人事訴訟の職権探知の範囲→学説が割れ、判例は裁量寄り
1 人事訴訟の職権探知の範囲→学説が割れ、判例は裁量寄り
離婚訴訟や認知の訴えのような人事訴訟では、裁判所が当事者の主張しない事実を斟酌し、職権で証拠調べをすることができます(人事訴訟法20条)。では、裁判所はどこまで探知しなければならないのか。条文は「することができる」という書き方なので、裁判所の裁量に委ねられているとも、必要な場合には義務だとも読めます。
本記事では、職権探知をどこまで行うべきかについて、判例と学説がどこに立っているかを説明します。
実際にどこまで探知が行われているかは、別の記事で説明しています。
弁論主義と職権探知主義の定義は、別の記事で説明しています。
2 学説は割れ、判例と実務は裁量寄りに立つ
職権探知をどこまで行うべきかについて、判例と学説がそれぞれどこに立っているかを先にまとめます。各行の根拠は、この記事の本文にあります。
学説は割れ、判例と実務は裁量寄りに立つ
あ 条文の建付け→権限の形で書かれ、裁量とも義務とも読める
人事訴訟法20条前段=裁判所は当事者が主張しない事実を斟酌し、職権で証拠調べをすることができる→「することができる」という書き方なので、裁量規定とも義務規定とも読める
い 裁判所が示す運用→職権探知は例外的かつ補充的
裁判所の運用方針=職権探知は例外的かつ補充的・第1次的には当事者が主張・立証すべきものとする(運用方針としての言い方で、法の側で当事者が主張責任を負うという意味ではない)
う 補充性の評価→見解が分かれる
| 立場 | 現在地 |
|---|---|
| 裁判所が示す運用 | 職権探知は例外的かつ補充的→第1次的には当事者が主張・立証すべきものとする(運用方針としての言い方で、法の側の主張責任ではない) |
| 判例 | 証拠調べをどの限度までするかは、すでに得た心証の程度により裁判所が自由に決められる |
| 補充性を認める説 | 人事訴訟法20条は職権探知の限界を解釈に開いた立法→裁判所の権限を肯定し義務を否定する裁量的な形態の職権探知も成り立つ |
| 否定説 | 権限の形で書かれた規定が必ず裁量規定とは限らない→必要な場合の職権探知は裁判所の義務・「裁量的な形態の職権探知主義」は自己矛盾 |
| 逐条解説 | 弁論主義と職権探知主義の相対化を論じる議論は有用→ただし裁量に委ね例外性・補充性を強調することはややミスリーディング |
え 否定説でも職権探知が前に出ない場面→当事者が出している限り通常の民事訴訟と変わらない
当事者双方が攻撃防御方法を提出し立証活動をしている限り、事実関係の調査は弁論主義による通常の民事訴訟と殆ど異ならない→本領を発揮するのは当事者が訴訟資料・証拠を提出できない(または提出しない)場面
当事者の私益のみが問題になる事項=職権探知の必要性に疑問→離婚訴訟・離縁訴訟で当事者が主張しない具体的な離婚原因について、裁判所は解明義務を負わない
お 決まっていないこと→職権探知を尽くさなかったこと自体が違法になるか
職権探知を尽くさなかったことが違法となるかは、判例からは決まらない→補充性を認めるかどうかで評価が分かれる
3 実務の運用と条文を整合させる説明→協力義務を基盤に、不十分なら職権探知義務
実務の運用は、職権探知を例外的かつ補充的なものと位置づけています。では、条文が職権探知主義を採っていることと、その運用はどこで両立するのか。
整合させる説明としては、当事者の手続関与権の保障と手続協力義務を基盤として審理が行われ、それでも事案の解明が足りない場合に裁判所の職権探知義務が働く、という組み方が示されています。
運用との整合→協力義務が基盤・不十分な場合に職権探知義務
そこで職権探知主義と上記の実務の運用とを整合させようとすれば、当事者の手続関与権の保障と手続協力義務を基盤として審理がなされるが、事案解明がこれにより十分でない場合に裁判所の職権探知義務が働くと説明することになる。
※本間靖規稿/『新基本法コンメンタール 人事訴訟法・家事事件手続法』日本評論社2013年p53
4 最判昭和29年1月21日→証拠調べの限度は裁判所が得た心証の程度
