【預貯金の差押|特定の趣旨・範囲|支店特定不要説|特定方式】

1 債権差押の『特定』の機能・趣旨=裁判所・債務者・第三債務者の理解
2 差押債権の『特定』|前提条件|第三債務者の負担
3 預貯金の差押における従来の『特定』要素
4 預金の差押においては『支店』の特定が要求される傾向が強い
5 支店特定不要説|特定方式|全店一括順位付け方式|ノーマル
6 支店特定不要説|特定方式|全店一括順位付け方式|特殊事情あり
7 支店特定不要説|特定方式|預金額最大店舗指定方式|特殊事情あり
8 ゆうちょ銀行の貯金の差押においては『支店』の特定までは不要
9 預貯金の差押×口座の調査・実務=あてずっぽう方式・調査会社・財産開示手続

1 債権差押の『特定』の機能・趣旨=裁判所・債務者・第三債務者の理解

債権の差押を申し立てる場合には『差し押さえる債権』を記載する必要があります。
実際の現場では,債務者の預貯金,生命保険の情報は詳細には把握できないことが多いです。
『支払をしないから強制的な手段を用いる』という敵対的な場面です。
相手方(債務者)の財産内容を,友好的に教えてもらう,ということはあまりありません。
そこで判例でも,ある程度は特定を緩和しても良い,という扱いがなされています(後述)。
とは言っても一定程度の『特定』が必要です。
『特定』の趣旨をまとめておきます。

<差押債権の『特定』の機能・趣旨>

ア 差押禁止債権かどうかを執行裁判所が判断できるイ 第三債務者・債務者が差押対象の債権・範囲を認識できる 上原敏夫ほか『民事執行・保全法 第2版補訂』有斐閣p164

2 差押債権の『特定』|前提条件|第三債務者の負担

債権差押における『債権の特定』の程度の解釈の前提があります。
差押の通知を受けた第三債務者の負担に関する判例の基準をまとめます。

<差押債権の『特定』|前提条件|第三債務者の負担>

あ 金銭的コスト

第三債務者が調査に格別の負担を要しない

い 時間的コスト

第三債務者が社会通念上合理的と認められる所要時間で調査できる

う 調査結果・程度

調査により対象債権を誤認混同することなく認識し得る状態にできる
※最高裁平成23年9月20日

ごく大雑把に言えば,第三債務者が低コスト・短時間で調査できる,ということです。

3 預貯金の差押における従来の『特定』要素

預貯金の差押において『特定』のために使う要素をまとめます。
『特定』のためにはすべてが必要,という意味ではありません。

<債権差押|預貯金の特定要素|従来>

あ 差し押さえる債権の特定

『債権を特定するに足りる事項』
※民事執行規則133条2項

い 預貯金の特定要素|従来

ア 金融機関イ 取扱店舗(支店)ウ 預金の種類エ 口座番号

実際には,預金の種類,口座番号は,明確に特定しないケースが多いです。
取扱店舗(支店)については,従来は『特定のために必要』という扱いでした。
しかし,現在は見解が統一されていません。

4 預金の差押においては『支店』の特定が要求される傾向が強い

確かに,実際の現場では,パーフェクトな特定要素が把握できていない,ということが多いです。
典型的なのは,相手方(債務者)が有している預金を直接的,明確には知らない,という状況です。
一般的に,預金を持っていそうな金融機関についてあてずっぽうで差押を行うこともあります。

ここで支店まで特定する必要があるのかないのか,ということは重要な問題です。
金融機関は特定し,支店を特定しない,という方式について,裁判所の判断は分かれています。
主要な裁判例を以下に示します。

仮に抗告などで争っていると,その間に相手方は預金を下ろして逃してしまう可能性もあります。
他の銀行に移すなどの防御策です。
現実的には,債権者にとって,長時間かけても争うということは難しいです。
できるだけ支店まで特定してから差押の申立をする,ということが通常です。
なお,ゆうちょ銀行の貯金については,扱いが独特です(後述)。

<差押債権としての預金の特定の程度に関する裁判例>

あ 支店特定必要説

『店舗数不明』→不可
※高松高裁平成18年4月11日

い 支店特定不要説

ア 『同一市内の本店および9の支店』→可 ※大阪高裁平成19年9月19日
イ 『都内の3ないし6支店』→可 ※東京高裁平成18年6月19日(仮差押)
ウ 『本店および同一県内の13ないし17支店』→可 ※東京高裁平成17年10月5日(仮差押)

