【財産評価基本通達6項(相続税評価の例外)の適用基準(令和4年最決)と回避策】
1 財産評価基本通達6項(相続税評価の例外)の適用基準(令和4年最決)と回避策
相続税・贈与税の計算の中の財産の評価では、財産評価基本通達のルールが使われます。この点、財産評価基本通達総則6項は、相続税・贈与税の計算における財産の評価について原則的な方法を否定する、「伝家の宝刀」と呼ばれる重要な規定です。令和4年4月19日の最高裁判決により、その適用基準が明確化され、実務への影響が大きく注目されています。本記事では、総則6項について説明します。
2 総則6項の基本理解と法的位置付け
(1)条文内容と「著しく不適当」の意味
財産評価基本通達総則6項は、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」と規定しています。この条文における「著しく不適当」という表現は、従来から明確な基準がなく、何をもって「著しい」とするかが実務上の大きな争点となってきました。
(2)財産評価基本通達における位置付け
相続税法では時価で課税するという原則のみが定められており、土地や建物などの具体的な評価方法は規定されていません。そこで実務を簡便にし、納税者間の不公平を防ぐため、国税庁が財産評価基本通達を制定しました。つまり、財産評価基本通達は、相続税法22条の「時価」による評価を具体化するため国税庁が定めた内部マニュアルなのです。
総則6項は第1章総則に置かれており、通達全体に適用される例外規定として機能します。通達の画一的適用が個別の事情により不適切となる場合の安全弁としての役割を果たしています。
(3)「伝家の宝刀」と呼ばれる理由
総則6項が「伝家の宝刀」と呼ばれるのは、その適用が極めて謙抑的であることに由来します。税務署が独断で適用すると、財産評価基本通達に従った相続税評価が頻繁に覆されることになり、通達の安定性・予測可能性が損なわれるためです。そのため、むやみやたらには適用されず、いざというときの最終手段として位置付けられてきました。
3 令和4年最高裁判決の詳細解説
(1)事案の詳細と経緯
最判令和4年4月19日の事案は、平成24年6月に94歳で亡くなった被相続人が、90歳・91歳時(相続開始の3年5か月前、2年6か月前)にタワーマンション2室を約13億8700万円で購入した事例です。相続人は路線価による評価額約3億3000万円で申告しましたが、税務署が不動産鑑定評価額約12億7300万円で更正処分を行い、2億円以上の追徴課税が課されました。
購入資金の一部は銀行借入により調達され、相続発生の約9か月後に不動産の一つを約5億円(ほぼ購入金額と同額)で売却されています。また、不動産購入時期と養子縁組の時期が近接していたことも節税目的と認定される要因となりました。
(2)各審級の判断と争点
一審・二審では税務署側が勝訴し、総則6項の適用が認められました。主要な争点は、財産評価基本通達による評価が「著しく不適当」に該当するか否かでした。評価額と取得価格・売却価格との大幅な乖離、および節税目的での取得であることが重視されました。
(3)最高裁の判示内容
最高裁は「実質的な租税負担の公平に反する事情がある場合には総則6項が適用できる」との判断基準を初めて明示しました。具体的には、租税法上の一般原則としての平等原則に基づき、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求し、評価通達による画一的評価が他の納税者との間に看過し難い不均衡を生じさせる場合に総則6項の適用を認める、という判断です。
この判決により、単純な価格乖離だけでなく、租税負担の実質的公平性という観点から総則6項の適用可否が判断されることが明確になりました。
(4)判決の法的意義と実務への影響
本判決は、総則6項適用に関する最高裁初の判断として、今後の実務に大きな影響を与えています。従来の「特別の事情」論から「租税負担の公平」論への転換により、課税庁による総則6項適用の法的根拠が強化され、今後適用事例が増加する可能性が高まりました。
4 国税庁の新適用基準と運用体制
(1)令和4年7月指示の3つの適用基準