判例も、裁量寄りの理解に立っています。人事訴訟事件で裁判所がどの限度まで証拠調べをするかは、すでに得た心証の程度により裁判所が自由に決められる、と判断されています。内縁関係から生まれた子の認知請求で、原審が民法772条の趣旨を類推して父子関係について心証を得たうえ、それ以上の証拠調べをしなかったことが争われた事件です。
この判断には、学説から批判が向けられています。裁判所の法律上の職権探知義務の範囲が、事実の存否についての裁判官の心証の程度によって相対化され、裁量化されるため、職権探知の範囲がいわばブラックボックス化される、という批判です。
もっとも、事実について確実で完全な心証をすでに得ているならそれ以上の職権による証拠調べは要らない、という限りでは争いがありません。批判が向かうのは、完全な心証を得ていない段階で、心証の程度に応じて職権探知の要否を決められるとする理解の部分です。
証拠調べの限度→すでに得た心証の程度により裁判所が自由に決められる
人事訴訟事件においても、裁判所がいかなる限度まで証拠調をするかは、裁判所が、すでに得た心証の程度により、自由にこれを決することを得るものであつて、人訴三一条もこの点に関し何等制限又は変更を加える趣旨を含むものと解すべき理由はない。
※最高裁判所 1954-01-21 民集 8巻1号87頁/判タ 38号52頁/判時 22号6頁/ジュリ 54号61頁
判例への批判→職権探知の範囲がブラックボックス化する
しかし、この判例には種々の問題がある。
職権探知の範囲が裁判所の心証の程度に応じて裁量により決まるとされている点が、まず問題である。
すなわち、裁判所の法律上の職権探知義務の範囲が、事実の存否についての裁判官の心証の程度によって相対化され、裁量化される。
しかし、このような相対化は、法律が裁判所の職権探知義務を定めた目的に合致しない。
この判例では、職権探知の範囲がいわばブラックボックス化されるからである。
※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p68〜69
5 補充性を認める説と否定する説の対立
補充性をどう評価するかで、学説は正面から分かれています。分かれ目は、人事訴訟法20条が「することができる」という権限の形で書かれていることをどう読むかです。裁量規定と読めば補充的・裁量的な職権探知が成り立ち、義務規定と読めば成り立ちません。以下、認める側、否定する側、逐条解説の整理を順に見ていきます。
(1)認める側→人事訴訟法20条は「解釈に開かれた立法」・裁量的な形態も許容
認める側は、権限の形で書かれた規定を裁量規定として読みます。この立場からは、裁判所の権限を肯定しつつ義務は否定する、裁量的な形態の職権探知主義もありうることになります。人事訴訟法は職権探知の限界についてさまざまな解釈に開かれた立法である、という評価も同じ方向のものです。
理論の側からは、職権探知主義といっても弁論主義を否定するものではなく、これを制限するにすぎないという主張があります。新版注釈民法は、人事訴訟は非訟ではなく訴訟であって、弁論主義は制限されていても排除されていないことを想起すべきだとし、弁論主義の制限は処分権主義が実体的真実を歪曲することを許さないためのもので、弁論主義のもつ真実発見機能を制限する趣旨ではないとしています。
当事者主義の原則のもとで当事者が主体的に主張・立証を行うことが前提であり、当事者が主張すべき事実を十分に主張しなければ不利益が生じる可能性があるから、当事者は主要事実について事実上の主張責任を負っている、とする見解もこれに連なります。
解釈に開かれた立法→裁量的な形態の職権探知主義もありうる
山本和彦「狭義の一般条項と弁論主義の適用」広中古稀67頁、87頁も、この見解に立ちつつこれは裁判所の事実探知義務まで承認してきた従来の職権探知主義の観念に反することを認め、職権探知主義・弁論主義を含む訴訟審理原則の「再構成」を要すると指摘し、裁判所の権限を肯定し義務を否定するような裁量的な形態の職権探知主義もありうるとする。
畑瑞穂「人事訴訟における職権探知主義について」家月56巻3号(2004年)14頁25頁が、人訴法は「職権探知の限界についてさまざまな解釈に開かれた立法である」というのも同じ趣旨であろう。
