一般条項(信義則・権利濫用・公序良俗)と弁論主義|当事者が主張しなくても裁判所が判断できるか

1 一般条項(信義則・権利濫用・公序良俗)と弁論主義|当事者が主張しなくても裁判所が判断できるか

民事裁判では、当事者が主張していない事実を、裁判所が判決の基礎にすることはできません。これを弁論主義といいます。
ところが、信義則(民法1条2項)、権利の濫用(同条3項)、公序良俗(民法90条)といった一般条項については、当事者が主張していなくても裁判所が判断してよい、という議論があります。現に、相手方が有責配偶者であるという主張をしていないのに、裁判所が信義則違反を理由に離婚請求を退けた裁判例もあります。
本記事では、一般条項に弁論主義がどこまで及ぶのか、そして主張がないまま判断された場合に何が歯止めになるのかを説明します。
弁論主義と職権探知主義の基本的な内容については、別の記事で説明しています。

弁論主義と職権探知主義の基本

信義則と権利の濫用それぞれの意味や、両者の適用の区別についても、別の記事で説明しています。

信義則(信義誠実の原則)と権利の濫用の基本的な内容と適用の区別

2 主張の要否で見解が三つに分かれ、要らないとしても釈明を尽くさなければ破棄される

一般条項について実際に争われているのは主張が要るかの一点で、そこに多数説・伊藤説・判例の三つが並んでいます。その前段、つまり何が主要事実かという点は、見解がほぼ一致しています。
主張が要らないとされる場面でも、裁判所が釈明を尽くさなければ判決が破棄される、というのがもう一方の軸です。

主張の要否で見解が三つに分かれ、要らないとしても釈明を尽くさなければ破棄される

あ 前提→何が主要事実か

評価の前提となる具体的事実。一般条項そのもの(公序良俗に反することなど)ではない
(文献の見解=伊藤・民訴〔第8版〕p336/高橋・重点講義(上)p457。両者一致)

い 主張の要否→見解が三つ
立場 現在地 出所
多数説 不要。狭義の一般条項は公益的色彩が強い王者的規範であり、私的自治に支えられた弁論主義は後退する 文献の見解(高橋・重点講義(上)p457/岡口・要件事実マニュアル〔第6版〕p29)
伊藤説 公序良俗のみ不要。権利濫用・信義則は当事者の利益保護を主たる目的とする法理であり、弁論主義に服する 文献の見解(伊藤・民訴〔第8版〕p336〜337・注144)
判例 主張がないまま職権で判断。ただし公序良俗については同条違反に該当する事実の陳述さえあればとする 判例が明示(最判昭和36年4月27日・最判昭和42年4月7日・最判昭和56年10月30日)

判例が基礎付け事実の主張責任まで否定したかは、判例からは決まらない→評価が分かれる
(文献の見解=岡口・要件事実マニュアル〔第6版〕p29)

う 歯止め→主張がなくても、釈明を尽くさなければ破棄

判断自体は否定されない。釈明を尽くさずに判断すれば、釈明権の行使を怠った違法となる→破棄差戻し
(判例が明示=最判平成22年10月14日)

え 境界と周辺

過失相殺=職権ですることができる。ただし過失に当たる事実には弁論主義が適用される
(文献の見解=伊藤・民訴〔第8版〕p337・注146/岡口・要件事実マニュアル〔第6版〕p30が判例を紹介)

評価的要件一般=評価根拠事実と評価障害事実をそれぞれ主要事実とし、主張立証責任を分配する
(文献の見解=伊藤・民訴〔第8版〕注144が最判平成30年6月1日を紹介)

3 出発点=主要事実は当事者が主張しなければ裁判所は使えない(弁論主義の第1テーゼ)

まず出発点を確認します。弁論主義のいちばん重要な中身は、主要事実は当事者が主張しなければ裁判所が使えないというルールです。これを弁論主義の第1テーゼと呼びます。主張がないために法律効果が認められず、不利益を受けることを主張責任といいます。

主要事実は当事者が主張しなければ裁判の基礎にできない

主要事実(=法律要件に該当する具体的事実)は、当事者が主張しなければ、裁判所が、これを裁判の基礎とすることができない。
これを弁論主義の第1テーゼ(又は、単に「弁論主義」)という。

※岡口基一著『要件事実マニュアル 第6版 第1巻 総論・民法1』ぎょうせい2020年 12月p28

4 この記事が扱う三つの一般条項(民法1条2項・3項、90条)

