【非上場株式の株価算定・評価:会社非訟事件(裁判)での株価算定】
1 非上場株式の株価算定・評価:会社非訟事件(裁判)での株価算定
非上場株式(未上場株式)の株価算定(評価)には、いろいろな評価方式があり、また、状況によって使う評価方式は異なります。
詳しくはこちら|非上場株式(未上場・取引相場のない株式)の株価算定・評価の総合ガイド
非上場株式の株価について当事者間で対立が生じて、最終的に裁判所が算定(評価)することがあります。裁判所による株価算定の典型は会社非訟(事件)です。本記事では、会社非訟の手続における裁判所の株価算定について説明します。
2 制度概要と歴史的変遷
(1)会社非訟事件(買取請求)の類型
会社法上の非訟事件における非上場株式の価格決定がなされる類型として、次のようなものがあります。
会社非訟事件(買取請求)の類型
あ 反対株主の株式買取請求権
ア 株式譲渡制限を定める定款変更(会社法116条1項1号)イ 種類株式について、譲渡制限の設定や全部取得条項付とする場合(会社法116条1項2号)ウ 種類株主総会の決議を要しないと定められた種類株主に損害を及ぼす場合(会社法116条1項3号)エ 事業譲渡等(営業譲渡)(会社法469条1項)オ 吸収合併(会社法785条)カ 吸収分割(会社法797条)キ 新設合併・新設分割・株式移転(会社法806条)ク 株式交換(会社法797条) 一定の場合に、裁判所が価格決定を行う制度がある(会社法172条1項、470条2項)
い 単元未満株式買取請求権
単位未満株が発生したケースにおける買取請求権(会社法193条、194条)
(2)会社非訟における株価算定の基礎→「一切の事情を考慮」
これらの規定における価格決定の法的基準は、会社法144条3項が「株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければならない」と定めるのみで、具体的な算定方法は裁判所の裁量に委ねられています。他の類型でも同様の規定があるか、または明文の規定がない場合でも同様の基準が適用されています。
各類型の制度目的は異なります。会社法144条は譲渡を希望する株主への投下資本回収手段の保障、785条は組織再編等に反対する株主の保護、172条は主にスクイーズアウト(少数株主の排除)における少数株主保護、177条は株主構成の安定維持を目的とします。この目的の違いが評価方式の選択に重要な影響を与えています。
(3)過去の相続税評価重視から現在のインカム方式重視への変遷
株式評価の実務は、大きな変遷を経てきました。かつての裁判例は、国税庁の相続税財産評価基本通達が定める「取引相場のない株式の評価」の算式を重視する傾向が強く、会社を大会社・中会社・小会社の3種類に区分し、取得者が同族株主か否かを区別したうえで、類似業種比準価額、純資産価額、配当還元価額と呼ばれる算式を使い分けていました。東京高決昭和46年1月19日、名古屋高決昭和54年10月4日、東京高決昭和59年10月30日などが代表例です。
しかし、この相続税評価基準は、戦後早い時期に基本的枠組みが作られたもので、個別の会社に画一的に適用して合理的結果が得られるものではありません。また、中小企業経営者が持株の相続評価を下げるため様々の決算操作等をすることも周知のことであり、株式の買取金額を決める場面でこの計算方法を使うことは合理的ではないとの批判が強まりました。
現在では、M&Aの隆盛によって裁判にもインカム方式の発想が浸透し、最近の裁判例にはインカム方式を重視するものが多くなっています。これは、企業の将来期待される純利益を還元して現在の価格を算定するもので、当該株式の個性に着目した本源的価値を計測しようとする方法とされています。
(4)各類型の目的の違いが評価に与える影響
制度目的の違いは、評価方式の選択に直接的な影響を与えます。任意売却の代替手段である会社法144条では、売主・買主双方の視点を考慮した柔軟な評価が行われる傾向にあります。これに対し、強制的な退出に対する株主保護を目的とする会社法785条では、株主が適切な企業価値の分配を受けるべきとして、買主視点からの収益還元法が重視されます。
スクイーズアウトを規律する会社法172条では、手続きの公正性が価格決定の鍵となり、公正な手続きを経た公開買付価格が原則として尊重される傾向にあります。株主構成安定維持を目的とする会社法177条では、個別企業の特殊事情を柔軟に評価に組み込む姿勢が見られます。
3 評価方式選択の判断基準
(1)各評価方式が選択される状況・条件
裁判所は、以下の主要な評価方式から、事案の具体的事情に応じて選択または組み合わせを行います。