※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p66
弁論主義の制限と職権探知の関係→制限されていても排除されていない
弁論主義の制限と職権探知の関係を検討するにあたっては、人事訴訟は非訟でなく訴訟であり、弁論主義は制限されていても、排除されていないことを想起すべきである。
弁論主義の制限は、その一面である処分権主義が、経済的・社会的力関係の差によって実体的真実を歪曲することを許さないためにあるのであって、弁論主義のもつ真実発見機能を制限する趣旨ではないと思われる。
※中川 善之助 (元東北大学名誉教授)・米倉 明 (早稲田大学教授)編『新版 注釈民法(23)』有斐閣2010年 10月p488
弁論主義を否定せず制限するにすぎない→事実上の主張責任を肯定
日本では、職権探知主義といっても弁論主義を否定するものではなく、これを制限するにすぎないと主張され50)、また、職権探知主義を定める20条は「あくまで当事者主義の原則の下、当事者が主体的に主張・立証を行うことを前提として」おり、「人事訴訟においては当事者に主張責任はないといっても、当事者が主張すべき事実を十分に主張しない場合には、不利益が生じる可能性があるから、当事者は主要事実(要件事実)について、事実上の主張責任を負っている」とする見解51)がある。
※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p71〜72
(2)否定する側→権限規定は必ず裁量規定でない・必要な場合の職権探知は裁判所の義務
否定する側は、権限の形で定められた規定が必ず裁量規定であるとは限らないという点から出発します。釈明権の規定のように、形式は権限規定であっても義務規定と解すべきものがあるからです。この立場では、裁判所は事実の確定に責任を負う職責として、必要な場合には職権探知を行う義務を負い、「裁量的な形態の職権探知主義」は自己矛盾であるとされます。
この立場からは、裁判所が示している運用にも正面から批判が向けられています。当事者が事件の事情を最もよく知っているのは弁論主義による訴訟でも同じであり、それを重視するなら弁論主義と釈明権・釈明義務で対処すればよいことになって、法律があえて職権探知主義を明文の規定で定めている理由を説明できない、という批判です。
裁判所の運用について、理論的な説明なしに示されているという指摘もあります。主張責任・証拠提出責任は弁論主義による訴訟における客観的証明責任の投影であることを理由に、補充性を説く見解は説得力に欠けると評されています。
ここで出てくる客観的証明責任・証拠提出責任という用語の区別は、別の記事で説明しています。
証明責任・立証責任・挙証責任|客観的=裁判規範・主観的=行為規範
必要な場合の職権探知→裁判所の義務・裁量的な形態は自己矛盾
職権探知主義のもとでは、裁判所は職権探知をするか否かを全く自由な裁量で決められるのではなく、事実の確定に責任を負う裁判所の職責として、必要な場合には職権探知を行う義務を負う。
そうでなければ、職権探知主義採用の根拠と整合しないからである。
「裁量的な形態の職権探知主義」なるものは自己矛盾である
※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p67〜68
運用への反論→明文で職権探知主義を定めた理由を説明できない
しかし、当事者が最もよく事件の事情を知っているのは弁論主義訴訟でも同じであり、これを重視するのであれば、人事訴訟においても弁論主義と釈明権釈明義務により対処すればよいのであり、なぜ法律があえて職権探知主義を明文規定で定めているのか、その理由を説明することはできない。
人事訴訟は身分関係の確認または形成を目的とする訴訟であり、確定判決は対世効を有するため職権探知主義が採用されるのであり、ここでは主張責任および証拠提出責任を観念できないことが、この理解では全く無視されている。
職権探知主義は、訴訟資料や証拠の収集困難その他の事情により、当事者の主張立証だけでは事案の解明ができない場合にこそ威力を発揮するものであるから、
「裁判所の職権探知は例外的かつ補充的なものと位置づけられている」