支店特定『不要』説の場合に,特定する方法・程度については次に説明します。

5 支店特定不要説|特定方式|全店一括順位付け方式|ノーマル

支店特定不要という見解でも最終的に『差し押さえる債権が定まる』必要があります。
具体的には『複数の口座があった場合に一義的に定まる』ということです。
判例における具体的な『特定方式』をまとめます。
まずは『全店一括順位付け方式』の基本的なものについての判例をまとめます。

<特定方式|全店一括順位付け方式|ノーマル>

あ 債権の特定|概要

差押債権を支店ごとに割り付けない

い 債権の特定|記載内容

『複数の店舗に預金債権があるときは,支店番号の若い順序による』

う 裁判所の判断|結論

不適法である
※最高裁平成23年9月20日

『特定として不十分』と判断されました。

6 支店特定不要説|特定方式|全店一括順位付け方式|特殊事情あり

『全店一括順位付け方式』でも『適法』と判断した判例もあります。

<特定方式|全店一括順位付け方式|特殊事情あり>

あ 債権の特定

前記『ノーマル』と同様

い 特殊事情

事前に金融機関は弁護士会照会を受けていた
金融機関は回答を拒否した

う 裁判所の判断

適法である
『弁護士会照会の拒否』を『差押債権の特定の緩和』方向に考慮した
※東京高裁平成23年3月30日

特殊事情が考慮されている,というところが重要です。

7 支店特定不要説|特定方式|預金額最大店舗指定方式|特殊事情あり

債権の特定方式として『預金額最大店舗指定方式』もあります。

<特定方式|預金額最大店舗指定方式|特殊事情あり>

あ 債権の特定|概要

差押債権を支店ごとに割り付けない

い 債権の特定|記載内容

『複数の店舗に預金債権があるときは,預金債権額合計の最も大きな店舗の預金債権を対象とする。
 なお,預金債権額合計の最も大きな店舗が複数あるときは,そのうち支店番号の最も若い店舗の預金債権を対象とする』

う 特殊事情

事前に金融機関は弁護士会照会を受けていた
金融機関は回答を拒否した

え 裁判所の判断

適法である
『弁護士会照会の拒否』を『差押債権の特定の緩和』方向に考慮した
※東京高裁平成23年10月26日

この判例でも特殊事情が考慮されています。
以上の判例の判断自体が統一的な見解とは言い切れません。
『特殊事情』についても,詳細な状況によって評価が異なります。
また,金融機関における債権の管理のIT化が常に進化しています。
より『特定の程度を緩和する』方向の解釈が強くなっていくはずです。

8 ゆうちょ銀行の貯金の差押においては『支店』の特定までは不要

ゆうちょ銀行の貯金を差し押さえる場合の特定は,一般の銀行預金と違う特徴があります。
支店の特定の部分です。
銀行の支店に相当するのは郵便局というのが常識的感覚です。
しかし,債権差押の実務上は,貯金事務センターで特定します。

<ゆうちょ銀行|差押口座の特定>

あ 貯金の管理

口座を開設した地域を所管する貯金事務センターで管理される

い 差押債権|特定

『貯金事務センター』を特定する扱いがされている
※『判例タイムズ1357号』p65

う 貯金事務センター

全国に12箇所が存在する
関東エリアの管轄は次のとおりである

貯金事務センター 管轄
東京貯金事務センター 東京都のみ
横浜貯金事務センター 神奈川県,埼玉県を含む7県
え 差押・容易性

貯金事務センターは管轄が広い
1度の債権差押で広範囲の貯金を対象できる
債務者の立場からは,差押を受けやすいことになる

9 預貯金の差押×口座の調査・実務=あてずっぽう方式・調査会社・財産開示手続

取引先が,どの金融機関に預金を持っているのか,まったく分からないこともあります。
この場合の実務的な具体的対応策をまとめます。

<預貯金の差押×口座の調査|実務>

あ あてずっぽうで差押

ア 具体例 債権額を3等分する
近所の3つの金融機関の支店の預金を対象とした差押を申し立てる
イ 結果 残高があれば差押が成功となる
口座・残高がなければ空振りとなる

い 調査会社に依頼

一般的な方法の1つ
調査会社によっては『完全成功報酬』方式もある
→仮に『回収につながらなかった』場合に費用が無駄にならない
トライする価値はある

う 財産開示手続の利用

相手方に財産の開示を求める裁判所の手続
相手方が応じない・却って財産逃しに走られてしまう,という可能性もある
一方,回収実現につながるケースもある
<→詳しくはこちら|裁判所による財産開示手続の全体像(手続全体の要点)>
https://www.mc-law.jp/kigyohomu/1537/

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