民法90条(公序良俗)の要件|何が判断の対象になるか・主観的認識は要るか
1 民法90条(公序良俗)の要件|何が判断の対象になるか・主観的認識は要るか
常識を大きく外れた約束は無効になる——民法90条はそう定めています。では、その判断は何に向けられるのでしょうか。契約に書いてある内容だけでしょうか。それとも、当事者が何のためにその契約をしたのかという動機まで含むのでしょうか。
本記事では、民法90条が無効の判断を向ける対象と、当事者が「公序良俗に反する」と分かっていたことが必要かどうかを、文献にそくして説明します。あわせて、無効がどの範囲に及ぶのかと、いつの時点の公序良俗で判断するのかにも触れます。
条文の文言は現行法では「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為」ですが、文献が引く起草時の文言は「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スル事項ヲ目的トスル法律行為」です。この「目的」という語が、判断の対象をめぐる議論の出発点になっています。
2 結論——判断は内容だけでなく条件と動機にも及び、当事者の認識は要件ではない
この条文について押さえるべき点をまとめます。いずれも後述の各節で条文と文献を挙げて説明します。
民法90条の要件の押さえどころ
(ア)公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は無効である(民法90条)(イ)判断の対象である「法律行為の目的」が内容に限るか動機まで含むかは、起草時に参照されたドイツ民法典(内容)とフランス民法典(コーズの不法=動機を含む)のどちらの系譜を重視するかで分かれる(ウ)法律行為に付された条件は内容になるので、不法なことをするのを条件とした場合は法律行為全体が無効となり、不法なことをしないことを条件とした場合も不法条件とされる(民法132条)(エ)不法な動機は、表示されたときに顧慮される。判断の基準としては、動機たる事項の不法性の強さと、法律行為と不法動機との牽連性の強さの相関関係を90条に照らして判断すべきだとする主張が有力になっている(オ)公序良俗の判断は原則として客観的になされ、主観的要素によって左右されない。当事者の主観的態様が判断の一要素として考慮されることはあるが、主観的要件の充足が常に90条無効を導くために必要とされているわけではない(カ)損害賠償額の予定・違約罰の特約を一部無効によって減額するには、著しい過大性の要件と暴利行為の要件が必要だとするのが通説で、判例はさらに相当性の要件による絞りを付加している(キ)公序良俗を基礎づける規範の内容は社会的な認識の推移によって変化するので、どの時点をもって判断の基準時とするかが問題になる(基準時についての答えは本記事では確認できていない)
3 条文——公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は無効
まず条文です。民法90条は、公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為を無効とします。「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スル事項ヲ目的トスル法律行為」という起草時の文言は、平成29年の改正で現在の形になりました。
民法90条=公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は無効
公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
※民法90条
4 判断の対象は「目的」——内容に限るか動機まで含むかが起草の系譜で分かれる
文献は、公序良俗違反の判断対象とされている「法律行為の目的」とは何かを問い、起草時に参照された二つの法典が別の方向を指していたことを示します。
ドイツ民法典第一草案は公序良俗に反する「内容を有する法律行為」を無効とし、同138条は端的に「良俗に反する法律行為」を無効としました。この系譜からは「目的」は法律行為の内容を意味することになります。他方、フランス民法典1133条は公序良俗に反する「コーズは不法である」としており、コーズの不法は内容の不法より広く動機の不法を含むので、この系譜を重視すれば90条の「目的」の範囲は広がります。
