1 所有権の範囲の合意と筆界特定相互の影響
2 所有権の範囲の合意が筆界の特定に及ぼす影響
3 所有権の範囲の和解における工夫
4 当事者の認識と筆界の特定の関係
5 所有権の範囲と筆界の相違の扱い(譲渡・錯誤)
6 合意した境界の位置が特定できない和解を無効とした判例

1 所有権の範囲の合意と筆界特定相互の影響

土地の境界のトラブルの解決として,所有権境(範囲)について合意するということがあります。
この時点では筆界(公法上の境界)は特定していない状態で終わります。
詳しくはこちら|境界確定訴訟における合意(和解)の可否と方法
後日,境界確定訴訟などで筆界も特定することもあります。
ここで,所有権境の合意が筆界の判断に大きく影響します。
また,筆界の判断結果が所有権境の合意とずれていた場合,所有権境の合意の扱いが問題となります。
本記事ではこのような,所有権の範囲の合意と筆界の特定との関係について説明します。

2 所有権の範囲の合意が筆界の特定に及ぼす影響

理論的には所有権の範囲と筆界は別のものです。
しかし実際には合意された所有権境と同一の線を筆界として判断(特定)することが多いです。

所有権の範囲の合意が筆界の特定に及ぼす影響

あ 理論面

所有権の範囲の合意について
→筆界(公法上の境界)とは別個独立のものである

い 現実的な影響

所有権の範囲の合意について
後日,公法上の境界を判定するための有力な資料となる
※最高裁昭和42年12月26日

3 所有権の範囲の和解における工夫

所有権の範囲の合意(和解)の後に筆界が特定される場合,同じ線になることが多いです(前記)。
当事者としても所有権境と筆界は同一と想定しているのが通常です。
より確実に,同一となるようにする工夫があります。
所有権の範囲の合意(和解)の時点で,公法上の境界についての認識が一致していることを記載するのです。和解の中で筆界の位置を定めることはできないので,認識の一致でとどめるしかないのです。

所有権の範囲の和解における工夫

あ 筆界の認識の条項化

和解条項(調停条項)において
当事者の筆界の認識が一致していることを条項にするとよい(後記※1

い 条項の具体例

『当事者は,筆界がA−B−C−Dであるとの認識で一致していることを相互に確認する。』
という条項を入れることが推奨される
所有権境と同じ位置を記載する
※寳金敏明著『境界の理論と実務』日本加除出版2009年p513

4 当事者の認識と筆界の特定の関係

所有権の範囲の和解の中で公法上の境界の認識を記載しておくと,その後将来,公法上の境界を特定することになった時に役立ちます。

当事者の認識と筆界の特定の関係(※1)

あ 根本的な理論

筆界(公法上の境界)についての当事者の認識
公的な筆界の判断を法的に拘束することはない
公的な判断権者=登記官・地籍調査の担当官など

い 筆界調査への事実上の効果

当事者の認識の記録について
→筆界調査について立会・承認を得たのと同様の効果がある
→特段の反対証拠がない限り,確認された内容どおりに筆界を判定することになる
※寳金敏明著『境界の理論と実務』日本加除出版2009年p513,514

5 所有権の範囲と筆界の相違の扱い(譲渡・錯誤)

所有権の範囲(境)と筆界が一致することが実際には多いです(前記)。
しかし,一致しない結果になることも現実にはあります。
このようなケースでは和解は勘違いだったという主張につながることもあります。
しかし,もともと所有権の境と筆界は別のものです。理論的には一致することが当然というわけではありません。
そこで原則として錯誤で無効となるようなことはありません。
ズレの部分は土地の一部が譲渡されたという扱いになります。
占有の状況によっては取得時効という扱いもあり得ます。

所有権の範囲と筆界の相違の扱い(譲渡・錯誤)

あ 前提事情

土地の所有権の範囲について合意(和解)した
後日,筆界(公法上の境界)が特定された
所有権の境と筆界が異なっていた

い 原則論

ア 錯誤(否定) 所有権の範囲の合意について
原則として錯誤には該当しない
イ 譲渡としての扱い 所有地の一部を譲渡したものとして扱う
※大阪高裁昭和38年11月29日
※盛岡地裁一関支部昭和40年7月14日

う 例外

ア 要素の錯誤 特段の事情がある場合のみ要素の錯誤に該当する
=合意は無効となる
※民法95条
イ 特段の事情の例 『公法上の境界線が後日別に確定した時は所有土地範囲にも変動を及ぼすことが合意の内容とされていた』
※東京高裁昭和61年12月22日
※藤田耕三ほか編『不動産訴訟の実務 7訂版』新日本法規出版2010年p494

6 合意した境界の位置が特定できない和解を無効とした判例

実際に所有権の範囲を確認する和解をする時には注意が必要です。せっかく,所有権の範囲(としての境)の位置が確定して紛争が終了したのに,後から和解自体が無効となることもあるのです。それは,図面に点が描いてあっても,各点が,現地のどの場所なのかを正確に復元(特定)することができない場合です。
測量士が作成する図面であれば,現在では,各点について座標を記載するので,確実に復元することができます。

合意した境界の位置が特定できない和解を無効とした判例

あ 成立した裁判上の和解の条項

(1)甲(本件被告)は乙(本件原告)より賃借している◯番の宅地中調書添付図面の赤斜線の箇所を乙に昭二三・八・五・限り返還する
(2)乙は同番の宅地中調書添付図面の赤斜線の箇所を除いた他の部分を分筆の上,甲名義に所有権移転登記手続をなすと共に,甲は甲所有の◯番宅地を乙名義に所有権移転登記手続をなす
(3)乙は同人所有の・・・宅地中調書添付図面の(ヘ)(ハ)点より直線にして道路へ結ばれる線((ト)点)より西側の箇所(黒斜線の個所)を分筆の上甲名義に所有権移転登記手続をなす

い 添付図面の状況

和解調書(あ)には図面が添付されている
(イ)〜(ト)点,赤斜線・黒斜線の引かれた個所が表示されている
(イ)〜(ト)点は何を基準としているのかが表示されていない

う 裁判所の判断(判決文)

ア 裁判上の和解の性質(前提) 裁判上の和解は,その効力こそ確定判決と同視されるけれども,その実体は,当事者の私法上の契約であつて契約に存する瑕疵のため当然無効の場合もあるのであるから,その有効無効は,和解調書の文言のみに拘泥せず一般法律行為の解釈の基準に従つてこれを判定すべきものである。
イ 有効性判断 本件において,所論(イ)乃至(ト)の点についての上告人の主張は,原審の認めなかつたところであり,従つて所論和解条項中,一の赤斜線の箇所,二の赤斜線の箇所を除いた他の部分及び三の黒斜線の箇所は,いずれも特定することができないばかりでなく,本件和解は,実地についても特定し得ないものであり,又,内容の点においても被上告人には判つていなかつたというのであるから,本件和解の目的物は確定し得ないこととなつて,私法上の和解契約は,これを無効とせざるを得ないものといわなければならない。
※最判昭和31年3月30日

本記事では,所有権の範囲の和解(境界確定訴訟における和解)の工夫や筆界の特定への影響を説明しました。
実際には,個別的な事情によって,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に土地の境界(筆界)に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。