【建築に関する訴訟に建築専門家が関与する制度(鑑定・付調停・専門委員)】
1 建築に関する訴訟に建築専門家が関与する制度
2 訴訟手続における建築専門家関与の意義と課題
3 訴訟手続における建築専門家関与の制度の種類
4 調停委員としての建築専門家の選任の可否
5 建築専門家関与の制度の選択(実施)のタイミング
6 模索的な建築専門家の関与(否定)
7 建築専門家関与の制度の選択基準と判断要素
8 建築専門家の現地確認の法律上の扱い
9 専門委員・調停委員の現地調査結果を証拠化する方法
10 付調停の後の調停成立における事務的処理
11 東京地裁民事22部(建築紛争専門部)の対象案件
1 建築に関する訴訟に建築専門家が関与する制度
建築瑕疵などの建築に関するトラブルを扱う訴訟では,建築の専門家を関与させる制度がいくつかあります。どのような制度を用いるかで,結果にも影響が出てきますし,また,解決までの時間にも大きな影響があります。
本記事では,裁判手続に建築の専門家が関与する制度について説明します。
2 訴訟手続における建築専門家関与の意義と課題
もともと,建築に関する訴訟では,建築に関する高度な専門的知見がないと審理がスムーズに進まないということが多いです。建築の専門家が関与すればスピーディーかつ的確な審理ができるようになります。
民事訴訟法は改正されてきており,現在では,建築専門家を関与させる制度が複数あります。そのような制度のうちどれを,いつ用いるか,ということをしっかり判断することが求められます。
<訴訟手続における建築専門家関与の意義と課題>
あ 建築に関するトラブル解決のハードル(前提・概要)
建築に関するトラブルの解決では,高度な専門的知見が必要であり,争点・証拠の集約や収集が困難であるなどの,ハードルがある
詳しくはこちら|建築のトラブルにおける判断のハードルと建築専門家の協力の必要性
い 建築専門家関与の意義
中立的で客観性のある専門的知見が早期に訴訟当事者に示されれば,おのずから,真の争点とこれに対する証拠の整理が進み,合理的な判断が浮かび上がり,早期の事件解決につながる
う 訴訟における課題
いつ,どの制度により,どの分野の建築専門家により,どのような形式で,専門的知見を建築訴訟事件の審理に導入し,その成果をどのような形で活かすかが,建築訴訟事件の迅速かつ適正な解決のための中心課題となる
※松本克美ほか編『専門訴訟講座2 建築訴訟 第2版』民事法研究会2013年p473,474
3 訴訟手続における建築専門家関与の制度の種類
建築専門家を訴訟に関与させる制度としては,鑑定・付調停・専門委員という3つがあります。
<訴訟手続における建築専門家関与の制度の種類>
あ 鑑定
訴訟において,裁判所に中立な専門家を選任してもらう方法
鑑定とよぶ
選任された専門家を鑑定人とよぶ
※民事訴訟法212条~
い 付調停
調停に付する方法
調停委員が関与する調停手続が行われる
調停委員として建築専門家を選任する
※民事調停法20条1項,8条
う 専門委員
裁判所の手続に専門委員を関与させる
専門委員には建築専門家を選任する
※民事訴訟法92条の2
(専門委員の基本的事項)
詳しくはこちら|民事訴訟における専門委員の関与の制度(性質・決定の要件)
4 調停委員としての建築専門家の選任の可否
建築専門家が関与する制度のうち,付調停は,民事調停に切り替えるというものです。民事調停は,原則的に簡易裁判所が管轄です。
この点,東京簡裁では建築紛争専門部はありません。しかし,東京地裁の民事22部が建築紛争専門部となっており,建築の専門家が専門委員や調停委員の候補としてスタンバイしています。
全国のすべての地裁にこのような建築紛争専門部が設置されているわけではありません。建築紛争専門部がない裁判所では,建築の専門家が調停委員や専門委員として選任される候補として確保されているとは限りません。
訴訟を申し立てる段階で,このようなことにも配慮しておく必要があります。
5 建築専門家関与の制度の選択(実施)のタイミング
建築の専門家が訴訟に関与する制度は複数ありますが,これらの制度をいつ用いることが最適か,という問題があります。原則として,大雑把な争点整理ができた段階が適切です。しかし具体的な事情(事案の内容)によってはもっと早期の段階から建築専門家の関与が望ましいこともあります。
