【相続前の使途不明金:預貯金引出者の認定(実務整理ノート)】

1 相続前の使途不明金:預貯金引出者の認定(直接証拠と間接事実)(実務整理ノート)

相続において、被相続人名義の預金が相続開始前後に払い戻されていることがあり、これは「使途不明金問題」と呼ばれています。その解決手段は、相続人間の合意に至らない場合、最終的には、遺産分割とは別の訴訟で判断されることになります。
詳しくはこちら|相続における使途不明金問題の解決手続(遺産分割か訴訟の選択・平成30年改正対応)
本記事では、相続開始「前」の預貯金の引出について、誰が引出をしたのかの判定(事実認定)について、実務の傾向や理論を整理しました。

2 引出行為者の立証構造→取引履歴から判明しない

引出行為者の立証構造→取引履歴から判明しない

預貯金口座の入出金履歴は預貯金通帳または取引履歴により客観的に明らかになるが、出金者は客観証拠から直ちには明らかにならない
被告が引出行為を争う場合、訴訟物が不法行為であると不当利得であるとを問わず、引出行為をしたのが被告であるとの事実が証拠によって認定されなければならない

3 被告の争い方の3類型→関与否認・補助主張・本人交付

被告の争い方の3類型→関与否認・補助主張・本人交付

あ 関与否認型

引出行為に全く関与していないと主張するか、引出行為が長期間・多数回にわたるときにその一部を否認するもの

い 補助主張型

引出行為に関与したことは認めつつ、被相続人(または第三者)が引き出すのを手伝った(金融機関まで付き添った)だけであると主張するもの

う 本人交付型

被告が自ら引き出したことは認めつつ、引き出した金銭を被相続人に交付したと主張するもの

4 関与否認型における立証

(1)関与否認型の立証の基礎

関与否認型の立証の基礎

直接証拠による立証が難しく、間接事実による立証を要するケースが多い
後記の間接事実が重要となる

(2)引出行為の直接証拠

引出行為の直接証拠

あ 窓口での払戻し

金融機関の払戻請求書の筆跡等から引出行為者が認定できることがある
実例=複数の預貯金からの払戻しにつき、払戻請求書の確認状況の欄に「本人」のチェックがされていること、払戻請求書の署名が被相続人本人のものであることから、被告による出金と認められないとした事例がある

い ATM利用の場合

引出行為者の特定はより困難となるが、引出が行われたATMの場所が、被相続人や他の親族の居住地から離れており、被告が利用至便な場所であった場合、被告が引き出したことを推認させる間接事実となり得る
金融機関が民事手続においてATM内蔵のカメラ画像の提供に協力することは想定し難い(刑事手続においてはあり得る)

(3)間接事実・金銭の移動状況

間接事実・金銭の移動状況

あ 基本

問題となる口座からの引出が行われたのと近接した時期に、近似した額の入金が被告の口座に対してされた事実は、被告の関与を推認させる極めて有力な事情となる

い 実例(裁判例)

問題となる出金と同日に、金融機関の同一支店で被告名義の預貯金口座に入金がされたことなどから、被告による引出と認めた事例がある

(4)通帳・届出印・キャッシュカードの管理状況

通帳・届出印・キャッシュカードの管理状況

通帳や届出印、キャッシュカードやその暗証番号の管理状況等も重要な間接事実となるが、被相続人本人の健康状態(管理可能性)と組み合わせて問題となることが多い
被相続人の介護認定調査票の「金銭の管理」欄を確認し、「全介助」または「一部介助」と記録されている場合、特記事項として管理者が記載されていることがある

(5)引出場所・被相続人の健康状態

引出場所・被相続人の健康状態

問題となる引出行為当時、被相続人の心身の状態が悪く、金融機関またはATMまで物理的に行けないような場合、被相続人以外の誰が引出行為に及ぶことができたのかが問題となる
引出しが行われた金融機関やATMの所在が被相続人の活動範囲内か、昔から取引のある支店か、または被告の勤務先近くか等が関係する
医療記録や入所・通所していた施設の記録を取り寄せ、出金日と入院日や施設にいた日を照合することで、被相続人が自ら引き出せたか否かを検証できる

