1 マーケットメカニズムによる『値下げ・クオリティアップ』
2 価格協定の誘惑→独占禁止法による規制|価格協定(カルテル)禁止
3 適正な価格競争の範囲を逸脱する例|独占維持のための攻撃的赤字覚悟値下げ
4 不当廉価販売の禁止|法定不当廉価
5 不当廉価販売の禁止|『告示』上の不当廉価
6 『不当廉価販売』の不当な解釈|『例外』であることを忘れてクオリティアップを忘れた状態

1 マーケットメカニズムによる『値下げ・クオリティアップ』

多くの業界で『同業他社の金額設定』は相互に影響を与えます。
要するに『値下げ競争』です。
一般的な法則として『商品・サービス内容』『クオリティ』で差別化を図れば,価格を維持できます。
一方『サービス内容・クオリティ』が同一・均質である前提の場合,価格競争が生じます。
『価格競争』の中身は,コストの削減,ということになります。
仕入原価・人件費・外注費など,多くのコストを下げるための努力・最適化が図られます。
コストを下げることができない,あるいは,他のマーケットの方が利益を得られる,という場合,事業者はそのマーケットから退出します。
以上はマーケットメカニズムによる最適化です。

<マーケットメカニズムの整理>

あ 供給サイド

『利益・やりがい』が最大化される

い ユーザーサイド(消費者)

『安く・良い』商品が買える,というメリットが最大化される

神の見えざる手による調整,とアダム・スミスが指摘したメカニズムです。

2 価格協定の誘惑→独占禁止法による規制|価格協定(カルテル)禁止

マーケットメカニズムには『競合他社によりコストを下げないと退出を迫られる』という面があるのです。
特定の事業者としては非常に脅威です。
そこで『価格競争』のことを『首を絞め合う』などと言うことがあるのです。
これに対応するために『同業者で価格を下げないように約束すれば良い』という発想が古くからありました。
これは『価格協定(カルテル)』として独占禁止法で禁止されています。

<価格協定=カルテルの禁止>

複数企業で協議し,価格を決定すること
これにより参加企業の利益を確保する
※独占禁止法3条『不当な取引制限』

詳しくはこちら|公定価格=公認カルテル|信書・書籍・タクシー・医療サービス|士業は撤廃済
ところが逆に,『値下げが違法』という例外があります。
『値下げしない協定』を禁止するのが通常なのに,『値下げ』を禁止する,というものすごい例外的性格のルールです。
詳しくはこちら|タクシー料金『上限・下限』|公定幅運賃制度|裁判所が違法・無効と判断

3 適正な価格競争の範囲を逸脱する例|独占維持のための攻撃的赤字覚悟値下げ

通常は『価格競争』は保護・促進されるべきものです。
ところが,適正な範囲を逸脱した異常な『価格競争・値下げ競争』もあります。

<適正ではない価格競争の例>

大企業が,別企業の新規参入を阻止するために『極端な値下げ』を行うこと
大企業としては『赤字』となる金額設定である
別企業が参入を断念した後に金額設定を戻す

実際のケースでは,特定の地域に限定して行う場合もあります。
赤字覚悟で『独占維持=競合攻撃』目的の値下げ,と言えるようなやり方です。
マーケットメカニズムによる『値下げ競争』が,逆に止められた状態になります。
結局このような『戦術』は,全体で見ると消費者の利益が損なわれることになります。
そこで,独占禁止法で禁止されています。
『販売価格が低い』ことを禁止するという非常に特殊なルールです。

4 不当廉価販売の禁止|法定不当廉価

(1)法定不法廉価の規定

『値下げを禁止する』特殊ルールは,独占禁止法の規定と公正取引委員会の告示によるものの2つがあります。
独占禁止法の規定を法定不当廉価(販売)と言います。
まずは法定不当廉価から説明します。

<法定不当廉価>

あ 条文|独占禁止法2条9項3号

正当な理由がないのに,商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給することであつて,他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあるもの

い 条文内容の整理|3要件

次の3つを満たす場合に違反となる
ア 廉売の態様
価格・費用基準・継続性
『供給に要する費用』を『著しく下回る』
イ 他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれ
ウ 正当な理由がない

当然ですが,単に『ライバルが安くするから取り締まる』という単純なものではないのです。
条文を整理すると3つの要件になりました。
この要件のうち,重要なところを説明します。