90条の文理=「目的」は内容か動機を含むか
IV 公序良俗違反の要件・総論
(1)公序良俗違反の対象
(ア)90条の文理
民法90条は、「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スル事項ヲ目的トスル法律行為」を無効とする文言を採っているが、公序良俗違反の判断対象とされている<法律行為の目的>とは何か。
一方で、起草時に参照されたと推測されるドイツ民法典第一草案は、公序良俗に反する「内容を有する法律行為」を無効とし、ドイツ民法典138条は端的に「良俗に反する法律行為」を無効とするという体裁を採った。
ここからは<法律行為の目的>とは法律行為の内容を意味することになりそうである。
しかし他方で同じく起草過程で参照されたフランス民法典1133条は、公序良俗に反する「コーズは不法である」としている。
<コーズの不法>は法律行為の内容の不法よりも広く、動機の不法を包含するため、この系譜を重視すれば90条の「目的」の範囲は広がる。
※川島 武宜 (元東京大学名誉教授)・平井 宜雄 (専修大学教授)編『新版注釈民法(3)総則(3) 法律行為(1) — 90条~98条 【復刊版】』有斐閣2010年 10月p125
5 不法条件——不法をしないことを条件としても、法律行為全体が無効(民法132条)
法律行為に付された条件は、法律行為の内容になります。民法132条は、不法なことをするのを条件とした場合に、条件だけでなく法律行為全体を無効とします。
同条の後段はさらに踏み込んで、不法なことをしないことを条件とした場合も不法条件とします。条件それ自体は不法でないと見る余地もありますが、文献は起草者の説明として、不法を企てることで金員を得ることを認めてしまう結果になるからだと述べています。
不法条件(民法132条)=不法をしないことを条件としても不法条件
(イ)不法条件
法律行為に付された条件は、法律行為の内容となる。
民法132条は、不法をなすことを条件とした場合(例えば、殺人を犯せば金銭を与えるという契約を結んだ場合)には、条件のみならず法律行為全体を無効とする(同条前段)。
また不法をしないことを条件とした場合(殺人を犯さなければ金銭を与えるという契約を結んだ)、条件それ自体は不法でないとみる余地もあるが、同条後段はこのような条件も不法条件とした。
不法を企てることで金員を得ることを認めてしまう結果になると起草者は説明する(梅342)。
※川島 武宜 (元東京大学名誉教授)・平井 宜雄 (専修大学教授)編『新版注釈民法(3)総則(3) 法律行為(1) — 90条~98条 【復刊版】』有斐閣2010年 10月p125
6 動機の不法——動機が表示されたときに顧慮され、不法性の強さと牽連性の相関で判断
動機は伝統的な法律行為論では効果意思と峻別され、法律行為の内容を形成しないものとされてきました。文献は、かつての学説が動機が条件になっている場合にのみ顧慮するとしていたのが、「動機の表示」があれば動機の錯誤が要素の錯誤をもたらすという理論の通説化とともに、不法な動機が表示された場合には公序良俗違反になるとする説が有力になった経過を示します。
判例も、不法な動機が一方にあるだけでは足りず、それが相手方の知るところとなっていることを求めているとされます。文献が挙げる例は、賭博に負けた金銭を支払うために借り入れることを貸主が知りながらした金銭消費貸借を90条で無効とした大判昭和13年3月30日です。
判断の基準としては、動機の表示と相手方の知不知という単純な基準から進んで、動機たる事項の不法性の強さと、法律行為と不法動機との牽連性の強さを問題にし、その相関関係を90条に照らして判断すべきだとする主張が有力になっていると文献は述べています。
動機の不法=表示があれば顧慮され、不法性の強さと牽連性の相関で判断
(ウ)動機の不法
伝統的な法律行為論において、動機は効果意思と峻別され、法律行為の内容を形成しないものとされてきたが、動機の錯誤のように例外的に顧慮される場面も認められていた。
動機について公序良俗違反性が認められる場合に、法律行為の効力の判定にあたって、それはどのように顧慮されるか。
かつての学説は、動機が法律行為の条件となっている場合にのみ顧慮されるとしていた(この場合に動機は、附款についての効果意思の内容になっているからである。
