【相続における使途不明金問題の解決手続(遺産分割か訴訟の選択・平成30年改正対応)】

1 相続における使途不明金問題の解決手続(遺産分割か訴訟の選択・平成30年改正対応)

相続において、被相続人名義の預金が相続開始前後に払い戻されていることがあり、これは「使途不明金問題」と呼ばれています。この問題は、相続人間の争いの原因となることがよくあります。
本記事では、相続開始前の使途不明金と相続開始後の使途不明金に分けて、それぞれの法的位置づけと実務上の処理方法について解説します。特に、平成28年決定や相続法改正による取扱いの変化に焦点を当てながら、遺産分割調停や訴訟における対応を明らかにしていきます。

2 相続における使途不明金問題の解決手続(整理)

最初に、結論だけを分かりやすくまとめたものを整理しておきます。

<相続における使途不明金問題の解決手続(整理)>

あ 使途不明金の定義と基本原則

使途不明金:被相続人名義の預貯金が相続開始前または相続開始後に引き出され、使途が不明である金銭
使途不明金は原則として遺産分割の対象とならない

い 相続開始「前」の使途不明金

不法行為・不当利得の債権として当然分割される
贈与の場合は特別受益として処理
全員合意があれば遺産分割の対象に含められる

う 相続開始「後」の使途不明金

(ア)適法な払戻し 民法909条の2による単独払戻権(債権額の3分の1×法定相続分、上限150万円/金融機関)
(イ)違法な払戻し(単独払戻限度額を超えた部分)の処理 全員合意:みなし遺産として遺産分割対象に
払戻者以外の全員同意:みなし遺産として遺産分割対象に(改正後)
それ以外:訴訟(不法行為・不当利得)による解決

え 不法行為・不当利得(訴訟)の特徴

相続分は「法定相続分または指定相続分」基準(具体的相続分ではない)
信義則による主張制限あり(先行する遺産分割手続における主張との矛盾について)

以下、内容を順に説明します。

3 使途不明金の法的位置づけと基本原則

使途不明金とは、被相続人名義の預貯金が相続開始前または相続開始後に引き出され、その使途が不明である金銭を指します。
遺産分割の対象となるためには、①相続開始時に遺産として存在していること、②分割時にも遺産として存在していること、③可分債権でないことの要件を満たす必要があります。
平成28年決定は、預貯金債権について、これを当然に分割されるものとはせず、遺産分割の対象財産とすることを認めました。
詳しくはこちら|相続財産の預貯金は平成28年判例で遺産共有=遺産分割必要となった
しかし、使途不明金については、相続開始前のものは要件①を、相続開始後のものは要件②を欠くため、原則として遺産分割の対象とはなりません。
相続法改正では、民法906条の2(みなし遺産)、民法909条の2(一部分割)が新設され、使途不明金の取扱いに影響を与えています。

4 相続開始「前」の使途不明金問題

(1)法的位置づけ→不法行為・不当利得の債権が当然分割

被相続人の生前の使途不明金については、相続開始時に遺産として残存していないため、要件①を欠くこととなります。したがって、当該使途不明金自体は、当該使途不明金を領得した相続人の保管現金たる遺産として合意しない限り遺産分割の対象とはなりません。
次に、被相続人の預貯金を相続人の1人が贈与としてもらったのであれば、遺産分割の中で特別受益として扱うことになります。
詳しくはこちら|相続・遺産分割における特別受益の総合ガイド(判断基準や計算方法など)
最後に、被相続人は、生前の使途不明金につき、これを権限なく領得した者に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権または不当利得返還請求権を有することとなりますが、当該請求権は可分債権であって当然分割されるため、要件③を欠くこととなり、これについても全相続人の合意がない限り、遺産分割の対象となりません。
平成28年決定の射程は預貯金債権だけなので、これら(不法行為、不当利得による債権)は影響を受けません。