インカム方式(収益方式)は、将来得られると期待できる収益をリスクを勘案した割引率で引き直して算定する方法で、継続企業の評価に適しており、現在最も重要視されています。
DCF方式は会社のキャッシュ・フローを基準とする一方、配当還元方式は株主への配当を基準とします。配当還元方式には、実際配当還元法、標準配当還元法、ゴードン・モデル方式があり、特にゴードン・モデル方式は内部留保による将来の配当の増加をも計算の基礎に加える点で優れているとされています。
類似会社比準方式は、事業内容や規模が類似する上場会社の評価額を元にする方法ですが、便宜的方法にすぎないとの評価もあります。
純資産方式は会社の資産に着目した評価方法で、再調達価格基準と解体価値基準がありますが、継続企業の評価方法としては相応しくないとされています。
(2)株主属性による選択基準の違い(支配株主vs少数株主)
同じ株式でありながら、保有者が支配株主か少数株主かによって価値が異なります。これは、フリー・キャッシュ・フローの全額を取得できる可能性の有無、支配株主のシナジー獲得機会の有無、中小企業の場合の役員報酬取得の可否、流動性の違いなどによります。
少数株主の立場からは、配当還元方式が合理的な評価方法とされる傾向があります。少数株主は経営に関与しないため、配当金からのリターンが主な関心事となるためです。
これに対し、支配株主(または一体の買主)にとっては、会社の全体価値を反映するDCF法や純資産法が重視されます。
東京都観光汽船事件では、買主が「支配株主と一体の買主」と評価された場合、その株式価値は会社全体の価値を基礎とすべきとされ、DCF法と純資産法の5:5併用が適切と判断されました。
(3)会社の特性(成長性、安定性、規模)による使い分け
企業の特性は評価方式選択の重要な要因です。成長力が大きいベンチャー企業では、将来の収益性が重視されるため、純資産方式では株式価値を過小評価する恐れがあるとして、収益還元方式(DCF法を含む)が単独で採用されることがあります。東京高裁平成20年4月4日決定がその例です。
安定した売上・利益がある企業では、事業継続性に疑義がないため、DCF法が主として採用される傾向にあります。一方、中小企業は一般的に組織効率の低さ、個人への依存度、資金調達力の弱さ、外部環境変化への脆弱性といった事業リスクを抱えるため、収益還元法だけでなく、静的な価値を示す純資産法も考慮される傾向があります。
事業会社と純粋持株会社では評価の考慮要素が異なり、事業会社は収益性、持株会社は保有資産価値や配当収益が重視される傾向が考えられます。
(4)経営権異動の有無が評価方式選択に与える影響
経営権異動の有無は評価方式選択の重要な分水嶺となります。
会社経営権の移転を目的とした株式譲渡である場合、支配株主にとっての株式価値算定手法であるDCF法がよく使われています。将来事業が楽観視できない場合は、純資産法も加味して算定する例もあります。
経営権の異動がない少数株主間での取引では、配当を基準とした配当還元方式が使われることが多くなります。最も多いケースである少数株主から支配株主への譲渡では、譲り渡す少数株主基準では配当還元方式、譲り受ける支配株主基準ではDCF方式が妥当とされ、これをどう調整するかが重要な論点となります。
4 条文(制度)別・状況別の採用傾向
(1)譲渡制限株式→柔軟な折衷法、非流動性ディスカウント適用
会社法144条は、譲渡制限株式の譲渡承認請求が会社によって拒否された場合の価格決定に関する規定で、「投下資本の回収手段の保障」を目的とします。裁判所は、企業の特性や株主の立場を総合的に考慮した柔軟な評価方式を採用する傾向にあります。
成長企業では収益還元方式(DCF法)が単独採用される例があります(東京高裁平成20年4月4日決定)。配当還元方式については、非公開会社で配当が少ない場合でも、役員報酬が実質的に配当金の変形とみなされる場合にそれを考慮する工夫が見られます(千葉地裁平成3年9月26日決定)。また、同業種の上場会社の業界平均予想配当性向を参考に配当還元方式を適用する事例もあります(大阪地裁平成27年7月16日決定)。
複数方式併用時の重み付けでは、当事者の属性を考慮した折衷法が採用されます。東京高裁平成2年6月15日決定では、0.16%の少数株主事案で配当還元方式7:純資産方式3の併用が採用されました。
重要な判例として、東京都観光汽船事件(東京地決平成26年9月26日)では、DCF法35%:純資産法35%:配当還元法30%という折衷法が採用されました。売主(議決権24.4%保有)を「支配株主と一般株主の中間的立場」、買主を「支配株主と一体の買主」と評価し、双方の視点を等しく反映させる手法が取られました。