<建築専門家関与の制度の選択(実施)のタイミング>
あ 一応の争点整理終了時(原則)
訴状と答弁書に引き続きとり交わされる訴訟当事者双方の準備書面や争点整理表が一巡し,どの分野の何を主要争点とする事件なのかがほぼ明らかになった時点で建築専門家関与の制度の選択をするのが原則である
争点整理表の内容=瑕疵一覧表,追加変更工事一覧表,時系列表または出来高一覧表など
い 争点整理が困難であると判明した時
専門家を擁しない審理を続けては争点整理が困難であるとの認識をもつに至ったならば,可及的速やかに,建築専門家関与の制度の選択(実施)をする
具体例
高度に専門的な分野である(建物の構造強度が問題となるケースなど)
う 訴訟当事者が専門家関与を求めた時
訴訟当事者の一方または双方が当該建築分野の知識に乏しく,最低限の争点提示もままならないため,建築専門家の関与を求めた場合は,当事者双方に異存のない限り,専門家関与の制度の選択(実施)をする
※松本克美ほか編『専門訴訟講座2 建築訴訟 第2版』民事法研究会2013年p481,482
6 模索的な建築専門家の関与(否定)
よくある誤解として,『訴訟提起さえすれば,すぐに建築の専門家が選任されて現地に調査しに来てくれる,とにかく現地を見ればひどさが分かるから早く見に来て欲しい』といったものがあります。
しかしその前に,原告が瑕疵の内容を特定してある程度正確に主張する必要があります。写真や資料で,可能な範囲で証拠も提出します。その上で,被告の主張も行われます。
このようなやりとり(争点整理)を経て,原告・被告の主張の食い違い(争点)がはっきりしてきます。
ある程度の争点整理ができてから建築の専門家が関与するのが通常なのです。建物の規模が多く,瑕疵が多くの箇所にあるような場合は早めの段階で建築の専門家が関与することがありますが,前提として原告の調査で瑕疵の内容が具体的に分かっていることが求められます。
いずれにしても,裁判所で選任された建築の専門家が主体となって瑕疵をつきとめる,というようなことは構造的にできないことになっています。
7 建築専門家関与の制度の選択基準と判断要素
訴訟の中で,建築の専門家を関与させるタイミングだと判断された場合,具体的な3つの制度(前記)のどれを用いるかを選択することになります。最適な選択肢は,いろいろな事情によって違ってきます。判断基準や判断要素をまとめました。
<建築専門家関与の制度の選択基準と判断要素>
あ 当事者の意思の尊重(基本方針)
実務では,裁判官が専門的知見導入を必要とする審理段階であると判断したときには,弁論準備手続期日において,各制度の利害得失を説明し,当該事件の個性に適する導入方法をすすめつつ,最終的には,当事者の選択を尊重している
い 訴訟物価格の多寡,立証責任を負う者の資力
付調停には,追加的な手数料を要しないが,鑑定を採用する場合には,一定の鑑定人に対する報酬の負担が生じる
う 建築専門家による簡易鑑定的な評価,査定の要否
出来高,追加相当代金額,瑕疵修補費用などが争点であるときには調停が望ましい
第三者工事被害型事件のように加害行為と被害との事実的因果関係が争点であるケースでは,調停よりも,専門委員による争点整理または鑑定が適していることが多い
え 調停嫌悪の有無
付調停を嫌悪するときには,専門委員制度による争点整理に適している
例=訴訟当事者が相互に強い憎悪感情を抱いているケース
お 精度とスピードの要求レベル
専門的意見について高い精度を求める場合,鑑定が適している
多少の誤差があっても迅速さを求める場合,付調停が適している
か 鑑定に必要な調査が可能か否か
具体例
マンションの建築瑕疵のケースにおいて,管理組合においては少数派で多数派が対立しているために,鑑定に不可欠な共用部分の破壊検査の承諾を得られない場合には鑑定不能となる
き 他の手続を経ているか否か
ア 調停先行
従前調停手続を経ていても必要があれば,再度単独調停に付することが可能である
※民事調停法5条,23条の3第2項1号
それでは訴訟当事者の理解が得られがたいときには,専門委員制度または鑑定を利用することになる
イ 鑑定先行
