、慣習法には民法92条が働かないという意味ではありません。当事者がその慣習による意思を有していると認められるときは、慣習法についても民法92条が適用されることになると説明されています。

慣習による意思が認められるとき=慣習法にも民法92条が適用

もちろん、当事者がそれによる意思があると認められるときは、慣習法についても本条が適用されることになる。

※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p198

6 末弘厳太郎氏の批判=規範性の低い慣習が任意規定に優先するのは奇異

この区別には批判があります。出発点は末弘厳太郎氏の指摘で、慣習法と事実たる慣習が範疇を同じくする概念で、後者は前者と性質を同じくしながら社会の法的確信に支えられていない点だけが違う、いわば程度の低い法規範だというのであれば、法としてむしろ高度の性質を持つものが任意規定に反して成立できない一方で、低度のものがかえって任意規定に優先することになる、という点を奇異だとするものです。注釈民法は、この批判を次のように紹介しています。

規範性の高い慣習法が任意規定に劣後し、低いものが優先するのは奇異

しかし、この第1説に対しては、末弘博士の次のような批判が提起されるに至った。
すなわち、「通説は『法例第2条により慣習法は任意法規の存する場合には成立し得ない、これに反し事実たる慣習は任意法規に優先する』という結論を認めるわけであるが、もしも通説のいうように、事実たる慣習と慣習法とが範疇を同じうする概念であり、前者は後者と性質を同じうしながら『社会の法的確信によって支持されない』という点だけが異なる、いわば後者より程度の低い法規範であるとすれば、右の結論を認めることはすなわち法としてむしろ高度の性質を有するものは任意法規に反して成立しえざるに反し、低度のものがかえって任意法規に優先するという奇異なる『注目すべき』現象を認めることになる」

※淡路剛久稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(3)』有斐閣2010年 10月p260〜261

この批判は最近の有力説に受け継がれているとされ、注釈民法は論拠を3点に整理しています。法的確信をともなう慣習法が任意規定に劣後するのとの矛盾、法例2条が「慣習」としかいっていないのに「慣習法」と読む根拠がはっきりしないこと、そして慣習法と事実たる慣習を社会学的に区別するのは理論上は可能でも実際上は至難であること、の3点です。

論拠は3点=矛盾・「慣習法」と読む根拠の不明・社会学的な区別の困難

批判の論拠は、おおよそ次の3点に要約できるであろう。
①社会の法的確信をともなう慣習法は法例2条によって任意法規にも劣後するのに、社会の法的確信をともなわない単なる事実たる慣習が民法92条で任意法規に優先することになるのは矛盾である(末弘・川島・渡辺・星野)。
②法例2条は「慣習」といっており、「慣習法」とはいっていないのに、これを「慣習法」と読む根拠がどこにあるのかはっきりしない。
解釈上、慣習法は法例2条によって成立するのであって、同条の前提となるものではない(川島・渡辺。
批判、星野)。
③社会学的に慣習法と事実たる慣習とを区別することは、理論的には可能であるが、実際上は至難のわざである(川島・星野)。

※淡路剛久稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(3)』有斐閣2010年 10月p261

我妻・有泉コンメンタール民法も、この批判が有力になっていると述べています。そこでは、区別を不要とする立場の中身として、慣習は法の適用に関する通則法3条により任意規定にも劣る法源性を取得し、法律行為の内容となる限りで民法92条により任意規定に優先する法源性を与えられる、という説明が示されています。

区別は不要=慣習は法例2条で法源性を得て、民法92条で任意規定に優先する

最近では、法的確信に支えられた規範性の強い慣習(法)が任意法規に劣後し、法的確信に支えられるに至っていない規範性の弱い「事実である慣習」が任意法規に優先するのは不合理であるとの批判が有力になっている。
この説によれば、慣習法と事実である慣習との区別は不要であり、慣習は法例2条(改正により現在は法適用通則§3)により任意法規にも劣る法源性を取得し、法律行為の内容となる限りにおいて本条により任意法規に優先する法源性を与えられる。

※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p198

7 起草者の考え方はどちらを採っても民法92条と矛盾し、あいまいなまま

両条の関係は、起草の段階から整理されていませんでした。法例2条の「法令ノ規定」に任意規定を含むかどうかについて起草委員の考え方は必ずしもはっきりせず、しかもどちらの考え方を採っても民法92条との間に矛盾が残ります。慣習は任意規定に当然に優先すると解するなら、民法92条が当事者の慣習による意思を要求していることと合いません。慣習は任意規定に劣後すると解するなら、民法92条が意思表示までは要求せず意思があると認められれば足るとしていることと合いません。注釈民法は、この点について起草者の考え方はあいまいなまま後に残されたとしています。

