【定期借家契約における事前交付書面・事前説明】

1 定期借家契約における事前交付書面・事前説明

定期借家契約は,(法定)更新がなく,期間の満了で確実に契約が終了するという契約で,普通借家とは大きく異なります。そこで,賃借人が十分に理解しないまま定期借家を契約してしまうことがないように,契約を書面で行うことや,事前の説明が必要とされています。
詳しくはこちら|定期借家の基本(更新なし=期間満了で確実に終了する)
本記事では,このような定期借家のルールのうち,事前に書面を交付して説明するということを説明します。事前交付書面(説明書面,38条2項書面),事前説明などと呼ばれているものです。

2 事前交付書面・事前説明の条文(借地借家法38条2,3項)

最初に,事前交付書面と事前説明が必要だと定める条文を押さえておきます。書面を交付して説明することが求められています。また,その説明がなかった場合は,更新がないという定め(更新排除特約)は無効となります。つまりその場合は更新がある契約(=普通借家)になるということです。

事前交付書面・事前説明の条文(借地借家法38条2,3項)

2 前項の規定による建物の賃貸借をしようとするときは,建物の賃貸人は,あらかじめ,建物の賃借人に対し,同項の規定による建物の賃貸借契約の更新がなく期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて,その旨を記載した書面を交付して説明しなければならない。
3 建物の賃貸人が前項の規定による説明をしなかったときは,契約の更新がないこととする旨の定めは,無効とする。
※借地借家法38条2項,3項

3 書面交付・説明の時期

一定の事項が記載された書面を賃借人に交付して説明する時期については,「あらかじめ」と規定されています。つまり,契約締結よりも前であることが必要です。「前」とはいっても,前日である必要はないので,賃貸借契約書の調印の直前でも問題ありません。

書面交付・説明の時期

あ 基本的解釈

(借地借家法38条2項の)「あらかじめ」とは,定期建物賃貸借契約締結よりも時間的に先立っていることである。
したがって,定期建物賃貸借契約の締結に先立って書面の交付および説明がなされなければならない。
※藤井俊二稿/稲本洋之助ほか編『コンメンタール 借地借家法 第4版』日本評論社2019年p315

い 同一機会(可能)

(事前説明文書の作成,交付,説明は)
契約書の署名・押印がなされる前であればよいため,契約と同一機会であってもさしつかえない
※東京地判平成24年3月23日
※吉田修平稿『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p240

4 事前交付書面の記載事項

事前交付書面に記載する事項について,条文に規定されていますが,3項目に分解できます。3つとも実質的には同じような内容といえますが,賃借人に誤解させない(十分に理解させる)という意味で,3つとも記載する必要があるという解釈が一般的です。

事前交付書面の記載事項

あ 記載が必要な事項

ア 根拠規定 当該建物賃貸借は,借地借家法38条1項の規定によりなされる定期建物賃貸借である
イ 更新排除特約 契約の更新がないとする特約をすること
ウ 期間満了による終了 期間満了によって賃貸借が終了することが定められていること

い 記載が必要な範囲

「ア」は,必要的記載事項であることについては異論がないであろう。
「イ」と「ウ」については,選択的にいずれかを記載すればよいと解することもできそうであるが,しかし更新が排除される結果として,当該賃貸借は期間満了により終了するのであるから,「イ」および「ウ」も必要的記載事項であり,いずれかが欠けても説明書としての効力を有しないものと解する
※藤井俊二稿/稲本洋之助ほか編『コンメンタール 借地借家法 第4版』日本評論社2019年p315,316

う 記載が望ましい事項

ア 日付イ 賃貸人 賃貸人の氏名
ウ 代理人 代理人を選任する場合には代理人の氏名
エ 定期借家契約の骨子 賃借人,期間,対象物件,賃料
※吉田修平稿『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p238

5 事前交付書面と契約書の兼用の可否(否定)

事前交付書面に記載する項目を賃貸借契約書に記載しておけば足りる,つまり,2つの書面を兼ねると手続が簡単になります。以前はそのような見解を採用する下級審裁判例もありますが,平成24年の最高裁判例がこれを否定しています。結局,賃貸借契約書とは別の書面として事前交付書面を作ることが必要になっています。

事前交付書面と契約書の兼用の可否(否定)

あ 過去の下級審裁判例(肯定)

必ずしも契約書と別個の書面であることを要しない
※東京地判平成19年11月29日

い 否定と読める判例

ア 平成22年最判(判決文) 法38条2項において賃貸借契約の締結に先立ち契約書とは別に交付するものとされている説明書面・・・
※最判平成22年7月16日
イ 読み方 本判決(注・平成22年最判)は,説明書面が契約書と別のものであることを要するかどうかについては判断を示すものではないが,・・・別に要することを念頭に置いていると読む余地がある。
※折田恭子稿/『判例タイムズ 別冊32号 主要民事判例解説』p224〜