鑑定書の提出前後に裁判官の交替があり,後任裁判官がその内容の理解に難渋するような場合には,専門委員を指定する方法もあり得る
ウ 専門委員先行
専門委員が初めに活用されていても,鑑定または簡易鑑定的な査定が必要となった時には,鑑定または調停が利用されることになる
その際,専門委員が調停委員を兼務している場合には,当該専門委員を調停委員とする調停委員会を組織することにより,同一の建築専門家が両制度にまたがって専門的知見を供給し続けられるようにする例もある
※松本克美ほか編『専門訴訟講座2 建築訴訟 第2版』民事法研究会2013年p482,483
8 建築専門家の現地確認の法律上の扱い
訴訟に関与することとなった建築の専門家が現地確認をすることも多いです。3種類の制度によって法律上の扱い,位置づけが違います。
<建築専門家の現地確認の法律上の扱い>
あ 鑑定人としての現地確認
鑑定として実施(施行)する
い 専門委員としての現地確認
進行協議期日または(専門委員の)準備として実施する
準備の場合は当事者の立会は規定上必須ではないが,実務では立ち会う機会は保障されている
詳しくはこちら|民事訴訟における専門委員の関与の制度(性質・決定の要件)
少なくとも東京地裁民事22部の運用では当事者の立会を求めている
う 調停委員としての現地確認
現地における調停期日として実施する
当事者(代理人)が参加する(立ち会う)
え 検証としての現地確認(参考)
裁判官が直接現地で確認・調査する方法
※民事訴訟法232条
専門家が現地確認をする方法ではない
9 専門委員・調停委員の現地調査結果を証拠化する方法
付調停となった後に,調停委員の説明(意見の開示)によって調停(和解)が成立することもありますが,調停が成立する見込みがない場合には,調停不成立となり再び訴訟の審理に戻ります。その場合,調停委員が現地調査をした結果は証拠となっていないので,証拠にするためには一定の処理が必要になります。
専門委員が現地調査をした場合でも,同様に,そのままでは証拠にならないので,証拠化のためには処理が必要です。
なお,鑑定であれば,その結果が訴訟の審理で証拠となりますので当事者が証拠化する処理は不要です。
<専門委員・調停委員の現地調査結果を証拠化する方法>
あ 写真撮影報告書
調査当日に当事者が写真撮影をして,写真撮影報告書(準書証)として提出する
い 調停不成立調書
当事者が調停不成立調書を謄写し,これを書証として提出する
う 尋問における専門委員からの質問
証人尋問・当事者尋問の際,調査を行った専門委員が参加する
専門委員から質問(発問)してもらう
この方法は当事者の同意が必要である
詳しくはこちら|民事訴訟における専門委員の関与の制度(性質・決定の要件)
10 付調停の後の調停成立における事務的処理
訴訟から付調停となった場合,訴訟本体の方は保留となった状態になります。調停の手続において,調停成立に至ると,訴訟の審理に戻っても意味がないことになります。そこで,法律上,訴訟本体の方は訴えの取下とみなされるということになっています。
<付調停の後の調停成立における事務的処理>
付調停となった後の調停手続において調停成立となった場合
訴えの取下とみなされる(取下擬制)
※民事調停法20条2項
11 東京地裁民事22部(建築紛争専門部)の対象案件
東京地裁では,民事22部が建築紛争の専門部となっています。運用上のルールとして建築紛争専門部で扱う案件が特定されています。
中古建物の売買については,建築途中の施工やその設計,監理は直接問題とならないので,対象外となっています。
<東京地裁民事22部(建築紛争専門部)の対象案件>
あ 建物建築請負に関するトラブル
設計監理,施工(請負代金請求,損害賠償請求)
工事に伴う振動又は地盤沈下(損害賠償請求)
※瑕疵,追加変更工事,出来高,工事の完成・未完成などの専門的事項が想定されない案件は対象外である
い 建物売買契約における瑕疵(損害賠償請求等)
新築物件は対象となる
中古物件は対象外
本記事では,建築に関する訴訟において建築の専門家が関与する制度について説明しました。
実際には,個別的な事情によって法的扱いや最適な対応は違ってきます。
実際に建築の欠陥の問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。