1 不正防止規程上の定義を確認
2 『悪意』の意味
3 不正防止規程の『悪意』を解釈する
4 補足
5 脚注

1 不正防止規程上の定義を確認

(1)調査報告書での『不正防止規程』の適用

公式の報告書である『研究論文の疑義に関する調査報告書』があります。
平成26年3月31日付で,『研究論文の疑義に関する調査委員会』が作成したものです。
いわゆる『公式の報告書』です。(※1)

この報告書で調査,判断しているわけですが,その基準として次の規程を用いています。
以下『不正防止規程』と略して呼びます。

<調査報告書で適用している規程>

科学研究上の不正行為の防止等に関する規程
『科学研究上の不正行為の防止等に関する規程(平成 24 年 9 月 13 日規程第 61 号)』

(2)不正防止規程と理系

今回,不正防止規程の解釈の中の『悪意』について理系の方の誤解があるという指摘が別の論文でなされています(※2)。
発想のきっかけをくださったことに敬意を払いつつ,理系弁護士として異議ありと言いたくて,以下論じます。

不正防止規程のうち,『悪意』の記述のある『定義』部分を引用します。

<[不正防止規程]より>

『(定義)
第2条  この規程において『研究者等』とは、研究所の研究活動に従事する者をいう。
 2  この規程において『研究不正』とは、研究者等が研究活動を行う場合における次の各号に掲げ
る行為をいう。ただし、悪意のない間違い及び意見の相違は含まないものとする。
 (1)捏造 データや研究結果を作り上げ、これを記録または報告すること。
 (2)改ざん 研究資料、試料、機器、過程に操作を加え、データや研究結果の変更や省略により、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること。
 (3)盗用 他人の考え、作業内容、研究結果や文章を、適切な引用表記をせずに使用すること。』

前提を確認した時点で,『悪意』の解釈にうつります。

2 『悪意』の意味

(1)一般論としては『知っている』と『悪い気持ち』の2つがある

ア 法律用語タイプ
一般的な法律用語として『悪意』=『知っている』という使い方が多いです。
良い悪い,倫理に沿う沿わない,という価値観とは関係ない概念です。
イ 一般用語タイプ
一方で,法律上も『悪意』を『加害意図』というような『悪い気持ち』『非人道的』という意味の場合もあります。
一般的な意味のまま,というタイプです。

(2)2つの『悪意』の使い分け

どうやって使い分けるのか,見分けるのか,を説明します。
正直,私自身何となく使い分けていました。
他の弁護士なり裁判官と解釈が食い違うことはありません。
でも突き詰めて分析したら『再現性のある法則』にできました。
『暗黙知』を『形式知』にした瞬間,です。
順番に説明します。

まずは分かりやすい民法の条文から考えます。

(3)民法上の2種類の『悪意』の区別

民法の条文上,『悪意』という文字列は15個の条文で登場します。
この中で『悪意の遺棄』『悪意で遺棄』という文字列の一部となっているものが5個の条文であります。(※3−2)
これは『(遺棄であることを)知っていて遺棄した』という法律用語タイプで解釈をトライすると整合しません。
そこで例外タイプです。
『悪い気持ち』で『遺棄した』と解釈します。
これで成り立ちます。
表現を整えた状態を↓に示しておきます。

<『悪意の遺棄』の具体例>

『夫が経済的余裕がある+妻は収入ゼロ,という状況なのに夫が妻に生活費を渡さなかった』

民法中の『悪意』が含まれる条文のうち,『遺棄』関連以外は残りの10個ということになります(※3−1)。
それぞれの『意味が整合する』ことはそれぞれの条文に記載しておきました。
一例だけここに引用(コピペ)しておきます。

<法律用語タイプの解釈の例>

『占有者』関係;189条〜196条;『占有権原がないことを』知っている
(善意の占有者による果実の取得等)
第百八十九条  善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する。
2  善意の占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは、その訴えの提起の時から悪意の占有者とみなす。

(4)2種類の『悪意』の判別基準

以上の民法上の『悪意』の区別の中に判別基準が隠れていました。
『表現の形式』で区別出来ました。

<『悪意』の意味の判別基準>

あ 次の類型に該当すると,『法律用語タイプ』『の可能性がある』

『悪意で(行為)』
『悪意の(人物)』
『悪意の(行為)』
『悪意又は重大な過失がある・・・』

い 『あ』に該当したもののうち,『法律用語タイプ』で前後の文脈に整合するもの

 →『法律用語タイプ』となる

う 『あ』に該当したもののうち,『法律用語タイプ』だと前後の文脈に整合しないもの

 →『一般用語タイプ』となる

え 『あ』に該当しない

 →『一般用語タイプ』となる

なぜこのような判断基準になるのか,という理由は簡単です。
条文(民法以外も含む)で,個別的に判例などで『悪意』のタイプの解釈が決まっています。
これらの共通点をまとめたのが上記の判別基準なのです。
帰納的に基準にしたものなのです。