非流動性ディスカウントについては、令和5年最高裁決定により適用が明確に肯定されました。譲渡制限株式の売買価格決定が任意譲渡の代替手段であり、市場性がないことを理由とする減価が相当と認められる場合には適用できるとされ、30%のディスカウント率が肯定された例があります。ただし、評価過程で市場性がないことが既に考慮されている場合は二重減価となるため不適切とされています。
(2)組織再編時の買取請求→収益還元法重視、非流動性ディスカウント不適用
会社法785条は、合併、会社分割、株式交換・移転などの組織再編行為に反対する株主の買取請求権を定め、株主保護を目的とします。裁判所は収益還元法(DCF法)を採用する傾向にあり、これは買取請求権が株主保護を目的とし、会社から退出する株主が企業価値の「適切な分配」を受けるべきという考えに基づくとされています。
非流動性ディスカウントについては、セイコーフレッシュフーズ事件(最高裁平成27年3月26日決定)により原則不適用とされました。収益還元法は将来期待される純利益を還元して現在の価格を算定するもので、市場における取引価格との比較要素を含まないため、市場性を前提とする非流動性ディスカウントを適用することは評価手法の内容・性格からして相当でないとされました。また、株主が自らの意思で売却を望んだものではないという事情も考慮されています。
(3)全部取得条項付種類株式→公正手続き重視、スクイーズアウト・プレミアム
会社法172条は、全部取得条項付種類株式の取得に反対する株主の価格決定申立権を定め、主にスクイーズアウトの手段として利用されます。
JCOM事件(最高裁平成28年7月1日決定)により、公正な手続きが踏まれていれば公開買付価格を原則尊重するという重要な判断基準が示されました。公開買付価格が「一般に公正と認められる手続」により決定されたと認められる場合には、原則として当該公開買付価格と同額を売買価格と定めるのが相当とされ、特別委員会の設置や第三者機関による評価の取得などが公正な手続きに含まれます。
スクイーズアウト・プレミアムについては、最高裁平成21年5月29日決定の田原裁判官補足意見で言及され、「株主が全部取得条項を付されて株式を強制的に取得されることにより投資機会を失い、あるいは投資の流動性を奪われる対価として支払われる金銭」と定義され、20%ほどの加算例があることが示唆されました。
この点、事業継続に疑義がある場合など、企業の継続価値が解体価値を下回る場合には、解体価値(清算価値)が株式価値の下限となるとする学説も存在します。
(4)その他の類型(会社法193条・194条、177条)
単元未満株式の売買価格決定(会社法193条・194条)では、会社法144条の評価実務との共通性が高く、少数株主基準と支配株主基準の使い分けが行われます。譲り渡す少数株主を基準とすれば配当還元方式、譲り受ける支配株主を基準とすればDCF方式が妥当とされ、これらを1対1の比率で折衷する裁判例があります。
相続人等に対する売渡請求価格決定(会社法177条)では、株主構成安定維持が目的であるため、個別企業の特殊事情を柔軟に評価に組み込む傾向があります。東京地決令和2年7月9日では、発行会社の債務免除に関する期待利益が今後の株価上昇に対する期待として評価に組み込まれました。
(5)経営権異動の有無による違いの詳細
経営権異動がある場合の評価では、旧支配株主から新支配株主への移転として、支配株主にとっての株式価値算定手法が合理的とされ、DCF法が優先的に適用されます。将来事業が楽観視できない場合は、純資産法を7割程度加味する例もあります。事業計画案がない中小企業では、過去の収益が今後2~3年続くことを前提とした利益還元法が使われることもあります。
経営権異動がない場合でも、指定買取人が支配株主と一体とみなされる場合(東京都観光汽船事件)、実質的に経営権を強化する意図があるため、支配株主の視点からの評価が加味されます。これは、裁判所が取引の「実質」を重視し、形式的な分類にとどまらない判断を下すことを示しています。
(6)会社規模・業種による違いの詳細
ベンチャー企業では、成長力が大きく純資産方式では過小評価される恐れがあるため、収益還元方式が採用されます。創業間もないベンチャー企業や不動産等の含み益が少ない企業では、純資産法が不適切と判断されることがあります。
中小企業は一般的に事業リスクを抱えるため、収益還元法だけでなく静的な価値を示す純資産法も考慮される傾向があります。事業会社と純粋持株会社では、直接事業を行う会社と株式保有のみのホールディングカンパニーで株価算定のアプローチが異なり、事業実態の有無が評価に影響を与える可能性があります。
