【不当利得返還義務の内容(原物返還と価値賠償)】

1 不当利得返還義務の内容(原物返還と価値賠償)
2 不当利得返還義務の条文規定
3 原物返還の原則
4 例外的な価値賠償義務
5 原物返還の可否の判定時期
6 原物返還不能の状況の分類
7 原物返還不能の判断の基準
8 代替物の給付における返還義務の内容
9 金銭(現金)の給付における返還義務の内容
10 価値賠償の算定(概要)

1 不当利得返還義務の内容(原物返還と価値賠償)

不当利得に該当する場合,法的効果として返還義務が生じます。この返還義務の内容には,原物返還と価値賠償(金銭)があります。
本記事では,返還義務の内容がどのように振り分けられるか,ということを説明します。

2 不当利得返還義務の条文規定

最初に,不当利得返還義務を定める民法703条,704条の条文を押さえておきます。条文では「利益を返還する」と,シンプルな用語となっています。

<不当利得返還義務の条文規定>

あ 不当利得の返還義務

法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け,そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は,その利益の存する限度において,これを返還する義務を負う。
※民法703条

い 悪意の受益者の返還義務等

悪意の受益者は,その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において,なお損害があるときは,その賠償の責任を負う。
※民法704条

3 原物返還の原則

素朴な発想として,原則として原物そのものを返還するのが常識的です。判例,学説もこの見解を採用しています。

<原物返還の原則>

あ 結論

不当利得の返還義務は,それが可能なら原物返還すべきである
※大判昭和8年3月3日
※大判昭和16年10月25日
※我妻栄著『債権各論 下巻1』岩波書店1972年p1054,1055

い 理由

利得者は利得を保有する根拠を欠くから,原物返還が可能なら利得したものを返還すべきである
歴史的な沿革も原物返還を指示している
民法705条,706条(非債弁済),708条(不法原因給付)の規定が「給付したもの」の返還を命じている
※窪田充見編『新注釈民法(15)債権(8)』有斐閣2017年p101

4 例外的な価値賠償義務

原物を返還することが不可能である場合もあります。その場合は,消去法的に,価値(金銭)を賠償することにせざるを得ません。金銭の賠償というと,不法行為と同じ結論なので,故意・過失が必要なのか,という発想が生じますが,あくまでも不法行為ではないので,不要です。

<例外的な価値賠償義務>

あ 基本

原物返還が不能なときは,価値賠償義務が発生する
※窪田充見編『新注釈民法(15)債権(8)』有斐閣2017年p101
※我妻栄著『債権各論 下巻1』岩波書店1972年p1054,1055

い 給付者の故意・過失との関係(否定)

不当利得は利得者の過責とは無縁の責任で,原物返還と同様に価値賠償も損害賠償ではない
加えて,善意の弁済受領者は,給付を自己のものと信頼しているから,給付の保管に関する注意義務違反は観念できない
原物返還が不能である理由について,給付者の故意・過失は関係ない
※窪田充見編『新注釈民法(15)債権(8)』有斐閣2017年p101

5 原物返還の可否の判定時期

以上のように,原物返還が可能かどうかで,利得者が負う義務の内容が変わってきます。では,原物返還が可能かどうかをいつの時点を基準として判定するのでしょうか。
請求時という見解もありますが,返還時という見解の方が一般的です。

<原物返還の可否の判定時期>

あ 2つの見解

原物返還が可能か否かの判定時期は,不当利得返還請求の請求時と解するものと,返還時と解するものがある

い 返還時説

請求時と考えると,請求時以後に給付受領者が目的物を第三者に譲渡したときは,受領者に取戻しの義務を課すことになり,適切とは言い難い
返還時とする見解が妥当である
※窪田充見編『新注釈民法(15)債権(8)』有斐閣2017年p101

6 原物返還不能の状況の分類

ところで,原物返還が不可能であるという状況にはいろいろなものがあります。
利得の内容(性質)から,つまり最初から原物返還が不可能,というものもありますし,最初は原物返還が可能であったが,その後の事情で不可能に変わった,ということもあります。

<原物返還不能の状況の分類>

あ 利得の性質による返還不能

利得(給付内容)の性質上,原物返還は不可能である
例=他人の労務,または,物の使用が給付された
※窪田充見編『新注釈民法(15)債権(8)』有斐閣2017年p102
※我妻栄著『債権各論 下巻1』岩波書店1972年p1054,1055

