【離婚・財産分与に向けた財産調査:弁護士会照会の実務と活用】
1 離婚・財産分与に向けた財産調査:弁護士会照会の実務と活用
離婚を意識する段階では、将来の財産分与に向けた相手方(配偶者)の財産の把握が重要になります。
詳しくはこちら|離婚・財産分与に向けた財産調査:総合ガイド(制度・手続の一覧と選択)
調査方法の1つとして、弁護士会照会制度があります。
本記事では、弁護士会照会による財産調査の実務上の手続きから金融機関別の対応実態、費用と期間、制度の限界と対処法まで、実践的な観点から詳細に説明します。
2 制度の基本的仕組み
(1)弁護士法23条の2の制度
弁護士会照会制度は、弁護士法23条の2を法的根拠とし、弁護士が受任している事件について証拠や資料を収集し事実を調査するために設けられた制度です。この制度の趣旨は、弁護士の職務の公共性を踏まえ、真実の発見と公正な判断に寄与することにあります。照会権限は弁護士個人ではなく弁護士会に付与されており、照会を受けた官公庁や企業等は公法上の義務として報告する責務を負います。
詳しくはこちら|弁護士会照会の基本(公的性格・調査対象・手続の流れ)
(2)照会可能な機関・内容
弁護士会照会は幅広い機関に対して実施可能です。
金融機関への照会では、預貯金の有無、残高、過去の出入金状況等を照会できます。
保険会社に対しては、生命保険契約の有無や内容、解約返戻金の額等を確認できます。
その他にも、携帯電話会社への契約者情報の照会や、不動産登記事項の確認、勤務先での給与情報の照会等も可能な範囲に含まれます。
(3)手続きの流れ
弁護士会照会の手続きは、まず弁護士が所属する弁護士会に照会申出書を提出することから始まります。申出書には照会事項と照会理由を具体的に記載し、必要に応じて関連資料を添付します。弁護士会では、照会の必要性と相当性について厳格な審査を実施し、審査を通過した案件のみが弁護士会長名で照会先に送付されます。照会先からの回答は弁護士会を通じて申請した弁護士に通知される仕組みとなっています。
3 金融機関別の対応実態
(1)メガバンクの対応
メガバンクの対応は極めて厳格な状況となっています。三菱UFJ銀行、みずほ銀行、三井住友銀行等の主要金融機関では、債務名義に基づく強制執行事件を受任した場合にのみ回答するという運用が定着しています。
相手方名義の財産につき弁護士会照会を行っても、ほとんどの金融機関が名義人の承諾がないと回答しない、というのが実情です。
全店照会についても、一部の金融機関で本店宛照会による運用が行われているものの、対応は限定的となっています。
(2)地方銀行・信用金庫の対応
地方銀行や信用金庫の対応には大きなばらつきが見られます。
地域性による違いも顕著で、地方では比較的協力的な金融機関もある一方、都市部の地方銀行では大手銀行に準じた厳格な対応を取る傾向があります。
信用金庫においても、規模や地域性により対応が大きく異なり、同じ照会内容でも金融機関により回答の可否が分かれることが珍しくありません。
(3)ネット銀行の特殊性
ネット銀行は従来の金融機関とは異なる特殊性を有しています。物理的店舗が存在しないため、全店照会の概念が適用できません。また、本人確認の手法がオンライン中心となっており、従来の照会手法では対応が困難な場合があります。結果として、ネット銀行に対する弁護士会照会の回答率は他の金融機関と比較して低く、財産調査において盲点となりがちです。
(4)証券会社・保険会社
証券会社については、業界全体として弁護士会照会に対する対応が慎重な傾向にあります。投資信託や株式等の保有状況について情報開示の範囲が限定的で、詳細な取引履歴の開示は困難な場合が多くなっています。
保険会社では、生命保険契約の有無や基本的な契約内容については比較的協力的ですが、解約返戻金の詳細額や特約内容等については開示を拒否されることがあります。
4 費用と期間の詳細
(1)照会費用の内訳
弁護士会照会にかかる実費は、弁護士会への手数料として8,000円から10,000円程度が一般的です。この手数料は弁護士会により異なり、東京の主要弁護士会では概ね10,000円前後、地方の弁護士会では8,000円程度の設定となっています。これに加えて、照会書類の作成費用や郵送費等の実費が発生する場合があります。複数の金融機関に照会を行う場合は、照会先ごとに手数料が必要となるため、総額で数万円の費用が必要になることもあります。
(2)回答期間の目安
弁護士会照会の回答期間は、一般的に照会書送付から2週間から1か月程度が目安となります。しかし、機関による差異が大きく、協力的な金融機関では1週間程度で回答を得られる場合もある一方、慎重な対応を取る機関では2か月以上を要することもあります。回答期限は法的に定められていないため、照会先の判断により期間が左右されるのが実情です。必要に応じて弁護士会から催促を行うことも可能ですが、強制力はありません。
(3)追加調査の必要性