(6)居住状況(同居か別居か)

居住状況(同居か別居か)

被相続人と被告が同居していた(あるいは日常的に介護していた)という事情は、有力な間接事実となる
ただし、一定範囲での包括的な授権を推認させる場合もある

(7)被告主張の矛盾

被告主張の矛盾

被告が自らの関与を否定する理由として説明するところが合理的かどうかも検討する必要がある
特に、被告の主張ないし供述する内容に明らかな矛盾がある場合、無断引出行為を隠蔽する意図に出たものと推認されることもあり得る
例=そのような銀行には行っていないと主張しながら、後の調査嘱託で被告筆跡の払戻請求書の存在が認められた場合

(8)実例(裁判例)

実例(裁判例)

問題となる金融機関以外の払戻手続を被相続人自身が行っていたこと、当時被相続人は日常生活を介助なしで送れていたこと、被告らが被相続人名義の預貯金通帳及びキャッシュカード等の管理に関与した証拠がないこと等から引出行為を否定した事例がある
問題となる引出当時、被相続人が既に病院を退院しており、直後に預金通帳を自ら管理するなどしていたこと等から、被告が無断で引出しを行ったとは認められないとした事例がある

(9)一部関与否認型

一部関与否認型

あ 基本

被告が他の引出行為を自ら行ったことを認めつつ、問題となる一部の引出行為(特異に高額な出金)を否認する事例もある
そのような事案では、(前記の一般的な事実に加え)他の引出行為を被告が行いながら、その一部についてのみ被告が行っていないという事情が合理的なのかという観点が重要となる

い 実例(裁判例)

前後の多数回の引出行為を被告が行ったことは争いがなく、平素の通帳の管理も被告がしていた事案において、被告は1回の引出行為(特異に高額ではなかった)のみを争い、他の親族も通帳を持出可能であったと主張したが、当該1回のみ被告ではなく他の親族が引き出したことを窺わせる事情がないとして、被告が行ったと認定した事案がある

(10)被告名義の預貯金口座の取引履歴の調査嘱託

被告名義の預貯金口座の取引履歴の調査嘱託

あ 被告の預貯金口座の位置づけ→間接事実

被相続人口座からの引出と近接した時期に、近似した額が被告口座に入金されていることは、被告の関与を推認させる有力な間接事実である

い 調査嘱託

その立証のため、原告において、被告の預貯金口座につき金融機関に対する調査嘱託(民訴法186条)を申し立てることがある
裁判所としては、取引履歴の開示を受ける事実認定上の必要性と、探索的・詮索的申立ての抑止の要請及びプライバシーの問題とのバランスを検討の上で判断すべきである

5 補助主張型における立証

(1)被相続人を補助ケース→引出行為者は被相続人

被相続人を補助ケース→引出行為者は被相続人

あ 基本

被告が被相続人に付き添って金融機関の窓口に行き、被相続人の依頼や指示または同意の下で払戻請求書を作成し、そのために払戻金を受領したという事実が認められる場合、被相続人の意思能力に問題がない限り、引出行為をした(すなわち払戻請求の意思表示をした)のは被相続人と評価すべきである
被告は、不法行為責任も不当利得責任も問われないのが原則である

い 典型的な間接事実(確認事項)

(ア)被相続人本人が実際に銀行に来店していたか(イ)被相続人の本人確認がなされた形跡があるか(ウ)被相続人の当時の健康状況等から付き添うことが自然か(エ)引き出した金銭の使途(オ)被相続人の意思能力に問題がなかったか

(2)第三者を補助ケース

第三者を補助ケース

あ 問題点の特定→引出権限者+権限の有無

被告が第三者と共に金融機関の窓口に行き、第三者の依頼の下で払戻請求書を作成し、そのために払戻金を受領したという事実が認められる場合は以下の点が問題となる
(ア)引出行為者は誰か(イ)そのような引出行為が被相続人の承諾の下で行われているのか(無権限の引出か)

い 第三者が払戻金を取得ケース

ア 原則→被告の責任なし 払戻金を取得したのが被告ではなく当該第三者であれば、被告に利得がないとして不当利得責任は否定される場合が多い
イ 共同不法行為の可能性 他方で、補助の具体的事実関係や被告の認識次第によっては、被告に当該第三者との共同不法行為責任を認めるべき場合がある

