【抵当権の及ぶ付加一体物(民法370条と87条2項の関係)】

1 抵当権の及ぶ付加一体物(民法370条と87条2項の関係)
2 関係する条文規定
3 抵当権の及ぶ範囲(付加一体物)の解釈のまとめ
4 抵当権が及ぶ範囲における従物の最近の扱い
5 抵当権の効力が及ぶ範囲
6 抵当権の効力が及ぶ根拠と対抗力
7 強制執行の競売(差押)の効力の範囲(概要)
8 明治39年判例=従物を否定
9 大正8年判例=設定時の従物を民法87条2項により肯定
10 大正10年判例=設定後の「茶の間」を肯定
11 昭和5年判例=設定後の従物を肯定方向
12 昭和9年判例=設定後の従物を肯定
13 昭和44年判例=設定時の従物を肯定
14 昭和53年東京高判=設定後の従物を肯定
15 平成2年判例=設定時の従物を肯定

1 抵当権の及ぶ付加一体物(民法370条と87条2項の関係)

抵当権は通常,登記され,その対象となる不動産(土地や建物)ははっきりしています。しかし,土地や建物に付随するものにまで抵当権の効力が及ぶかどうかが問題となることがあります。本記事では,このテーマを説明します。

2 関係する条文規定

最初に,本記事の説明で登場する条文を押さえておきます。
まず民法370条は,抵当権の対象の不動産に付加して一体となっている物にも効力が及ぶと定めています。これを付加一体物,とか,付加一体物といいます。これとは別の条文で,従物付合物が定義されています。これらも解釈の中で登場します。

<関係する条文規定>

あ 民法370条

(抵当権の効力の及ぶ範囲)
第三百七十条 抵当権は,抵当地の上に存する建物を除き,その目的である不動産(以下「抵当不動産」という。)に付加して一体となっている物に及ぶ。ただし,設定行為に別段の定めがある場合及び債務者の行為について第四百二十四条第三項に規定する詐害行為取消請求をすることができる場合は,この限りでない。

い 民法87条

(主物及び従物)
第八十七条 物の所有者が,その物の常用に供するため,自己の所有に属する他の物をこれに附属させたときは,その附属させた物を従物とする。
2 従物は,主物の処分に従う。

う 民法242条

(不動産の付合)
第二百四十二条 不動産の所有者は,その不動産に従として付合した物の所有権を取得する。ただし,権原によってその物を附属させた他人の権利を妨げない。

3 抵当権の及ぶ範囲(付加一体物)の解釈のまとめ

抵当権が及ぶ範囲の解釈は複雑で,統一的見解がないところもあります。そこで最初に最大限シンプルに結論だけをまとめます。
まず,物理的に一体となり,法律上も1つの不動産となっている場合には,当然ですが,抵当権の効力が及びます。
問題となるのは1つの不動産とはなっていない,つまり付随的だけれども法的には独立した動産(や不動産)です。従物のことです。結論としては,従物にまで抵当権の効力が及ぶという傾向が強いです。

<抵当権の及ぶ範囲(付加一体物)の解釈のまとめ>

あ 付合物(構成部分)

目的不動産に付合した物件
不動産の一部(構成部分)になる以上,これに対して抵当権の効力が及ぶことには異論がない
民法242条の付合物は,民法370条の付加一体物に含まれる
※道垣内弘人編『新注釈民法(6)物権(3)』有斐閣2019年p711,712

い 従物(概要)

最近では,従物も,その設定の時期に関係なく抵当権の効力が及ぶ見解が一般的になってきている
従物も,民法370条の付加一体物に含まれるという見解が一般的になってきている(後記※1

4 抵当権が及ぶ範囲における従物の最近の扱い

従物に抵当権の効力が及ぶことを肯定する傾向が強いです(前述)。実はこれについては多くの議論(判例,学説)がありますが,現在では,抵当権設定時に存在した従物だけでなく,設定後に設置した従物も含めて肯定する見解が一般的になってきています。肯定する根拠として民法87条2項と370条の2とおりがありますが,最近の傾向は370条の方です。370条を根拠とするから設定後の従物にも抵当権の効力が及ぶ,ともいえます。

<抵当権が及ぶ範囲における従物の最近の扱い(※1)

あ 従物の意味(前提)

(抵当権の範囲に関して問題となる)従物は,目的不動産と一体的に利用されているものの,なお法的には独立した動産と位置づけられる物件である

い 最近の見解

今日では,抵当権の効力は設置の時点を問わず目的不動産の従物にも及ぶとする見解が一般的になっている
その根拠を民法370条に求める見解が多数になっている
(抵当権登記の対抗力が及ぶことになる)
※道垣内弘人編『新注釈民法(6)物権(3)』有斐閣2019年p721

う 民法370条を根拠とすることの影響

従物に対する抵当権の効力の根拠を本条に求めることになれば,抵当権設定後に設置された従物にも,その効力は容認されることになりそうである。
実際に,その後,下級審の裁判例では抵当権設定後の従物に対する効力を容認するものも現れている。(後記※2
ただ,抵当権設定後の従物に対する効力をはっきりと認めた最高裁判例は現れていない。
※道垣内弘人編『新注釈民法(6)物権(3)』有斐閣2019年p715,716