富井409、三潴289、中島463)。
しかしその後、動機が法律行為の条件とされていなくても「動機の表示」があれば、動機の錯誤は要素の錯誤をもたらすという理論が通説化した。
これと軌を一にして、不法な動機が表示された場合には、公序良俗違反となるとする説が有力となった(我妻284)。
判例も不法な動機が一方にあるだけでは足りず、それが相手方の知るところとなっていることを要求している。
たとえば、借主が賭博に負けた金銭を支払うために借り入れることを貸し主が知りながらなした金銭消費貸借について90条による無効を認めている(大判昭13・3・30民集17・578)。
「動機の不法」の問題を、法律行為における効果意思の形成に先行する心理過程としての動機の問題として、つまり意思表示の瑕疵として捉えるこのような問題の建て方そのものを見直す議論が、その後有力化した。
公序良俗違反の判断にあたって、法律行為によって生じる法律関係を、抽象的に捉えるのではなく、当該法律関係によって達成されるべき結果に対する手段として総合的に評価するという、対象の拡大が「動機の不法」として問題になっているとするのである(川島230)。
また「動機の不法」の具体的判断の基準としても、動機の表示、相手方のその知不知という単純な基準から進んで、①動機たる事項の不法性の強さと②当該法律行為と不法動機との間の牽連性の強さを問題にし、その相関関係を90条に照らして判断すべしと説く主張が有力になっている(幾代219)。
※川島 武宜 (元東京大学名誉教授)・平井 宜雄 (専修大学教授)編『新版注釈民法(3)総則(3) 法律行為(1) — 90条~98条 【復刊版】』有斐閣2010年 10月p126
7 主観的要件——判断は原則として客観的で、当事者の認識は常に必要とはされない
法律行為の目的が公序良俗違反とされるには、内容が客観的に反していれば足りるのか、当事者が公序良俗違反の認識を持っていることまで必要なのかが問題になります。
文献は、原則として公序良俗の判断は客観的になされ、主観的要素によって左右されないと考えるべきだとします。もっとも、当事者の主観的認識が判断を左右しているように見える場合もあり、単なる取締法規違反は公序良俗違反に当たらないが当事者がこれを知りながらあえてした場合には当たるとする裁判例、客観的に違反していてもその不当性が広く社会において承認されていなければ違反といえないとする裁判例が挙げられています。
ただし文献は、前者は判断の一要素として主観的態様が考慮されるだけで主観的要件の充足が常に90条無効を導くために必要とされているわけではない、後者は当該規範が社会的に周知・共有されていると評価できるかという客観的事実の問題であって当事者の個別的な主観を問題にしたものではない、と整理しています。
主観的要件=原則は客観的判断で、主観的要素に左右されない
(2)公序良俗違反の主観的要件
法律行為の目的が公序良俗違反とされるためには、法律行為の内容等が客観的に公序良俗に違反していることで足りるのか、さらに加えて当事者が公序良俗違反の認識を持っていることが必要なのかが問題になる。
原則として公序良俗判断は客観的になされ、主観的要素によって左右されないと考えるべきであろう。
しかし、法律行為の当事者の主観的認識が公序良俗判断を左右しているように見える場合もないわけではない。
例えば、第1に単なる取締法規違反は公序良俗違反に当たらないが、当事者がこれを知りながらあえてした場合には公序良俗に当たるとする裁判例がある(708条に関わるが、最判昭37・3・8民集16・3・500)。
しかしここでも、公序良俗判断の一要素として当事者の主観的態様が考慮に入れられるだけであって、主観的要件の充足が常に90条無効を導くために必要とされているわけではない。
第2に、取締法規や憲法規範などに客観的に違反していても、その不当性が広く社会において承認されていなければ、公序良俗に違反したとはいえないとする裁判例がある(例えば、最判平9・9・4民集51・8・3619。
同旨は最判平元・6・20民集43・6・385でもすでに示されていた)。
これも社会的周知性として間接的にではあるが、違法性の主観的認識が問題にされているともいえる。