ということはできず、そのような理解は本文で述べたように一部の論者の主張にすぎない。
※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p68
運用の位置づけ→説得力に欠ける・客観的証明責任の投影だから
しかし、これらの見解は説得力に欠ける。
主張責任および証拠提出責任は、弁論主義訴訟における客観的証明責任の投影だからである。
※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p70
(3)逐条解説→相対化は認めるが、例外性・補充性の強調はミスリーディング
逐条解説は、この対立の中間に位置しています。弁論主義と職権探知主義を理念的な反対概念とみて、実際には両者の中間にさまざまな審理原則が働きうることを前提に審理方式を考える議論を有用と評価し、裁判所の裁量による手続進行を透明化・可視化する方向を支持しています。相対化を嫌い、両者の違いを際立たせたうえで裁判所の職責の明確化を図る立場とは、ここで分かれます。
もっとも、全体として通用する審理原則が職権探知主義であることからすると、職権探知を働かせる場合を裁判所の裁量に委ね、その例外性・補充性を強調することはややミスリーディングである、とも述べられています。相対化を認めることと、補充性を前面に出すことは別だという整理です。
さらに、職権探知主義によって保護しようとする権利や利益は訴訟の類型によって一律ではなく、当事者の手続への関わり方にも差があるため、より当事者主義に近づく場合を弁論主義寄りの手続と呼ぶこともあながち誤りではないとされています。
相対化を認める議論→裁量の透明化・可視化を目指す
いずれも職権主義に付属する裁判所の裁量による手続進行を透明化、可視化することを目指すものといえる。
他方で、職権探知主義と弁論主義の相対化を嫌い、両者の違いを際立たせた上で、職権探知主義下での裁判所の事案解明に向けての職責の明確化をはかる見解がある
※本間靖規稿/『新基本法コンメンタール 人事訴訟法・家事事件手続法』日本評論社2013年p54
裁量に委ね例外性・補充性を強調すること→ややミスリーディング
もっともこれらすべてを通し、全体として通用する審理原則が職権探知主義であることからすると、職権探知を働かせる場合を裁判所の裁量に委ね、かつ職権探知の例外性、補充性を強調することはややミスリーディングであろう。
※本間靖規稿/『新基本法コンメンタール 人事訴訟法・家事事件手続法』日本評論社2013年p53
当事者主義に近づく場合→弁論主義寄りの手続と呼ぶこともあながち誤りではない
すなわ当事者の手続への関わり方には差があるのであって、より職権主義に近づく場合とより当事者主義に近づく場合とが考えられる。
後者を手続協力義務で説明することもできるし、弁論主義寄りの手続ということもあながち誤りではない
※本間靖規稿/『新基本法コンメンタール 人事訴訟法・家事事件手続法』日本評論社2013年p54
6 否定説でも、職権探知が実際に働く場面は限られる
補充性を否定する立場でも、職権探知がいつでも前に出ると説かれているわけではありません。当事者が自分で主張と立証をしている限り審理の進め方は通常の民事訴訟とほとんど変わらないこと、当事者の私益だけが問題になる事項では職権探知の必要性に疑問があることが、同じ立場の中で述べられています。
裁判所の解明義務が当事者の協力義務によって制限されることは、別の記事で説明しています。
人事訴訟の職権探知主義(人事訴訟法20条)|自白が効かない審理と、残る証明責任
(1)本領を発揮する場面=当事者が訴訟資料・証拠を出せない(出さない)とき
当事者双方が自ら適切に攻撃防御方法を提出し、立証活動をしている限り、事実関係の調査は弁論主義に支配される通常の民事訴訟とほとんど異なりません。裁判所は必要な場合に釈明権を行使して訴訟資料の確保を図れば足りることになります。
職権探知主義が本領を発揮するのは、訴訟資料や証拠を集めることが困難であるなどの事情から、当事者が自ら十分に訴訟資料を提出できない、または提出しない場面です。裁判長が釈明権を行使した後も事実を陳述することができない、または陳述しない場面、証拠を提出することができない、または提出しない場面も同じです。