本記事が扱うのは、次の3つの条文です。いずれも要件が抽象的で、あてはめに評価が入るところから一般条項と呼ばれます。このうち信義則・権利の濫用・公序良俗の3つは、とくに狭義の一般条項と呼ばれることがあります。
それぞれの実体法上の意味と効果は、別の記事で説明しています(本記事が扱うのは、訴訟でこれをどう主張するか、という手続の側だけです)。

民法1条2項の条文

権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

※民法1条2項

民法1条3項の条文

権利の濫用は、これを許さない。

※民法1条3項

民法90条の条文

公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

※民法90条

5 一般条項でも、主要事実は評価の前提となる具体的事実である

一般条項では、条文の文言そのもの(信義に従い誠実に、公の秩序又は善良の風俗に反する)は評価を含んでいて、そのままでは事実になりません。そこで、何が主要事実なのかが先に問題になります。
この点は見解がほぼ一致していて、評価の前提となる具体的事実が主要事実だとされています。

評価を前提とする要件では、評価の対象となる具体的事実が主要事実になる

過失や正当事由など、法律要件事実が具体的事実そのものではなく、具体的事実についての評価を前提としたものとして規定されている場合には、主要事実は、評価の対象となる具体的事実とみなされ、弁論主義もそれについて適用される。

※伊藤眞 (東京大学名誉教授、弁護士)著『民事訴訟法 第8版』有斐閣2023年 12月p336

公序良俗違反等と評価される具体的事実が主要事実だとするのが近時の通説

ここでは近時の通説である公序良俗違反等と評価される具体的事実が主要事実だとして話を進めることとする。

※高橋宏志著『重点講義民事訴訟法(上)第2版補訂版』有斐閣2013年p457

6 多数説→王者的規範だから弁論主義は後退する

では、その具体的事実について当事者の主張が要るのでしょうか。
多数説は、要らないと考えます。公序良俗・権利濫用・信義則は当事者の私的処分に委ねられない法の一般原則で、公益的色彩が強い。弁論主義は私的自治に支えられた原則なので、そこでは後退する、という説明です。これらの条項が適用される事件では請求の認諾が許されないことも、根拠の1つに挙げられます。

公益的色彩が強い「王者的規範」だから弁論主義は後退する

公序良俗、権利濫用、信義則というのは、当事者の私的処分に委ねられない法の一般原則であり、公益的色彩が強いいわば「王者的規範」(53)であるから私的自治に支えられている弁論主義は後退すると言うのである

※高橋宏志著『重点講義民事訴訟法(上)第2版補訂版』有斐閣2013年p457

狭義の一般条項には弁論主義の適用がなく主張責任は存在しない

これに対し、多数説(村田ほか・30講77頁)は、狭義の一般条項及び過失相殺の各基礎付け事実について、弁論主義の適用がなく、主張責任は存在しないとする

※岡口基一著『要件事実マニュアル 第6版 第1巻 総論・民法1』ぎょうせい2020年 12月p29

7 伊藤説→高度の公益性を持つ公序良俗だけを切り出す

これに対して、同じ狭義の一般条項でも中身によって扱いを分ける見解があります。
伊藤眞氏は、権利濫用と信義則については評価の前提となる具体的事実が主要事実として弁論主義に服するとしたうえで、公序良俗違反の評価だけは高度の公益性を含むので、その事実が弁論で主張されていなくても、裁判所は他の事実から推認して認定しうる、とします。権利濫用と信義則を切り分ける理由は、これらが当事者の利益保護を主たる目的とする法理だからです。
後述する判例を、公序良俗の事件と信義則・権利濫用の事件とで読み分ける必要があるのは、この違いによります。

権利濫用と信義則は弁論主義に服し、公序良俗違反だけが高度の公益性を含む

狭義の一般条項のうち、権利濫用および信義則については、それぞれの評価の前提となる具体的事実が主要事実として弁論主義に服する。
ただし、公序良俗違反の評価は、高度の公益性を含むものであるから、この場合には、その内容たる事実が弁論において主張されないときであっても、裁判所は、他の事実から主要事実の存在を推認し、公序良俗違反を認定しうる144)。

