1 夫婦間の取引・契約の典型的な種類
2 夫婦間の取引・契約の背景事情
3 夫婦間の契約の取消権の条文規定
4 夫婦間の契約の取消権の基本的解釈
5 夫婦間の契約の取消権の趣旨と実害
6 取消権行使の効果と第三者保護(概要)
7 夫婦間の契約取消権の無効化(概要)
8 無意味な規定としての条文削除の意見と反対説
9 内縁関係への適用の有無(概要)
10 他の理論による夫婦間の契約解消事例(概要)

1 夫婦間の取引・契約の典型的な種類

夫婦間でも,法律的な取引・契約が行われることはあり得ます。というのは,民法上『夫婦別産制』が取られているのです。各自が財産を持っているので,夫婦間での取引・契約が行われることもあります。
実際に,夫婦間の契約について,後から後悔して撤回するというケースがあります。
本記事では夫婦間の契約の取消権の基本的事項を説明します。
まず最初に,夫婦間の契約の典型例をまとめておきます。

<夫婦間の取引・契約の典型的な種類>

あ 贈与

最もメジャーなものである
本記事も原則的に贈与を前提とする

い 貸与

主なものは金銭の貸し借りである
詳しくはこちら|夫婦間の金銭消費貸借の取消→取消時破綻を理由に否定(地裁)

う 財産分与

離婚時の清算のことである
離婚成立前(婚姻中)に内容を決めることがある
理論的には停止条件付きの契約である

2 夫婦間の取引・契約の背景事情

どのような事情で『夫婦間の取引・契約』が行われるのか,その具体例をまとめます。

<夫婦間の取引・契約の背景事情>

あ 事業・経営

共同経営or夫婦各自の事業経営に関係するもの

い 責任を感じる・責任を取る

『責任を感じる』ことに起因する
頻発例=不貞行為の慰謝料の趣旨

う 節税対策

頻発例=配偶者控除を活用した不動産の贈与
詳しくはこちら|夫婦間の不動産贈与・居住用不動産の配偶者控除

え 債権者対策

差押を回避するために譲渡を仮装するもの
税務署からの指摘・課税により問題が表面化することも多い

3 夫婦間の契約の取消権の条文規定

夫婦間の契約について,自由に取り消せるという規定があります。まずは条文の規定自体を示します。

<夫婦間の契約の取消権の条文規定(※1)>

夫婦間でした契約は,婚姻中,いつでも,夫婦の一方から取り消すことができる
ただし,第三者の権利を害することはできない
※民法754条

実はこの規定は解釈で実質的に空文化されています。条文だけ残っているので誤解を発生させるという厄介な状況になっています(後述)。

4 夫婦間の契約の取消権の基本的解釈

取消権の基本的な解釈をまとめます。

<夫婦間の契約の取消権の基本的解釈>

あ 取消の対象となる契約

婚姻中に締結されたもの
消滅時効の適用はない
→20年以上前に締結された契約も対象となる
※青山道夫ほか『新版注釈民法(21)』有斐閣p385

い 取消権の行使方法

相手方への意思表示

う 取消権の行使時期

『婚姻中』と規定されている
→『婚姻中』であれば取消権を行使できる

え 適用されない規定

『う』に反する規定は適用されない
主なものは次の規定である
ア 取消権の期間の制限
※民法126条
イ 夫婦間の権利の時効の停止
※民法159条

5 夫婦間の契約の取消権の趣旨と実害

夫婦間の契約取消権の趣旨をまとめます。趣旨自体は問題ないのですが,実際の規定となると実害が指摘されています。結局,解釈で規定は実質的に無効にされた根本原因と言えます(後述)。

<夫婦間の契約の取消権の趣旨と実害>

あ 趣旨

ア 真意の確保の困難性
威圧・溺愛から意思の自由が奪われることがある
※『博文館版・民法修正案理由書』p71
イ 法律は家庭に入らずという法諺
夫婦間の『約束の強制(拘束)』を裁判所が行うのは不適切である
訴訟ではなく愛情・道義で解決すべき(後記※2)
※國府剛『民法第754条にいう『婚姻中』の意義/家族法判例研究(41)』p104
※我妻栄『親族法 法律学全集23』有斐閣p96