本領を発揮する場面→当事者が訴訟資料・証拠を出せない(出さない)とき
職権探知主義がまさに本領を発揮するのは、これと異なり、
訴訟資料や証拠の収集困難その他の事情により、当事者が自ら十分に訴訟資料を提出できず(または提出せず)、
また裁判長による釈明権行使の後にも事実陳述をすることができず(または事実陳述をせず)、または証拠を提出することができない(または提出しない)場合
である。
※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p66
(2)当事者の私益のみが問題になる事項→裁判所は解明義務を負わない
裁判所の解明義務の範囲が、どの事件でも一律なのかという問題があります。関係する利益の価値によって幅があり、私益が問題になっている場合には弁論主義に近づくのではないか、という形で論じられています。
補充性を否定する立場でも、人事訴訟のうち当事者の私益のみが問題になる事項については、職権探知の必要性に疑問があるとされています。離婚訴訟・離縁訴訟では、裁判所は当事者が主張しない具体的な離婚原因の存否について解明義務を負わず、当事者は特定の具体的な離婚原因を裁判所の審理から排除することができる、という解釈が示されています。
ただしこれは、裁判所が職権探知主義を謙抑的に運用すべきだからではなく、職権探知主義の本来の限界として説明されています。運用の心構えの問題ではなく、原則そのものの射程の問題だという整理です。
当事者の私益のみが問題になる事項→解明義務を負わない
もともと、これは雑多な事件が扱われる非訟事件で重要な意味をもつ問題であるが、人事訴訟においても当事者の私益のみが問題になる事項については、職権探知の必要性に関し疑問がある。
それゆえ離婚訴訟や離縁訴訟において、離婚訴訟または離縁訴訟の訴訟物が具体的な離婚原因または離縁原因によって個別化されないという見解に立つ場合にも、裁判所は、当事者の主張しない具体的離婚原因の存否について解明義務を負わず、当事者は特定の具体的な離婚原因を裁判所の審理から排除することができると解すべきである。
※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p72
謙抑的な運用ではなく→職権探知主義の本来の限界
しかし、このことは、多くの人がいうように、裁判所が職権探知主義を謙抑的に運用すべきだからではなく、職権探知主義の本来の限界なのである。
※松本博之著『人事訴訟法 第4版』弘文堂2021年p73
7 おわりに
職権探知をどこまで行うべきかについて、判例は証拠調べの限度を裁判所の心証の程度に委ね、実務もこれを例外的かつ補充的なものと位置づけています。これに対して有力な学説は、権限の形で書かれた規定が必ず裁量規定とは限らないとして、必要な場合の職権探知は裁判所の義務だとします。逐条解説は相対化を認めつつ、例外性・補充性を強調することはややミスリーディングだと評しています。
この食い違いは、書面の組み方に跳ね返ります。職権探知を尽くさなかったことを違法だと主張するなら、裁量寄りの判例と正面から当たるため、どちらの理解に立つかを明示して組み立てることになります。他方で、否定説に立っても職権探知が前に出ない場面があることは、同じ立場の中で認められています。
財産分与の手続で相手方が資料の開示を拒む場合の対応は、別の記事で説明しています。
財産分与の手続(審判・離婚訴訟)における財産の開示拒否への対応
本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
本記事の引用は、書籍・判例などの原文から範囲を選んで載せたものです。改行の位置は読みやすさのために当方で整えており、原文の改行と同じとは限りません。また、記号や外字の扱いにより、文字の一部が原文と異なって表示されることがあります。
本記事の表示では、読点を「、」に統一しています(引用の原文が全角の「,」や半角の「,」である場合を含みます。ただし「1,000」のような桁区切りはそのまま表示しています)。