※伊藤眞 (東京大学名誉教授、弁護士)著『民事訴訟法 第8版』有斐閣2023年 12月p336〜337

権利濫用や信義則は当事者の利益保護を主たる目的とする法理である

これに対して、権利濫用や信義則は、当事者の利益保護を主たる目的とする法理であるから、その基礎となる事実については、弁論主義が適用される。

※伊藤眞 (東京大学名誉教授、弁護士)著『民事訴訟法 第8版』有斐閣2023年 12月p337

8 判例は主張がないまま判断しているが、事実の陳述までは要る

次に、判例がどうしているかをみます。
判例は、狭義の一般条項について、当事者の主張がないまま職権で判断しています。もっとも、公序良俗の判例は事実の陳述さえあればと述べており、評価の前提となる事実が訴訟に現れていることまで不要だとは言っていません。

(1)公序良俗→同条違反に該当する事実の陳述さえあれば判断できる(最判昭和36年4月27日)

公序良俗については、二重売買が民法90条により無効とされた事件で、最高裁が次のように述べています。民法90条による無効という主張は要らないけれども、90条違反に該当する事実の陳述は要る、という組み立てです。

九〇条による無効の主張がなくても事実の陳述さえあれば判断できる

裁判所は当事者が特に民法九〇条による無効の主張をしなくとも同条違反に該当する事実の陳述さえあれば、その有効無効の判断をなしうるものと解するを相当とする。

※最高裁判所 1961-04-27 民集 15巻4号901頁

(2)信義則→職権で調査して適用した(最判昭和56年10月30日・最判昭和42年4月7日)

信義則については、共同相続人の1人が単独相続の登記をしたうえで処分し、後からその無効を主張したという一連の事件があります。
昭和56年の判例は、当事者の上告理由とは別に職権をもつて調査するにと述べて信義則違反を認定しました。その前提となった昭和42年の判例も、原判決が採った理由とは異なる理由(信義則)で結論だけを維持しています。

職権をもつて調査するに、信義則に照らして許されない

職権をもつて調査するに、原審が適法に確定した前記一の事実関係のもとにおいては、被上告人高橋喜美子が上告人保泉義春及び上告人岩浪博に対し、自己の持分を超える部分についての右各所有権移転が無効であると主張して、その抹消(更正)登記手続を請求することは、信義則に照らして許されないものと解するのが相当である。

※最高裁判所 1981-10-30 裁判集民 134号153頁/家月 34巻9号52頁/裁判所ウェブサイト/判タ 455号96頁/判時 1022号55頁/金法 988号43頁/金商 634号31頁

原判決の理由とは異なる理由(信義則)で結論を維持した

されば、原判決の理由は、右説示の理由とは異なるが、原判決が前記事実関係のもとにおいて上告人の本件家屋および田についての抵当権設定登記の抹消登記手続請求を認容しなかつたのは、結局、正当であることに帰するから、論旨は採用できない。

※最高裁判所 1967-04-07 民集 21巻3号551頁/裁判集民 87号13頁/家月 19巻7号43頁/判タ 208号101頁/判時 484号46頁/金商 62号12頁

(3)権利濫用→主張があったと解して弁論主義違反の論旨を退けた(最判昭和39年10月13日)

権利濫用については、やや違う形の判例があります。内縁の寡婦に対する家屋明渡請求が権利の濫用とされた事件で、上告人は主張がないのに権利濫用と判断したのは弁論主義(当時の民訴186条)に違反すると争いました。最高裁はこれを退けましたが、その理由は主張は要らないではなく、主張の経過に照らせば権利濫用の主張もしていると解されるというものでした。
つまりこの判例は、権利濫用には主張が要ることを前提にしているとも読めます。前述の伊藤氏の見解は、この判例を引いています。

権利濫用の主張をもなすものと解される旨の原審の判断は首肯し得ないではない

しかし、記録により明らかである被告人の主張の経過に照らせば、被上告人が所論権利濫用の主張をもなすものと解される旨の原審の判断は、首肯し得ないではない。

※最高裁判所 1964-10-13 民集 18巻8号1578頁/裁判集民 37号885頁/判タ 169号114頁/判時 393号29頁

(4)基礎付け事実の主張責任まで否定したかは、評価が分かれている

もっとも、これらの判例が基礎付け事実の主張責任まで否定したと読めるかどうかは、評価が分かれています。判例が不要としたのが法律構成の主張だけなのか、その前提となる事実の主張までなのかが、判決文からは一義的に決まらないためです。

