【遺産分割手続(調停・審判)の対象となる財産(理論と実務)】
1 遺産分割手続(調停・審判)の対象となる財産(理論と実務)
遺産分割とは、文字どおり遺産を分割する手続きです。そこで、遺産分割の対象となる財産は遺産であると思ってしまいますが、そうとは限りません。遺産であるけれど遺産分割の対象ではない財産、逆に遺産ではないけれど状況によって遺産分割の対象に含めることもあります。
本記事では、遺産分割の対象となる財産について説明します。
2 まとめ:遺産分割対象財産一覧
遺産分割の対象となる財産の判定は複雑です。最初に結論だけを整理しておきます。
(1)「遺産」のうち必ず遺産分割の対象となる財産
<「遺産」のうち必ず遺産分割の対象となる財産>
あ 不動産
土地・建物
借地権
い 動産
現金
家財道具
自動車・バイク
貴金属・宝石類・高級時計
書画・骨董品・美術品
う 有価証券
株式
社債
投資信託
委託者指図型投資信託に係る信託契約に基づく受益権(MMF・MRF)
国債
個人向け国債
その他金融商品
え 預貯金債権
普通預金
定期預金
普通貯金
定額郵便貯金
お 相続開始後の投信の償還による預り金
相続開始後に発生した元本償還金又は収益分配金が被相続人名義の口座に入金された場合の預り金返還債権
か 知的財産権
特許権・実用新案権・意匠権・商標権
著作権の財産権部分
き 事業用資産
被相続人が事業のために使用していた資産
く 契約上の権利
被相続人が有していた契約に基づく権利(可分債権を除く)
け その他の財産権
ゴルフ会員権
リゾート会員権
電話加入権
(2)「遺産」のうち全員合意により遺産分割の対象となる財産
<「遺産」のうち全員合意により遺産分割の対象となる財産>
あ 一般的な可分債権(=預貯金以外の債権)
貸金・立替金
不法行為・不当利得債権
賃料債権
相続開始後の収益・果実(「遺産」ではない)
い 特殊な債権
ア 相続前の使途不明金
相続開始前の使途不明金による損害賠償請求権・不当利得返還請求権
イ 相続後に相続人が処分した遺産(使途不明金・代償財産)
相続開始後に相続人が処分した遺産
(民法906条の2によるみなし遺産、処分者以外の全員の同意で足りる)
(3)「遺産」ではない財産(全員合意により調停は可能)
<「遺産」ではない財産(全員合意により調停は可能)>
あ マイナス遺産
相続債務
い 出費
遺産管理費用
葬儀費用
う 遺産とは別枠の(プラス)財産
生命保険金(特定の受取人が指定されている場合)
死亡退職金・死亡退職慰労金
遺族年金
香典
契約上の義務(被相続人が負っていた契約上の義務)
3 遺産分割の対象となる財産の基本要件
ある財産が遺産分割事件において分割対象となるためには、原則として以下の4つの要件をすべて満たす必要があります。
(1)被相続人が相続開始時に所有(帰属)していること①
遺産分割の対象となる財産は、文字どおり遺産(相続財産)です。遺産とは、相続開始時に、被相続人に帰属していた財産のことです。
詳しくはこちら|相続による承継の対象についての見解(権利義務・地位・人格・法律関係)
被相続人名義であっても実質的に第三者の所有物である場合(借名預金など)や、被相続人が生前に譲渡済みの財産は遺産分割の対象とはなりません。
(2)現在(分割時)も存在すること②
遺産はすべて遺産分割の対象になる、というわけではありません。
遺産(相続開始時に存在していた財産)であっても、遺産分割時点で既に処分・消滅してしまった財産は、原則として遺産分割の対象とはなりません。
例えば、相続開始後に売却された不動産自体は遺産分割の対象となりませんが、その売却代金(代償財産)は相続人全員の合意があれば対象とすることが可能です。
(3)未分割であること③
相続開始と同時に法律上当然に分割される財産は、遺産分割の対象とはなりません。文字どおり「分割済」なので、「これから分割する」ことはできない、ということです。これに関して、預貯金の扱い(解釈)が判例によって変更となっています(後述)。
(4)積極財産であること④
遺産分割の対象となるのは、原則として積極財産(プラスの財産価値を持つもの)に限られます。相続債務などの消極財産(マイナス財産)は、原則として遺産分割の対象とはなりません。
4 特殊な財産の取扱い
遺産分割対象財産としての取扱いに特殊性がある財産について説明します。
(1)預貯金債権→平成28年判例で「分割対象」に変更
