【権利行使と脅迫罪・恐喝罪の区別・判断基準(正当な行為と犯罪の境界線)】

1 権利行使と脅迫罪・恐喝罪の区別・判断基準(正当な行為と犯罪の境界線)

いろいろな”権利行使”を予告すると、相手としてはプレッシャーを受けます。そこで、権利行使を予告、宣言する行為が”脅迫罪、恐喝罪”にあたることもあります。本記事では、正当な権利行使と脅迫罪・恐喝罪との区別について説明します。
なお、このテーマが問題となった有名な事案「ユーザーユニオン事件」があります。この事例については、別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|ユーザーユニオン事件の事例分析(権利行使と恐喝罪の境界線)

2 脅迫罪・恐喝罪・強要罪の基本概念

まず、”害悪の告知”によって成立する犯罪として、”脅迫罪・恐喝罪・強要罪”の3つがあります。これらの要点を確認、整理しておきます。

脅迫罪・恐喝罪・強要罪(概要・前提)

脅迫罪・恐喝罪・強要罪の区別
“行為” ”罪名” 害悪の告知のみ 脅迫罪 害悪の告知+財物の交付 恐喝罪 害悪の告知+義務のないことを行わせた 強要罪
害悪の告知の内容
生命・身体・自由・名誉・財産に対して害を加える旨の告知

なお、この3つの区別については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|脅迫罪・恐喝罪・強要罪の基本的事項と違い

3 権利行使と恐喝罪・強要罪の関係(総論)

恐喝行為の典型例は、「義務がないのにカネを払わせる」というものです。この点、「金銭を支払う義務がある者にカネを払わせる」という行為も「恐喝」になる、ということが重要です。
例えば滞納家賃の請求として「遅れている家賃を払わないと預金を差し押さえますよ」というセリフは、”預金という財産”に対して”害を加える”内容の告知と言えます。”差押”自体は、法律に則った”適法な行為”ですが、形式的には”害を加える告知”になります。
このように”権利の行使、正当な請求”のはずなのに、形式的に”恐喝罪”にあたることは非常に多いです。そこで、判例上、権利行使と恐喝罪の線引(基準)が重要となります。

4 権利行使に関する学説の変遷

権利行使と恐喝罪の関係については、いくつかの学説が対立してきました。

(1)本権説・所持説(過去)

債権者が債務者を脅して(騙して)債権を取り立てる行為については、(a)恐喝罪説(詐欺罪説)が有力です。手段としての脅迫は違法であるが、その違法のために権利の行使まで違法となるものではないとする(b)無罪説も主張されました。
財産犯の保護法益に関する本権説を徹底すると、権利行使の場合には、債権者には法的権利があるのだから脅して弁済させても財産権の侵害はなく恐喝罪等にはならないことになります。また、手段の違法性は存在するので(c)脅迫罪が成立するという中間説も存在します。
学説は明治期の有罪説から大正期の不処罰説へ、そして戦後は再び恐喝罪説へと変化してきました。この変遷は、社会情勢や法的価値観の変化を反映しています。

(2)構成要件該当性と違法性の区別

従来の議論は、構成要件該当性判断とその正当化を分けないで論じられたため混乱がみられます。まず恐喝罪の構成要件該当性に関して考察してみましょう。
恐喝罪(詐欺罪)を全体財産に対する罪と解すれば、権利の範囲内での取立ては全体財産の減少がなく恐喝罪の成立は否定されます。しかし、一般には個別財産に対する罪と解されているので、恐喝罪の構成要件該当性は否定しえません。
「現金300万円を所持していること」と、「300万円の債務がなくなること」とは事実的・経済的価値が著しく異なるので、いかに債権の範囲内の金員を喝取したとしても、財産的な損害が認められます。まして、損害概念を重視しない判例の考え方によれば、恐喝罪(詐欺罪)の構成要件該当性は当然のものとなります。
損害の有無の点は、相当対価を支払って喝取(騙取)する場合と同じですが、ただ、相当対価の場合と権利行使とでは微妙に可罰評価が異なります。財物・財産上の利益を得る正当な権利がある場合の方が、対価を支払って、しかし不正にその財物等を得る場合より可罰性は低いです。そして、その差は、違法阻却(正当化)の問題として処理されます。権利行使の問題は刑法35条の解釈問題と位置づけることもできますが、その判断基準は結局、実質的違法性阻却事由の問題に帰着します。

