【公正証書遺言の方式(民法969条)(解釈整理ノート)】

1 公正証書遺言の方式(民法969条)(解釈整理ノート)

公正証書遺言は無効リスクがほとんどない、とても有用な手段です。公正証書遺言については、作成の方式(形式について民法上5つのルールが定められています。
詳しくはこちら|公正証書遺言の方式に関する規定と法改正による拡張
この方式について、本記事では、規定やそれについてのいろいろな解釈を整理しました。

2 民法969条の条文

民法969条の条文

(公正証書遺言)
第九百六十九条 公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 証人二人以上の立会いがあること。
二 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。
三 公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させること。
四 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押すこと。ただし、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。
五 公証人が、その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと。
※民法969条

3 証人の立会いの必要性(1号)

(1)証人の立会を必要とする規定内容と趣旨

証人の立会を必要とする規定内容と趣旨

あ 規定内容

公正証書遺言には2人以上の証人の立会いが必要である
※民法969条1号

い 趣旨

証人の立会いは、遺言者の本人確認、精神状態の確認、遺言の真正な成立の証明、および公証人の職権濫用防止を目的とする

(2)証人の欠格者

証人の欠格者

以下の者は証人となれない
(ア)未成年者(イ)推定相続人、受遺者およびその配偶者ならびに直系血族(ウ)公証人の配偶者、四親等内の親族、書記および雇人 ※民法974条

(3)事実上の欠格者(制限)

事実上の欠格者(制限)

あ 視覚障害者→可能

目の見えない者が証人となって作成された公正証書遺言は有効である
※最判昭和55年12月4日民集34・7・835

い 遺言執行者→可能

遺言執行者は証人となりうる
※大判大正7年3月15日民録24・414
(これに対する反対説もある)
なお、公証人法34条3項の立会人に関する規定は、本条の証人には適用されない
※大判大正11年6月6日民集1・302

(4)証人の立会いの態様

証人の立会いの態様

あ 基本→手続全体に立ち会う

証人は、公正証書作成の手続全体(最初から最後まで)に立ち会うことが原則として必要である

い 途中から参加→無効

証人の1人が遺言書の一部がすでに筆記された後に手続に関与した場合、遺言は無効となる
※大阪控判大正6年5月24日新聞1285・23

う 途中まで参加→無効

遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授する際に証人が立ち会っていなかった場合も、遺言は無効となる
※東京高判昭和51年12月20日判時845・59

え 個別事情による救済

ただし、手続の一部に欠席があっても、全体として遺言者の真意確認という証人の職責が果たされていると判断される場合は、遺言が有効とされることがある
口授→筆記→読み聞かせ→署名の段階までは2人の証人が立ち会い、署名手続の途中で証人の1人が約1時間中断したが、改めて証人立会いのもとに読み聞かせを行い、遺言者が押印した事案では、遺言は有効とされた
※最判平成10年3月13日裁判所時報12・5・5

4 遺言の趣旨の口授(2号)

(1)口授を必要とする規定内容

口授を必要とする規定内容

あ 規定内容

遺言者は公証人に対して遺言の趣旨を口授しなければならない
※民法969条2号

(2)「遺言の趣旨」と「口授」の基本的な意味

「遺言の趣旨」と「口授」の基本的な意味

「遺言の趣旨」とは遺言の内容であり、具体的には「何を、どうするか」の問題である
「口授」とは言語をもって申述すること、つまり口頭で述べることである

(3)口授の方法→発語が必要

口授の方法→発語が必要

あ 基本

言語を発しないでなされた表示(例:手話)は口授といえない

い 挙動のみ→無効

遺言者が公証人の質問に対し言語をもって陳述することなく単に肯定または否定の挙動を示したにすぎない場合には、口授があったとはいえない
※最判昭和51年1月16日家月28・7・25
※東京地判平成20年11月13日(手を握ることによる伝達)

い うなずくだけ→無効

重態のため入院中で、声をかければ返事はするが理解してしたのかどうか疑わしい状態の遺言者が、公証人の質問にうなずくだけの場合は、口授要件を満たさない
中風でほとんど寝たきりの遺言者が、相続人の一人の問いかけにうなずくという形で録取された公正証書遺言は無効である
※仙台高秋田支決平成3年8月30日家月44・1・112
※宇都宮地判平成22年3月1日

(4)口授の直接性→遺言者からの伝達が必要

口授の直接性→遺言者からの伝達が必要

あ 基本

口授は遺言者から直接に公証人に対してなされなければならない

い 遺言者以外の者による伝達→無効

他の者によって公証人に伝達された遺言は、口授の要件を欠くものとして無効である
重症の遺言者の応答が近親者によって公証人に伝達された場合、口授要件を満たさない
※大判昭和13年9月28日新聞4335・10
遺言者が何ら口述せずもっぱら他人によって遺言の趣旨を公証人に伝達する場合も口授とはいえない
※大阪控判大正6年5月24日新聞1285・23