どちらの考え方でも民法92条と矛盾=起草者の考え方はあいまいなまま残された

法例2条にいうところの「法令ノ規定」とは、強行法規だけであるのか、それとも任意法規を含むのかに関しては、起草委員の考え方は必ずしもはっきりしていない(星野英一・前掲民法論集(168以下)。
しかし、いずれの考え方をとっても民法92条との間には一定の矛盾が存在する。
なぜなら、第1に、法例2条の「法令ノ規定」には任意規定を含まず、慣習は任意規定に当然に優先する、と解するならば(穂積・梅両委員の当初の考え方)、民法92条においても、慣習が当然に優先するはずであるが、現行の92条は「当事者カ之ニ依ル意思ヲ有セルモノト認ムヘキトキ」にかぎって慣習が任意規定に優先するとしているのであるから、2つの規定の間には矛盾がある。
また、第2に、法例2条の「法令ノ規定」に任意規定を含め、慣習は任意規定に劣後すると解するならば(富井委員の当初の考え方)、民法92条においては、当事者の慣習による意思の表示があったときにかぎって慣習が適用されるはずであるが、92条は当事者の意思表示があったときでなく、「当事者カ之ニ依ル意思ヲ有セルモノト認ムヘキトキ」に慣習が任意規定に優先する、としているのであるから、やはり2つの規定の間には矛盾がある。
しかし、この点についての起草者の考え方はあいまいなまま後に残されることになった。

※淡路剛久稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(3)』有斐閣2010年 10月p259〜260

8 両条の関係をめぐる学説は5説=「法令ノ規定」に任意規定を含む点だけは一致

慣習の効力を定める条文が2本あることから、両条の関係そのものが論点になります。注釈民法は、これを独立の項目として立てています。

慣習の効力は民法92条のほか法例2条も定める=両条の関係が問題になる

慣習の効力に関しては、本条のほか法例2条もこれを定めている。
すなわち、「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反セサル慣習ハ法令ノ規定ニ依リテ認メタルモノ及ヒ法令ニ規定ナキ事項ニ関スルモノニ限リ法律ト同一ノ効力ヲ有ス」(法例2)。
そこで、本条と法例2条との関係が問題になる。

※淡路剛久稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(3)』有斐閣2010年 10月p259

学説は、法例2条の「法令ノ規定」には強行規定と任意規定の両方が含まれると解しており、この点にはほとんど異論がありません。割れるのはその先で、民法92条との関係について5つの考え方が唱えられています。以下、第1説から第5説まで順に見ます。

「法令ノ規定」に強行規定と任意規定の両方を含む点は異論なし=割れるのはその先

(ア)学説は、法例2条の「法令ノ規定」には、強行規定および任意規定の両方を含むと解している。
この点についてはほとんど異論をみない。
しかし、法例2条と民法92条との関係については、5つの考え方が唱えられるに至っている。

※淡路剛久稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(3)』有斐閣2010年 10月p260

(1)第1説=法例2条の慣習は慣習法・民法92条の慣習は事実たる慣習

第1説は、前に見た通説です。法例2条の慣習を慣習法と解し、それは社会の法的確信によって支持される必要があるが、民法92条の慣習は事実たる慣習であって法的確信による支持を要しない、として両者を区別します。注釈民法は、この考え方が起草者の説明の中にも不鮮明な形であらわれており、その後の学説において定着して通説となったとしています。

第1説=法的確信の有無で区別・その後の学説に定着して通説

(イ)第1の考え方は、法例2条の慣習を「慣習法」と解し、それは社会の法的確信によって支持される必要があるが、民法92条の慣習は「事実たる慣習」であり、社会の法的確信によって支持される必要はない、として両者を区別する説である。
この考え方は、民法起草者の説明の中にも不鮮明な形であらわれていた(法例速記録2回59〔近代立法資料(26)32〕における梅委員の発言)が、その後の学説において定着し(江木213、松本16、鳩山334、川名207、穂積43、近藤・註釈316、田島16、我妻・旧215)、通説となった(於保211、柚木97以下、松坂197、我妻252など)。

※淡路剛久稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(3)』有斐閣2010年 10月p260

(2)第2説=両条はともに慣習の効力を定める規定・慣習が法源となる場合は3つ

第2説は、法例2条も民法92条もともに慣習の効力を定めたものだと見ます。法例2条が定める2つの場合と民法92条が定める場合の3つで、慣習は制定法と同様に法源となるという説明です。ただし、法例2条の慣習は法律と同一の効力を有するのでその確定は裁判所の任務に属し、民法92条の慣習は法律行為の内容に関するのでその確定は訴訟当事者の主張および立証に依存する、と区別されます。

