【ユーザーユニオン事件の事例分析(権利行使と恐喝罪の境界線)】
1 ユーザーユニオン事件の事例分析(権利行使と恐喝罪の境界線)
いろいろな権利行使の告知が恐喝罪(や脅迫罪)にあたることがあります。
詳しくはこちら|権利行使と脅迫罪・恐喝罪の区別・判断基準(正当な行為と犯罪の境界線)
権利行使と恐喝罪の境界線が問題になった代表的事例として、「ユーザーユニオン事件」(最判昭和62年1月21日)があります。自動車メーカーに対する欠陥車問題の交渉・請求において、どのような行為が正当な権利行使として許容され、どのような行為が恐喝罪に該当するかという判断基準を示した重要な判例です。本記事では、この判例の事例と判断を説明します。
2 ユーザーユニオン事件の概要
ユーザーユニオン事件とは、1970年代に消費者団体「ユーザーユニオン」の代表らが、ホンダ、日産、トヨタなどの自動車メーカーに対して欠陥車問題を取り上げ、損害賠償(示談金)を要求したという事案です。被告人らの一連の行為のうち、一部は恐喝罪で有罪となり、一部は無罪となりました。
本件では、被告人が自動車メーカーに対して行った請求行為が「恐喝(罪)」に該当するか否かが争われました。
3 権利行使に関する恐喝罪の成否の判断基準(概要)
権利行使の告知と恐喝罪の関係の一般論としては、まず、形式に害悪の告知にあたるので、恐喝罪(や脅迫罪)にあたる可能性はあります。その上で、権利の存在または信じるに足る相当な理由と、社会通念上許容される権利行使の態様により、適法となる、という枠組みになっています。
詳しくはこちら|権利行使と脅迫罪・恐喝罪の区別・判断基準(正当な行為と犯罪の境界線)
判断基準としてはシンプルですが、実際の具体的事案(セリフや行為)がこれにあたるかどうかをハッキリと判断できないことも多いです。この点、ユーザーユニオン事件では、裁判所が、恐喝罪にあたる行為とあたらない行為を振り分けています(判定しています)。それを以下紹介します。
4 恐喝罪の成立を否定した行為
(1)請求行為の内容
ユーザーユニオン事件において、恐喝罪に該当しないと判断された行為は以下のようなものでした。
請求行為の内容
あ 請求権の確信
請求者は、車種Nの欠陥に関する資料を有していた
そこで、欠陥車と確信していた
その欠陥による事故を原因として、1億円程度の損害賠償請求権の存在を確信していた
い 請求・要求の内容
当該欠陥を強く主張し、賠償を請求・要求した
当該欠陥や、これと直接関係のない事故・欠陥に関して告訴をした
自動車メーカーHに対する批判・攻撃的言動を繰り返した
新聞等のマスコミにより大々的に報道された
自動車メーカーHは大きな信用失墜、販売業績低下などの損害を被っていた
自動車メーカーHは請求者・ユーザーユニオン・被害者同盟の行動を警戒し恐れていた
請求者は、自動車メーカーHの弱み・弱点を把握し、十分に利用して、優越的な立場で示談交渉を進めた
う 予告の内容
請求者の要求に応じなければ、次のような行動に出ることを予告した
告訴や民事訴訟を次々に提起する
海外の活動家へ通報する
他の車種についても大規模に攻撃する
このような行動に出た場合の損害が大きく、請求に応じた方がトクであると強調した
請求額として過大な金額を提示した
(2)メーカーの対応→不備
以上の行為が恐喝罪にあたるかどうかの判断では、被害者であるメーカーの対応も影響しています。メーカーが欠陥について調査して反論(主張)しなかったという点です。これにより、請求者の欠陥車との確信は否定されない、ということになります。
メーカーの対応→不備
あ 反論が不十分
メーカーHは、交渉において、「車種Nは欠陥車でない・事故は運転者の過失が原因である」ことを主張しなかった
い 告訴という「防御」をすれば良かった
最初の段階で請求者を恐喝で告訴すれば「過剰行為」を抑制→形勢逆転ができた
しかし、早期の告訴は行なわなかった
(3)裁判所の判断
以上の事情を元にして、裁判所は恐喝罪は成立しない、と判断しました。
裁判所の判断
しかし、「副次的」な発言にとどまる
これらは”権利実現のために必要な圧力または駈引き”として”社会的に許容される”程度にとどまる
恐喝罪は成立しない
※最高裁昭和62年1月21日(原審東京高裁昭和57年6月28日)
5 恐喝罪の成立を認めた行為
(1)請求行為の内容
一方、同じユーザーユニオン事件において、恐喝罪に該当すると判断された行為をまとめます。
請求行為の内容
あ 請求権の確信→なし
事故原因についての調査・資料の検討が不十分であった
事故原因については考慮しないことを明言した
い 請求・要求の内容
実際に新聞に「欠陥車で鉛中毒」という見出しの記事が掲載された
請求金額が過剰であった(根拠を欠いていた)
う 告知の内容
次のような告知・予告をした
数多くの民事訴訟の提起
国会による調査の対象にする(国会議員に働きかける)
(請求に関係する欠陥とそれ以外の不正について)社長・副社長を背任罪・横領罪で告訴する
新聞社(新聞記者)に公表=大規模に扱ってもらうよう要請する
「交渉が長引くと情報が漏れる」
背任・横領行為について株主総会で問題にする(責任追及する)