5 主要な裁判例と学説
(1)東京都観光汽船事件の統合プロセス
東京都観光汽船事件(東京地決平成26年9月26日)は、会社法144条における評価方式選択の新しい基準を示した重要な判例です。この事件では、非上場会社の株式譲渡承認拒否に伴い、売主(議決権総数の24.4%保有)と買主(会社指定の買取人)との間で売買価格が争われました。
裁判所は、売買価格は通常売主と買主の合意で決定されるため、双方の視点を等しく(1:1)反映することが適切と判断しました。
買主については、会社や支配株主から資料提供を受けて訴訟を進めていたため「支配株主と一体の買主」と評価し、支配株主の保有株式価値は会社全体の価値を基礎とすべきとしてDCF法0.5:純資産法0.5の併用が適切とされました。
売主については、議決権比率24.4%を「支配株主と一般株主の中間的立場」と評価し、配当受領権を重視する配当還元法0.6:DCF法0.2:純資産法0.2の併用が適切とされました。
最終的に、双方の視点を等しく反映した結果、DCF法35%:純資産法35%:配当還元法30%という折衷法が採用されました。
この判決は、単に「客観的価値」を追求するだけでなく、当事者の株主属性に応じた評価を統合するアプローチを示し、非上場株式評価が法的・経済的公平性を追求するプロセスであることを強く示唆しています。
(2)セイコーフレッシュフーズ事件vs令和5年最高裁決定の対比
セイコーフレッシュフーズ事件(最高裁平成27年3月26日決定)と令和5年最高裁決定(令和5年5月24日)の非流動性ディスカウントに関する判断の相違は、会社法上の価格決定手続きの「目的」と「性質」に起因します。
セイコーフレッシュフーズ事件では、会社法785条の株式買取請求において、収益還元法を用いた場合に非流動性ディスカウントを行うことはできないとされました。これは、収益還元法が将来期待される純利益を還元して現在の価格を算定するもので、市場における取引価格との比較要素を含まないため、市場性を前提とする非流動性ディスカウントを適用することは評価手法の内容・性格からして相当でないためです。
これに対し、令和5年最高裁決定では、会社法144条の譲渡制限株式の売買価格決定において、DCF法によって算定された評価額から非流動性ディスカウントを行うことができるとされました。譲渡制限株式の売買価格決定手続きが、譲渡を希望する株主の投下資本回収手段を保障する目的であり、任意に譲渡される場合と同様に市場性がないことを理由とする減価が相当と認められるためです。
この「任意性」と「強制性」の区別が、ディスカウント適用の主要な分水嶺となるという極めて重要な法的・実務的示唆を与えています。
(3)JCOM事件の影響
JCOM事件(最高裁平成28年7月1日決定)は、スクイーズアウトに関する価格決定において、公開買付価格が「一般に公正と認められる手続」により決定されたと認められる場合には、原則としてその公開買付価格と同額を売買価格と定めるのが相当であると判示しました。
この決定は、従来の裁判所が「客観的価値」と「期待価値」を裁量的に判断し、公開買付価格を修正する傾向にあった実務に大きな転換をもたらしました。価格の「公正性」を、その価格が形成される「手続き」の公正性によって担保するという考え方を明確に打ち出し、特別委員会の設置や第三者評価の活用といった手続き設計が将来の価格決定訴訟におけるリスクを大きく左右する要因となることを示しました。
また、市場モデルに基づく回帰分析による「客観的価値」の算定を「多角的な株価形成要因を広く捉えることは困難」として原則不採用とする姿勢も示されています。
(4)広島地決平成21年4月22日の1:1折衷とその批判
広島地決平成21年4月22日は、経営権の変動がないケースで、少数株主から支配株主への株式譲渡における評価方式を判断した重要な判例です。裁判所は、支配株主(買主)・少数株主(売主)にとって株式の価値は異なるとしたうえで、前者にとって適切とするDCF方式、後者にとって適切とするゴードン・モデル方式による評価額を1対1の比率で折衷し、売買価格としました。
DCF方式による評価額を2339円、ゴードン・モデル方式による評価額を411円と算定し、結論として1株1375円を売買価格としました。純資産方式については、事業継続を前提とする会社の企業価値を評価する方法ではない等の理由で排斥されました。
この「1:1」という比率については批判があり、単純に1対1で足すのではなく、保有割合まで見るべきではないかという考え方があります。例えば、譲渡前少数株主が3%しか持っていなかったとしたら、支配権プレミアムを得るにはあと47%必要なので、3対47で折衷すべきという考え方や、通常の株価交渉における妥協を反映して幾何平均を使うべきという考え方も提唱されています。
