旅館業法に条例で上乗せできるか|有効性を判断した裁判例の到達点
1 旅館業法に条例で上乗せできるか|有効性を判断した裁判例の到達点
旅館業の許可を出すのは都道府県知事(保健所を置く市や特別区では市長・区長)ですが、事業者が実際に向き合うのは、法律そのものよりも自治体のルールであることが少なくありません。条例で構造や設備の基準が上積みされていたり、要綱で「手続を始める前に町長の同意を取ること」と求められていたりします。
こうした上乗せが法律に反しないかは、古くから争われてきました。裁判所の見方は途中で一度変わっています。当初は「旅館業法が条例に委ねていない事項は条例で規律できない」という理由で条例が無効とされましたが、その控訴審はこの理由を採らず、必要性と相当性で判断する枠組みに差し替えました。いまの裁判例はこの枠組みの上にあります。
この記事では、旅館業法への上乗せが争われた裁判例を、条例・要綱・通達という形ごとに整理します。条例と法律の関係そのもの(最高裁の徳島市公安条例事件が示した判断の枠組み)は、別の記事で説明しています。
条例による規制の限界|法律との関係・抵触|徳島市公安条例事件
2 上乗せの形ごとに、裁判所が見たもの
上乗せといっても形が違い、裁判所が見るところも違います。左がルールの形、右がその形について裁判所が判断したことです。
この表は当事務所の整理で、各行の根拠はこの記事の本文にあります。
<上乗せの形ごとに、裁判所が見たもの>
上乗せの形裁判所が見たもの条例(法律が委ねていない事項の上乗せ)委任の有無では決まらない。規制の必要性と、手段の相当性が裏づけられるか(飯盛町・控訴審)条例(法律と目的が異なる建築規制)別の目的による規制なら、法律の目的と効果を阻害しない限り矛盾抵触しない(東郷町)条例(法律が条例に委ねた事項)委ねられた範囲では、条例で指定した施設が法律の不許可事由として働く(渋谷)要綱に基づく同意行政指導にすぎず処分ではないので、取消訴訟では争えない(神戸市)通達(衛生等管理要領)不許可事由に当たるかどうかの解釈基準ではない(渋谷)
3 旅館業法が条例に委ねているのは限られた事項である
旅館業法が「条例で定める」と書いている事項は多くありません。敷地の周囲おおむね100メートル以内にあると許可を与えないことができる施設のうち学校や児童福祉施設に類するものを条例で追加すること、衛生に必要な措置の基準、宿泊を拒める事由、そして政令が条例へ投げ返している構造設備の基準です。
ここに書かれた事項を条例が定めることに争いはありません。問題になるのは、その外側で条例が規制を足したときです。旅館業法からの委任の全体像は、別の記事で説明しています。
法律が条例に委ねている事項
社会教育法(昭和二十四年法律第二百七号)第二条に規定する社会教育に関する施設その他の施設で、前二号に掲げる施設に類するものとして都道府県(保健所を設置する市又は特別区にあつては、市又は特別区。以下同じ。)の条例で定めるもの
※旅館業法3条3項3号
前項の措置の基準については、都道府県が条例で、これを定める。
※旅館業法4条2項
宿泊施設に余裕がないときその他都道府県が条例で定める事由があるとき。
※旅館業法5条1項4号
政令が条例に委ねている事項
その他都道府県(保健所を設置する市又は特別区にあつては、市又は特別区。以下この条において同じ。)が条例で定める構造設備の基準に適合すること。
※旅館業法施行令1条1項8号
その他都道府県が条例で定める構造設備の基準に適合すること。
※旅館業法施行令1条2項7号
4 飯盛町事件・第一審——委任していない事項は条例で規律できないとした
最初の事件は長崎県の飯盛町です。町は条例で、旅館業を目的とする建物を建てる者に対し、建築確認や営業許可の申請より前に町長の同意を得ることを求めていました。同意しない場所として、住宅地、教育・文化施設の附近、公園・緑地の附近のほか「その他町長が不適当と認めた場所」まで挙げられていました。町が不同意としたため、事業者が処分の取消しを求めました。
長崎地裁は、この条例が旅館業法と同じ目的のもとで、法律より強い規制をしていると認定しました。そのうえで、旅館業法が条例に委ねているのは二つだけであることから、それ以外の上乗せは許さない趣旨だと読みます。反対解釈です。条例は無効とされ、不同意処分は取り消されました。
