【詐害信託の取消権の強化(主観要件・取消対象・自己信託の特例)】

1 詐害信託の取消権の強化(主観要件・取消対象・自己信託の特例)
2 受益者の利益享受前の詐害信託の取消
3 受益者の利益享受後の詐害信託の取消
4 悪意の受益者に対する受益権の譲渡請求
5 詐害的な自己信託では取消を経ずに直接執行もできる

1 詐害信託の取消権の強化(主観要件・取消対象・自己信託の特例)

信託契約(信託行為)詐害行為として取り消されることもあります。
むしろ,信託の仕組み自体が倒産隔離という機能を持っていますので,債権者の差押(強制執行)を回避するために悪用されやすいものといえるのです。
そこで,詐害的な信託行為(詐害信託)については,通常の詐害行為取消権よりも債権者を保護するために特別な規定があり,取消権が強化されています。
本記事では,詐害信託の取消権について説明します。

2 受益者の利益享受前の詐害信託の取消

一般的な詐害行為については,取引相手が債権者を害することを知っていたという要件があります。
詳しくはこちら|詐害行為取消権(破産法の否認権)の基本(要件・判断基準・典型例)
これは,一般的な取引における当事者の利益を保護したものです。
売買であれば,対価として代金を支払っている,という負担が存在するのです。
この点,信託契約では,権利(所有権)の譲渡を受けた受託者対価を払っているわけではありません。受託者は財産を預かる立場です。
そこで受託者自身を保護するという必要性が乏しいのです。
そのため,信託の詐害性を判断する上では,受託者の主観(悪意)は不要とされています。

<受益者の利益享受前の詐害信託の取消(※1)

あ 前提事情

受益者の利益享受前
=財産が受託者のもとにある

い 受託者の主観的要件の排除

受託者の主観的要件は不要である

う 受益者の悪意

受益者が指定を知った時or受益権を譲り受けた時に
全受益者債権者を害すべき事実を知っていた場合に限り
債権者は信託行為を取り消せる
受益者が現に存するに至る以前については,取消権の行使は制限されない
※信託法11条1項
※道垣内弘人編著『条解 信託法』弘文堂2017年p67,68

3 受益者の利益享受後の詐害信託の取消

信託契約が詐害行為に該当する場合,原則的には信託契約に基づく権利移転が取り消されます(前記)。
しかし,詐害行為取消権を行使する時点で受益者が給付(受益)を受けているということもあります。
この場合,受益者の受けた給付も,間接的に信託契約に起因すると言えます。
そこで,受益者の給付も取消の対象とすることができます。
取消ができるのは受益者が(債権者を害することを)知っていた場合です。

<受益者の利益享受後の詐害信託の取消>

あ 前提事情

受益者の利益享受以後
=財産が受益者に給付された

い 受益者の悪意

受益者が指定を知ったor受益権を譲り受けた時に悪意である場合
→債権者は取り消せる

う 取戻しの内容

債権者は受益者への給付を取り戻せる
※信託法11条4項

4 悪意の受益者に対する受益権の譲渡請求

信託契約により,権利が受託者に移転しますが,あくまでも形式的なものです。
実質的な利益は,受益権となって受益者が保有します。
この性質から,詐害行為取消権の行使においては,受益権を債権者に譲渡するよう請求することも可能です

<悪意の受益者に対する受益権の譲渡請求>

あ 前提事情

委託者が債権者を害することを知って信託をした

い 受益者の悪意

受益者が指定を知ったor受益権を譲り受けた時に悪意である場合
→債権者は取り消せる

う 取戻しの内容

債権者は受益権を委託者に譲り渡すことを請求できる

え 原則的な詐害信託の取消との違い

原則的な詐害信託の取消(前記※1)については
受益者のうちに1人でも善意者がいると行使できない
受益権の譲渡請求はこの難点を補うものである
2つの取戻し方法(取消請求)のいずれを行使するかは債権者の選択に委ねられている
※信託法11条5項
※道垣内弘人編著『条解 信託法』弘文堂2017年p68

5 詐害的な自己信託では取消を経ずに直接執行もできる

同じ人が委託者と受託者を兼ねる信託も可能です。これを自己信託と呼びます。
自己信託の場合,信託財産の権利の帰属(所有者)自体は移転していません。ただ,信託によって信託財産という法律的な性質に変わっています。
信託財産である以上,通常の債権者はこれを差し押さえることはできません(信託法23条2項)。
ところで,自己信託詐害行為に該当する場合は,例外的に信託財産を差し押さえることが可能となります(信託法23条2項)。
本来,信託が詐害行為であれば,最初に信託を取り消して財産を受託者から委託者に戻すことが必要になります。しかし自己信託の場合,委託者と受託者が同一人であるため,この取消(取戻し)のステップを省略することが認められているのです。
むしろ,詐害的な自己信託をすること自体が差押禁止ルール目的の悪用であるという見方もできます。

本記事では,詐害信託の取消権が通常の詐害行為取消権よりも強化されていることについて説明しました。
実際には,詐害性信託の成立の判定がはっきりしないケースも多いですし,法的な理論も複雑になりがちです。主張や立証次第で結果が大きく変わってきます。
実際に詐害行為(取消権)に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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