う 実例(裁判例)

第三者が被相続人の預貯金の引出しに及ぶことを知りながら金融機関に同行し、ATMの操作や払戻請求書への記入を代行したりして具体的な助力を行った被告につき、被相続人をしばしば見舞っており、時には意思疎通が図れないほど悪化したその病状を把握していたのであるから、少なくとも過失があるとして、共同不法行為責任を認めた事例がある

6 本人交付型における立証

(1)要件事実の構造(立証責任)との関係→統一的見解なし

要件事実の構造(立証責任)との関係→統一的見解なし

あ 損害・損失との関係→統一的見解なし

預貯金債権の消滅自体により損害(損失)が発生するという伝統的見解を前提とすれば、損害(損失)の不発生と解することにはやや難がある
しかし、引出行為のみを捉えて損害(損失)の発生と認めるのではなく、その使途などを踏まえて、「法律上の原因のない利得が生じ、これにより損失が生じている」などと一まとめに認定している裁判例が多い
払戻し後直ちに、あるいは数日内に被相続人に交付した場合などは、事実を一体的に捉えて損害(損失・利得)不発生と構成する方が、実態に即した事実認定となる場合が多い
相当長期間開いているときは、利得の消滅と構成する方が自然なケースもある

い 引出権限との関係→統一的見解なし

不法行為構成で引出権限につき請求原因説をとれば請求原因(無断引出行為)に対する理由付き否認となり、抗弁説をとれば抗弁(権限付与)の間接事実となる

(2)実務における立証→両当事者が主張立証を尽くす

実務における立証→両当事者が主張立証を尽くす

被相続人への金銭交付という事実は、通常原告の与り知らない事情であるから、実際の審理においては、客観的主張立証責任の所在にかかわらず、被告においてその事実を主張立証すべきとされる場合が多い
被告としては、被相続人に払戻しを依頼された経緯、被相続人における払戻金の使途など、可能な限り詳細な事実関係を明らかにし、これらを裏付ける証拠の提出に務めるべきである
交付したとされる額が被相続人の資金需要からみて不相当なほど高額であったり、払戻額が相当高額であるにもかかわらず被告がその使途を全く聞いていないと述べたりするなど、被告の主張内容が不自然であることは、被相続人への交付の事実を認定することの妨げとなる

不法行為の「損害」や不当利得の「損失」と「利得」の内容(解釈)、また、引出権限が請求原因か、抗弁か、という解釈については、別の記事に整理してあります。
詳しくはこちら|相続前の使途不明金:預貯金引出権限(授権・承諾)の事実認定(実務整理ノート)

(3)「使途を聞かなかった」ことの不自然性

「使途を聞かなかった」ことの不自然性

あ 基本

(被告が引き出した後、被相続人に交付したという主張の評価において)
当該相続人が被相続人に、交付後の管理方法や使途を聞かなかったのが自然か否か、ということが重要である
間接事実を総合的に判断して、使途を聞かなかったのが明らかに不自然なら、相続人の使い込みを推測してもおかしくない場合がある

い 間接事実の典型例

ア 金額の多寡 日常的な金額なら使途を聞いていなくても不自然ではないが、高額な場合(例=1000万円)、聞いていないのは不自然である場合が多い
イ 被相続人との関係性 被相続人との関係が遠い場合、使途を聞きづらいこともあるが、これは各人のパーソナリティにも影響される
被相続人が金銭管理のしっかりしたタイプか否かも重要な要素となる
ウ その他の要素 なぜ現金の引出しと手渡しという方法をとったのか、被相続人はそのような多額な現金をどこに保管していたのか等も関係する

7 参考情報

参考情報

齋藤清文ほか稿『被相続人の生前に引き出された預貯金等をめぐる訴訟について』/『判例タイムズ1414号』2015年9月p83〜85
森公任ほか著『弁護士のための遺産相続実務のポイント』日本加除出版2019年p318〜323

本記事では、相続前の使途不明金:預貯金引出者の認定について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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