(5)口授の言語→制限なし

口授の言語→制限なし

あ 基本

口授のさい用いられる用語については制限がない

い 通訳の立会

ア 公証人法の規定 遺言者が日本語を解せずそのため外国語を用いるときには通訳を立ち会わせなければならない
※公証人法29条
イ 例外の許容の可否 公証人自身が当該外国語を解しうる場合、通訳の立会を要するかについては見解が分かれる
(ア)多数説:立会を必要とする(イ)少数説:民法にも公証人法にも無効とする規定がないこと、遺言書が遺言者の真意に合するならば有効とすべきである

(6)口授の一部省略→可能

口授の一部省略→可能

遺贈物件の詳細に関しては、覚書提出をもって口授を省略できる
遺言者は物件表示の覚書を朗読して口授できるが、物件を特定できる程度に遺言の趣旨を口授すると共に、詳細な記載のための覚書を公証人に交付することも認められる
※大判大正8年7月8日民録25・1287

(7)口授と筆記の順序→原案先行は許容

口授と筆記の順序→原案先行は許容

あ 遺言者以外からのヒアリング先行

公証人があらかじめ他人から遺言の趣旨を聴いてこれを筆記した書面を作成し、その後遺言者から口授を受け、それが書面の趣旨と一致することを確かめてから、公正証書を作成した場合でも有効である
※大判昭和6年11月27日民集10・1125
※最判昭和43年12月20日民集22・13・3017

い 遺言者以外作成の下書き受領先行

公証人があらかじめ他人作成のメモにより公正証書作成の準備として筆記したものに基づいて遺言者の陳述を聞き、この筆記を原本として公正証書を作成した場合についても口授に該当する
公証人が項目ごとに区切って筆記を読み聞かせたのに対し、遺言者はその都度そのとおりである旨声に出して述べ、金員を遺贈する者の名前や数字の部分についても声に出して述べるなどし、最後に公証人が筆記を通読したのに対し大きくうなずいて承認した場合には口授に該当する
※最判昭和54年7月5日裁判集民127号161頁、判時942号44頁

(8)口授の完全な省略(書面の引用)→見解が分かれる

口授の完全な省略(書面の引用)→見解が分かれる

あ 前提事情

口授を全く省略して最初から内容の全部にわたる書面を提出し、公証人がこれに基づいて公正証書作成の準備として筆記を作成しておき、遺言者と面接した際に「遺言の趣旨は交付した書面の通りである」との陳述のみを聞いたケース

い 昭和9年大判→有効

口授要件を満たす
※大判昭和9年7月10日民集13・1341

う 学説→無効傾向

多くの学説は判例に反対している
遺言に厳格な方式を要求する趣旨は、遺言内容の明確化と他人の強制による軽率な遺言防止にあるが、予め文書を提出して「遺言の趣旨はその通り」と陳述することは、遺言内容を一々口授することと同視できない

5 読み聞かせまたは閲覧提供(3号)

(1)公証人の筆記と読み聞かせ(閲覧)を必要とする規定内容

公証人の筆記と読み聞かせ(閲覧)を必要とする規定内容

公正証書遺言においては、公証人が遺言者の口述を筆記し、これを遺言者および証人に読み聞かせるか、閲覧させることが必要である
※民法969条3号

(2)公証人による筆記の要件

公証人による筆記の要件

あ 筆記の方法→逐語でなくてよい

公証人による筆記は、遺言者の口述を速記のように一言一句そのまま書き写す必要はなく、その趣旨や精神に従って筆記することで足りる
※大判大正7年3月9日刑録24・197

い 筆記を行う者→補助者可

公証人自身が筆記を行う必要はなく、公証人役場に勤務する者など他の者に筆記させても有効である
※大判大正11年7月14日民集1・394
※東京地判昭和6年12月11日新報280・24

う 筆記の場所→遺言者の面前以外も可

筆記は遺言者の面前で行われる必要はなく、別室で行われても有効である
※大判昭和6年6月10日新聞3302・9

(3)読み聞かせ→補助者可

読み聞かせ→補助者可

読み聞かせは公証人自身が行う必要はなく、公証人立会いの下で第三者が行っても差し支えない
※東京控判昭和15年4月8日新聞4587・8

6 遺言者と証人の承認・署名・押印(4号)

(1)遺言者と証人の承認・署名・押印を必要とする規定内容

遺言者と証人の承認・署名・押印を必要とする規定内容

遺言者および証人は、筆記の正確なことを承認したのち、各自これに署名をし押印しなければならない
※民法969条4号

(2)署名する氏名→戸籍名以外も許容

署名する氏名→戸籍名以外も許容

署名は戸籍上の氏名である必要はなく、本人の同一性が示されればよい

(3)遺言者の署名の省略→一定範囲で可能

遺言者の署名の省略→一定範囲で可能

遺言者が署名できないときは、公証人がその事由を付記して署名に代えることができる
署名できない場合とは、以下のような場合をいう
(ア)無筆(読み書きができない)場合(イ)手の機能に障害のある場合(ウ)重病の場合