なお、以下に引く判決文の「基準を定めること)同法施行令一条……」は括弧の対応が取れていませんが、取得した原文のまま引いています。
同一目的のもとで、旅館業法より高次の規制になっている
本件条例が旅館業法の前記規定の目的と同一目的の下に、同法が定める規制の他に、旅館業を目的とする建築物を建築しようとする者は、あらかじめ町長の同意を得るように要求している点、町長が同意しない場所として、旅館業法が定めた以外の場所を規定している点、同法が定めている場所についてもおおむね一〇〇メートルの区域内という基準を附近という言葉に置き替えている点において、旅館業法より高次の規制を行つていると言うことができる。
※長崎地方裁判所 1980-09-19 行集 31巻9号1920頁
判時 978号24頁
条例に委ねられた二点と、その反対解釈
旅館業法が条例で定めることができるとしているのは、都道府県の条例をもつて学校ないし児童福祉施設に類する施設を規制場所に加えること(同法三条三項三号)及び旅館業を営む者の営業施設の構造設備につき基準を定めること)同法施行令一条一項一一号、二項一〇号、三項七号、四項五号)の二点であると限定していることにかんがみると、旅館業法は、同法と同一目的の下に、市町村が条例をもつて同法が定めているより高次の営業規制を行うことを許さない趣旨であると解される。
※長崎地方裁判所 1980-09-19 行集 31巻9号1920頁
判時 978号24頁
そうすると、本件条例二条、三条は旅館業法の規定に違反した無効のものであると解さざるを得ず、本件条例を根拠に不同意処分をした被告の本件不同意処分は違法であり、取消を免れないと言わなければならない。
※長崎地方裁判所 1980-09-19 行集 31巻9号1920頁
判時 978号24頁
5 控訴審は理由を差し替えた——「最高限度」ではないが、必要性と相当性が要る
控訴審の福岡高裁は、結論は維持しましたが、理由を入れ替えました。
まず、条例が法令に反するかどうかの判断の仕方を示します。対象事項と文言を並べるだけでは決まらず、双方の趣旨・目的・内容・効果を比べ、法律が全国一律の規制を求めているのか、地方の実情に応じた別段の規制を容認しているのかを検討する、という枠組みです。
この枠組みのもとで、福岡高裁は第一審と逆の出発点に立ちます。旅館業法の規定は「全国一律に施されるべき最高限度の規制」ではない——条例で強い規制をすること自体は排除されていない、と述べました。ただし無条件ではありません。職業選択の自由を保障する憲法22条を踏まえ、上乗せには必要性と、必要性に比例した手段の相当性が要り、どちらかが欠ければ比例原則に反して無効になる、としています。
そして本件では、そのどちらも証拠から裏づけられないと判断しました。町長の同意という仕組みが職業の自由に対する強力な制限であることを指摘したうえで、より緩やかな規制で目的を達せられないかが検討された形跡がない、と述べています。
ここでは「委任があるか」は問われていません。問われたのは、その規制が要るのか、その手段でなければならないのか、です。
条例が法令に反するかは、趣旨・目的・内容・効果を比べて決める
従つて、条例の法令適合性を判断するには、条例が法令と同趣旨の規制目的のもとに法令より強度の規制を行つている場合でも、両者の対象事項と規定文言のみを対比して直ちにその間に抵触があるとすることは相当ではなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、法令が当該規定により全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨か、あるいはその地方の実情すなわち当該地方の行政需要に応じた別段の規制を施すことを容認する趣旨であるかを検討したうえ、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによつてこれを決しなければならない。
※福岡高等裁判所 1983-03-07 行集 34巻3号394頁
判タ 498号192頁
判時 1083号58頁
判例地方自治 1号59頁