判例が基礎付け事実の主張責任まで否定したかは評価が分かれている

判例は、狭義の一般条項について、当事者の主張がないまま職権により判断している(最一小判昭和36年4月27日民集15巻4号901頁(公序良俗違反)、最大判昭和43年12月25日民集22巻13号3548頁(権利濫用)、最二小判昭和42年4月7日民集21巻3号551頁(信義則違反)、最二小判昭和56年10月30日裁判集民134号153頁・判時1022号55頁・判タ455号96頁(信義則違反))が、その基礎付け事実の存在の主張責任も否定したかどうかは評価が分かれている。

※岡口基一著『要件事実マニュアル 第6版 第1巻 総論・民法1』ぎょうせい2020年 12月p29

9 主張がなくても、釈明を尽くさなければ破棄される(最判平成22年10月14日)

主張がないまま一般条項を適用してよいとしても、それだけで終わりではありません。相手方からみれば、争点になるとは思っていなかった点で負けることになり、不意打ちになります。
最高裁は平成22年、当事者双方が信義則違反を主張していない訴訟で原審が信義則違反の判断をした事案について、釈明権の行使を怠った違法があるとして原判決を破棄し、差し戻しました。主張がないまま適用したこと自体を違法としたのではなく、釈明を尽くさなかったことを違法とした点が重要です。

当事者双方とも信義則に反するか否かについては主張していない

当事者双方とも、上告人が定年規程による定年退職の効果を主張することが信義則に反するか否かという点については主張していない。

※最高裁判所 2010-10-14 裁判集民 235号1頁/裁時 1517号2頁/裁判所ウェブサイト/判タ 1337号105頁/判時 2098号55頁

釈明権を行使して主張するか否かを促し、反論と反証の機会を与えた上で判断すべき

上記(1)のような訴訟の経過の下において、前記3のように信義則違反の点についての判断をするのであれば、原審としては、適切に釈明権を行使して、被上告人に信義則違反の点について主張するか否かを明らかにするよう促すとともに、上告人に十分な反論及び反証の機会を与えた上で判断をすべきものである。

※最高裁判所 2010-10-14 裁判集民 235号1頁/裁時 1517号2頁/裁判所ウェブサイト/判タ 1337号105頁/判時 2098号55頁

釈明権の行使を怠った違法がある

原審が、上記(1)のような訴訟の経過の下において、上記(2)のような措置をとることなく前記3のような判断をしたことには、釈明権の行使を怠った違法があるといわざるを得ず、原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

※最高裁判所 2010-10-14 裁判集民 235号1頁/裁時 1517号2頁/裁判所ウェブサイト/判タ 1337号105頁/判時 2098号55頁

10 学説も同じ歯止めを説く→法的観点指摘義務

同じ歯止めは、下級審の裁判例と学説が先に説いていたものです。
昭和52年の名古屋高裁判決は、権利濫用について基礎となる事実関係が口頭弁論にあらわれていることで足りるとしつつ、それでも釈明を経ないで判決したことを違法として破棄差戻しにしました。
学説も、弁論主義の適用がないと言い切るのではなく、裁判所が法的観点を指摘する義務(法的観点指摘義務)を認めたうえで弁論主義を後退させる、という組み立てを採っています。指摘を怠れば釈明義務違反になります。

基礎となる事実関係が口頭弁論にあらわれていれば足りるが、釈明を経て判決しなければならない

しかして、権利濫用の事実(抗弁)は、その基礎となる客観的主観的な事実関係が口頭弁論にあらわれていることで足り、あえて、抗弁として被告が明確に主張することを要するものではないけれども、事実審裁判所が証拠調をした結果、原告の請求が権利濫用にわたると認めた場合には、被告をして右の事実を抗弁として主張するか否かを釈明し、被告が右の主張をした場合には、原告に対しても右の点についての防禦方法を構じさせるなどの処置を経て判決をしなければならないものといわなければならない。

