【預貯金引出による相続の使途不明金問題の総合ガイド(調査・保全・解決手続・予防)】
1 預貯金引出による相続の使途不明金問題の総合ガイド(調査・保全・解決手続・予防)
父や母(被相続人)が亡くなった後で、預貯金を確認すると、予想していたよりもはるかに少ない金額しか残っていないことがあります。特に被相続人の生前や死亡直後に多額の金銭が引き出されており、その使い道が不明な場合、これを「使途不明金問題」と呼びます。
典型例は、同居していた相続人が「生活費として使った」「親から頼まれて引き出した」と主張するケースや、「面倒を見ていたから対価としてもらった」と説明し、他の相続人が納得できない、というケースです。ただでさえ解決するのが大変な遺産分割をさらに複雑にする前提問題(付随問題)といえます。
本記事では、相続の使途不明金問題の内容や解決のために必要なことの全体像を説明します。個々のテーマについてはそれぞれ別の記事で詳しく説明しています。
2 証拠収集と調査の実務
使途不明金問題が発覚した場合、最も重要なのは迅速かつ適切な証拠収集です。時間の経過とともに証拠が散逸する可能性があるため、早期の対応が求められます。
詳しくはこちら|相続における使途不明金調査の実務ガイド(資料の種類と取得方法)
また、状況によっては、仮差押を使って、引き出された金銭”を凍結する手法をとることも選択肢になります(後述)。
3 責任の有無の判断
(1)誰が引き出したのか:引出者の特定
使途不明金問題において、まず明らかにすべきは誰が預金を引き出したのかという点です。引出をした者が自ら認めているケースもありますが、そうでない場合、いろいろな状況(証拠)から引出者を特定する必要があります。通帳や印鑑の保管状況、被相続人の当時の心身の状態などが重要な判断材料となります。
詳しくはこちら|相続前の使途不明金:預貯金引出者の認定(実務整理ノート)
(2)正当な権限はあったか:引出権限の判断
預金を引き出した者がよく主張するのは「親から頼まれた」といった理由です。確かに、頼まれた(授権がある)場合は、無断で引き出したことにはなりません。しかし、被相続人に判断能力がなければ授権は無効(無断の引出)となりますし、また、引出者が使途を合理的に説明できない場合、被相続人がその引き出しを認識・容認していたとは認めない、という傾向もあります。
詳しくはこちら|相続前の使途不明金:預貯金引出権限(授権・承諾)の事実認定(実務整理ノート)
(3)使いみち(使途)による責任の違い
引き出した預貯金の使いみちによっても、引出者の責任の有無は違ってきます。当然ですが、被相続人の生活費、医療費、介護費用などの正当な用途に使用した場合と、引き出した相続人の個人的な用途に使用した場合では、結論が大きく異なります。
詳しくはこちら|相続前の使途不明金:典型的な使いみち別の責任の判断傾向(実務整理ノート)
4 仮差押による財産保全
集められた証拠から、特定の相続人による預貯金の引出の責任が認められると思われる場合、状況によっては仮差押による保全を検討する必要があります。つまり、相手方の金銭(預貯金や不動産)を凍結しておくという手段です。実際に、調停に時間をかけすぎたために1000万円の回収が不能になった事例もあり、迅速な対応が重要です。
詳しくはこちら|相続における預貯金無断引出による使途不明金:仮差押による保全
5 交渉による解決
預貯金の引出がはっきりしてきたら、交渉により解決できるのがベストです。まずは内容証明郵便により使途の説明を求め、相手方の反応を見ながら交渉を進めます。話し合いがまとまった場合は、公正証書により合意内容を明確にしておくことで、後日の紛争を防ぐことができます。実際には、遺産分割とまとめて交渉(協議)することが多いです。
6 遺産分割手続での解決
引出者に責任がある場合に、それを具体的に解決する手段は遺産分割(の協議や調停で解決する)と遺産分割とは別の訴訟という2つがあります。
まず、遺産分割手続の中で解決するのが理想ですが、理論的な問題があります。
(1)遺産分割における使途不明金の扱い→例外
遺産分割の中で扱う財産については実務上ルールが確立しています。使途不明金(正確には預貯金そのものや損害賠償などの請求権)は対象外となっています。ただし、相続人全員の同意があれば例外的に遺産分割の対象に含めることができる、という扱いになります。この点、相続開始後の使途不明金については、平成30年の民法改正で、引出者以外の相続人全員の同意で足りることになりました。
詳しくはこちら|相続における使途不明金問題の解決手続(遺産分割か訴訟の選択・平成30年改正対応)
(2)遺産分割調停の進め方