注釈民法は、この説に対する批判として、任意規定に反する内容の慣習について、法例2条は法律と同一の効力を持つものではないとして適用を否定し、民法92条は契約の内容となることによって適用を肯定することになるので、形式上はともかく実質的にはやはり矛盾がある、というものを挙げています。

第2説=3つの場合に慣習が法源・確定の仕方は両条で違う/実質的な矛盾は残るとの批判

(ウ)第2の考え方は、法例2条も民法92条もともに「慣習の効力」を定めたものであり、法例2条の定める2つの場合と民法92条の定める場合の3つの場合に、慣習は制定法と同様法源となる、と説く考え方である(川島・民法I22、渡辺・前掲論文44。
同旨、勝本37、舟橋21、水本浩=甲斐道太郎編・民法(総則・物権)講義〔新版〕〔昭58〕104も同旨か)。
ただし、法例2条の慣習は「法律ト同一ノ効力ヲ有ス」るから、その確定は裁判所の任務に属するが、民法92条の慣習は法律行為の内容に関するから、その確定は訴訟当事者の主張および立証に依存する(川島・民法I23。
この点は民法総則253に受け継がれている)。
この第2説に対しては、次のような批判が投げかけられている。
すなわち、この説は、民法92条が契約規範の内容となった慣習の効力を定めるもので当然の規定として、論理上巧みにつじつまを合わせているが、このように解しても、任意規定に反する内容の慣習につき、法例2条はそれが法律と同一の効力を有するものではないとしてその適用を否定し、民法92条は契約の内容となることによってその適用を肯定していることになり、形式上はともかく実質的にはやはり矛盾がある、と(星野・前掲民法論集(1)159)。

※淡路剛久稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(3)』有斐閣2010年 10月p261〜262

(3)第3説=民法92条は法例2条にいう「法令ノ規定」に当たる規定

第3説は、民法92条こそが、法例2条にいう「慣習の効力を認めた法令ノ規定」だと見ます。注釈民法は、この説が古くから主張され、近時は支持者を得て有力説になっているとしています。これに対しては、そう解すると民法92条の慣習が法律と同一の効力を有することになって当事者の主張・立証を要しなくなるがそれは適当でない、という批判と、法例2条の「法令ノ規定」は個別的に慣習の効力を認める規定と解されるのに包括的に効力を認める民法92条がこれに当たるとするのは法例2条の個別主義と抵触しないか、という疑問が示されています。

第3説=民法92条が法例2条の「法令ノ規定」/主張・立証と個別主義からの疑問

(エ)第3の考え方は、民法92条は、法例2条にいうところの慣習の効力を認めた「法令ノ規定」である、とする説である。
この説はかなり古くから主張されていたが(橋本文雄「慣習法の法源性」社会法と市民法〔昭32〕354)、最近、支持者を見出し、有力説となっている(星野・前掲民法論集(158・180、星野34、川井170―この第3の考え方、次いで第4の考え方が説得性を有する、という―、内田266、大村114。
幾代231、石田(穣)25は、このような考え方でもよいという)。
この説に対しては(そのように解すると、民法92条の慣習は「法律ト同一ノ効力ヲ有ス」ることになり、当事者の主張・立証を要しなくなるが)、民法92条による慣習は端的に「法律ト同一ノ効力ヲ有ス」るものでなく、契約規範の内容を形成するにすぎないから、当事者の主張・立証を要するものとすべく、したがって適当でない、という批判(四宮和夫・民法総則〔初版〕〔昭47〕167)や、法例2条の「法令ノ規定」とは個別的な慣習の効力を認める規定と解されるのに対して、包括的に慣習の効力を認める92条がこれに該るとするのは、法例2条の個別主義の立場と抵触するのではないか、といった趣旨の疑問(奥田・前掲論文38)が提示されている。

※淡路剛久稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(3)』有斐閣2010年 10月p262

(4)第4説=民法92条は法例2条の特別法=私的自治の分野に限る効力

第4説は、民法92条を法例2条の特別法と見ます。法例2条が制定法一般に対する慣習の補充的な効力を認めたのに対し、民法92条は私的自治の認められる分野に限って、とくに任意規定に先んじて法律行為の解釈ないし補充の効力を認めたものだという説明です。注釈民法は、これも近時の有力説だとしています。