3 不正防止規程の『悪意』を解釈する

(1)『悪意』の2種類の解釈論

前記『1』のうち,最小限を引用しておきます。

<不正防止規程;抜粋>

『ただし、悪意のない間違い及び意見の相違は含まないものとする。』

表現類型として『悪意『のない』』となっています。
この時点で上記判別基準で『あ』に該当しません。
『え』に該当して,『一般用語タイプ』と決まります。

そうです。
条文などでこの表現が来たら『法律用語タイプ』とは思えないのです。
理由も,繰り返しになりますが,そのような語尾で使われているのを見たことがないということです。

ということで,不正防止規程の『悪意』は一般用語タイプ=『悪い気持ち』の方になるのです。

(2)『悪意のない間違い』を解釈してみる

規程の文言を広めに訳します。
『悪い気持ちで行ったわけではない間違い,は(不正に)含まない』
↓裏返しにします(対偶)
『悪い気持ちで行った間違い,は(不正に)含む』
↓表現を分かりやすくします
誤った認識を生じさせる目的をもった間違い,を不正とする』

もう1ステップ進みます。

<具体例>

画像の一部を消去した。
その理由,発想は次のとおりでした。

あ 実験ミスのノイズ除去

『画像の一部のラインは実験ミスによるノイズだと思う。
 このままだと見にくい。
 消去すると見やすい』
という意図で消去した
誤った認識を生じさせる目的ではない
→『不正』に該当しない
誤った『正確性の判断,認識』を生じさせる目的にはなるが,『悪い気持ち』には該当しない可能性が高いでしょう。

い 実験成功と認められたいための消去

『画像の一部のラインは正常な結果だと思う。
 このままだと実験成功とは認められない。
 消去すれば実験成功と認められる』
という意図で消去した
誤った認識を生じさせる目的である
→『不正』に該当する

さらにもっと,理研vs小保方さんの対立構造分析に入って行きたくなりました。
が,長そうなので,別の論文にします。
<→別項目;理系弁護士が理研vs小保方さんの対立を超簡単に(STAP論争)

4 補足

この,不正防止規程の『悪意』の解釈論をもう少し突き詰めておきます。

(1)科学研究上の不正行為への基本的対応方針

理化学研究所の理事会で平成17年に,このような『基本的対応方針』を定めました(※4)。
以下『不正対応方針』と言います。
基本的に同じ内容です。
もちろん『悪意のない間違い』の文字列もそのまま使われています。
『不正防止規程』の解釈として使っても良いと思われます。
というのは,似ているけど,『不正防止規程』よりもちょっと詳しいのです。
さらに『ベースとなる元ネタ』が書いてあるのです。
↓に引用(コピペ)します。

<不正対応方針の引用>

(米国連邦科学技 術政策局:研究不正行為に関する連邦政府規律 2000.12.6 連邦官報 pp. 76260-76264 の定義に準じる。)

(2)アメリカンなポリシー

では,このU.S.A.の規律(Policy)を見てみます(※5)。
↓に引用(コピペ)します。

<FEDERAL POLICY ON RESEARCH MISCONDUCTの引用>

Research misconduct does not include honest error or differences of opinion.

そう,『honest error』なんですね。
『誠実な』ですね。
『誠実な態度なのに生じた誤り』となりましょうか。

『知っている』『知らない』ではないです。
『意図的に行ったわけではない間違い』という日本語訳でよさそうですね。
さきほどの表現に整合させると↓ですね。
誤った認識を生じさせる目的をもった間違い』

次に,一般的な翻訳で用いる用語,に着目して説明します。
契約書を日←→英と翻訳することは多くあります。

<法律用語の日英翻訳での用語>

善意の第三者←→third party without knowledge
 『知らない』第三者という意味です。
『知っている』の『悪意』←→with knowledge
 『知っている』という原則タイプです。
『悪い気持ち』の『悪意』←→in bad faith

最後に。
サイエンス,テクノロジーの良い発展,を応援しています。
進歩を妨害しない,促進するような法律と研究者の組み合わせが重要だと思っています。
また,事業化する際の法的ケアや背後(プライベート)の法的対応などに当事務所として取り組んでいる次第です。

5 脚注

※1
外部サイト
研究論文の疑義に関する調査報告書
平成26年3月31日
研究論文の疑義に関する調査委員会

※2
外部サイト
理系は『悪意』の意味が分かっていない!(STAP論争)
小笠原誠治さん

※3−1
(原則タイプ条文10個)

『占有者』関係;189条〜196条;『占有権原がないことを』知っている
(善意の占有者による果実の取得等)
第百八十九条  善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する。
2  善意の占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは、その訴えの提起の時から悪意の占有者とみなす。
(悪意の占有者による果実の返還等)
第百九十条  悪意の占有者は、果実を返還し、かつ、既に消費し、過失によって損傷し、又は収取を怠った果実の代価を償還する義務を負う。
2  前項の規定は、暴行若しくは強迫又は隠匿によって占有をしている者について準用する。
(占有者による損害賠償)
第百九十一条  占有物が占有者の責めに帰すべき事由によって滅失し、又は損傷したときは、その回復者に対し、悪意の占有者はその損害の全部の賠償をする義務を負い、善意の占有者はその滅失又は損傷によって現に利益を受けている限度において賠償をする義務を負う。ただし、所有の意思のない占有者は、善意であるときであっても、全部の賠償をしなければならない。
(占有者による費用の償還請求)
第百九十六条  占有者が占有物を返還する場合には、その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし、占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する。
2  占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