全国一律の最高限度ではない——ただし必要性と相当性が要る
旅館業法が旅館業を規制するうえで公衆衛生の見地及び善良の風俗の保持のため定めている規定は、全国一律に施されるべき最高限度の規制を定めたもので、各地方公共団体が条例により旅館業より強度の規制をすることを排斥する趣旨までを含んでいると直ちに解することは困難である。
※福岡高等裁判所 1983-03-07 行集 34巻3号394頁
判タ 498号192頁
判時 1083号58頁
判例地方自治 1号59頁
もつとも、旅館業法が旅館業に対する規制を前記の程度に止めたのは、職業選択の自由、職業活動の自由を保障した憲法二二条の規定を考慮したものと解されるから、条例により旅館業法よりも強度の規制を行うには、それに相応する合理性、すなわち、これを行う必要性が存在し、かつ、規制手段が右必要性に比例した相当なものであることがいずれも肯定されなければならず、もし、これが肯定されない場合には、当該条例の規制は、比例の原則に反し、旅館業法の趣旨に背馳するものとして違法、無効になるというべきである。
※福岡高等裁判所 1983-03-07 行集 34巻3号394頁
判タ 498号192頁
判時 1083号58頁
判例地方自治 1号59頁
必要性も、よりゆるやかな手段の検討も、裏づけがない
そして、〈証拠〉をはじめとする本件全証拠によつても、旅館業を目的とする建築物の建築について、このような極めて強度の規制を行うべき必要性や、旅館営業についてこのような規制手段をとることについての相当性を裏づけるべき資料を見出すことはできない。
※福岡高等裁判所 1983-03-07 行集 34巻3号394頁
判タ 498号192頁
判時 1083号58頁
判例地方自治 1号59頁
また、一般に旅館業を目的とする建築物の建築につき町長の同意を要件とすることは、職業の自由に対する強力な制限であるから、これと比較してよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によつては、前記の規制の目的を十分に達成することができない場合でなければならないが、そのようなよりゆるやかな規制手段についても、その有無、適否が検討された形跡は窺えない。
※福岡高等裁判所 1983-03-07 行集 34巻3号394頁
判タ 498号192頁
判時 1083号58頁
判例地方自治 1号59頁
以上の検討の結果によれば、控訴人が本件不同意処分をするにあたつて、その根拠とした本件条例三条の各号は、その規制が比例原則に反し、旅館業法の趣旨に背馳するものとして同法に違反するといわざるを得ない。
※福岡高等裁判所 1983-03-07 行集 34巻3号394頁
判タ 498号192頁
判時 1083号58頁
判例地方自治 1号59頁
6 東郷町事件——平成8年改正で目的が分かれ、条例は有効とされた
時代が下ると、同じ枠組みのもとで条例が有効とされた例が現れます。愛知県東郷町のラブホテル建築規制条例をめぐる事件です。町は、ホテル等を建てる者にあらかじめ町長の同意を求め、ラブホテルに特徴的な構造を持つ建物には同意しないという形で建築を抑えていました。事業者が同意を得ないまま建築に着手したため町長が工事中止命令を出し、その効力が争われました。
第一審と控訴審で、旅館業法との関係の説明の仕方が違います。順に見ていきます。
(1)名古屋地裁——「善良の風俗の確保という観点が後退した」
名古屋地裁が重く見たのは、旅館業法の目的規定が平成8年に改正されていたことです。改正前は目的に「善良の風俗が害されることがないように必要な規制を加えること」が掲げられていました。飯盛町事件で「同じ目的」と言えたのは、この文言があったからです。改正でこれが落ち、目的は公衆衛生と国民生活の向上に寄せられました。裁判所は、これによって条例と共通する部分は解消されたと述べます。
そのうえで必要性と相当性も検討しています。町の全域が田園的な環境であることから条例を定めたことには相応の合理性があるとし、条例が禁じているのは特定の構造の建物の建築であってラブホテルとしての使用そのものではないことから、手段も比例原則に反しないとしました。
平成8年改正で、旅館業法の目的から善良の風俗が後退した