(2)価格・費用(コスト)基準|『供給に要する費用』

不当廉価を一言にすると『赤字の状態で販売している』というものです。
『コスト』よりも『販売価格』が低い,ということです。
条文上は『供給に要する費用を著しく下回る対価』という部分です。
上記の整理では『価格・費用基準』のことです。
重要なのは『コスト』=条文上の『供給に要する費用』の内容です。

<『供給に要する費用』>

廉売行為者の『供給に要する費用』である
業界一般の『供給に要する費用』や『現実に存在する特定の競争者の費用』ではない

当然,実際の事業においては,事業者によって個々のコストが違う,のが普通です。
例えば,材料仕入の単価や輸送などの外注の単価は,過去や将来の取引,あるいは別部門の取引の有無・規模によって違います。
製品Xを1個作るための『コスト』が,企業Aは1000円かかる,企業Bは800円で済む,ということもあります。
この場合に企業Bが900円で販売した場合,企業Aも同じ値段でないと売れなくなります。
企業Aにとっては『不合理な金額設定』ですが,企業Bにとっては合理性があります。
企業Bの金額設定(販売)は『不当廉価』には該当しません。
企業Aとしては,次のいずれかの選択を迫られます。
これはマーケットメカニズムとして想定されている,むしろ保護されるべきものです。

<ライバルの値下げで当社がコスト割れ→対応>

あ コスト削減の努力をする
い マーケットから退出する
う 一時的に赤字販売でしのぐ

解雇規制による望まないが避けられない対応など

え 製品を改良して値下げしなくても売れるように努力する

上記の例だと『1000円でも売れる製品にする』となる

(3)価格・費用(コスト)基準|『著しく下回る』

価格・費用の基準としては『廉価行為者にとって経済合理性があるかどうか』が重要な判断基準です。
条文上の『(コストを)著しく下回る』という部分の解釈ということになります。
具体例で説明します。

<(コストを)『著しく下回る』の該当性|例>

あ 一時的な『コスト割れ』だが将来プラスに転じる→適法

商品・サービスの普及のために,意図的に『コスト割れ』で販売・提供する
ア 普及した段階で,金額設定を改める
イ 関連商品・サービスの販売につなげ,これにより利益を確保する
例;『フリーミアムモデル』がこれに近い

い 『変動費』以上→適法

『固定費』を排除すること自体は許容される

う ライバル企業の『営業困難』実現は不要

実際にライバル企業は倒産していないが『このままでは販売できなくなる』状態→違法

上記『い』の『固定費・変動費』について説明します。
コストを正確に捉えると『固定費』と『変動費』に分けられます。
製造業で例えます。
製品数に応じてかかる,材料費が『変動費』です。
製造量に関係なくかかる,正社員の人件費が『固定費』です。
仮に『製造しない』場合でも『人件費』は削れません。
強力な解雇規制があるので『払わざるをえない』のです。
そこで,製品の市場価格が下がって『コスト割れ』でも『売ったほうがトク』ということが生じるのです。

<固定費を賄うための赤字販売|例>

1か月の収支 1万個製造 製造しない 参考(※1)
人件費(固定費) 400万円 400万円
材料費(変動費) 600万円
売上 900万円
損益 マイナス100万円 マイナス400万円

人件費・材料費として1000万円を使って,売上900万円だと収支マイナス(赤字)です。
何もしないのであればプラスマイナスゼロです(上記※1)。
しかしこれは,解雇規制がある以上実現しません。
製造しなくても,人件費400万円がまるまるマイナスとなるだけです。
この場合の製造→販売は,『コスト割れ=赤字』ですが,やむを得ないので『廉価販売(違法)』にはなりません。
まとめると『少なくとも変動費以上の販売金額』については,一般的に適法となります。

(4)正当な理由

低廉でも『正当な理由』がある場合は違法(不当廉価)にはなりません。

<正当な理由によるコスト割れ|例>

あ 『品質』・『需要』の低下→販売価格が低落している場合

《典型例》
『品質』の低下が急速である商品 生鮮食品
最盛期後の『需要』低下が急速である商品 季節商品(歳暮・クリスマスケーキ)
B級品(瑕疵あり商品) キズ物・ハンパもの・こわれもの

い 原材料の価格低下→製品の市況価格が低落している場合

例;原材料の再調達価格が取得原価より低くなったため,市況に対応して低い製品価格を設定した

う コスト高騰→『結果的コスト割れ』という場合

商品の価格を決定した後に,想定外のコスト高騰が生じて,結果的に『コスト割れ』となった

以上のようなケースは,形式的には『コスト割れ』です。
廉価販売,に該当しそうです。
しかし,それぞれ『違法』として禁止するのは妥当ではありません。
このような場合は『正当な理由』が認められ,適法となります。