前述のように、使途不明金問題を遺産分割の対象とするのは例外的な措置です。遺産分割の付随問題という位置づけです。そこで遺産分割の調停では、この例外(相続人全員の同意)にあたらない限り、使途不明金問題は除外(無視)して遺産分割を進める、ということになります。この場合は、使途不明金問題は遺産分割から切り離して、別の訴訟手続を進めることになります(後述)。
詳しくはこちら|遺産分割調停の段階的進行モデル(詳細整理ノート)
(3)調停に代わる審判→使えない
遺産分割調停の中での手法の1つとして、調停に代わる審判というものがあります。状況によっては解決を実現する有用な選択肢ですが、使途不明金問題があるケースでは、この手段は使えないことになっています。
詳しくはこちら|遺産分割調停における調停に代わる審判の活用(整理ノート)
7 訴訟による解決
(1)原則的な手続→遺産分割とは別の訴訟
使途不明金問題が遺産分割の手続の中で解決できない場合、原則に戻って、遺産分割とは別扱いになります。最終的には、地方裁判所に不当利得返還請求訴訟または不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起することになります。
詳しくはこちら|相続における使途不明金問題の解決手続(遺産分割か訴訟の選択・平成30年改正対応)
(2)請求の法的根拠(理論)→不法行為と不当利得
使途不明金の返還を求める場合、不法行為に基づく損害賠償請求と不当利得返還請求の2つの方法があります。それぞれに要件や立証責任、時効期間が異なるため、適切な選択が必要です。
実際の訴訟では両方を請求に入れておく方法をとることもあります。
詳しくはこちら|相続前の使途不明金:不法行為・不当利得の要件事実と立証責任(解釈整理ノート)
詳しくはこちら|不法行為と不当利得の実務的な選択(選択できる状況や選択の着眼点)
(3)審理(立証)→引出者・授権の有無・使途
訴訟では、預金を引き出した事実(引出者の特定)、被相続人からの授権の有無、使途の不明確性(前述)などを立証する必要があります。
訴訟の流れとしては、訴状提出から第一回口頭弁論期日まで約1~2か月、その後証拠調べや証人尋問を経て、判決まで通常1年程度かかります。必要な証拠としては、取引履歴、通帳や印鑑の保管状況を示す書面、被相続人の当時の心身の状態を示す医療記録などが重要となります。
詳しくはこちら|相続における使途不明金調査の実務ガイド(資料の種類と取得方法)
8 弁護士への相談タイミング
以上のように、使途不明金問題は、理論も法的手続も複雑になりがちです。使途不明金の疑いが生じた段階で、できるだけ早く弁護士に相談することが望ましいです。相手方の説明に不自然な点がある場合や、金額が多額に及ぶ場合は特に重要です。初回相談の際は、被相続人名義の通帳、取引履歴、相続関係を示す戸籍事項証明書などを準備しておくと効率的です。
9 よくある質問と回答
(1)証拠がない場合は?→相手の説明を求める
証拠が不十分な場合でも、まずは金融機関から取引履歴を取得し、不自然な引き出しパターンを分析することから始めます。また、相手方に対して使途の説明を求め、その説明に矛盾がないか検証することも重要です。
(2)相手が話し合いに応じない場合は?→裁判手続
話し合いに応じない場合は、弁護士を通じて内容証明郵便を送付し、法的手続を取る意思があることを示します。それでも応じない場合は、調停申立てや訴訟提起といった法的手続を検討することになります。
(3)他の相続人との対応は?→協力体制がベスト
使途不明金問題は、被害を受けた相続人が協力して対応することで解決の可能性が高まります。まずは客観的な証拠を示して問題を共有し、協力して対応する体制を作ることが重要です。
10 使途不明金疑惑を持たれないための予防策→透明化
使途不明金問題は、裏返すと、親と同居している相続人(子)が不正な預貯金の引出をしたと疑われることになります。仮に適正な支出(使途)であっても、後日、証拠が残っていないため、返還請求を受ける、ということになるのです。このような不当な結果を防ぐためには、親の生前から財産管理を透明化することが重要です。財産管理契約の締結、任意後見契約の活用、家族間での定期的な情報共有などの対策があります。
詳しくはこちら|相続の使途不明金問題の予防策(親の財産管理者の使い込み疑惑対策)
本記事では、預貯金引出による相続の使途不明金問題の全体像について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に相続の使途不明金(預貯金引出)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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