(4)遺言者の署名の省略を認めた実例(判例)

遺言者の署名の省略を認めた実例(判例)

あ 昭和17年大判

重病による署名不能を認めた
※大判昭和17年4月8日法学12・65

い 昭和37年最判

遺言者が胃癌のため入院中で手術に堪えられないほど病勢が進んでおり、遺言口述のため約15分間も病床に半身を起こしていた後で、公証人が遺言者の疲労や病勢の悪化を考慮してその自署を押し止めたため、公証人の言に反対してまで自署することを期待できなかったケース
署名できない場合に該当する
※最判昭和37年6月8日民集16・7・1293

(5)署名の省略を認めるケース→押印も省略可

署名の省略を認めるケース→押印も省略可

遺言者が署名不能のため公証人が理由を付記して署名に代えた場合には、押印も省略できると解するのが一般的である
署名の省略が許されるのは押印の省略をも許す趣旨とみてよい
※大阪地判大正6年3月6日新聞1283・26

(6)証人の署名→省略不可

証人の署名→省略不可

証人はつねに署名することが必要であり、証人の署名のない遺言は無効である
遺言者と異なって公証人の付記による省略は認められない
したがって、自署しえない者は事実上証人たりえない

(7)複数証人→全部に立ち会った者2名の署名が必要

複数証人→全部に立ち会った者2名の署名が必要

多数の証人が立ち会った場合にはそのうちの2人が署名すればよいが、終始中断なく立ち会った者でなければならない

(8)遺言者・証人の押印→代印可

遺言者・証人の押印→代印可

あ 代印の可否→可能

押印は遺言者および証人がそれぞれ自らなすべきであるが、他人に命じて押印させても差し支えない
※大判昭和6年7月10日民集10・736(自筆証書遺言に関する)

い 代位の方法→遺言者の意思+遺言者の面前

他人による押印は、公証人または筆生が、遺言者の意思にもとづき、遺言者の面前で即時になすことを要する
※大判昭和18年11月26日法学13・394

7 公証人の付記・署名・押印(5号)

(1)公証人の付記・署名・押印を必要とする規定内容

公証人の付記・署名・押印を必要とする規定内容

公証人は、公正証書遺言が民法969条1号から4号までの方式に従って作成されたものであることを遺言書に付記し、これに署名して押印しなければならない
※民法969条5号

(2)付記の方法→方式の内容の列挙は不要

付記の方法→方式の内容の列挙は不要

具体的な付記方法としては、各号の文言を一々記載する必要はなく、「この証書は○年○月○日○県○市○町○番○号○○病院第○号病室において民法969条1号ないし4号所定の方式にしたがって作成し同条5号にもとづき本公証人左に署名押印する―役場所在地・法務局所属・公証人・氏名・印」などの文例が用いられている

(3)付記内容の読み聞かせ(閲覧)等→不要

付記内容の読み聞かせ(閲覧)等→不要

公正証書完結文言については、遺言者および証人に対する読み聞かせやそれらの者の承認・署名・押印は必要ではない

(4)公証人法上の記載事項と遺言の有効性→影響なし

公証人法上の記載事項と遺言の有効性→影響なし

民法の定める方式に含まれていない公証人法の定める公正証書の一般的記載事項(公証人法36条に規定される証書の番号、嘱託人の住所・職業・氏名・年齢、嘱託人と面識あればその旨、印鑑証明書の提出その他により人違いなきことを証明した旨など)は、これを欠いても遺言書は有効と解される
この場合、公証人が職務違反として制裁を受けるにとどまる

8 遺言作成手続中における遺言者の死亡→有効

遺言作成手続中における遺言者の死亡→有効

あ 遺言者の口授+公証人の承認・署名・押印まで完了→有効

遺言者が遺言内容を口述し、公証人による筆記を承認して署名・押印を終了していれば、たとえ証人や公証人の手続が未了であっても、そのまま手続を続行し完結させることによって遺言は有効となる

い 理由(形式と実質の区別)

形式的には公正証書が完結しない限り遺言は完了したとはいえない
実質的には遺言者の承認の署名によって遺言は完了したものと見るべきであり、その遺言の効力を発生させないことは、遺言者の意思を不当に無視することになるためである

う 死亡危急者遺言の判例(参考)

形式的に完了してない死亡危急者遺言は無効である
※大決大14年3月4日民集4・102

9 関連テーマ

(1)公正証書遺言の有効性(方式違反)審査の特徴(遺言無効確認訴訟)

詳しくはこちら|公正証書遺言の有効性(方式違反)審査の特徴(遺言無効確認訴訟)(整理ノート)

10 参考情報

参考情報

久貴忠彦稿/中川善之助ほか編『新版 注釈民法(28)補訂版』有斐閣2004年p107〜116
泉久雄稿/中川善之助ほか編『新版 注釈民法(28)補訂版』有斐閣2004年p116、117

本記事では、公正証書遺言の方式について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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【遺言の自書能力の意味と判断方法(遺言無効確認訴訟の主張立証の戦略)】
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