【離婚時の財産分与における親族送金の持ち戻し(扶養との区別)】
1 離婚時の財産分与における親族送金の持ち戻し(扶養との区別)
夫婦が離婚する際に、財産分与として財産の清算をします。
詳しくはこちら|離婚時の財産分与の総合ガイド(法的理論・手続・実務上の問題の全体像)
財産分与に関して、親族への送金が問題となるケースが増えています。例えば、婚姻中に夫婦の一方が自分の親族に対して送金を行ったことが発覚し、その金額は夫婦の共有財産に戻して計算すべきかどうか、という問題です。
本記事では、この問題についての理論と実務上の扱いを説明します。
2 結論の要点(まとめ)
最初に、結論の要点をまとめます。
結論の要点(まとめ)
親族の病気や経済的困窮など正当な扶養目的の送金は財産分与対象外となりやすい
別居から時間的に離れた送金は財産減少目的と判断されにくい
他方配偶者の事前承諾があった送金は財産分与対象外となりやすい
送金額が夫婦共有財産全体と比較して小さい割合の場合は対象外になりやすい
詳しい内容は、以下説明します。
3 清算的財産分与の対象財産(前提)
財産分与のうち主なものは、離婚に際して、婚姻期間中に夫婦が協力して形成した財産を清算し分配する、という清算的財産分与です。
詳しくはこちら|財産分与の基本(3つの分類・典型的な対立の要因)
清算的財産分与の対象となるのは、原則として婚姻中に夫婦が協力して形成・維持した財産(夫婦共有財産)です。
詳しくはこちら|財産分与の対象財産=夫婦共有財産(基本・典型的な内容・特有財産)
夫婦に一方の親族への送金は、不当な支出であればなかったことにする(持ち戻して計算する)ことになりますが、正当な支出であれば持ち戻しはしない(単に残っている金額を分ける)ことになります。理論的には、送金した金額を財産分与の対象にすべきか否かということになります。
4 親族への送金が問題となるケースの具体例
(1)典型的な主張の対立
親族への送金をめぐって対立する状況の具体例を説明します。
一方配偶者が、自分の親族(親・兄弟等)に対して、婚姻中に高額の送金を行った場合、他方配偶者が「その送金は夫婦共有財産から出ており、財産分与の対象に含める(持ち戻しをする)べきだ」と主張します。
これに対して送金を行った側は、「親族の扶養のために行った正当な支出である」「親族に対する贈与であり、他方配偶者も同意していた」などと主張します。
(2)法的判断の要点
法的な判断としては、別居後の財産減少を意図した送金であったのか、それとも純粋に親族の生活支援のための送金だったのかも関係します。
最終的に裁判所は、このような親族への送金を財産分与の対象とするかどうかについて、送金の目的や性質、送金時期と別居時期との関係、送金額の規模、配偶者の承諾の有無などを総合的に考慮して判断します。
5 実際の事例
(1)事例1:祖父の相続問題に関連した父親への送金
実例を紹介します。
この事例では、夫(会社員・40代前半)が申立人、妻(会社員・40代前半)が相手方でした。二人は平成14年に婚姻し、平成15年に長男が誕生しています。
平成22年12月頃、夫は自分の父親に対して250万円を送金しました。この送金は、夫の祖父の相続に際して相続人間で紛争となり、夫の父が遺産を受け取ることができなかったため、父を安心させる目的で行ったものでした。夫によれば、この送金については妻の了承も得ていました。一方、妻は、この250万円は夫の母から返還すると言われたと主張していました。
その後、夫婦は協議離婚をし、妻が家庭裁判所に財産分与の申立をしました。
裁判所は、この夫の父への250万円の送金について、別居の約2年前に贈与されたものであり、夫が夫婦共有財産を減少させることを目的として贈与をしたものではないと判断しました。結論として裁判所は、250万円は夫婦共有財産に含まれない(持ち戻しをしない)としました。
この審判例では、送金の目的、送金時期と別居時期の関係、財産減少目的の有無が重要な判断要素となっています。また、理由中に明示はありませんが、親族の扶助目的であったことや、他方配偶者に知らせていたことも、判断に影響したと考えられます。
(2)事例2:病気の父親への継続的な送金
医師の夫と妻の間で財産分与をめぐって対立が生じたケースです。
夫の父は50歳の時に大きな病気を患い、その後定職に就けなくなりました。収入は不定期な就労からのものだけとなり、夫の両親の家計は経済的に余裕のない状況でした。
そのため、夫は両親に対して何度か送金を行っていました。送金額は1回につき50~100万円程度で、10年間の間に合計約10回、総額700万円に達していました。