う 否定した判例(平成24年最判)

ア 規範 書面は,賃借人が,当該契約に係る賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了すると認識しているか否かにかかわらず,契約書とは別個独立の書面であることを要するというべきである。
※最判平成24年9月13日
イ 事案 契約締結より前に,契約書と同内容の契約書案ファクシミリで送信されていた
裁判所は,事前説明文書にはあたらないと判断した
定期借家契約であることを賃借人に理解させることを目的とした書面ではないからであると思われる
※吉田修平稿『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p239

6 重要事項説明と事前説明の兼用の可否(両方あり)

実際の建物賃貸借では,仲介業者(宅建業者)が物件の紹介や契約締結の事務的なことを行うのが通常です。ところで仲介業者は,賃借人に対して一定の重要事項を説明することになります(重要事項説明義務)。
詳しくはこちら|重要事項説明義務の基本(説明の相手方・時期・内容)
この点,重要事項説明事前説明を同じ機会にまとめて実施する,ということは問題ありません。では,重要事項説明書に,事前交付書面の記載事項を入れて,1つの書面で2つの書面を兼ねるようにして,手続の負担を軽減する工夫はどうでしょうか。
結論として,このように兼用できるかどうかについて,統一的見解はありません。兼用を認める下級審裁判例はありますが,否定する見解(学説)も多いです。

重要事項説明と事前説明の兼用の可否(両方あり)

あ 重要事項説明と事前説明の同時実施(前提)

定期借家契約における事前説明を宅建業法上の重要事項説明あわせて実施することは可能である
※国土動第133号,国住賃第23号

い 兼用を認める見解

宅地建物取引業者が建物賃貸借を仲介する場合には,重要事項説明書を交付して,取引主任者をして説明させなければならないが(宅建業法35条),建物仲介業者が賃貸人から代理権を授与されている場合には,重要事項説明書が本項の要件を満たしている限りは,これをもって,本項の書面と認めることができると解する説がある。
※藤井俊二稿/稲本洋之助ほか編『コンメンタール 借地借家法 第4版』日本評論社2019年p317
※東京地判平成25年1月23日(肯定する見解)

う 兼用を否定する見解

重要事項説明は,宅建業法35条1項が仲介業務を行う宅建業者に課している義務であり,重要事項説明書は同法37条に基づく重要事項を説明する際に賃貸借の当事者に交付される書面であって,借地借家法38条2項が要求する契約不更新の特約の効力を発生させるための書面ではない。
また,重要事項説明書が交付されなかった場合にも,行政処分が課されるだけであって(宅建業法83条1項2号),賃貸借の効力に影響を及ぼすものではない。
説明書面は重要事項説明書とは別個の書面でなければならない
※藤井俊二稿/稲本洋之助ほか編『コンメンタール 借地借家法 第4版』日本評論社2019年p317

7 必要な説明の程度(書面による説明・書面読み聞かせ)

定期借家契約のケースで,後から,説明が不十分だったから普通借家になっている,という主張がなされることがあります。事前の説明の程度が問題となるのです。
まず,必要事項を記載した事前交付書面を賃借人に渡して,「よく読んでおいてください」と伝えただけでは,説明したことにはなりません。
次に,事前交付書面を賃借人に渡した上で,内容(全文)の読み聞かせをしたらどうでしょうか。通常は,これで説明をしたことになります。ただし,形式的に全文を音読すれば足りるという意味ではありません。賃借人が質問をした時にはそれに対する説明が必要になります。賃借人の質問に対して,「六法全書を読んでください」という塩対応をしたケースで,説明があったとはいえないと判断した裁判例もあります。
なお,求められるのは,書面の交付理解できるような説明なので,書面の優等,電話の説明を組み合わせる方法も問題ありません。

必要な説明の程度(書面による説明・書面読み聞かせ)

あ 書面交付のみによる説明(否定)

借地借家法38条2項では,「書面を交付して説明」すると定められているのであるから,書面を交付しただけでは説明義務を尽くしたとはいえないであろう。
書面を交付した上で,さらに,賃貸人は,口頭で説明することを要するとする前説が妥当である。
※藤井俊二稿/稲本洋之助ほか編『コンメンタール 借地借家法 第4版』日本評論社2019年p318
※東京地判平成18年1月23日(書面送付による説明を否定)

い 書面交付+読み聞かせ(肯定)

