【区分所有権の売渡請求(区分所有法10条)の基本(趣旨・典型例・行使・効果)】

1 区分所有権の売渡請求(区分所有法10条)の基本

区分所有権の売渡請求という制度があります。本記事では、この制度の基本的事項を説明します。

2 区分所有法10条(売渡請求権)の条文規定

最初に、売渡請求権を規定する区分所有法10条の条文を押さえておきます。

区分所有法10条(売渡請求権)の条文規定

(区分所有権売渡請求権)
第十条 敷地利用権を有しない区分所有者があるときは、その専有部分の収去を請求する権利を有する者は、その区分所有者に対し、区分所有権を時価で売り渡すべきことを請求することができる。
※区分所有法10条

3 区分所有法10条の趣旨

売渡請求権の趣旨は、専有部分の収去請求は不合理であるため、これを避けるというものです。

区分所有法10条の趣旨

区分所有者が敷地利用権を有しない場合には、その敷地の権利者は、区分所有者に対してその専有部分の収去を請求することができる
しかし、区分所有建物においては、その専有部分のみを収去することは物理的にも社会通念上も不可能に近い
そこで、本条は、専有部分の収去を請求する権利を有する者が、敷地利用権を有しない区分所有者に対して、区分所有権を時価で売り渡すべきことを請求することができるものとした
※稲本洋之助ほか著『コンメンタール マンション区分所有法 第3版』日本評論社2015年p73

4 区分所有者が敷地利用権を有しないケースの典型

売渡請求ができるのは、区分所有者が敷地利用権を有しない状況です。専有部分と敷地利用権は分離処分が禁止され一体となっています。そのため、通常であれば敷地利用権を有しないという状況は生じません。特殊な事情があった場合に、この状況が生じます。

区分所有者が敷地利用権を有しないケースの典型(※1)

あ 分離処分禁止前の分離処分

専有部分と敷地利用権の分離処分が禁止されていなかった時期(昭和37年の区分所有法)に分離処分がなされた

い 分離処分を認める規約

規約で専有部分と敷地利用権の分離処分を認める旨を定められた(区分所有法22条ただし書)
分離処分がなされた

う 賃貸借契約の終了

区分所有者が敷地を賃借した
その後、合意解除、解約権留保特約による解約、債務不履行解除などにより賃貸借が終了した

え 分離処分禁止の対抗不可

分離処分禁止に違反する処分がなされた
相手方が善意であったためにその無効を主張できない(区分所有法23条)
※稲本洋之助ほか著『コンメンタール マンション区分所有法 第3版』日本評論社2015年p73

5 売渡請求権を行使できる者

区分所有者が敷地利用権を有しない状況となった場合には売渡請求が使える状態になります。売渡請求をすることができるのは、専有部分の収去を請求できる者です。具体的には敷地の所有者や賃貸人です。

売渡請求権を行使できる者

あ 条文規定

敷地利用権を有しない区分所有者に対して区分所有権の売渡請求権を行使することができる者は、その専有部分の収去を請求する権利を有する者である
※区分所有法10条

い 典型例

敷地の所有者や賃貸人
※稲本洋之助ほか著『コンメンタール マンション区分所有法 第3版』日本評論社2015年p75

6 売渡請求権の行使と効果

区分所有権の売渡請求をする方法は、意思表示(通知)です。これによって、売買契約が成立するという効果が生じます。売買契約の代金は時価です。

売渡請求権の行使と効果

あ 売渡請求権の行使方法

相手方に対する請求権行使の意思表示

い 基本的な効果

時価による売買契約成立の効果が生じる
売渡請求権は形成権である

う 売買の対象

共用部分・共有持分は専有部分の処分に従う
※区分所有法15条1項
区分所有権が売り渡された場合には、その区分所有者が有していた共用部分・共有部分もともに売買の対象となる

え 時価の算定

ア 算定の内容 『時価』とは、当該区分所有権(共用部分・共有部分も含む)の客観的な価格であり、専有部分が商店などに利用されている場合には、その場所的利益も考慮される
『時価』の算定に当たって、建物の再調達価格のみを内容とするのではなく、場所的利益や収去されない利益を加算する
※東京地裁平成3年1月30日
イ 手続 時価について当事者間に協議が調わない場合には、 訴訟によって確定する
※稲本洋之助ほか著『コンメンタール マンション区分所有法 第3版』日本評論社2015年p75

7 専有部分の収去請求

前述のように、売渡請求権は、専有部分の収去請求を避ける趣旨の制度ではありますが、だからといって収去請求が禁止されているわけではありません。原則どおりに収去請求をすることも理論的には可能です。
しかし、たとえば202号室の部分を撤去した場合、1棟の建物全体の強度が落ちるなど、物理的な影響を及ぼすこともあります。そこで、影響を受ける(他の)区分所有者の承諾が必要になることがありますし、また、実際に撤去して影響が及んだ区分所有者に対する損害賠償義務が生じることもあります。

専有部分の収去請求

あ 売渡請求と収去請求の関係

区分所有法10条は、専有部分の収去請求を否定するものではない
収去請求をすること自体は適法である

い 収去請求における他の区分所有者の承諾

専有部分の収去により他の区分所有者の専有部分に影響を与えるときはその者の承諾を要する

う 収去請求による不法行為責任

専有部分の収去によって他の区分所有者の権利を害した場合、不法行為責任が生じる
※東京地裁昭和47年6月10日参照
※稲本洋之助ほか著『コンメンタール マンション区分所有法 第3版』日本評論社2015年p75

8 敷地の賃貸借の賃料債務・解除の可分性と売渡請求権の関係

ところで、区分所有建物の敷地を対象とする賃貸借における賃料債務や解除が可分か不可分か、という解釈論があります。どちらの見解でも売渡請求権を活用する状況が生じることがあります。

敷地の賃貸借の賃料債務・解除の可分性と売渡請求権の関係

あ 賃料債務・解除の可分性と売渡請求権の関係

敷地を対象とする賃貸借契約の賃料債務を可分債務とし、解除も可分とする(不可分性の規定を適用しない)という見解によると、特定の区分所有者との賃貸借だけを解除することが認められる
売渡請求権を活用する典型的状況(前記※1)となる

い 賃料債務・解除の不可分性と売渡請求権の関係

敷地を対象とする賃貸借契約の賃料債務を不可分債務とし、解除も不可分とする(不可分性の規定を適用する)という見解によっても、状況によっては売渡請求権を活用できることがある

う 賃料債務・解除の可分性の記事(参考)

詳しくはこちら|区分所有建物の敷地の賃借権・賃料債務の性質・解除の範囲の解釈論

本記事では区分所有権の売渡請求権について説明しました。
実際には、個別的事情によって法的扱いや最適な対応は違ってきます。
実際に区分所有建物(分譲マンション)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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