第4説=法例2条の特別法・私的自治の分野に限り任意規定に先んじる効力

(オ)第4の考え方は、民法92条を法例2条の特別法と考え、法例2条は制定法一般に対する慣習の補充的効力を認めたのに対し、92条は、私的自治の認められる分野にかぎってとくに任意法規に先んじて法律行為の解釈ないし補充の効力を認めた、とする。
この説もまた近時の有力説である(四宮=能見191、川井170、奥田・前掲論文39、米倉・前掲論文34、辻210はこれを支持し、幾代231、石田(穣)25はこの考え方でもよいとする)。

※淡路剛久稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(3)』有斐閣2010年 10月p262

(5)第5説=法令に規定のない事項の慣習は当事者の意思を問わずに適用

第5説は、法令に規定のある事項に関する慣習か、規定のない事項に関する慣習かで区別します。民法92条は規定のある事項に関する慣習の適用を当事者の意思があると認められる場合に限っているのに対し、法例2条は規定のない事項に関する慣習の適用について当事者の意思を問題にしていないにすぎない、という読み方です。注釈民法は、この考え方が第2説の不明確な部分をより明確にしたものだとしています。

第5説=法令に規定のある事項か・ない事項かで区別/規定のない事項は意思を問わない

(カ)第5の考え方は、法令に規定のない事項に関する慣習か、法令に規定のある事項に関する慣習かによって区別する説である。
すなわち、「民法92条は法令に規定のある事項に関する慣習の適用を当事者のこれによるべき意思があるとみとむべき場合に限っているのに対し、法例2条は法令に規定のない事項に関する慣習の適用に当事者のこれによるべき意思を問題にしていないに過ぎない。
従って法令に規定のない事項に関する慣習の場合には、当事者の意思表示によってその適用を排除することはもとより可能であるが、当事者のそれによるべき意思を問う必要はないのである」、とする

※淡路剛久稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(3)』有斐閣2010年 10月p262

注釈民法は、この説に対する批判として、法例2条と民法92条の文理に照らして受け入れられやすいとはいえるが、法例2条が法令に規定のある事項に関する慣習をまったく圏外に置き去っているとはいえず、慣習の振り分けが矛盾をきたさないことの説明は十分でない、というものを挙げています。

第5説への批判=慣習の振り分けが矛盾しないことの説明は十分でない

この説に対しては、法例2条と92条との文理にてらして受け入れられやすいといえるが、法例2条が法令に規定のある事項に関する慣習を全く圏外に置き去っているとはいえず、慣習のいわば振り分けが矛盾をきたさないことの説明は十分でない、との批判がある(米倉・前掲論文34)。

※淡路剛久稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(3)』有斐閣2010年 10月p263

9 大審院大正5年1月21日判決は第1説に呼応=ただし傍論

両条の関係が判例で問題になった例は、ほとんどありません。注釈民法は、大審院大正5年1月21日の判決が、法例2条にいう慣習は法則たる効力を有する慣習すなわち慣習法であり、民法92条にいう慣習は法則たる効力を有しない単純な慣行の事実だと判示したと紹介しています。学説の第1説に呼応するものだといえよう、というのが注釈民法の評価です。

もっとも注釈民法は、この抽象論について、民法92条の慣習は当事者のこれによる意思があれば任意規定に優先して適用されるという当然のことを述べるために展開されたもので、いわば傍論だとしています。なお、大審院の判決文そのものは当方で未確認です。本記事が引いているのは注釈民法の本文であり、判決文はその中に引かれているものです。

大審院大正5年1月21日判決の紹介=法例2条は慣習法・民法92条は単純な慣行の事実/傍論

本条と法例2条との関係が判例で問題になったケースはほとんどない。
大審院大正5年1月21日判決(民録22・25)は、本条と法例2条との関係につき、「法例第2条ニ所謂慣習ハ法則タルノ効力ヲ有スル慣習ニシテ即チ慣習法ニ外ナラサレハ法令ノ規定ト全ク相容レサルモノハ法則タルノ効力アルモノトシテ之ヲ認ムルコトヲ得スト雖モ民法第92条ニ所謂慣習ハ法則タルノ効力ヲ有セサル単純ナル慣行ノ事実」であるという。
すなわち、法例2条は慣習法を定めたものであり、民法92条は事実たる慣習を定めたものだというわけである(なお、法例2条にはふれていないが、民法92条につき同旨を述べるものとして、大判大3・10・27民録20・818)。
これは学説の第1説に呼応するものだといえよう。
しかし、判決のこの抽象論は、民法92条の慣習が当事者のこれによる意思があれば任意規定に優先して適用される、という当然のこと(民法92条があるのだから)を述べるために展開されたものであり、いわば傍論である。