書面を交付して読み聞かせただけでも,建物賃貸借契約が期間満了により終了し,更新されないことを賃借人が十分に理解していると認められるときは,説明があったと認める
※東京地判平成25年12月18日

う 口頭説明不足と判断されたケース(裁判例)

賃貸人は,借地借家法38条2項による定期建物賃貸(不正確な記載である)と記載された書面を賃借人に交付した
賃貸人は,説明書の条項を読み上げるにとどまり,条項の中身を説明するものではなく,仮に条項内の条文の内容を尋ねられたとしても,六法全書を読んで下さいといった対応をする程度のものであった
→説明があったとは認められない
※東京地判平成24年3月23日

え 郵送+電話(実務的運用)

事前説明文書を「説明」するに際して,対面をすることまでは,法文上,要求されていない
したがって,事前説明を電話で行う運用は可能である。
例えば,事前説明文書を予め郵送しておき,それを賃借人となろうとする者に読んでもらうとともに,同時に,電話をして口頭の説明をする場合などが考えられる。
※吉田修平稿『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p240

8 仲介(宅建業者)による説明(代理権授与の要否)

前述のように,実際の建物賃貸借では,仲介業者が契約の手続を行うのが通常です。ここでひとつ注意が必要です。条文には,賃貸人が説明することが必要,と決められています。仲介業者が説明しても,賃貸人が説明したことにならないという解釈もあります。この解釈を前提とすると,オーナーは宅建業者に頼んだのに,契約締結の現場に行かなければならないと思ってしまいますが,そうではありません。事前説明の代理権を授与すれば(委任状を交付すれば)足ります。
一方で,もともとオーナーは事前説明含めて事務的なことは仲介業者に頼んでいるのだから,事前説明の代理権授与がなくても,仲介業者の説明で足りる(賃貸人の説明と同じことになる)という見解(裁判例)もあります。

仲介(宅建業者)による説明(代理権授与の要否)

あ 代理権授与を必要とする見解

一般に建物賃貸借では,宅地建物取引業者等が賃貸人と賃借人を仲介する場合が多いが,説明義務は賃貸人が負っているので,不動産仲介者が仲介者の立場で説明を行っても,説明義務が履行されたことにはならない
不動産仲介業者に,賃貸人が説明義務履行の代理権を授与して,仲介業者が代理人として賃借人に説明する場合には,賃貸人の説明義務が履行されたことになる。
※藤井俊二稿/稲本洋之助ほか編『コンメンタール 借地借家法 第4版』日本評論社2019年p315

い 代理権授与を必要としない見解

宅建業者等が代理権を有しているかを問題にせず,説明があったと認めた
※東京地判平成26年3月20日
※東京地判平成27年1月29日

9 事前説明の記録化

実際に事前説明を行う場面では,事前説明を行ったということを記録(証拠)にしておくことが必要になります。理想としては,公証人による確定日付の獲得ですが,手間・コストの面で実用的ではありません。現実的には,実際に説明を行った上で,「書面の交付と説明を受けた」という記載のある書面に,賃借人のサイン・押印をもらうという方法です。

事前説明の記録化

あ 理想

(事前説明文書の作成,交付説明義務を果たしたことについて)
証明方法としては,仮に,事前説明文書の日付が契約書の日付よりも前のものであった場合などには,それぞれの日付について公証役場において確定日付を取っておくことが最も確実なものになると思われる。

い 実務

しかし,これは非常にコストがかかるので,一般的には定期借家契約書についても事前説明文書についても,契約日において賃貸人・賃借人だけでなく仲介業者等の複数人が立ち会った上で,賃借人自らがその日付を手書きすること等により,後日,筆跡と関係者の証言において事前に文書による説明が行われた旨を証明することが最も簡明かつ確実なものになると思われる。
※吉田修平稿『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p240

10 事前説明義務不履行の効果

以上のような,定期借家の事前交付書面による事前説明がなかった場合にはどうなるでしょうか。借地借家法38条3項は,更新しない特約が無効と定めています。契約全体が無効となるわけではありません。
結果として,(法定)更新がある契約,つまり,普通借家契約として成立することになります。

事前説明義務不履行の効果

賃貸人が,2項に定める説明義務を履行しなかったときは,賃貸借契約中の更新排除特約の部分だけが無効とされるのであって,契約全体が無効となるわけではない
この場合には,建物賃貸借契約は,普通建物賃貸借として有効に成立する
※藤井俊二稿/稲本洋之助ほか編『コンメンタール 借地借家法 第4版』日本評論社2019年p319,320

本記事では,定期借家契約の際の事前交付書面や事前説明について説明しました。
実際には,個別的な事情によって,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に建物賃貸借に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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