【清算的財産分与として債務の負担を命じた裁判例(集約)】

1 清算的財産分与として債務の負担を命じた裁判例(集約)

離婚に伴う財産分与の中で、債務(マイナス財産)をどのように扱うか、という法的問題があり、審判や判決で債務の負担を命じるということを否定する傾向があります。
詳しくはこちら|清算的財産分与における債務(マイナス財産)の扱い
しかし、財産分与として債務の負担を命じた裁判例もあります。本記事では、実際に債務の負担を命じた裁判例を照会します。

2 債務の履行引受を命じた財産分与審判

裁判所が債務の負担を命じても、債権者には効力が及びません。そこで夫婦の間だけでしか効力が生じないことを前提としつつ債務を負担する者と決める、という手法(履行引受)であれば可能です。これについて合理性がないという見解もありますが、合理性はあると判断し、実際に履行引受を命じた審判です。

債務の履行引受を命じた財産分与審判

あ 理由部分

本件のごとく清算対象たる財産の取得にかかる借入金の返済が未だ完済されていないような場合にあっては、その対外的な借入債務者が誰であるかはさておき、対内的に(夫婦間で)どちらが負担するべきかを財産分与を判断するにあたって定めておくのが相当である
仮に債権者との関係で、この財産分与の定めと異なって、他の一方が借入金の一部もしくは全部を弁済することがあるにしても、その場合には対内的には不当利得、または連帯債務者、連帯保証人として債務の返済をした場合は、求償の法理をもって調整を図ることができるものであり、その場合に基準となるべき負担割合をあらかじめ財産分与の判断において定めておくことは当事者間の紛争解決のために意味のあることである

い 結論部分

履行引受を命じた
※大阪家裁平成17年6月28日

3 債権者との間での手続を命じた財産分与判決

裁判所が債務の負担を命じるだけでは債権者に効力は及びません。そこで、債務者が債権者と協議して債務者の地位を外すよう働きかけることを命じたという裁判例があります。

債権者との間での手続を命じた財産分与判決

(離婚訴訟の判決において)
『原告(妻)の連帯債務者たる地位を消滅させるための手続を○○(債権者)との間で行え』と命じた
※東京地裁平成元年7月12日

4 形式的な債務負担を命じた財産分与判決(債務超過ではない)

債務の負担を命じる部分が含まえる判決(裁判例)があります。ただし、もともとの債務者に債務を負担させるという内容であって、実質的には、債務の負担を命じたという判決とはいえません。
そもそも、(積極財産・消極財産のいずれでも)『もともとの権利者(債務者)への分与』は意味がないので主文として記載すること自体がイレギュラーなのです。

形式的な債務負担を命じた財産分与判決(債務超過ではない)

あ 判決主文(債務負担を命じた部分)

(注・離婚訴訟において)
主文
・・・
八 原告と被告の間において、別紙債務目録一、二記載の債務を原告に負担させる
※東京地判平成11年9月3日

い 実質的な内容→債務負担形成否定

ア 離婚判例ガイド (注・平成11年東京地判について)
しかし、実際には、居住用のマンション、節税および利殖目的のホテル居室、ゴルフ会員権購入のための夫名義の借入金(約2700万円)につき、被告妻も負担すべきとして、積極財産より消極財産を控除して各自の分与額を算定し、原告夫名義の債務はそのまま夫が負担すべきことを主文で命じたにすぎず債務の帰属に変動させるものではないので債務超過の場合の分担を命じた判決とは評価できない
※二宮周平ほか著『離婚判例ガイド 第3版』有斐閣2015年p125、126
イ 松谷佳樹氏見解 (注・平成11年東京地判について)
その結論の当否は別として、同判決が特徴的であることは、原告名義となっているゴルフ会員権や預金などについて原告に分与する旨主文で掲げるとともに、原告名義となっている債務について原告に負担を命じたことにある。
この判決が、その主文の文字面を捉えて、債務の分担を命じた判決であると評されることがあるが、これは正しくないと思われる。
この判決は、積極財産・消極財産ともに、名義人自身への分与(原告名義の財産を原告に分与すること)という本来不要なことを主文で掲げている点に特色があり
(私の知る限り、そのような裁判例は、実務的に見ると極めて例外的であろう。)、
原告の債務を被告に負担させたり、あるいは、その逆に被告の債務を原告に負担させたりしているわけではなく、債務の負担者自体は全く動かしていないのである。
したがって、これをもって、財産分与において債務分担を命じた判決であると評することは適当でないと思われる。
※松谷佳樹稿『財産分与と債務』/『判例タイムズ1269号』2008年8月p7、8
ウ 離婚調停・離婚訴訟 積極財産・消極財産について名義人自身への分与(原告名義の財産を原告に分与すること)を主文で掲げている点に特色がある
実際には、積極財産より消極財産を控除して各自の分与額を算定し、原告(夫)名義の債務はそのまま夫が負担すべきことを主文で命じたにすぎない
=債務の帰属を変動させるものではない
財産分与において債務分担を命じた判決であると評することは適当でないと思われる
※秋武憲一ほか編著『離婚調停・離婚訴訟 3訂版』青林書院2019年p192、193

う 名義人自身への分与の当否(前提)

わが国の夫婦財産制度は、別産制の原則を採り、財産分与の判決・審判で、所有権(権利の帰属)の移転を命じられない場合は、その名義人の財産ということになるのであるから、名義人の財産を名義人に分与するというようなことを主文に掲げることは基本的に不要であろう
現行民法の財産分与の制度は、夫婦別産制の下での財産『分与』の制度であって、財産共有制の下における財産分割の制度ではないことに注意すべきである
実際に、名義人自身への分与(原告名義の財産を原告に分与すること)を主文で掲げる主文例は実務上あまりない
※秋武憲一ほか編著『離婚調停・離婚訴訟 3訂版』青林書院2019年p192、193

本記事では、清算的財産分与として債務の負担を命じた裁判例を紹介しました。
実際には、個別的な事情によって法的扱いや最適な対応は違ってきます。
実際に離婚や、債務を含む夫婦の財産の清算の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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