※名古屋高等裁判所 1977-03-28 下民 28巻1~4号318頁/判タ 355号295頁/判時 862号47頁/金商 536号35頁

弁論主義の適用なしとせず、法律問題指摘義務を肯定した上で後退させる

かくして、公序良俗違反等においては単に弁論主義の適用なしとするのではなく、法律問題指摘義務を肯定した上で弁論主義は後退させるという解釈が座りのよいものとなる。

※高橋宏志著『重点講義民事訴訟法(上)第2版補訂版』有斐閣2013年p458

指摘を怠れば裁判所の釈明義務違反の問題となる

もっとも、近時、当事者に対する不意打ちを防止するという見地から、裁判所としては、権利濫用と評価されている事実が出ていることを指摘して当事者の事実主張ないし法的討議を促すべきで(法的観点指摘義務)、それがなされない場合には裁判所の釈明義務違反の問題となる、とする見解が有力である

※安永正昭稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(1)改訂版』有斐閣2002年p162

11 境界→過失相殺は職権でできるが、過失の事実には弁論主義が適用される

一般条項と並んで議論されるのが過失相殺です。両者は似ていますが、同じではありません。
過失相殺の抗弁は権利抗弁ではないので、当事者の主張がなくても裁判所は判決の基礎にできます。判例もそう述べています。ただし、過失に当たる事実そのものには弁論主義が適用される、というのが伊藤氏の整理です。判例が過失の基礎付け事実の主張責任まで否定したのかどうかも、一般条項と同じく見解が分かれています。

過失相殺の抗弁は権利抗弁ではないので主張がなくても判決の基礎にできる

これに対して、民法418条または722条2項にもとづく過失相殺の抗弁は、権利抗弁ではなく、したがって、当事者による過失相殺の主張がなされない場合でも、裁判所は、それを判決の基礎とすることができる146)。

※伊藤眞 (東京大学名誉教授、弁護士)著『民事訴訟法 第8版』有斐閣2023年 12月p337

賠償義務者から過失相殺の主張のあることを要しない

判例は、過失相殺について、「裁判所は訴訟にあらわれた資料にもとづき被害者に過失があると認めるべき場合には、賠償額を判定するについて職権をもってこれをしんしゃくすることができると解すべきであって、賠償義務者から過失相殺の主張のあることを要しない」とする

※岡口基一著『要件事実マニュアル 第6版 第1巻 総論・民法1』ぎょうせい2020年 12月p30

過失に該当する事実については弁論主義が適用される

これに対して、過失相殺の基礎となる債権者の過失に該当する事実については、弁論主義が適用される。

※伊藤眞 (東京大学名誉教授、弁護士)著『民事訴訟法 第8版』有斐閣2023年 12月p337

12 評価的要件の現在地→評価根拠事実と評価障害事実を分けて分配する(最判平成30年6月1日)

最後に、一般条項に限らない評価的要件の現在地にふれます。法律要件が評価を含む形で書かれているとき、評価を基礎づける事実(評価根拠事実)と評価を妨げる事実(評価障害事実)をそれぞれ主要事実として、主張立証責任を分けて負わせる、という扱いが判例で示されています。

評価を基礎づける事実と評価を妨げる事実をそれぞれ主要事実とし主張立証責任を分配する

最判平成30・6・1民集72巻2号88頁〔百選〈6版〉61事件〕は、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違に関する「不合理と認められるもの」という評価的要件(労契20)について、その評価を基礎づける事実と評価を妨げる事実をそれぞれ主要事実とし、主張立証責任を分配する旨を判示し、過失や正当事由に関し、本文に述べた考え方を明らかにしている。

※伊藤眞 (東京大学名誉教授、弁護士)著『民事訴訟法 第8版』有斐閣2023年 12月p337

13 おわりに

本記事では、一般条項に弁論主義がどこまで及ぶのかを説明しました。
整理すると、主要事実が評価の前提となる具体的事実であることには争いがなく、分かれるのはその主張が要るかどうかです。多数説は要らないとし、伊藤氏は公序良俗だけを切り出します。判例は主張がないまま判断していますが、釈明を尽くさなければ破棄されます。
この論点が実際に効いた例として、有責配偶者からの離婚請求の判断基準について、別の記事で説明しています。

有責配偶者からの離婚請求を認める判断基準(3つの要件)

本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

本記事の引用は、書籍・判例などの原文から範囲を選んで載せたものです。改行の位置は読みやすさのために当方で整えており、原文の改行と同じとは限りません。また、記号や外字の扱いにより、文字の一部が原文と異なって表示されることがあります。

本記事の表示では、読点を「、」に統一しています(引用の原文が「,」の場合を含みます)。

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時効消滅した債権を自働債権とする相殺(民法508条)|要件=時効期間の経過前の相殺適状

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