ところで、平成8年法律第91号による改正前の旅館業法は、その目的に、善良な風俗が害されることがないように必要な規制を加えることを挙げていたため、風営法や本件条例と共通する部分が存在したことは否定できないが、上記改正によって、その目的は、利用者の需要に対応したサービスの提供を促進することによって公衆衛生や国民生活の向上を図るものとされ、善良な風俗の確保という観点が後退したことから、上記の共通する部分は解消されたと解するのが相当である。現に、その規制内容は、宿泊者の安全及び衛生の確保を目的とするものが中心を占め、善良、静穏な風俗環境の確保を目的とするものはほとんど存在しない(わずかに8条各号がこれに関する規定を置いているにすぎない。)。
※名古屋地方裁判所 2005-05-26 裁判所ウェブサイト
判タ 1275号144頁
判例地方自治 271号60頁
ウエストロー・ジャパン
そうすると、旅館業法が、ラブホテル経営ないしこれに用いられる建物の建築について、同法に定める以上の規制を禁止する趣旨のものであると解することはできない。
※名古屋地方裁判所 2005-05-26 裁判所ウェブサイト
判タ 1275号144頁
判例地方自治 271号60頁
ウエストロー・ジャパン
規制の必要性と、手段の相当性
上記認定事実によれば、東郷町は、町内全域が田園的雰囲気を残し、宅地化された地域も、生活のための居住空間がほとんどであって、都会化された地域と比較して、性的な営みの場所を提供することを目的とするラブホテルの存在による生活環境、教育環境への悪影響は相当なものがあると推認できることに照らすと、東郷町が、その全域において、良好な生活環境、教育環境を維持すべく、ラブホテル経営に用いるのに適した建物の建築を抑制することを企図して、本件条例を定めたことには相応の合理性があるといわざるを得ない。
※名古屋地方裁判所 2005-05-26 裁判所ウェブサイト
判タ 1275号144頁
判例地方自治 271号60頁
ウエストロー・ジャパン
そして、本件条例は、前記のとおり、ラブホテル等の顧客ができる限り他の者との接触を避けて密室的構造の客室を利用したいとの希望を有することに着目し、そのような希望に沿わない、いわば通常のホテル等が有する構造でない限り、建築について同意しないという規制手法を採用することによって、間接的にラブホテル等の建築を抑制しようとするものであるが、もとより本件条例の定める構造基準を満たすホテル等を、あえてラブホテル等として使用すること、すなわち性的な営みをする場所として提供すること自体を禁ずるものでなく、また、既存の建物をラブホテル等として利用することも禁ずるものでないことを考慮すると、その規制の手法、内容が比例原則に反するとまではいえない。
※名古屋地方裁判所 2005-05-26 裁判所ウェブサイト
判タ 1275号144頁
判例地方自治 271号60頁
ウエストロー・ジャパン
(2)名古屋高裁——別の目的による規制であり、目的と効果を阻害しない
控訴審の名古屋高裁は、結論を維持したうえで、旅館業法との関係を「別の目的に基づく規制」として整理しました。目的が異なる以上、その適用によって旅館業法の目的と効果を阻害しない限り矛盾抵触はない、という組み立てです。
なお、以下に引く控訴審判決は、最高裁昭和50年9月10日大法廷判決の掲載誌を「民集」と表記しています。第一審判決は同じ判決を「刑集」と表記しており食い違いますが、いずれも取得した原文のまま引いています。
別の目的に基づく規制であり、矛盾抵触しない
そうすると,本件条例は,旅館業法とは別の目的に基づく規制を意図するものといえるから,その適用によって法の意図する目的と効果を何ら阻害することがない限り,同法と矛盾抵触はなく,その違反にはならないというべきである(最高裁昭和50年9月10日大法廷判決・民集29巻8号489頁)。
※名古屋高等裁判所 2006-05-18 裁判所ウェブサイト
そうすると,本件条例は,その適用によって旅館業法の意図する目的と効果を何ら阻害するものではないから,同法と矛盾抵触しないというべきであり,控訴人の上記主張は採用できない。
※名古屋高等裁判所 2006-05-18 裁判所ウェブサイト
7 委任の範囲内で条例が使われた例——都の施行条例による不許可
