最判平成11年6月29日|判断の遺脱と民事訴訟法312条2項6号の理由不備|325条2項の職権破棄
1 最判平成11年6月29日|判断の遺脱と民事訴訟法312条2項6号の理由不備|325条2項の職権破棄
最高裁判所は、平成11年6月29日、当事者が主張していた事実を摘示せずその判断を落とした原判決について、その違法は上告理由としての理由不備(民事訴訟法312条2項6号)には当たらないと判断しました。判断の遺脱があっても、判決自体がその理由において論理的に完結しているのであれば、6号の事由にはならないという判断です。
もっとも、この判決は上告を棄却したのではありません。同じ違法を判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反と捉え、民事訴訟法325条2項により職権で原判決を破棄し、事件を差し戻しました。上告の理由になるかどうかと、救済されるかどうかが分かれた事案です。
この記事では、この判決が何をどう判断したのかを、判決文と判例タイムズの解説にそくして説明します。
上告理由としての理由不備・理由齟齬がどこまで認められるのかという論点そのものは、別の記事で説明しています。
上告理由としての理由不備・理由齟齬|民事訴訟法312条2項6号
上告と上告受理の申立ての手続の流れも、別の記事で説明しています。
上告|申立・流れ|上告提起・上告受理申立|上告事由・上告受理事由
2 結論——判断の遺脱→民事訴訟法312条2項6号の理由不備を否定・職権破棄
この事件で争われたことと、最高裁の答えを先にまとめます。いずれの行も、以下で判決文と解説を挙げて説明します。
この判決には、判例タイムズ1009号93頁に無署名の解説があります。以下ではこれを解説と呼びます。
結論——判断の遺脱→民事訴訟法312条2項6号の理由不備を否定・職権破棄
| 争われたこと | 最高裁の答え |
|---|---|
| 摘示のない再抗弁について判断しなかったことは、違法か | 訴訟経過に照らせば主張は維持されていたので、判決に影響を及ぼすべき重要な事項についての判断を遺脱した違法がある |
| その違法は、上告理由としての理由不備(民事訴訟法312条2項6号)に当たるか | 当たらない。理由不備とは主文を導き出すための理由の全部または一部が欠けていることをいい、原判決自体はその理由において論理的に完結していた |
| 上告理由に当たらないと、原判決はそのまま残るのか | 残らない。同じ違法を判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反として、民事訴訟法325条2項により職権で破棄し、事件を差し戻した |
| 再審の事由としての判断の遺脱との関係は、決まったのか | 決まっていない。解説は、本判決が再審事由との関係を明らかにしたものではなく、職権破棄を示した意味の読み方は今後の学説と判例に委ねられたとしている |
3 事案——約束手形金|事業団融資を条件とする持分譲渡契約の手付金
本件は、約束手形金の請求です。手形は、会社とその代表取締役が持つ不動産と、その会社が持っていた有限会社への出資持分を譲渡する契約の手付金を支払うために振り出されたものでした。
解説は当事者を第一審での地位で呼びます。原告が譲渡人の会社(手形の所持人・のちの上告人)、被告が手形に裏書きをした者、乙が譲受人で手形の振出人、甲有限会社が出資持分の対象になった会社です。以下の引用もこの呼び方によります。
譲渡契約には、譲受人が環境事業団から13億円の融資を受けることが条件とされ、融資がされなかったときは契約を撤回する合意がありました。譲受人は融資の申込保証金を用意できず、事業団への融資申請をしないままになりました。
この事実関係のもとで、裏書人は、手形の原因関係の抗弁として、事業団の融資を停止条件とする合意、または融資がないことを解除条件とする合意とその条件の成就を主張し、所持人は、譲受人が故意に停止条件の成就を妨げ、または解除条件を成就させたと主張しました(民法130条)。
抗弁と再抗弁の主張を説明する引用には「補助金申請」という語がありますが、解説の同じ段のそれまでの記述は、同じ手続を「融資申請」と書いています。原文のまま引きます。
手形は持分譲渡契約の手付金の支払のために振り出され、裏書きされた