5 権利行使に関する判例の変遷

権利行使と恐喝罪に関する判例は、時代とともに変化してきました。

(1)明治期→有罪説

旧刑法期の明治30年代は原則として権利行使であっても有罪とする態度をとっていました。

(2)大正時代→不処罰説

大正時代には無罪判例が登場してきます。権利行使の正当性を重視する傾向が見られました。

(3)昭和期→恐喝罪説

最判昭和30年10月14日(刑集9巻11号2173頁)が恐喝罪説を採用します。権利の範囲内であっても、その方法が社会通念上一般に忍容すべきものと認められる程度を逸脱するときには違法となるとし、債権残額3万円に対し6万円を交付させた事案につき、6万円全額について恐喝罪の成立を認めました。

(4)ユーザーユニオン事件(昭和62年最判)

ユーザーユニオン事件(最判昭和62年1月21日、原審東京高判昭和57年6月28日)では、請求権を裏付ける相当な資料がなく、自動車メーカー側の弱味をついた様々な手段による攻撃を明示・暗示する行為は、「消費者の権利行使」「社会的相当性の範囲」を超えているとして恐喝罪が成立するとされました。
詳しくはこちら|ユーザーユニオン事件の事例分析(権利行使と恐喝罪の境界線)

(5)平成期→実質的違法性による判定

ただ判例の中には、権利行使が実質的違法性を欠くとして無罪としたものもかなり存在します。最近のものとしては、東京地判平成14年3月15日(判時1793号156頁)が、経営権譲渡契約の違約金名下に金員を交付させようとした事案につき、被告人らの請求が権利行使の相当性を欠く恐喝行為に当たると解するのは困難であるなどとして、大阪地判平成17年5月25日(判タ1202号285頁)が、不当解雇の抗議行動が、権利行使の手段として「社会通念上一般に許容すべき程度のもの」と認められる程度を逸脱しているとまでいうことはできないとして、恐喝罪の成立を否定しています。

6 ユーザーユニオン事件判例による判断基準

(1)ユーザーユニオン事件判例の判断基準の基本部分

ユーザーユニオン事件判例では、権利行使として適法となるためには、実際に権利が存在するか、少なくとも権利があると信じるに足る相当な理由があることが必要である、かつ、権利行使の態様も、権利の範囲内で、社会通念上許容される方法であることが必要、という枠組みが使われました。

ユーザーユニオン事件判例の判断基準の基本部分

基準の根幹部分
次の「ア・イ」の2つに該当する場合
→「適法」となる
ア 権利が存在するor存在するという確信がある(「い」)イ 権利行使の態様が一定の範囲内である(「う」) 権利の存在orその確信
次の「ア・イ」のいずれかに該当する
ア 権利が存在し、かつ、その存在が明確であるイ 権利を有すると確信し、かつ、”信じるについて相当な理由(資料)”を有する 権利行使(実行)の態様の範囲
請求行為が次の「ア・イ」の両方に該当する
ア 権利の範囲内であるイ 方法が社会通念上一般に忍容すべき程度(範囲内)である ※最高裁昭和30年10月14日
※最高裁昭和62年1月21日;ユーザーユニオン事件(原審東京高裁昭和57年6月28日)

(2)ユーザーユニオン事件の判別における重要な事情

ユーザーユニオン事件判例では、以下の事情を考慮することで、具体的な事案において権利行使が適法か、それとも恐喝罪に該当するかを判断しました。特に、請求権の根拠や請求内容の妥当性、権利行使の方法が過剰でないかなどが重要な判断要素となります。