委任の範囲内で条例が使われると、上乗せかどうかを論じるまでもなく、法律そのものの不許可事由として働きます。東京都渋谷区でビジネスホテルの営業許可が拒まれた事件が、その形を示しています。
申請地から直線で40メートルほどのところにある児童遊園地が、東京都旅館業法施行条例に基づいて都知事の指定を受けていました。裁判所は、周辺の状況からホテルがラブホテルとして利用される可能性が高いとして、不許可を適法としました。
事業者は、渋谷区が独自に高度な施設基準を設けて指導しており、その基準を満たしている以上おそれはないとも主張しました。裁判所はこれを容れません。その基準は厚生省(当時)生活衛生局長の「旅館業における衛生等管理要領について」という通知の内容であって区独自のものではなく、設置場所に関する不許可事由の解釈基準でもない、と述べています。
条例で指定された施設が、法3条3項の不許可事由になる
本件申請地から直線で四〇メートルほどの渋谷区円山町九番七号に所在する東京都渋谷区円山児童遊園地(以下「本件児童遊園地」という。)は、昭和四五年四月一日に設置され、昭和六一年一月二七日付けで、法三条三項三号及び東京都旅館業法施行条例(以下「施行条例」という。)二条一項四号に規定する施設として、東京都知事の指定を受けた。
※東京地方裁判所 1994-09-16 判タ 888号156頁
6 以上のとおり、原告の主張はいずれも理由がないというべきであり、本件ホテルの設置により、本件児童遊園地の清純な施設環境が著しく害されるおそれがあるというべきである。
※東京地方裁判所 1994-09-16 判タ 888号156頁
衛生管理要領は、不許可事由の解釈基準ではない
しかしながら、原告の主張する本件施設基準の内容は、昭和五九年八月二八日に旅館業における衛生管理の指針として発せられた本件要領に定められた内容であり、渋谷区が法三条三項各号の施設の清純な施設環境を著しく害するおそれがあるか否かを判断する基準として独自に定めたものでないことは明らかである。
※東京地方裁判所 1994-09-16 判タ 888号156頁
法三条三項の不許可事由が専ら設置場所との関係での定めであることからすれば、本件施設基準が善良の風俗の保持の観点から設けられたものであるとしても、本件施設基準を満たすことによって、直ちに、法三条三項の清純な施設環境が著しく害されるおそれがないことになるわけではないというべきであり、この点に関する原告の主張は独自の見解といわざるを得ない。
※東京地方裁判所 1994-09-16 判タ 888号156頁
8 要綱に基づく同意は処分ではないので、取消訴訟では争えない
条例ではなく要綱で同じことをする自治体もあります。神戸市は「神戸市ホテル等建築指導要綱」を定め、開発許可・建築確認・旅館業の許可の手続を始める前に市長の同意を得ることを求めていました。要綱は同意の基準として区域の条件や建物の構造の基準まで置いていました。
この事件で訴えたのは事業者ではなく、増築されるホテルの近くに住む人たちです。市長が出した同意を取り消してほしい、というのが請求でした。裁判所はまず、抗告訴訟の対象になる「処分」とは何かを確認します。
そのうえで、要綱は市が内部的に定めた行政指導の基準にすぎず、従うかどうかは任意であるとして、要綱に基づく同意は処分に当たらないと判断し、訴えを却下しました。
要綱の中身が法律より厳しいことも、同意がなければ事実上手続が進まないことも、結論を変えませんでした。要綱という形は、争おうとする側から見ると入口が閉じています。
抗告訴訟の対象になる「処分」とは何か
行政事件訴訟法三条二項にいう抗告訴訟の対象である「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは、行政庁の行為のうち、行政庁が対等な地位ではなくて、優越的な地位に基づいて直接国民の権利義務を形成し、又はこれに影響を与え、若しくはその範囲を確定することが法律上認められているもので、正当な権限を有する機関により取り消されるまでは、一応適法性の推定を受け有効として取り扱われるものを指すと解するのが相当である。
※神戸地方裁判所 1985-03-25 判タ 557号152頁
判例地方自治 13号99頁