しかしこれはあくまでも当該規範が社会的に周知・共有されているものと評価できるかという、客観的事実としての公序良俗を基礎づける規範の存在の問題として判断されるのであって、当該当事者の個別的な主観を問題にしたものではないと考えるべきである。
※川島 武宜 (元東京大学名誉教授)・平井 宜雄 (専修大学教授)編『新版注釈民法(3)総則(3) 法律行為(1) — 90条~98条 【復刊版】』有斐閣2010年 10月p127
8 無効の範囲——損害賠償額の予定の一部無効=過大性・暴利行為・相当性
無効がどの範囲に及ぶかは、損害賠償額の予定や違約罰の特約で具体的に問題になります。
文献は、通説がこれらの特約を一部無効によって減額するために二つの要件を求めていると述べます。予定額が実損と比較して著しく過大であるという著しい過大性の要件と、これらの条項を約定したのが損害賠償義務者となる側の困窮・軽率・無知に乗じて暴利がはかられた場合であることという暴利行為の要件です。判例はさらに、そのような特約をするについて相当な理由がないことという相当性の要件による絞りを付加しているとされます。
暴利行為そのものの判断基準は、別の記事で説明しています。
売買の代金額や違約金が不当だと無効となる(暴利行為の判断基準)
売買の代金額についての客観的要素の判断基準は、別の記事で説明しています。
一部無効による減額の要件=著しい過大性・暴利行為・相当性
通説は、損害賠償額の予定・違約罰の特約を一部無効によって減額するためには、①当該予定額が、実損と比較して著しく過大であるかどうかという「著しい過大性」の要件に加えて、これらの条項を約定したのが、損害賠償義務者となる側の契約当事者の困窮・軽率・無知に乗じて暴利がはかられた場合であることが必要であるという「暴利行為」要件を要求している(我妻栄・新訂債権総論〔昭39〕133参照)。
判例も、「著しい過大性」の要件に加えて、③そのような特約をするについての相当な理由がないことという「相当性」の要件による絞りを付加している
※川島 武宜 (元東京大学名誉教授)・平井 宜雄 (専修大学教授)編『新版注釈民法(3)総則(3) 法律行為(1) — 90条~98条 【復刊版】』有斐閣2010年 10月p147
9 判断基準時——公序の内容が変われば、どの時点で判断するかが問題
公序良俗違反を基礎づける規範の内容そのものが、不当性に対する社会的な認識の推移によって変化すると考えるなら、同じ内容の契約が、ある時点では公序良俗違反に当たらないとされ、他の時点では当たるとされることが起こります。そこで、どの時点をもって判断の基準時とするかが問題になります。
本記事が確認できている文献の範囲は、この問いが立つところまでです。基準時についての答えは次の頁以降にあり、まだ確認できていないので、ここでは空白として示します。
判断基準時=公序の変遷があるのでどの時点で判断するかが問題になる
(3)公序良俗違反の判断基準時
(ア)公序の変遷と判断基準時
既述したように、公序良俗違反を基礎づける規範の内容そのものが、不当性に対する社会的な認識の推移によって常に変化すると考えるならば、同じ内容の契約が、或る時点では公序良俗違反に当たらないとされ、他の時点では当たるとされることが生じるため、当該法律行為についてどの時点をもって公序良俗の判断の基準時とするかという
※川島 武宜 (元東京大学名誉教授)・平井 宜雄 (専修大学教授)編『新版注釈民法(3)総則(3) 法律行為(1) — 90条~98条 【復刊版】』有斐閣2010年 10月p127
10 おわりに
本記事では、民法90条の判断が向けられる対象(内容・条件・動機)と、当事者の主観的認識が要件ではないことを説明しました。無効の範囲は損害賠償額の予定について一部無効の議論があり、判断基準時については問いの立ち方までを示しています。
当事者が主張していない公序良俗を裁判所が判断できるかという手続の側の論点は、別の記事で説明しています。
信義則・権利濫用・公序良俗と弁論主義|主張なしでも判断可→釈明は必要
公序良俗違反で二重売買を無効とした判例は、別の記事で説明しています。
最判昭和36年4月27日|未登記を知りつつ復讐の意図で低廉に買い受けた二重売買→民法90条で無効
本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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