い 実害

夫婦のうち一方の横暴を助勢する
※我妻栄『親族法 法律学全集23』有斐閣p96

このように『夫婦』『結婚制度』の意義=家族のあり方,と結びついているのです。特に『愛情』の指摘部分に関して参考となる格言を紹介しておきます。

<『愛情』の拘束議論(※2)>

『愛情は魅力でしか縛れない』という諺と同趣旨
詳しくはこちら|結婚制度の不合理性|婚費地獄・結婚債権・苗字|裁判所は婚外子促進方針

なお,法は家庭に入らず,という方針は刑事的な規定にも現れています。
詳しくはこちら|親族間の犯罪に関する特例(親族相盗としての刑の免除と親告罪化)

6 取消権行使の効果と第三者保護(概要)

夫婦間の契約の取消の本来の効果は非常に強力です。そこで,第三者を害するリスクが想定されていました。そのため,条文上も第三者を保護する規定がただし書として存在します(前記※1)。
この『第三者』の範囲については,解釈論があります。
これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|夫婦間の契約の取消権行使の効果と第三者保護

7 夫婦間の契約取消権の無効化(概要)

夫婦間の取消権の規定自体に大きな問題が指摘されています(前記)。裁判所の解釈は,時代とともに実質的に取消権を否定する方向に進んできました。現在では実質的に無効となっていると言えます。

<夫婦間の契約取消権の無効化(概要)>

あ 『婚姻中』の解釈

形式的にも実質的にも婚姻が継続していることをいう
単に形式的に婚姻が継続していることではない

い 破綻と取消

婚姻が実質的に破綻している場合
=取り消す時点に破綻しているという意味
→夫婦間の契約を取り消すことはできない
※最高裁昭和42年2月2日
詳しくはこちら|夫婦間の契約取消権の無効化の変遷(事案・判断の概要の集約)

う 実質的無効化・空文化

夫婦関係が良好である時は『取消』の主張はあり得ない
→結局,取消権を正式に主張・判断するシーンはない

8 無意味な規定としての条文削除の意見と反対説

夫婦間の契約取消権の規定は有害ですし,現在では解釈として無効化されています(前記)。そこで,法律の条文自体を削除すべきであるという意見が強くなっています。なお,前提である昭和42年の判例自体を含めて批判する見解もあります。

<無意味な規定としての条文削除の意見と反対説>

あ 学説

次のような見解が多い
規定の実質的な意味がない
=無用の長物である
立法論として条文の削除が望ましい
※我妻・於保・中川などの諸教授
※國府剛『民法第754条にいう『婚姻中』の意義/家族法判例研究(41)』p105
※鈴木禄弥ほか『人事法1』有斐閣p195

い 国会の審議

フランス法に漫然とならった模倣法制の名残りである
法規範としての正当事由をもちえない規定である
→条文の削除が示されたことがある
※昭和30年『法制審議会民法部会小委員会における仮決定及び留保事項』
※平成8年『民法の一部を改正する法律案要綱』
※松嶋由紀子/加藤一郎ほか『別冊ジュリスト66巻 家族法判例百選(第3巻)』1980年2月p36

う 反対説

一定の範囲で契約の取消を認めるべきである
※戒能通孝『判批』/『民商法雑誌57巻2号』p265
※平井宜雄『判批』/『法学協会雑誌85巻2号』p245
※国府剛『判批』/『同志社法学19巻3号』p102
※鍛冶良堅/加藤一郎ほか『別冊ジュリスト49巻 家族法判例百選(新版・増補)』1975年4月有斐閣p49

9 内縁関係への適用の有無(概要)

夫婦間の契約取消権は,文字どおり『夫婦』を対象とする規定です。この点,内縁関係への適用についての解釈論があります。
これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|内縁関係への夫婦間の契約取消権の適用の有無

10 他の理論による夫婦間の契約解消事例(概要)

以上の説明は,夫婦間の契約の取消権に関するものでした。この点,夫婦間の契約を別の法的根拠で解消する方法もあります。
実際に主張され,判断された判例について,別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|夫婦間の契約取消権以外の理論による契約解消の事例