5 不当廉価販売の禁止|『告示』上の不当廉価

不当廉価の規制は,『独占禁止法』本体のものだけではありません。
独占禁止法上,公正取引委員会に『不当な対価』の設定として禁止する取引の『指定』が委任されています(独占禁止法2条9項6号)。
これを受けて公正取引委員会の『告示』の中で『不当廉価(販売)』が禁止取引として規定されています。

<『告示』上の不当廉価>

あ 条文

不当に商品又は役務を低い対価で供給し,他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること
※不公正な取引方法6項

い 法定不当廉価との比較

ア 『正当な理由』がない
正当な理由がある場合は適法,というのは書いてなくても当然である
→法定不当廉価との違いはない
イ 価格・費用(コスト)・継続性の記載がない
=『供給に要する費用を著しく下回る対価』の記載がない(後述)

このように『法定不当廉価』との違いは『価格・費用基準・継続性の要件の明記がない』というところだけです。
その意味で,法定不当廉価よりも『告知上の不当廉価』の方が,やや広い『禁止範囲』と言えます。
この点,公正取引委員会による解釈をまとめます。

<告知上の不当廉価の要件|法定不当廉価との比較>

あ 法定不当廉価と告知上の不当廉価の違い

告知上の不当廉価は『価格・費用基準』・『継続性』のいずれかor両方を満たさない場合でも成り立つ

い 告知上の不当廉価に該当する例

ア 廉売行為者が変動費以上の価格で供給する場合
イ 変動費を下回る価格で『単発的に』供給する場合

う 告知上の不当廉価の判断基準

次のような事情から,公正な競争秩序に悪影響を与えるかどうかで判断する
《考慮事情|例》
ア 商品の特性
イ 廉売行為者の意図・目的
ウ 廉売の効果
エ 市場全体の状況

え 告知上の不当廉価の具体例

市場シェアの高い事業者が,継続して,かつ,大量に廉売する場合
市場シェアの高い事業者が,他の事業者にとって『経営上重要な商品』を集中的に廉売する場合

範囲が広くなり『目的』が重視される,ということです。

6 『不当廉価販売』の不当な解釈|『例外』であることを忘れてクオリティアップを忘れた状態

(1)規制(ルール)自体の不合理性

『告知上の不当廉価』では『目的』が重視されることがあります。
このような解釈論で『目的』という主観を考慮するのは好ましくない手法です。
ただでさえ,『本来保護・促進すべき価格競争』なのに『政府がブレーキをかける』という場面です。
適用場面は極力小さくし,かつ,適用範囲が明確に判明できることが必須です。
適用範囲が不明確,というだけでも『過剰に避けてしまう』という『萎縮効果』があるのです。
しかも,適法性・コンプライアンスを重視する企業ほど『大きく避ける』という結果を招くのです。
これは『新規参入・ベンチャーにとっては聖域と言える』のも事実です。
産業界の新陳代謝を促進する,という効果につながっています。
このようなマクロでのマーケットは置いておいて,話しを戻します。
ルールの設計としては,少なくとも『法定不当廉価』で十分だという考えの方が合理的です。

(2)過剰主張の誘発

『不当廉価販売』というネーミングがまた罪作りです。
語感から『ライバルが安売りしてウチが困る』ということに『不当廉価』を当てはめる誤解(過剰主張)が散見されるのです。
単純な『価格競争』『値下げ競争』は保護・促進されるべきものです。
禁止されるのは非常に極端なケースのみです。
マーケットメカニズムの供給者・消費者の利益の最大化,という機能を忘れてはいけません。

<マーケットメカニズム×競争|ポイント>

競争は『促進』(アクセル)が原則である
競争の『禁止』(ブレーキ)は超例外

ルール自体の構造が,アクセルとブレーキが紙一重,となっているのです。
単純に『他社に値下げして欲しくない』という主張をさせる時点で,主張者から『より良い商品・サービス提供へ向けた努力・モチベーション』を奪ってしまっているのです。
妥当でない公的補助金が競争(マーケットメカニズム)を歪める構造と同じです。
『既得権益維持』のために法令を利用することを『ネオ・ラッダイト』と呼びます。
詳しくはこちら|マーケットの既得権者が全体最適妨害|元祖ラッダイト→ネオ・ラッダイト