債権調査;470条;(証書所持人が)『権利を有しないことを』知っている
(指図債権の債務者の調査の権利等)
第四百七十条  指図債権の債務者は、その証書の所持人並びにその署名及び押印の真偽を調査する権利を有するが、その義務を負わない。ただし、債務者に悪意又は重大な過失があるときは、その弁済は、無効とする。

売買の瑕疵担保責任;564条;『売買目的物の所有権の一部が他人に帰属していたことを』知っている
第五百六十四条  前条の規定による権利は、買主が善意であったときは事実を知った時から、悪意であったときは契約の時から、それぞれ一年以内に行使しなければならない。

緊急事務管理;698条;『損害が生じることを』知っている
(緊急事務管理)
第六百九十八条  管理者は、本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない。

不当利得返還請求権;704条;『法律上理由のない利得であることを』知っている
(悪意の受益者の返還義務等)
第七百四条  悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。

父母共同行為;825条;『父母の一方の意思に反することを』知っている
(父母の一方が共同の名義でした行為の効力)
第八百二十五条  父母が共同して親権を行う場合において、父母の一方が、共同の名義で、子に代わって法律行為をし又は子がこれをすることに同意したときは、その行為は、他の一方の意思に反したときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方が悪意であったときは、この限りでない。

法定承認;921条;『目録記載外の相続財産の一部が存在することを』知っている
(法定単純承認)
第九百二十一条  次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一  相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二  相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三  相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

※3−2
(例外タイプ;条文5個)

(裁判上の離婚)
第七百七十条  夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
一  配偶者に不貞な行為があったとき。
二  配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三  配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四  配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五  その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
2  裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。

(裁判上の離縁)
第八百十四条  縁組の当事者の一方は、次に掲げる場合に限り、離縁の訴えを提起することができる。
一  他の一方から悪意で遺棄されたとき。
二  他の一方の生死が三年以上明らかでないとき。
三  その他縁組を継続し難い重大な事由があるとき。
2  第七百七十条第二項の規定は、前項第一号及び第二号に掲げる場合について準用する。

(父母の同意)
第八百十七条の六  特別養子縁組の成立には、養子となる者の父母の同意がなければならない。ただし、父母がその意思を表示することができない場合又は父母による虐待、悪意の遺棄その他養子となる者の利益を著しく害する事由がある場合は、この限りでない。

(特別養子縁組の離縁)
第八百十七条の十  次の各号のいずれにも該当する場合において、養子の利益のため特に必要があると認めるときは、家庭裁判所は、養子、実父母又は検察官の請求により、特別養子縁組の当事者を離縁させることができる。
一  養親による虐待、悪意の遺棄その他養子の利益を著しく害する事由があること。
二  実父母が相当の監護をすることができること。
2  離縁は、前項の規定による場合のほか、これをすることができない。

(親権喪失の審判)
第八百三十四条  父又は母による虐待又は悪意の遺棄があるときその他父又は母による親権の行使が著しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権喪失の審判をすることができる。ただし、二年以内にその原因が消滅する見込みがあるときは、この限りでない。

※4
外部サイト
平成 17 年 12 月 22 日
理事会決定事項
科学研究上の不正行為への基本的対応方針

2. 研究不正 『研究不正』とは、科学研究上の不正行為であり、研究の提案、実行、見直し
及び研究結果を報告する場合における、次に掲げる行為をいう。ただし、悪意の ない間違い及び意見の相違は研究不正に含まないものとする。(米国連邦科学技 術政策局:研究不正行為に関する連邦政府規律 2000.12.6 連邦官報 pp. 76260-76264 の定義に準じる。)
(1)捏造(fabrication):データや実験結果を作り上げ、それらを記録または報告 すること。
(2)改ざん(falsification):研究試料・機材・過程に小細工を加えたり、データや 研究結果を変えたり省略することにより、研究を正しく行わないこと。
(3)盗用(plagiarism):他人の考え、作業内容、結果や文章を適切な了承なしに 流用すること。

※5
外部サイト
American Physical Society Sites

FEDERAL POLICY ON RESEARCH MISCONDUCT[1]
I. Research[2] Misconduct Defined
Research misconduct is defined as fabrication, falsification, or plagiarism in proposing, performing, or reviewing research, or in reporting research results.
Fabrication is making up data or results and recording or reporting them.
Falsification is manipulating research materials, equipment, or processes, or changing or omitting data or results such that the research is not accurately represented in the research record.3
Plagiarism is the appropriation of another person’s ideas, processes, results, or words without giving appropriate credit.
Research misconduct does not include honest error or differences of opinion.