(2)遺産分割調停における実務的処理→全員合意があればみなし遺産

遺産分割調停では、相続前の預金解約に関する使途不明金問題について、調停期日を3、4回重ねても合意ができないときは、原則として、それ以上、調停で扱うことはしません。調停委員会は、問題取引を特定できるよう当事者に求め、相手方の釈明を待ちます。
相手方が無断使用を認めた場合は、その相続人が遺産を先取りしたものとして、当該相続人の「預り金」として遺産目録に加えます。
被相続人から贈与を受けたと主張した場合、他の相続人が贈与を争わなければ特別受益として処理し、争えば訴訟で解決します。
また、被相続人の入院費・葬儀費用等に充てたと弁解した場合、他の相続人が納得すれば問題は終了し、納得できなければ次回期日までに疑問点を書面で提出します。
調停での協議を打ち切った後は、①当事者間で調停外にて協議を続行する、②地裁に不法行為または不当利得を理由として訴訟を提起する、③家裁に一般調停事件である「遺産に関する紛争調整調停」を申し立てるという3つの方法が考えられます。

5 相続開始「後」の使途不明金問題

(1)適法な払戻(民法909条の2による単独払戻)

平成30年の民法改正により、各相続人は、預貯金債権のうち、相続開始時の債権額の3分の1に当該相続人の法定相続分を乗じた額(ただし各金融機関ごとに150万円が上限)を、単独で払い戻すことができるようになりました。払い戻した分については、当該相続人が遺産の一部分割によりこれを取得したものとみなされます(民法909条の2)。
詳しくはこちら|裁判所を通さない遺産の預貯金の払戻制度の金額上限(民法909条の2)(解釈整理ノート)
詳しくはこちら|裁判所を通さない遺産の預貯金の払戻の効果(民法909条の2)(解釈整理ノート)

(2)違法な払戻(無断払戻)の法的位置づけ

相続開始以後の使途不明金については、分割時には預貯金として存在していないため、要件②を欠くこととなり、預貯金としては遺産分割の対象となりません。当該使途不明金を領得した相続人の保管現金たる遺産または先取得分として払戻をした相続人を除く相続人の全員で合意した場合に限り、遺産分割手続で取り扱われることとなります。
平成28年決定前は、相続開始と同時に相続分に応じて各相続人に当然に分割帰属した預貯金債権の侵害となるとして、各相続人がそれぞれ使途不明金の領得者たる相続人に対し不法行為に基づく損害賠償請求権または不当利得返還請求権を行使できるとされていました。平成28年決定後は、預貯金債権につき相続分に応じた準共有持分を有することになるため、相続人の一部が被相続人の死後に法律上の権限なく預貯金を払い戻した場合は、他の相続人の準共有持分権を侵害することとなります。このように理論は変わりましたが請求できる金額が変わったわけではありません。
なお、不法行為や不当利得による債権は遺産分割とは別のものです(前述)。そこで、ここで使う相続分とは、具体的相続分ではなく法定相続分または指定相続分ということになります。さらに、預貯金の遺産分割手続を行わなくても不法行為や不当利得による権利行使は可能ということになります。

(3)違法な払戻(無断払戻)の遺産分割調停での処理方法

相続人全員の同意がある場合、民法改正前は、解約した相続人の「預り金」として遺産分割の対象にしていました。改正後では、解約した預金が分割時にも存在するものと「みなし」て遺産分割の対象になります(民法906条の2)。
両者の違いとして、同意の撤回可能性と遺産目録の表示方法があります。改正前は同意の撤回は自由でしたが、改正後は撤回できません。また、改正前では「預り金」として表示しましたが、改正後では「みなし遺産」である「預金」として表示されます。
さらに、払戻をした相続人以外の相続人の全員の「同意」がある場合、改正前は遺産分割の対象にできませんでしたが、改正後は遺産分割の対象にできます。
詳しくはこちら|遺産分割前の遺産処分におけるみなし遺産制度(民法906条の2)(解釈整理ノート)
払戻をした相続人から、被相続人の生前の医療費や葬儀費用等「有用の資に充てた」という抗弁が出される場合が多いですが、他の相続人の全員がそれでもみなし遺産を主張した場合は、みなし遺産の適用回避はできません。
特定の相続人による払戻自体の有無が争われる場合、遺産分割調停では解決できないので、いったん調停を取り下げ、訴訟で払戻をした者は誰かを争うことになります。請求の趣旨は、端的に、みなし遺産の効果が生ずることを前提として、遺産の範囲を確認する訴訟となります(別の見解もあります)。
なお、払戻をした(と疑われている)相続人の方から遺産の範囲を確認する訴訟を申し立てる方法もあります。改正前はできなかった「攻守逆転」もできるようになったといえます。