※淡路剛久稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(3)』有斐閣2010年 10月p263

10 第5説を採る理由=文理と、慣習の効力を広く認める結果の両方で妥当

注釈民法は、この論争の性質を3つの視点に分けて整理します。第1は、法例2条の慣習・民法92条の慣習・任意規定の優劣について、どれだけ論理的整合性のある説明ができるかという視点です。第2は、主張・立証責任を当事者が負うかどうかという視点で、第2説がここに意味を見ます。第3は、慣習の効力を広く認めるかどうかという視点で、第5説がここに関わります。

論争の性質は3つの視点=論理的整合性・主張立証責任・慣習の効力の広狭

まず、本条と法例2条との関係についての論争の性質をみておく。
第1は、法例2条の慣習、民法92条の慣習、および任意規定の優劣をめぐって、いかに論理的整合性のある説明ができるか、ということである。
従来は、主として、この論理的整合性の面に、論争の焦点が注がれてきた(第1説に対する反対説の批判、第2説に対する第3説の批判、および第3説の解釈論的提案)。
しかし、最近、単なる論理的整合性にとどまらない次のような視点が提供されるに至っている。
すなわち、第2は、主張・立証責任を当事者が負うかどうか、という問題に関する視点である(第2説、とくに川島説)。
すなわち、この説によると、民法92条の慣習は当事者の主張・立証を要するのに対し、法例2条の慣習は、当事者の主張・立証を待つことなく、裁判官が職権をもって慣習規範を適用しなければならない。
この点で、ある慣習が民法92条の慣習であるか法例2条の慣習であるかを問題とすることに、意味があるという。
第3は、慣習の効力を広く認めるかどうか、という問題に関する視点である(第5説、とくに来栖説)。
すなわち、民法92条の慣習は法令(任意規定)に定めのある事項に関する慣習であり、このような慣習を適用して裁判するためには、当事者のこれによる意思を必要とするのに対し、法例2条の慣習は、法令(強行規定および任意規定)に定めのない事項に関する慣習であり、この場合には、当事者のこれによる意思を必要とせず、ただちに慣習を適用して裁判しなければならない、というのである。
この考え方によると、法令に規定のない事項については、民法92条ではなく法例2条を適用し、したがって当事者のこれによる意思をとわずにただちに慣習による裁判をすることになり、論理上は(実際上は、当事者のこれによる意思は推定されるから、ほとんど違わない)慣習の効力が広く認められることになる(92条についての当初の梅・穂積説に近い考え方である)。

※淡路剛久稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(3)』有斐閣2010年 10月p263〜264

そのうえで注釈民法は、第5説が論理的整合性の点からも、慣習の効力を広く認めようとする実際上の結果からも妥当だとして、旧版からの立場を維持するとしています。ただし、法令に規定のある事項か規定のない事項かを区別しなければならないという困難で、しかも実益の乏しい作業が必要になる点は、問題になりうるとも述べています。

第5説が妥当=文理と実際上の結果の両方/区別の作業が必要になる点は問題になりうる

第5説は、論理的整合性の点からも、慣習の効力を広く認めようとする実際上の結果からも、妥当である。
すなわち、任意規定とそれに反する慣習とが競合している場合には、当事者の慣習による意思を前提として慣習の適用を認めるが、そうでない場合、すなわち、法令に規定のない事項についての慣習は、慣習による意思を問題とせずにただちにこれを適用することになる。
これは、法例2条と民法92条の文理上、さらに実際上の結果も、妥当であると思われる(ただし、この第5説には、法令に規定のある事項か規定のない事項かを区別しなければならないという困難な、しかもあまり実益のない作業が必要となり、この点が問題になりうる)。
以上から、筆者は、本論争が実益という点では大きな意味を持たないことを認めつつ、本書旧版において第5説を支持したが、なおこの見解を維持する。

※淡路剛久稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(3)』有斐閣2010年 10月p265

11 おわりに

事実たる慣習と慣習法の区別は、通説としては社会の法的確信の有無で立てられ、効力の生じ方と任意規定を改廃する力の2点で違うと説明されてきました。もっとも、その区別そのものに対する批判があり、両条の関係をめぐっては5つの考え方が並んでいます。注釈民法が採るのは、法令に規定のある事項に関する慣習か、ない事項に関する慣習かで扱いが変わるという第5説です。

この区別が実際の事件でどう主張され、どう扱われたかは、別の記事で説明しています。

借地の更新料の支払義務(全体・更新料特約なし)

慣習法が物権の根拠になるかという場面は、別の記事で説明しています。

温泉利用の権利(物権としての温泉権の性質・全体)

法令が明文で慣習に委ねている場面は、別の記事で説明しています。

境界と建物は50cmの距離を空ける(建築基準法や慣習での例外あり)

本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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