初回の照会で得られる回答が不十分な場合、追加調査が必要となることがあります。特に、取引履歴の期間が限定されていたり、一部の口座情報のみの開示にとどまる場合は、再照会や他の手段への移行を検討する必要があります。再照会については同一事項に関する重複照会は避けるべきですが、新たな情報や理由がある場合は可能です。他手段への移行判断としては、訴訟提起後の調査嘱託や第三者からの情報取得手続きの活用が考えられます。
5 限界と対処法
(1)名義人承諾問題
弁護士会照会における最大の課題は、多くの金融機関が名義人の承諾を要求することです。この承諾要求について明確な法的根拠は存在せず、金融機関の自主的な判断に委ねられているのが現状です。承諾を拒否された場合の対応策として、照会理由の詳細化や法的根拠の強調、弁護士会による再度の要請等が考えられますが、根本的な解決策とはなりにくいのが実情です。
(2)実効性の課題
弁護士会照会の報告義務は公法上の義務に過ぎず、最高裁平成28年10月18日判決においても、この義務に違反しても不法行為にはならないとされています。
そのため、照会先が回答を拒否した場合の実効的な救済手段は限定的です。強制力の不存在により、照会先の協力的な対応に依存せざるを得ないのが制度の根本的な限界となっています。
詳しくはこちら|弁護士会照会|回答義務|開示拒否の正当事由・法的責任・不利益扱い
(3)他制度との組み合わせ
弁護士会照会の限界を補うため、他制度との組み合わせが重要になります。
訴訟提起後に裁判所を通じた調査嘱託や文書送付嘱託を活用することで、より強制力のある調査が可能となります。複数手段の併用として、債務名義があるケースでは、弁護士会照会で基本情報を取得した後、民事執行法上の第三者からの情報取得手続きを利用する戦略的アプローチが挙げられます。
6 実務上の工夫とコツ
(1)照会文書の作成ポイント
効果的な照会文書の作成には、必要性の明確化が不可欠です。照会事項が事件解決に不可欠である理由を具体的に説明し、他の手段では情報取得が困難であることを明示する必要があります。具体的照会事項については、曖昧な表現を避け、照会したい情報の範囲や期間を明確に特定することが重要です。説得力のある理由付けとして、法的根拠を示すとともに、照会先の守秘義務との関係についても適切に言及することが効果的です。
(2)成功率向上の秘訣
弁護士会照会の成功率を向上させるためには、事前情報の収集が重要になります。照会先の過去の対応実績や、類似案件での回答状況等を把握しておくことで、より効果的な照会戦略を立てることができます。タイミングの選択も重要で、金融機関の繁忙期を避けたり、年度末等の特別な時期を考慮することが有効です。継続的なフォローとして、適切な間隔での催促や、追加資料の提供等により照会先との良好な関係を維持することが大切です。
(3)ケーススタディ(参考)
典型的なケースとして、相続案件において被相続人の預金取引履歴について、相続人としての法的地位を明確に示し、遺産分割協議に必要不可欠であることを具体的に説明した場合は、金融機関は詳細な回答をする(開示する)傾向が強いです。
一方、離婚事件における財産分与目的の照会で、照会理由が抽象的で必要性が不明確である場合、金融機関は回答を拒否する(名義人の承諾がない限り開示しない)傾向が強いです。
7 まとめ
弁護士会照会制度は、財産調査における重要な手段である一方、金融機関の名義人承諾要求や制裁がないという特徴などにより、期待される効果を十分に発揮できていない現状があります。制度の有効活用のためには、照会理由の具体化や法的根拠の明確化、事前情報の収集等の工夫が不可欠です。
また、制度の限界を踏まえた戦略として、他の調査手段との組み合わせや、訴訟提起後の調査嘱託への移行等を視野に入れた総合的なアプローチが重要になります。特に、債務名義の取得を前提とした計画的な財産調査や、複数の制度を段階的に活用する戦略的思考が求められます。
弁護士会照会による財産調査を検討される際は、制度の現実的な限界を理解した上で、専門家である弁護士と十分に相談し、個別の事情に応じた最適な調査戦略を立てることが重要です。関連する調査嘱託制度や第三者からの情報取得手続きについても併せて検討し、包括的な財産調査計画を策定することをお勧めいたします。
8 参考情報
参考情報
民事証拠収集実務研究会編『民事証拠収集−相談から執行まで』勁草書房2019年p16
第一東京弁護士会業務改革委員会第8部会編『弁護士法第23条の2 照会の手引 7訂版』第一東京弁護士会2023年
森公任ほか著『弁護士のための遺産相続実務のポイント』日本加除出版2019年p290
秋山幹男ほか著『コンメンタール民事訴訟法Ⅱ 第3版』日本評論社2012年p642
本記事では、離婚・財産分与に向けた弁護士会照会の活用について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に財産分与など、離婚(夫婦)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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