(5)江頭憲治郎氏見解
江頭氏は、平成21年広島地決(前述)を分析しています。買主の立場では、DCF方式(収益方式)、売主の立場では配当還元方式が整合する、という趣旨の説明がなされています。
譲渡制限株式の買取請求における収益方式重視の傾向
あ 基本方針→収益方式(インカム方式)重視
(注・譲渡制限株式の売買価格の決定について)
その際にもっとも重視されるのは、①(注・インカム方式)である。
※江頭憲治郎稿『譲渡制限株式の評価』/『会社法判例百選 第2版』有斐閣2011年9月p45
M&Aの隆盛によって、裁判にも①の発想が浸透したせいか、最近の裁判例には、インカム方式を重視するものが多い
※江頭憲治郎稿『譲渡制限株式の評価』/『会社法判例百選 第2版』有斐閣2011年9月p45
い 企業買収時の評価→DCF方式
しかし、いずれにせよDCF方式による株式の評価額は、会社のフリー・キャッシュ・フロー(収入から事業活動維持のため必要な投資額を差し引いた金額)の全額を株主が自分のものにできることを前提にした評価額である。
企業買収者は、会社の支配権を取得するから、同人にとってはその前提が成り立つわけであるが、
※江頭憲治郎稿『譲渡制限株式の評価』/『会社法判例百選 第2版』有斐閣2011年9月p45
う 少数株主→配当還元方式(特にゴードン・モデル方式)
(広島地決平成21年4月22日について)
少数株主の場合、キャッシュ・フローの全額の分配を受けられる保障はなく、期待できるリターンは剰余金の配当のみではないかという問題がある。
しかし、配当還元方式のうち、本件決定要旨(ii)にいう「実際配当還元法」は、実際上過剰に内部留保がなされる結果、株式の過小評価を導きがちである。
本件決定が採用した「ゴードン・モデル方式」は、内部留保の寄与により将来の剰余金の配当金額が一定割合で増加すると仮定して計算するものであり、本件決定以外にも採用した裁判例がある
(大阪高決昭和58・1・28金判685号16頁、大阪高決平成元・3・28判時1324号140頁)。
※江頭憲治郎稿『譲渡制限株式の評価』/『会社法判例百選 第2版』有斐閣2011年9月p45
6 重み付けパターンと実務動向
(1)具体的な折衷法の事例と数値
裁判所による複数評価方式併用時の重み付けは、事案によって大きく異なります。主要な事例を示すと、札幌高決平成17年4月26日では配当還元・収益還元方式75%:純資産方式25%、東京高決平成20年4月4日では収益還元方式のみ、広島地決平成21年4月22日ではDCF方式50%:配当還元方式50%、福岡高決平成21年5月15日ではDCF方式30%:純資産方式70%、東京高決平成22年5月24日ではDCF方式のみ、という具合に多様です。
東京都観光汽船事件のDCF法35%:純資産法35%:配当還元法30%という三方式併用は、当事者双方の視点を反映した精緻な分析の結果であり、今後の実務に大きな影響を与えると考えられます。
(2)複数評価方式併用時の判断要因
重み付けの決定要因として、企業の特性(成長性、安定性、資産構成)、株主の属性(支配株主、中間的株主、少数株主)、取引の性質(任意性、強制性)、買主の属性(支配株主との一体性)などが挙げられます。特に、支配権の異動が伴う場合や、売主・買主の支配権への影響度合いが大きい場合には、その属性に応じた評価方式の比重が調整される傾向にあります。
7 実務への示唆
(1)予測可能性向上のポイント
実務家が価格決定の予測可能性を高めるためには、まず適用される会社法条文の制度目的を正確に把握し、当事者の株主属性、経営権異動の有無、会社の事業特性を分析することが重要です。特に、取引の「任意性」と「強制性」は非流動性ディスカウントの適用可否を左右する重要な要素となります。
(2)事前準備の重要性
会社非訟が想定されるケースでは、裁判所による価格決定を見据えた事前準備として、企業の事業計画の策定、適切な会計処理の実施、必要に応じた第三者評価の取得、公正な手続きの確保(特にスクイーズアウトの場合)が挙げられます。また、相手方の株主属性や取引の実質を正確に把握し、裁判所がどのような評価の視点を重視するかを予測することが、戦略的な対応を可能にします。
本記事では、会社非訟手続での非上場株式のの株価算定・評価について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に非上場株式の株価算定・評価に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。