本件は、約束手形金の請求事件である。本件約束手形五〇〇〇万円は、原告とその代表取締役の不動産及び原告の訴外甲有限会社への出資持分の譲渡契約の手付金の支払いのために、譲受人乙が振り出し、被告が裏書きをしたものである。
※『判例タイムズ1009号』p93〜
譲渡契約は事業団融資を条件とし、融資がされなければ撤回する合意があった
この譲渡契約は甲有限会社の営業を引き継いだ乙が環境事業団から一三億円の融資を受けることを条件とし、右事業団融資がされなかったときは、譲渡契約を撤回することが、原告、乙、被告との間で合意された。その後、原告は事業団融資の申請に必要な書類を乙に交付した。
※『判例タイムズ1009号』p93〜
抗弁=停止条件または解除条件の合意とその成就/再抗弁=故意による条件の成就の妨害と成就
右の事実関係の下において、被告は、原因関係の抗弁として、事業団融資を停止条件とする旨の合意又は事業団融資がないことを解除条件とする旨の合意と右解除条件の成就を主張し、原告は、乙が右事実関係の下で補助金申請をしなかったことは、故意に、停止条件の成就を妨げ(民法一三〇条)、又は解除条件を成就させたものであると主張した。
※『判例タイムズ1009号』p93〜
4 下級審——1審は抗弁を排斥・控訴審は請求棄却
第一審は、手付の合意の趣旨に照らせば、譲渡契約が無効になったことは手付を返す理由にならないとして、裏書人の抗弁を排斥しました。
1審——手付の合意の趣旨から、譲渡契約の無効は手付の返還理由にならない
一審判決は、手付合意の趣旨に照らせば、右譲渡契約が無効になったことは手付の返還理由とならないとして、被告の抗弁を排斥した。
※『判例タイムズ1009号』p93〜
(1)控訴審——抗弁は摘示・再抗弁は故意の成就妨害のみ→解除条件の成就を認定
控訴審では、所持人は従前の主張を第一審判決の事実摘示のとおりとし、当事者の主張は専ら停止条件が成就したかどうかに向けられていました。
ところが控訴審判決は、抗弁として停止条件の合意と解除条件の合意・その成就を摘示しながら、再抗弁としては故意による停止条件の成就妨害だけを掲げ、認定では本件の合意を解除条件の合意と捉えてその成就を認め、これに対する再抗弁の主張はないものとして請求を棄却しました。
控訴審での主張は専ら停止条件の成否に向けられていた
控訴審では、原告は、従前主張を一審判決事実摘示の通りとし、当事者の主張は専ら停止条件の成否に向けられた。
※『判例タイムズ1009号』p93〜
控訴審——解除条件の成就を認め、再抗弁の主張はないものとして請求を棄却した
ところが、控訴審判決は、抗弁として、前記停止条件の合意と解除条件の合意と成就を摘示しながら、再抗弁では、故意による停止条件の成就妨害のみを掲げ、認定においては、本件合意が解除条件の合意であったとし、右条件の成就を認め、これに対する再抗弁の主張はないものとして、請求を棄却した。
※『判例タイムズ1009号』p93〜
(2)上告理由——摘示のない再抗弁の判断遺脱=理由不備
所持人は、自分が主張していた解除条件の故意による成就の主張を摘示せず判断しなかったことは判断の遺脱であり、理由不備があるとして上告しました。
上告理由——解除条件の故意による成就の主張の判断を落としたのは判断遺脱であり理由不備である
原告から、原告の主張した解除条件の故意による成就の主張を摘示せず判断しなかった控訴審判決の判断は、判断遺脱に当たるから理由不備があるとして上告が申し立てられた。
※『判例タイムズ1009号』p93〜
5 判示|訴訟経過から主張の維持を認定→重要な事項の判断の遺脱の違法
本判決は、訴訟経過に照らせば、控訴審でも解除条件の故意による成就の主張が維持されていたことは明らかであるとして、控訴審判決には判決に影響を及ぼすべき重要な事項についての判断を遺脱した違法があるとしました。
次の引用は、本判決の運びを一続きに述べたものです。判断の遺脱の違法を認め、それが6号の事由には当たらないとし、それでも法令の違反として職権で破棄する、という3つの段が1文に入っています。以下で順に見ていきます。
解説による本判決の要約——判断の遺脱の違法を認め、6号には当たらないとしつつ、325条2項で職権破棄した