い 利得後の原物返還不能

ア 滅失・損傷 給付された有体物が利得者の下で滅失・損傷した
イ 法律上の処分 利得者が,給付目的物を第三者に譲渡した,消費した,添付により法律上分離が不能となった
譲渡された債権から弁済を受けた
※窪田充見編『新注釈民法(15)債権(8)』有斐閣2017年p102

7 原物返還不能の判断の基準

基準時点とは別に,原物返還が可能か不可能か,をはっきりと判断できない状況があります。物理的には可能であっても,多大なコストや時間を要する,という場合には社会通念上不可能ということになります。

<原物返還不能の判断の基準>

あ 判断基準

原物返還が不能か否かは,結局は社会観念によって決まる
主観的・客観的不能などの評価は,債務の履行不能の場合と変わらない
※窪田充見編『新注釈民法(15)債権(8)』有斐閣2017年p102

い 具体例

ア 無効な土地収用のケース 無効な収用手続で取得した不動産が道路・公園・鉄道の敷地となったケース
原物返還は不能となる
※大判大正5年2月16日
イ 複数の代物弁済の一部無効 数口の債務の代物弁済として数筆の土地が給付されたが,債務の一部が無効だったケース
どの土地が不当利得となるかは特定し得ないから,不当利得の返還請求は原物返還ではなく価値賠償となる
※大判昭和16年2月19日

8 代替物の給付における返還義務の内容

原物そのものの返還は不可能であっても,同種の物を調達して返還することが可能である状況もあります。利得した物が代替物である場合です。
伝統的な学説は原物そのものの返還が不可能である以上は価値賠償になる,という基本的な枠組みどおりの解釈をとっています。
判例としては両方の見解をとったものがありますが,最近のものは伝統的学説と同じ見解を採用しています。

<代替物の給付における返還義務の内容>

あ 学説の傾向

代替物の入手は可能だが,給付利得の返還義務は契約上の債務(調達義務)ではない
多くの学説は,価値賠償義務を負うにとどまると考えていた
実質的には,原物返還が価値賠償に変わるまでの給付物の上昇・下落のリスクは給付者に帰責されることになる
※窪田充見編『新注釈民法(15)債権(8)』有斐閣2017年p102,103

い 判例

ア 昭和16年判例 担保供与した特定の株式の売却代金相当額(価値賠償)の請求を認めた
→「あ」と同じ
※大判昭和16年10月25日(侵害利得)
イ 昭和18年判例 名板借主の取引員に証拠金として交付した株式を処分されたケースにおいて
同種の株式(代替物)の返還の請求を認めた
→「あ」に反する
※大判昭和18年12月22日(侵害利得)
ウ 平成19年判例 名義書換を怠った株式の譲受人が,株式分割で株式の交付を受けた名義株主に対して,株式の売却代金相当額の返還請求を認めた
→「あ」と同じ
※最判平成19年3月8日

9 金銭(現金)の給付における返還義務の内容

利得物が金銭である場合には,利得した金銭そのものを返還するということの意味はありません。同じ金額の金銭を賠償する義務,つまり価値賠償義務を負うことになります。

<金銭(現金)の給付における返還義務の内容>

あ 金銭の性質

金銭は動産だが,高度の流通支払手段であり,単なる価値表象物である
詳しくはこちら|現金の特徴(匿名性・不特定性・代替性)と入手の容易性

い 結論(価値賠償)

原物返還を命じる意味はない
金銭の給付では,価値賠償の請求だけが可能だということになる

う 例外

(金銭ではあっても)古銭などの特定物では原物返還が原則となる
※窪田充見編『新注釈民法(15)債権(8)』有斐閣2017年p103

10 価値賠償の算定(概要)

原物返還が不可能で,利得者が価値賠償義務を負う場合,次に金額の算定の問題となります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|不当利得の価値賠償の算定(市場価値・基準時・事例)

本記事では,不当利得返還義務の内容である原物返還と価値賠償の振り分けについて説明しました。
実際には,個別的な事情によって,法的判断や最適な対応方法が違ってきます。
実際に,不当利得に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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