6 訴訟手続における法的問題点

(1)遺産分割手続と訴訟手続の関係

使途不明金に関する訴訟は、遺産分割手続が先行しており、無断引出であるか否かについて争いのある預貯金は除外し、その余の遺産について遺産分割調停等を成立させた上で、預貯金に関する問題を訴訟手続により解決する目的で提起されることがよくあります。
問題となっている預貯金が被相続人から被告に贈与されたものであることに争いがなければ、それを特別受益として被告の相続分から控除し、それを踏まえて現存する遺産を分割すれば足ります。つまり、訴訟提起に至るのは、被告が無断引出であることも被相続人に対する贈与であることも否認し、払戻金は被相続人が自ら使った、または被相続人のために使ったなどと主張しているケースです。

(2)訴訟における主張の制限と信義則

遺産分割手続中では被告に対する贈与であることを否定していた被告が、訴訟手続において払戻金の使途の説明に窮するなどした結果、遺産分割手続中における主張を翻して、払戻金は被相続人から被告に贈与されたものであると主張することが問題となります。
被相続人が被告に対して預貯金を贈与し、この贈与契約に基づいて被告が被相続人の預貯金を引き出したという事実が認定できれば、不法行為及び不当利得の成立は認められず、原告の請求は棄却されることになります。その一方で、争いのあった預貯金以外の被相続人の遺産については、被告の特別受益がないという前提で既に遺産分割調停等が成立しているため、その効力を否定することができない限り、原告が預貯金以外の被相続人の遺産を追加で取得することはできないこととなります。
まず、遺産分割の審判には既判力はありませんので、形式的にはこのような矛盾主張を封じることはできません。
しかし、以上の実情を踏まえると、主張を変化させることは、自己の言動を信頼した原告の訴訟活動を無にさせるとともに、原告が本来の権利を実現することを著しく困難にさせるものというべきであるから、訴訟上の信義則に反するものとして、そのような主張をすることは許さないと判断されることになるはずです。

(3)不法行為構成と不当利得構成の違い

使途不明金の請求において、不当利得構成の場合には、不法行為構成の場合と比較して、①反対債権による相殺が禁止されない、②払戻金受領の時点から当然に遅延損害金を負担することにはならない、③善意の受益者については、利益の消滅を証明して返還義務の範囲を縮減させることができるといった相違点が挙げられます。
ただし、①の相殺については、平成29年の民法改正で相殺禁止の範囲が縮減されたので、違いが生じる状況は限定的になっています。
詳しくはこちら|不法行為の損害賠償債権の相殺禁止(平成29年改正後民法509条)(解釈整理ノート)

7 まとめ

使途不明金問題は、相続開始前と相続開始後で法的位置づけが異なります。相続開始前の使途不明金は、平成28年決定の影響を受けず、原則として遺産分割の対象とはなりません。相続開始後の使途不明金も原則として遺産分割の対象とはなりませんが、新相続法では「みなし遺産」(民法906条の2)として遺産分割の対象とする道が広がりました。
遺産分割調停では使途不明金問題について相続人全員の合意に至らない場合は打ち切りとなり、訴訟で解決することになります。訴訟では、遺産分割手続での主張と異なる主張をすることが信義則上制限される場合があることに注意が必要です。相続法改正により、使途不明金問題の解決方法は変化しており、実務家はこれらの変化を踏まえた対応が求められます。

8 参考情報

参考情報

道垣内弘人ほか編『家事法の理論・実務・判例3』勁草書房2019年p14〜17
齋藤清文ほか稿『被相続人の生前に引き出された預貯金等をめぐる訴訟について』/『判例タイムズ1414号』2015年9月p81、82
森公任ほか著『弁護士のための遺産相続実務のポイント』日本加除出版2019年p294〜301

本記事では、相続における使途不明金問題の解決手続について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に相続における使途不明金に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

弁護士法人 みずほ中央法律事務所 弁護士・司法書士 三平聡史

2021年10月発売 / 収録時間:各巻60分

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