【貨幣価値変動による請求額の変更(金銭債権の名目主義と実価主義・事情変更)】

1 貨幣価値変動による請求額の変更

取引(などの債権発生)から弁済までの間に貨幣価値が大きく変動した場合には、当初の請求額のままでは妥当ではないということになります。
この場合に請求額をどうするかという考え方として、名目主義と実価主義があります。また、この問題を解決する別の理論として事情変更の法理もあります。
本記事では、貨幣価値が大きく変動したケースを前提として、このような法的理論を説明します。

2 金銭債権の名目主義と実価主義の内容

金銭債権の名目主義とは、支払う金額が固定されているというものです。貨幣価値に変動があっても関係ないという意味です。
実価主義は、支払う(渡す)価値が固定されているというものです。貨幣価値の変動に応じて、支払う金額(額面)が変動するということになります。

金銭債権の名目主義と実価主義の内容

あ 名目主義

ア 内容一定額の金銭債務を負う者が、その後貨幣価値が変動した場合(特に低下)に、弁済期の貨幣の券面額でもともとの債務と同額を弁済すれば免責される
イ 具体例100万円を借りた債務者は、その後、貨幣価値が変動した場合でも、100万円を弁済すれば免責される

い 実価主義

ア 内容債務負担時にその金額がもっていたのと実質的に同じ価値になるように弁済しなければならない
イ 具体例100万円を借りた債務者は、貨幣価値が下がったら110万円を弁済する必要がある(こともある)
※能見善久稿『金銭の法律上の地位』/星野英一編『民法講義 別巻1』有斐閣1990年p125
※古市峰子稿『現金、金銭に関する法的一考察』/『金融研究14巻4号』日本銀行金融研究所1995年12月p148

3 名目主義と実価主義の選択についての解釈

名目主義と実価主義という2つの考え方がありますが、一般的には名目主義が適用されます。金額が固定されるという方が常識的といえるのです。
逆に、特殊な事情(貨幣価値の極端な変動)があるケースでは事情変更の法理により対応することになります(後記)。

名目主義と実価主義の選択についての解釈

あ 一般的な見解

現行法に名目主義・実価主義に関する明文規定はない
学説、判例は名目主義をとっている
特殊な事情が生じたケースでは事情変更の法理の適用があり得る(後記※1)

い 合意(特約)としての活用

当事者の合意により実価主義をとることは可能である
※能見善久稿『金銭の法律上の地位』/星野英一編『民法講義 別巻1』有斐閣1990年p126
※古市峰子稿『現金、金銭に関する法的一考察』/『金融研究14巻4号』日本銀行金融研究所1995年12月p148

4 名目主義をとる理由

前記のように名目主義をとる見解が一般的です。常識的に考えると、当事者は固定された金額を払うことを想定していると思えます。ただ、これだと理論としてやや不足気味です。
理論としては、一般論として金銭の購買力の変動は常に存在していることが基礎となります。
そこで、金銭債権として金額を特定した以上は、購買力の変動リスクを当事者が受け入れているといえます。また、資本主義社会という構造との整合性も理由として主張されています。

名目主義をとる理由

あ 当事者の意思

当事者の意思から名目主義が妥当であるという見解
この説をはっきりと主張する者は日本にはほとんどいない

い 現金の性質

法定通貨に強制通用力を認める以上、名目主義は当然の帰結である
現金(貨幣)の購買力は常に変動するものである
金銭債権はそれを前提とするものである
名目主義は、金銭債権の価値体現的性格の当然の帰結である
※大阪地裁昭和50年10月1日;郵便貯金目減り訴訟1審判決

う 経済活動への影響(経済秩序の安定)

現金の実質的価値(購買力)は常に変動する
金銭債務の内容を実価によって定めると、資本主義社会の要請である予見可能性を害することになる
※能見善久稿『金銭の法律上の地位』/星野英一編『民法講義 別巻1』有斐閣1990年p126、127

5 事情変更の原則の適用可能性

金銭債権と関係なく、民法の一般的な理論として事情変更の法理があります。
想定外の状況の変化があった場合には、契約内容を変更することを認める理論です。
この理論を金銭債権に適用すれば、貨幣価値の極端な変動が生じた場合に、元の契約の効力を解消することができます。
実際に適用が認められた事例もありますが、明確な判断基準があるわけではありません。

事情変更の原則の適用可能性(※1)

あ 事情変更の原則(前提)

契約締結後、その基礎となった事情の当事者予見しえない変更のために、当初の契約内容に当事者を拘束することが極めて苛酷になった場合に、契約の解除または改訂が認められるという法理
契約内容の司法的改訂とも呼ぶ

い 金銭債権への適用

判例は、金銭債権に対する事情変更の原則の適用を認めている
貨幣価値の変動があまりにも大幅である場合に適用している
具体的適用においては慎重である
適用範囲についての確立した基準はない
※能見善久稿『金銭の法律上の地位』/星野英一編『民法講義 別巻1』有斐閣1990年p130、131
※古市峰子稿『現金、金銭に関する法的一考察』/『金融研究14巻4号』日本銀行金融研究所1995年12月p148

6 貨幣価値の変動と事情変更の原則(売買・肯定裁判例)

実際に、売買契約締結後に想定外の貨幣価値が変動した事例で、事情変更の法理を適用した裁判例があります。
もともと売買契約は、目的物と代金の等価性(交換という性格)が当然の前提です。そこで、等価性が失われた場合には、修正する要請が働くのです。
裁判例はいずれも、契約で定めたとおりの金額での履行を否定しています。その上で売主が売買契約を解除することを認めるものがほとんどです。
一方、代金を増額した上で契約を維持するという結論はありません。

貨幣価値の変動と事情変更の原則(売買・肯定裁判例)

あ 土地売買の買主による引渡請求

土地の買主からの契約時の売買代金額との引換給付請求を否定した
※金沢地裁昭和31年3月24日

い 土地売買の売主による解除

土地の買主の履行遅滞中に地価が高騰した
→売主からの解除を認めた
※金沢地裁昭和31年3月24日
※大阪地裁昭和34年8月29日
※東京地裁昭和34年11月26日

う 土地売買の売主による増額請求・解除

土地の買主が売主からの増額請求を拒否した
→売主からの解除を認めた
裁判所は増額請求は認めていない
※東京地裁昭和34年11月26日
※能見善久稿『金銭の法律上の地位』/星野英一編『民法講義 別巻1』有斐閣1990年p130、131

7 貨幣価値の変動による事情変更の原則(消費貸借・否定判例)

金銭消費貸借契約については、売買のような交換という性格や交換するものの等価性は当てはまりません。
そこで原則として、貨幣価値の変動による事情変更の法理の適用は否定されます。

貨幣価値の変動による事情変更の原則(消費貸借・否定判例)

あ 判例の傾向

消費貸借上の金銭債権について
貨幣価値の変動による事情変更の原則の適用は否定される傾向が強い
※古市峰子稿『現金、金銭に関する法的一考察』/『金融研究14巻4号』日本銀行金融研究所1995年12月p148

い 事情変更の原則の適用を否定した判例

金銭消費貸借の金銭債権について事情変更の原則の適用を否定した
最高裁昭和36年6月20日
最高裁昭和57年1月28日

本記事では、貨幣価値が大きく変動した時に請求金額が不合理となる問題の解決について説明しました。
実際には、当初の金額を維持しつつ(名目主義)、状況によっては事情変更の法理による修正が認められています。また、取引(契約締結)の際に特約として貨幣価値の変動があった場合の対応を定めておく方法も実用的です。

本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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