5 抵当権の効力が及ぶ範囲

抵当権の効力が及ぶ範囲の議論は少し複雑なので,表にまとめます。
付合物,つまり対象不動産の構成部分となった場合は当然に抵当権の効力が及びます。
従物(構成部分にはなっていない)については否定する見解もありますが,現在では肯定する見解が一般的になっています。

<抵当権の効力が及ぶ範囲>

付合物(民法242条)=構成部分 従物(民法87条2項)
設定時 ◯(統一的見解) ◯(少し前から一般化)
設定後 ◯(統一的見解) ◯(最近の傾向)

6 抵当権の効力が及ぶ根拠と対抗力

前述のように,従物にも抵当権の効力が及ぶ傾向が強くなっていますが,及ぶことを肯定する見解はさらに,その根拠について2つに分けられます。
付合物については単に対象物の一部となっているだけなので根拠の見解が分かれていません。

<抵当権の効力が及ぶ根拠と対抗力>

付合物(民法242条)=構成部分 従物(民法87条2項)
根拠 民法370条(統一的見解) 民法370条(最近の傾向),民法87条2項(古い見解)
対抗力 抵当権登記(統一的見解) 抵当権登記(前提=民法370条が根拠)

7 強制執行の競売(差押)の効力の範囲(概要)

ところで,抵当権の実行ではなく,一般債権による強制執行でも同じように対象となる範囲(差押の及ぶ客観的範囲)が問題となります。結論としては,抵当権の及ぶ範囲と同じであると解釈されています。
詳しくはこちら|不動産競売における差押の効力(民事執行法46条)の全体像

以上で,抵当権が及ぶ範囲についての見解のまとめの説明は終わりです。
以下,判例の判断を,時代の流れに沿って整理しておきます。

8 明治39年判例=従物を否定

明治時代までさかのぼると,従物については抵当権の効力が否定されていました。

<明治39年判例=従物を否定>

あ 判例の内容

鉱業用の建物に設置された器械に対する抵当権の効力に関して
民法370条の付加一体物には付合物しか包含しない
従物は含まない
※大判明治39年5月23日

い 補足説明

動産上の抵当権に内在する公示の問題を指摘する
※道垣内弘人編『新注釈民法(6)物権(3)』有斐閣2019年p711,712

9 大正8年判例=設定時の従物を民法87条2項により肯定

大正8年判例は,設定時の従物に抵当権の効力を認めました。根拠は(民法370条ではなく)87条2項としていました。

<大正8年判例=設定時の従物を民法87条2項により肯定>

あ 判例の内容

民法87条2項により,主物たる不動産への抵当権の設定によって設定時に存在する従物たる動産には抵当権の効力が及ぶ
建物の畳建具はその従物に当たるとしてこれに対する建物抵当権の効力を認めた
一方,屋営業のために付設された道具・煙突等のような営業器具は,常に従物となるわけではなく,抵当権の効力が及ぶ従物となるか否かは,建物の利用目的如何による
※大連判大正8年3月15日

い 補足説明

この判決は,民法370条の付加一体物従物が含まれないという立場を修正したものではなく,抵当権設定後に設置された従物に対する効力まで容認したわけではなかった。
※道垣内弘人編『新注釈民法(6)物権(3)』有斐閣2019年p713,714

10 大正10年判例=設定後の「茶の間」を肯定

大正10年判例は,設定後に設置した「茶の間」に抵当権の効力を認めました。形式的には設定後の従物を肯定したと思えますが,実質をみると,単に抵当建物と一体化した(付合物)ことが理由であると考えられます。

<大正10年判例=設定後の「茶の間」を肯定>

あ 判例の内容

建物に抵当権が設定された後に目的建物について増築された「茶の間」について,建物の従物に当たるとして抵当権の効力を肯定した
※大決大正10年7月8日

い 補足説明

この判断は,あたかも,大審院が抵当権設定後に設置された従物に対する抵当権の効力を認めたかのようにも思われる。
しかし,そもそも「茶の間」を抵当建物とは別個の建物と捉えることは困難であり,むしろ,これは抵当建物の付合物であるがゆえに民法370条が適用され,抵当権の効力が容認されると考えなければならない。
それゆえ,この判決をもって,判例が抵当権設定後の従物にも抵当権の効力を容認したものと捉えることはできない。
※道垣内弘人編『新注釈民法(6)物権(3)』有斐閣2019年p714

11 昭和5年判例=設定後の従物を肯定方向

昭和5年判例も,読み取り方に幅があります。形式的には,抵当建物と一体となった(構成部分=付合物)ことを理由に抵当権の効力を認めたとも読めますが,実質的には設定後の従物について肯定したとも考えられます。

<昭和5年判例=設定後の従物を肯定方向>

あ 判例の内容

畳建具の類は建物に備付けられても一般に独立の動産たる性質を失わない(構成部分ではない)が,雨戸或は建物入口の戸扉その他建物の内外を遮断する建具類は,建物に備付けられた後は建物と一体を為し建物の一部を構成するものであって,その取外しが容易であっても独立の動産たる性質を有しない
※大判昭和5年12月18日