本判決は、訴訟経過に照らして、控訴審においても解除条件の故意による成就の主張が維持されていたことは明らかであるとして、控訴審判決に影響を及ぼすべき重要な事項についての判断を遺脱した違法があるとしたが、上告理由としての理由不備とは「主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けていること」をいうとし、本件の控訴審判決は、それ自体においては、論理的に完結しており、主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けているものではないから、民訴法三一二条二項六号の事由には該当しないが、右の違法によって、控訴審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるものというべきであるとして、民訴法三二五条二項により、職権をもって、控訴審判決を破棄し、事件を差し戻した。
※『判例タイムズ1009号』p93〜
6 判示|民事訴訟法312条2項6号の理由不備=主文を導く理由の全部又は一部の欠缺
本判決は、上告理由としての理由不備とは、主文を導き出すための理由の全部または一部が欠けていることをいうとしました。そのうえで、原判決自体はその理由において論理的に完結しており、主文を導き出すための理由が欠けているとはいえないとして、民事訴訟法312条2項6号の事由には当たらないとしました。
解説は、この判決が発したメッセージを、新法における理由不備の意義について厳格な立場を採ったものと読み取っています。
判旨——理由不備とは主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けていることをいう
しかしながら、原判決の右違法は、民訴法三一二条二項六号により上告の理由の一事由とされている「判決に理由を付さないこと」(理由不備)に当たるものではない。すなわち、いわゆる上告理由としての理由不備とは、主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けていることをいうものであるところ、原判決自体はその理由において論理的に完結しており、主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けているとはいえないからである。
※最高裁判所 1999-06-29 裁判集民 193号411頁/裁時 1246号4頁/裁判所ウェブサイト/判タ 1009号93頁/判時 1684号59頁/金法 1565号87頁/金商 1076号9頁
解説による読み取り——判決自体から明らかでない主要事実の判断遺脱は上告事由に当たらない
本判決が発したメッセージは、まず、新法における上告理由たる理由不備の意義につき厳格な立場を採用し、判決自体から明らかでない主要事実の判断遺脱が上告事由に該当しないということにある。
※『判例タイムズ1009号』p93〜
7 あてはめ——摘示の欠落と判断の欠落|上告理由としての扱いの分かれ目
本判決のあてはめは、原判決の書き方をどう読んだかにかかっています。当事者の主張の摘示を落としたこと自体が、原判決を理由において論理的に完結したものにしたからです。
摘示そのものを欠いた場合は理由不備に当たらず、摘示したうえで判断を欠いた場合は当たる、という分かれ方になります。この分かれ目を上告理由としての理由不備の範囲の側からどう見るかは、別の記事で説明しています。
上告理由としての理由不備・理由齟齬|民事訴訟法312条2項6号
(1)摘示の欠落→主張がない形=原判決は論理的に完結・6号の理由不備に当たらない
解説は、原判決の記載が当事者の主張の摘示を欠いたために、主張がないから判断しなかったという形になり、その理由において論理的に完結したと説明しています。
解説によるあてはめの説明——摘示を欠いたため、主張がないから判断しなかったことになる
本判決は、かかる観点から、控訴審判決の違法は、判決に影響を及ぼすべき重要な事項についての判断遺脱であるとしながら、上告事由たる理由不備とは、上告された判決の主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けていることをいうとし、本件では、控訴審判決の記載は、当事者の主張の摘示を欠いたため、その理由において論理的に完結しており(原告の主張がないから判断しなかったことになる)、主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けているとはいえないから、本件では、理由不備には当たらないとした。