要綱に基づく同意は行政指導にすぎない
本件指導要綱は、神戸市が市民の健全な生活環境の保持及び青少年の健全な育成のために、ホテル等建築の際の行政指導の基準・心得として内部的に定めた準則であるにすぎず、法令その他に根拠を有する法律・規則とは異なるものであるから、その法律上の拘束力も直接市民にまでは及ばず、指導要綱に従うかどうかは任意であると解される。
※神戸地方裁判所 1985-03-25 判タ 557号152頁
判例地方自治 13号99頁
してみると、本件同意は神戸市の指導要綱に基づく行政指導としてなされたものであつて、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないことは、明らかである。
※神戸地方裁判所 1985-03-25 判タ 557号152頁
判例地方自治 13号99頁
9 いまの争点は「委任の有無」ではなく「必要性と相当性」——玄関帳場の条例を例に
ここまでを踏まえると、いま条例の上乗せを争うときの争点は、法律が委任しているかではなく、必要性と相当性を説明できるかです。実務でよく問題になる玄関帳場(フロント)の義務づけに当てはめてみます。
国の基準は、旅館・ホテル営業について「玄関帳場その他当該者の確認を適切に行うための設備」と書いています。玄関帳場そのものでなくても、緊急時に対応でき、宿泊者名簿の記載・鍵の受渡し・宿泊者以外の出入りの確認ができる設備であればよい、という形です。簡易宿所営業については、そもそも国の政令に玄関帳場の基準がなく、前述の「条例で定める構造設備の基準」だけが根拠になります。
この形からすると、条例で玄関帳場を求め、代替の設備を一切認めない扱いをする場合には、国が代替を許しているのになぜこの地域では許されないのか——必要性と、より緩やかな手段では足りないこと——の説明を求められる構造になります。福岡高裁が「よりゆるやかな規制手段について、その有無、適否が検討された形跡は窺えない」として無効とした判断は、そのまま当てはまる位置にあります。
ただしこれは当てはめであって、裁判所の判断ではありません。玄関帳場を求める条例の有効性を正面から判断した裁判例は、今回の調査では見当たりませんでした。
玄関帳場に代わる設備の基準
宿泊しようとする者との面接に適する玄関帳場その他当該者の確認を適切に行うための設備として厚生労働省令で定める基準に適合するものを有すること。
※旅館業法施行令1条1項2号
旅館業法施行令(昭和三十二年政令第百五十二号。以下「令」という。)第一条第一項第二号の基準は、次の各号のいずれにも該当することとする。
※旅館業法施行規則4条の3
事故が発生したときその他の緊急時における迅速な対応を可能とする設備を備えていること。
※旅館業法施行規則4条の3第1号
宿泊者名簿の正確な記載、宿泊者との間の客室の鍵の適切な受渡し及び宿泊者以外の出入りの状況の確認を可能とする設備を備えていること。
※旅館業法施行規則4条の3第2号
10 おわりに
旅館業法への上乗せは、条例であれば必要性と相当性で判断され、要綱であればそもそも取消訴訟の対象になりません。どちらの形のルールなのかで、争えるかどうかも、何を主張するかも変わります。
裁判例が少ないのは、上乗せがどれも適法だからではありません。不同意や不許可を争うには時間と費用がかかり、それに見合う事業規模でないことが多く、結果として自治体ごとの運用の差が正されにくくなっています。
旅館業法による参入規制の全体像は、別の記事で説明しています。
民泊に旅館業法の許可が要るかどうかを、始める前に裁判所へ確認してもらえるのかは、別の記事で説明しています。
民泊に旅館業法の許可は要るか|「許可は不要」の確認を求めた訴えと、その却下
本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。実際に問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
本記事の引用は、書籍・判例などの原文から範囲を選んで載せたものです。改行の位置は読みやすさのために当方で整えており、原文の改行と同じとは限りません。また、記号や外字の扱いにより、文字の一部が原文と異なって表示されることがあります。