ユーザーユニオン事件の判別における重要な事情

あ 請求権の根拠

請求権の有無について一定の根拠・証拠を把握しているか

い 請求内容の法的な妥当性

請求内容(金額)が、法的判断として妥当なものであるか

う 無関係のマターの予告

予告内容として「請求権と関係無いもの」が含まれていないか
一定範囲で含まれていても「交渉における圧力・駆引き」として正当化される

え 関連するマターであるが「過剰」な予告

マスコミ・行政機関・国会・海外の公的機関への公表(伝達)など
「数が多い」→「影響が大きい」と言えるか
マスコミ・行政機関・国会・海外の公的機関への公表(伝達)など
「数が多い」→「影響が大きい」と言えるか

お 「請求される者」の適切な反論・対応

ア 請求権の有無・内容(金額)について反論・説明しているかイ 恐喝罪での告訴等、可能な「防御」を行っていたか

か 事後的な公的判断との食い違い

結果的に「民事訴訟」で最終的に認められたものと食い違いがあることも許容される
請求者はある程度は「過剰」になることは当然のこととされている
※最高裁昭和62年1月21日(原審東京高裁昭和57年6月28日)

7 実質的違法性による判断基準(4要素)

最近の判例の傾向である、実質的違法性で判定する基準では、以下の4つの要素が重要です。

実質的違法性による判断基準(4要素)

あ 正当な目的

債権の行使という正当な目的を有する行為であるかどうか

い 相当性判断

当該権利の実現のためには社会通念上どの程度の実力の行使までが許されるのかという比較衡量を含んだ判断

う 必要性判断

権利実現のためにそのような手段がどの程度必要なのかという判断

え 被害者の対応

被害者の対応等を基礎にした具体的判断

8 権利行使の具体例:告訴の告知と脅迫該当性

請求するアクションの一環として”相手を告訴する”という宣言を行うことがあります。このような告訴の告知が脅迫罪に該当するかどうかは、具体的状況によって判断されます。
大審院大正3年12月1日判決では、「誣告ヲケタル者カ眞ニ誣告罪ノ告訴ヲ爲ス意思ナキニ拘ハラス誣告者ヲ畏怖セシメル目的ヲ以テ之ニ對シ該告訴ヲ爲ス可キ旨ノ通告ヲ爲シタリトスレハ固ヨリ權利實行ノ範囲ヲ超脱シタル行為ナルヲ以テ脅迫ノ罪ヲ構成ス可キハ疑ヲ容レス」と判示しています。
つまり、虚偽告訴を受けた者が、直ちに虚偽告訴罪の”告訴をする意思がない”にもかかわらず、相手を”畏怖させる目的”で告訴をする旨を通知した場合には、権利実行の範囲を超えたものとして脅迫罪が成立すると判断しています。
また、”相手の行為に違法性や不当性がない”ことが明らかであるにもかかわらず、因縁をつけて「告訴する」と述べた場合も、”適法な権利行使の範囲を超える”ため、脅迫罪が成立する可能性があります。
適法な権利行使として認められるためには、告訴できる法的根拠があり、かつ真に告訴する意思を持って通知を行うことが重要です。単に相手を怖がらせたり、金銭の支払いなどの別の目的を達成するために告訴を告知したりする場合には、脅迫罪に該当するおそれがあります。

9 まとめ

本記事では、権利行使と脅迫罪・恐喝罪の区別について基本的な判断基準を説明しました。大きく2つの判断基準がありますが、いずれにしても、具体的な事案についての結論が違う、ということはほぼ生じないと思われます。

10 参考情報

参考情報

前田雅英著『刑法各論講義 第7版』東京大学出版会2020年p267〜269

本記事では、権利行使と脅迫罪・恐喝罪の区別・判断基準について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に権利行使の方法に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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