※『判例タイムズ1009号』p93〜
(2)摘示があって判断だけが落ちた場合→再審事由・理由不備に該当
逆に、再抗弁が正しく摘示され、そのうえで判断がされなかった場合は、再審の事由としての判断の遺脱に当たるとともに、本判決の基準によっても理由不備に当たることになります。この判決が扱ったのは、摘示そのものが落ちていた場合です。
再審の事由については、別の記事で説明しています。
刑事・民事訴訟の確定判決→再審|訴訟行為の追完・法定期間の延長
解説による本判決の基準の裏側——摘示があって判断だけが落ちた場合は理由不備に当たる
控訴審判決に原告の再抗弁が正しく摘示され、その判断がされなかった場合には、再審事由たる判断遺脱に当たるとともに、本判決の基準によっても、理由不備に該当することになる。
※『判例タイムズ1009号』p93〜
8 主文——法令の違反として民事訴訟法325条2項で職権破棄・差戻し
本判決は、6号の事由には当たらないとしたうえで、原判決を破棄しました。同じ違法を、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反に当たるとして、民事訴訟法325条2項により職権で原判決を破棄し、事件を差し戻したからです。
主文——判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反として、職権で原判決を破棄し差し戻した
ただし、右違法(判断遺脱)は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反に当たるとして、職権をもって、原判決を破棄し、差し戻した。
※『判例タイムズ1009号』p93〜
9 決めていないこと——再審事由との関係・職権破棄を示した意味
解説は、本判決が上告事由としての理由不備の意義を明らかにしたものであって、再審の事由との関係を明らかにしたものではないとしています。
職権で破棄したことの意味も、2通りに読めるとされています。再審の事由に当たる判断の遺脱は職権破棄の対象になると示して、上告手続の中でできるかぎり是正する道を示したと読むか、再審の事由との切り分けを示唆して上告手続を純化したと読むかは、その後の学説と判例の展開に委ねられた、という読み方です。どちらの読み方が正しいかは、この判決が述べたことではありません。
再審の事由がある場合に上告受理の申立てをどう扱うかは、上告受理の要件の側の問題です。別の記事で説明しています。
解説の位置づけ——理由不備の意義を明らかにしたが、再審事由との関係は明らかにしていない
本判決は、上告事由たる理由不備の意義を民訴法改正の趣旨に即して明らかにしたものであり、再審事由との関係を明らかにしたものではない。
※『判例タイムズ1009号』p93〜
解説による2通りの読み方——可及的是正の方途を示したのか、上告手続の純化を図ったのか
もっとも、再審事由たる判断遺脱が肯認できる場合には、職権破棄の対象となることを示し、上告手続において可及的是正の方途を示した(原審は、判断遺脱のみの上告理由に対しても、その事由が肯認できるときは、原審却下をすべきではない)とみるか、再審事由との峻別を示唆し、上告手続の純化を図った(原審は、判断遺脱のみの上告理由に対しては、その事由が肯認できるかどうかを問わず、原審却下すべきである)とみるかについては、今後の学説及び判例の展開に委ねられたといえよう。
※『判例タイムズ1009号』p93〜
10 おわりに
本判決は、平成11年6月29日の時点で、上告理由としての理由不備を主文を導き出すための理由の欠缺に限り、判決自体から明らかでない判断の遺脱はこれに当たらないとしました。そのうえで、同じ違法を法令の違反として職権で破棄し、事件を差し戻しました。
この判決を前提に、上告理由としての理由不備・理由齟齬がどこまで認められるのかは、別の記事で説明しています。
上告理由としての理由不備・理由齟齬|民事訴訟法312条2項6号
本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
本記事の引用は、書籍・判例などの原文から範囲を選んで載せたものです。改行の位置は読みやすさのために当方で整えており、原文の改行と同じとは限りません。また、記号や外字の扱いにより、文字の一部が原文と異なって表示されることがあります。