い 一般的な構成部分の解釈(前提)

羽目板,ひさしなどのように建物の構成部分とみられるものは,建物の一部であって,独立の物でないこというまでもないが,畳建具の類は,建物にそなえつけられたときでも,一般に独立の動産たる性質を失わないのが普通である。
※林良平ほか編『新版 注釈民法(2)総則(2)』有斐閣1991年p622

う 判例への批判的見解

ア 新版注釈民法(2) (昭和5年判例について)
その理由は,このような建具類は取引の客体たる建物の効用において,その外部を構成する壁または羽目となんら異なるところがない点に求められる。
しかし,これに対しては,建物完成のために付加した物はこれを建物の同体的構成部分とするというドイツ民法94条2項のような規定のないわが民法の解釈としては,これらの建具が建物から取りはずし容易で独立して取引の対象となしうべき存在を有するかぎり疑問である,とする見解がある。
※林良平ほか編『新版 注釈民法(2)総則(2)』有斐閣1991年p622
イ 新版注釈民法(6) 結論はいいとしても,構成部分とみた点は疑問である。
※舟橋諄一ほか編『新版 注釈民法(6)物権(1)補訂版』有斐閣2009年p20

え 判例の全体的な読み取り方

抵当権設定後の従物に対する効力を肯定的に捉えている判例ともいえる。
※道垣内弘人編『新注釈民法(6)物権(3)』有斐閣2019年p714

12 昭和9年判例=設定後の従物を肯定

建物に抵当権を設定した事案において,その後建築された附属建物にも効力を認めた判例です。やや特殊性はありますが,設定後の従物に抵当権の効力を肯定したということになります。

<昭和9年判例=設定後の従物を肯定>

あ 判例の内容

建物抵当権の設定後に新築され,抵当建物と同じ登記用紙に登記された附属建物に対する抵当権の効力について
建物の単位は登記簿上同一の用紙に記載されているか否かで決定されるべきであり,特別の事情がない限り,問題の附属建物は抵当建物の付加一体物に該当し,抵当権の効力が認められる
※大決昭和9年3月8日

い 補足説明

この附属建物は本来は主たる建物の従物に相当する物件であったが,抵当権の効力を容認した
ただ,この決定が附属建物を端的に付加一体物と認定したのは,当時の判例が抵当権設定後の従物に対する抵当権の効力を認めていなかったからであろう
※道垣内弘人編『新注釈民法(6)物権(3)』有斐閣2019年p714,715

13 昭和44年判例=設定時の従物を肯定

設定時の従物に抵当権の効力を認めた判例です。根拠として民法370条を選択しています。

<昭和44年判例=設定時の従物を肯定>

あ 判例の内容(引用)

(根抵当権の設定された宅地に植木,庭石および石灯籠が設置されていた事案について)
この場合右根抵当権は本件宅地に対する根抵当権設定登記をもって,その構成部分たる右物件についてはもちろん,抵当権の効力から除外する等特段の事情のないかぎり,民法370条により従物たる右物件についても対抗力を有する。
※最判昭和44年3月28日

い 補足説明

従物に対する効力の対抗要件を抵当権設定登記に求めるためには,かかる効力を抵当権の本来的効力の1つとして位置づけざるをえない
従物に対する効力も抵当権の効力の範囲に関する条項に服することを意味する
判例が,民法370条を根拠にして,抵当権設定登記が従物への効力の対抗要件として認められるとした点からは,判例は抵当権の従物に対する効力の根拠を民法370条に求めたものと考えられる
※道垣内弘人編『新注釈民法(6)物権(3)』有斐閣2019年p715

14 昭和53年東京高判=設定後の従物を肯定

設定後の従物についてストレートに抵当権の効力を認めた裁判例です。このような判断は最高裁判例ではみあたらないので,下級審裁判例を紹介しました。

<昭和53年東京高判=設定後の従物を肯定(※2)

劇場とキャバレーを兼ねた建物に設定された抵当権について
抵当権の効力は,抵当権設定の前後にわたって設置された舞台照明器具,音響器具,その他の劇場用動産類にも及ぶ
これらの施設を建物の従物と判定している
※東京高判昭和53年12月26日
※道垣内弘人編『新注釈民法(6)物権(3)』有斐閣2019年p716参照

15 平成2年判例=設定時の従物を肯定

設定時の従物について抵当権の効力を認めた判例です。このこと自体に真新しさはありません。なお,抵当建物よりも従物の方が価値(価格)が大きいので,従物といってよいかどうか,という点については議論があります。

<平成2年判例=設定時の従物を肯定>

あ 事案

ガソリンスタンドの店舗とされている借地上の建物に抵当権が設定された
地下タンクは抵当権設定当時に存在していた

い 判例の内容

ガソリンの供給のために設置された地下タンクは建物の従物に該当する
→抵当権の効力が及ぶ
※最判平成2年4月19日

本記事では,抵当権の効果が及ぶ付加一体物(付加一体物)の解釈について説明しました。
実際には,個別的事情により,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
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