夫婦の仲が悪化して離婚の方向で話が進んだとき、財産分与について意見が対立しました。婚姻後に形成した夫婦の預貯金・金融資産は合計8000万円相当でした。
この財産分与において、夫は両親への送金700万円について、「親族の扶養(扶助)という性質であり、夫婦共有財産を減少させる目的ではない」として、分与対象財産には含まれないと主張しました。また妻の寄与割合は30%であり、分与額は2400万円であると主張しました。
一方、妻は両親への送金700万円も分与対象財産に含まれるべきだとし、分与対象財産の合計額は8700万円になると主張しました。また、妻の寄与割合は50%であり、分与額は4350万円であると主張しました。
この事例は最終的に裁判上の和解が成立し、夫が妻に4000万円を支払うこと、親族への送金を分与対象とはしないこと、妻の寄与割合は50%とすることで合意しました。
和解の成立に至った重要なポイントは、夫の父の疾病により両親の生活が経済的に苦しい状況にあったこと、夫婦の家計が比較的裕福だったこと、争いのない夫婦共有財産が8000万円と高額だったのに対し、親族への送金は700万円と相対的に小さい割合だったことなどが挙げられます。
裁判所も、これらの事情から親族への送金は扶養の範囲内といえる、との立場をとり、送金分を財産分与の対象から除外することを和解案として提示したのです。
6 親族への送金が財産分与の対象となるかの判断基準
これまでの事例から、親族への送金が財産分与の対象となるかどうかの判断基準について、以下のポイントが挙げられます。
(1)送金の目的
親族への送金が扶養目的か財産減少目的かは重要な判断要素です。
親の病気や経済的困窮など、正当な扶養理由がある場合は、財産分与の対象外となる可能性が高くなります。事例2では、夫の父が病気により定職に就けず経済的に困窮していたことが、送金を財産分与の対象外とする一因となりました。
(2)送金の時期
送金時期と別居時期の時間的近接性も判断に影響します。
別居直前の送金は、財産隠しの意図が疑われる可能性があります。
一方、事例1のように別居の2年前の送金は、夫婦共有財産を減少させる目的とは言い難いと判断されました。
(3)送金の規模
送金の金額が夫婦共有財産全体と比較してどの程度の割合か、も考慮されます。
事例2では、送金額700万円に対し共有財産は8000万円と、比率が小さかったことが判断に影響しました。
(4)配偶者の承諾
他方配偶者の事前承諾があったかどうかも重要です。事例1では、妻の了承を得ていたとの夫の主張(少なくとも妻に知らせていたこと)が判断に影響したと考えられます。
(5)送金先の状況
送金先の親族の経済状況も判断に影響します。経済的困窮が明らかな場合は、扶養目的の送金として認められやすくなります。事例2では、夫の父の病気と経済的困窮が重要な考慮要素となりました。
以上の要素を総合的に考慮した上で、親族への送金が「夫婦共有財産を減少させることを目的としたものでない」と認められれば、財産分与の対象とはならないという判断がなされる傾向にあります。
7 親族への送金に関する紛争を防ぐための対策
親族への送金をめぐる紛争を未然に防ぐためには、夫婦間での十分な話し合いと記録の保存が重要です。
まず、親族への高額な送金を行う際には、必ず配偶者と事前に話し合い、合意を得ることが望ましいです。また、その合意内容を書面に残しておくと、後のトラブル防止に役立ちます。
次に、送金の目的や経緯を明確にしておくことも大切です。親族の経済状況や送金の必要性を示す証拠(病気の診断書、失業証明書など)があれば、扶養目的の送金であることの立証に役立ちます。
さらに、送金の記録(振込明細、通帳の写し等)を保存しておくことも重要です。送金の時期、金額、回数などを後から証明できるようにしておきましょう。
最後に、家計の透明性を確保することも有効な対策です。夫婦で定期的に家計の状況を確認し合い、大きな支出については事前に話し合う習慣をつけておくと、後のトラブルを防ぐことができます。
8 参考情報
参考情報
本記事では、離婚時の財産分与における親族送金の位置づけについて説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に財産分与など、離婚(夫婦)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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