最高裁判決を受け、令和4年7月1日に国税庁は全国税局に対し、総則6項の適用基準として以下の3つを指示しました。
第一に、評価通達による評価額と適切な時価との間に看過し難い乖離が生じていること。
第二に、評価通達による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反する事情があること。
第三に、他の納税者との間に看過し難い不均衡が生じることです。
これらの基準は個別に判断されるのではなく、総合的に勘案して適用の可否が決定されます。特に重要なのは、価格乖離だけでなく租税負担の公平性も重視される点です。
(2)適用対象財産の範囲
総則6項の適用対象は、土地・建物・上場株式・非上場株式・その他全ての財産において、評価通達による評価が著しく不適当と認められた場合です。通達評価額が適切な時価よりも低く国税当局が更正処分を行う場合だけでなく、時価よりも通達評価額が高いものとして納税者が更正の請求をする場合も含まれます。
5 過去の適用事例と判断類型の分析
(1)令和6年東京地裁・高裁判決(適用否認事例)
令和6年1月18日東京地判および令和6年8月28日東京高判では、非上場株式の評価について総則6項の適用が否定されました。これらは裁判で総則6項の適用が認められなかった初めての事例となります。
事案では、甲社の代表取締役であった被相続人が甲社株式の売却交渉を進めている最中に相続が発生し、法定相続人らが類似業種比準価額で申告したところ、課税庁が総則6項に基づく評価を主張したものです。
(2)価格乖離型対租税回避型の判断枠組み
裁判例から、総則6項適用に係る事案は「価格乖離型」と「租税回避型」の2つの枠組みに分類できると考えられています。価格乖離型は単純に評価額と時価に大きな差がある場合、租税回避型は意図的な相続税軽減行為がある場合です。
令和4年最高裁判決では租税回避型として判断され、令和6年の地裁・高裁判決では価格乖離があっても租税回避行為がないとして適用が否認されました。
(3)成功・失敗事例の特徴分析
適用が認められた事例では、被相続人の高齢、相続開始までの期間の短さ、借入金の利用、相続後の早期売却、養子縁組との時期的近接性などの要因が複合的に存在していました。一方、適用が否認された事例では、M&A交渉中の相続発生という特殊事情があり、租税回避の意図が認められませんでした。
(4)不動産対非上場株式での適用傾向
不動産については路線価と実勢価格の乖離を利用した節税策が主な対象となっており、非上場株式については個別の事業承継や売却に関連した特殊事情が争点となる傾向があります。不動産の方が画一的な判断基準が適用しやすく、非上場株式は個別事情の分析がより重要となります。
6 実務での対応策とリスク管理
(1)適用回避の具体的対策
総則6項の適用リスクを回避するための対策をまとめます。
第一に年齢が若く相続開始までの期間が長い時期での相続税対策実施、第二に不動産購入の場合は賃貸目的など節税以外の合理的目的の明確化、第三に相続税の除斥期間である5年経過までの不動産保有継続が重要です。
(2)注意すべき行為・取引パターン
被相続人の高齢時の大規模な財産移転、借入金を利用した不動産取得、相続開始後の早期売却、養子縁組と財産取得の時期的近接性などは総則6項適用のリスク要因となります。通達評価額と実際の時価に大きな乖離がある取引についても注意が必要です。
(3)事前対策と事後対応
事前対策としては、相続税対策の合理性(合理的な目的)を明確に文書化することや、節税以外の事業目的や家族の生活設計等を整理しておくことが重要です。事後対応としては、税務調査において取引の合理性と適法性を客観的資料により立証できる体制を整える必要があります。
7 関連テーマ
(1)非上場株式の株価算定・評価:国税庁方式(相続税・贈与税)
詳しくはこちら|非上場株式の株価算定・評価:国税庁方式(相続税・贈与税)
本記事では、財産評価基本通達6項の適用基準と回避策について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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