運輸省にリコールを要請(アピール)する
アメリカ運輸省にもリコールを要請する
(2)恐喝罪にあたるセリフ
前記の請求行為は恐喝罪が成立することになったのですが(後述)、ここで、具体的にどのようなセリフがあったのか、つまり「過激な発言」とはどのようなものだったのか、ということを整理します。理論的には、威圧的・脅迫的な表現であり、相手方に不当な畏怖を与えること意図(権利行使からの逸脱)の判断材料ということになります。
恐喝罪にあたるセリフ(ユーザーユニオン事件)
「花型車に向つて正面から切り込む。一種のパニック現象が起きると思う。」
「Mは原子爆弾を製造している。どうせ原子爆弾を打つんだから、2、3億わたしの方に譲つて下さいよと言いたい気持は重々あるけれども言えない。そういうことを言うとヤクザ集団みたいになるから、そういうことは言つてはいけないと思う。しかし、それは賢明な企業であれば当然に分析できることである。」
「原子爆弾を打ち上げるのは、新聞・公取・民事訴訟・刑事訴訟の4本立てである。まともに食つたらたまらない。ガボガボと社会面のトップに、おそらく1つの車種について10回や20回は出る。」
「ユーザーユニオンというのは1つの戦闘集団で、野武士の群みたいなものだ。Mなんか蜂須賀小六みたいなもので、槍一筋だからパアーと夜討ちをかけて火をつけることもある。」
(3)メーカーの対応→調査した
以上の欠陥の指摘については、メーカーは調査をした上で、欠陥ではないという反論をしていました。つまり、請求側が欠陥ではない(可能性がある)と知ったはずなのです。
メーカーの対応→調査した
請求者が「これを考慮しない」旨を明言した
(4)裁判所の判断
以上の事情から、裁判所は、恐喝罪が成立する、と判断しました。
裁判所の判断
あ 「信じるについて相当な理由(資料)」
請求権について即断・軽信はあった
損害賠償請求権の存在の「確信」がなかった
請求権を裏付ける相当な資料もなかった
い 「請求する態様としての相当性」を逸脱した
欠陥車攻撃による新聞報道等を恐れている自動車メーカー側の弱味をついた
さまざまな手段による攻撃を明示+暗示した
う 結論
峻烈かつ執拗な脅迫である
「消費者の権利行使」「社会的相当性の範囲」を超越している
恐喝罪が成立する
※最高裁昭和62年1月21日(原審東京高裁昭和57年6月28日)
6 メーカー・マスコミの社会的使命や構造(背景)
ユーザーユニオン事件の判断の背景には、自動車メーカーやマスコミの社会的役割、社会的・産業的な構造についての考慮も含まれていました。
裁判所は、自動車メーカーには製品の安全性について高度な責任があり、欠陥の指摘や批判を受けることはある程度想定内のリスクであるとしました。また、マスコミが疑惑を報道することは社会的使命であり、それによるイメージダウンもメーカーが受忍すべき範囲内の不利益と判断しています。
しかし、それらの事情があっても、根拠のない過大な金銭要求や関係のない不利益を示唆するなど、社会通念上許容される範囲を超えた行為は恐喝罪に該当する、という構造になっているのです。
メーカー・マスコミの社会的使命や構造(背景)
あ メーカーのリスク論
メーカーは、欠陥について権利行使の意図をもって、一定のアクションを予告・告知されることは想定内である
請求行為自体がマスコミを通じて広まり、イメージダウンとなることも想定内である
い マスコミ(新聞)の使命論;キャンペーンの行き過ぎの擁護
自動車メーカーが欠陥車を製造している疑いのある限り、疑惑を報道することは新聞の使命である
“キャンペーンの行過ぎ”があるとしても、公表・批判にさらされることは、メーカーにとって想定内である
う メーカーの責任論
安全性の問題は「疑わしきは罰する」という考え方で取り扱われる必要がある
マスコミの批判・攻撃に対しては、無欠陥性を論証し、疑惑を払拭すべき社会的責任がある
※最高裁昭和62年1月21日(原審東京高裁昭和57年6月28日)
7 ユーザーユニオン事件から学ぶ教訓
ユーザーユニオン事件の判断から、権利行使と恐喝罪の境界線について、以下の教訓を導き出すことができます。
権利行使として適法と認められるためには、権利の存在について相当な根拠や確信が必要です。十分な調査や根拠なく高額な請求を行うことは危険といえます。
請求内容と直接関係のない不利益を示唆することは、特に慎重であるべきです。背任罪・横領罪での告訴など、請求権と関係のない事項を持ち出して圧力をかけることは、恐喝罪に該当するリスクが高まります。
交渉において一定の圧力や駆け引きは許容されますが、「峻烈かつ執拗な脅迫」と判断される行為は避けるべきです。
相手方の反論や説明を無視して一方的に自己の主張を押し通そうとする態度も問題視されます。相手の反論を聞き、合理的な交渉を心がけることが重要です。
本記事では、ユーザーユニオン事件について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に権利行使の方法に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。