最大決平成28年12月19日により、預貯金債権は相続開始と同時に当然分割されるものではなく、遺産分割の対象となることが明確に示されました。この判例変更により、預貯金債権は不動産等と同様に、相続人全員の合意がなくても遺産分割の対象となります。これにより、預貯金を遺産分割手続の中で他の相続財産と一体的に分割することができるようになり、より公平かつ柔軟な遺産分割が可能となりました。
詳しくはこちら|相続財産の預貯金は平成28年判例で遺産共有=遺産分割必要となった
また、旧郵便局の定額郵便貯金については、平成28年判例よりも前から、当然分割ではなく遺産分割の対象になる、という解釈が採用されていました(最高裁平成22年10月8日第2小法廷判決(民集64巻7号1719頁))。
(2)MMF・MRF(信託による受益権など)→「分割対象」
さらに、委託者指図型投資信託に係る信託契約に基づく受益権(最高裁平成26年2月25日第3小法廷判決(民集68巻2号173頁))、委託者指図型投資信託の受益権につき、相続開始後に発生した元本償還金又は収益分配金が預り金として前記受益権の販売会社における被相続人名義の口座に入金された場合の預り金返還債権(最高裁平成26年12月12日第2小法廷判決(集民248号155頁、判タ1410号66頁))についても、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないとされています(なお、投資信託の約款で一部解約が可能である場合には、可分債権として分割承継される可能性もありました(福岡高裁平成22年2月17日、大阪地裁平成18年7月21日))。
(3)代償財産の取扱い→無関係
相続開始後に相続人が遺産を売却して得た代金(代償財産)は、本来の遺産が現存しないため②の要件を欠き、また代償財産自体は被相続人の所有ではなかったため①の要件も欠きます。これについて、全相続人の合意があれば、例えば特定の相続人の保管現金として遺産分割の対象とすることができる判示する判例があります(最一小判昭和54年2月22日)。
詳しくはこちら|遺産分割における換価分割(任意売却と競売)
この点現在は、民法906条の2を使えば、(売却して得た代金ではなく)売却した財産をみなし遺産とすることになります。
詳しくはこちら|遺産分割前の遺産処分におけるみなし遺産制度(民法906条の2)(解釈整理ノート)
(4)相続後の収益・果実→全員同意により分割対象に
相続開始後の賃料などの収益や果実、利息等は、被相続人に帰属する財産ではなかったため①の要件を欠くので「遺産」ではありません。なお、元物(賃料収入を生む不動産)を誰が取得したのかとは関係なく、賃料債権は共同相続人に分割して帰属します(最一小判平成17年9月8日)。
詳しくはこちら|遺産の賃貸不動産の賃料債権の扱い(遺産分割/当然分割・遡及効の制限)
「遺産」ではないのですが、家裁の実務では、全相続人の合意があれば遺産分割の対象とする扱いが一般的です。
(5)使途不明金→同意により分割対象に(概要)
相続開始前の使途不明金(預貯金の無断引出など)は、相続開始時に存在した預貯金ではないため①の要件を欠きます。遺産分割の対象になりませんが、全相続人の同意があれば遺産分割の対象とする扱いになります。
相続開始後の使途不明金については、使途不明金の基となった預貯金等は現存していないため②の要件を欠き、遺産分割の対象とはなりません。ただし、引出をした(処分をした)者以外の相続人全員の同意があれば、みなし遺産として、遺産分割の対象とすることができます。これは、平成30年の民法改正で導入された制度(民法906条の2)です。
詳しくはこちら|遺産分割前の遺産処分におけるみなし遺産制度(民法906条の2)(解釈整理ノート)
(6)名義預金・借名預金→無関係(参考)
被相続人名義の預貯金であっても、民法上、被相続人の財産ではない、ということがあります。いわゆる借名預金や名義預金のことです。仮にこれらに該当する場合はもちろん遺産ではないので、遺産分割の対象ではないことになります。実際には、この問題だけで熾烈な対立となり、(遺産分割の前提問題として別途)訴訟で判断を求めることになるケースも多いです。
5 関連テーマ
(1)相続財産の承継形態(遺産共有・分割承継)の基本と実務
詳しくはこちら|相続財産の承継形態(遺産共有・分割承継)の基本と実務
本記事では、遺産分割手続の対象となる財産について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺産分割など、相続に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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