謝罪を求めることの限界|法的義務の有無と強要罪・恐喝罪の線
1 謝罪を求めることの限界|法的義務の有無と強要罪・恐喝罪の線
相手方に対して、金銭の支払ではなく謝罪を求める場面は、交渉の実務でよくあります。内容証明郵便の請求項目に「謝罪」を並べることもあります。しかし謝罪は、相手に法律上の義務がないことが多く、義務のないことを求めている以上、刑法223条の強要罪に触れるのではないかという疑問が生じます。
本記事では、謝罪に法的義務が生じる場面はどこか、そして謝罪を求める行為が強要罪・恐喝罪になるのはどの場合かを説明します。
強要罪の構成要件は、別の記事で説明しています。
強要罪(刑法223条)|手段の脅迫・暴行と「義務のないこと」の範囲
2 謝罪の要求が罪になる線(まとめ)
先に全体を示します。謝罪を求めること自体が罪になるわけではありません。
謝罪の要求が罪になる線
あ 謝罪の法的義務(原則)
原則として無い。謝罪は相手の義務ではないのが通常
い 例外(どこで生じるか)
名誉毀損では、裁判所が被害者の請求により名誉を回復するのに適当な処分を命じうる(民法723条)
う 謝罪広告の強制執行(可否)
陳謝の意を表明するに止まる程度のものなら代替作為として強制執行できる。良心の自由の侵害には当たらない
え 求めただけの場合(成否)
手段としての脅迫・暴行がなければ強要罪にならない
お 義務がないのに謝らせた場合(成否)
一律に強要罪とはしない
か 強要罪とされた例(どんな形か)
多衆の威力を背景に脅迫を続け、詫状を書かせて読み上げさせ、3時間余り監禁した事案
き 恐喝にならなかった例(どんな形か)
暴力団員が、医師会への相談や刑事事件化を告げて、暗に金員の支払を伴う謝罪を求めた事案
く 判断の仕方(何を見るか)
言動の1つ1つではなく、交渉場面の全体から見る
3 謝罪の法的義務=原則なし・民法723条の名誉回復措置が例外
謝罪は、相手に求められたからといってしなければならないものではありません。法律が謝罪を義務づけている場面は限られており、その代表が名誉毀損に対する名誉回復措置です。もっとも条文は「名誉を回復するのに適当な処分」と書いていて、謝罪とは書いていません。
名誉毀損における原状回復
他人の名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる。
※民法723条
4 謝罪広告を命ずる判決と憲法19条=最大判昭31.7.4
謝罪広告を命じることが「適当な処分」に当たるか、そしてそれを強制することが良心の自由を侵害しないかが争われた事件があります。最高裁は大法廷で、どちらも肯定しました。
謝罪広告を命じうる=陳謝の表明に止まる程度なら代替作為として強制執行可
民法七二三条にいわゆる「他人の名誉を毀損した者に対して被害者の名誉を回復するに適当な処分」として謝罪広告を新聞紙等に掲載すべきことを加害者に命ずることは、従来学説判例の肯認するところであり、また謝罪広告を新聞紙等に掲載することは我国民生活の実際においても行われているのである。尤も謝罪広告を命ずる判決にもその内容上、これを新聞紙に掲載することが謝罪者の意思決定に委ねるを相当とし、これを命ずる場合の執行も債務者の意思のみに係る不代替作為として民訴七三四条に基き間接強制によるを相当とするものもあるべく、時にはこれを強制することが債務者の人格を無視し著しくその名誉を毀損し意思決定の自由乃至良心の自由を不当に制限することとなり、いわゆる強制執行に適さない場合に該当することもありうるであろうけれど、単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するに止まる程度のものにあつては、これが強制執行も代替作為として民訴七三三条の手続によることを得るものといわなければならない。
※最高裁判所 1956-07-04 最高裁判所民事判例集10巻7号785頁/裁判所時報211号4頁/判例タイムズ62号83頁/判例時報80号3頁
ただし、どの謝罪広告でも強制できるわけではありません。強制することが人格を無視し著しく名誉を毀損する場合は、強制執行に適さないとされています。本件で命じられたのは、公表した事実が虚偽かつ不当であったことを広報機関を通じて発表する内容のものでした。
陳謝の意を表明する程度の謝罪広告=良心の自由の侵害でなく723条の適当な処分
されば少くともこの種の謝罪広告を新聞紙に掲載すべきことを命ずる原判決は、上告人に屈辱的若くは苦役的労苦を科し、又は上告人の有する倫理的な意思、良心の自由を侵害することを要求するものとは解せられないし、また民法七二三条にいわゆる適当な処分というべきであるから所論は採用できない。
※最高裁判所 1956-07-04 最高裁判所民事判例集10巻7号785頁/裁判所時報211号4頁/判例タイムズ62号83頁/判例時報80号3頁
5 手段に脅迫・暴行がなければ強要罪にならない(概要)
強要罪は、手段として脅迫または暴行があり、かつ結果として義務のないことを行わせたことを要します。謝罪を求める行為を考えるときも、まず手段を見ることになります。求めただけであれば、求めた内容に相手の義務がなくても構成要件に触れません。構成要件の全体は、別の記事で説明しています。
強要罪(刑法223条)|手段の脅迫・暴行と「義務のないこと」の範囲
6 「謝るのが相当な場合」の強制=一律に強要罪とはしない
では、手段に脅迫があったとして、求めた内容が謝罪であれば常に「義務のないこと」になるのでしょうか。文献は、まさに謝罪を例に挙げて、これを否定しています。どこで処罰を絞るかという規範は、別の記事で説明しています。
強要罪(刑法223条)|手段の脅迫・暴行と「義務のないこと」の範囲
法律上の謝罪義務がない場合に謝らせた行為を一律に強要罪とはしない
「法律上の謝罪義務はないが謝るのが相当な場合」に謝らせた行為を、「法的義務がない行為をさせた」として、すべて強要罪に当たるとするのは妥当ではない.
※前田雅英著『刑法各論講義 第7版』東京大学出版会2020年 1月p82
7 詫状を書かせた強要=労組法の正当行為にならない(最判昭34.4.28)
他方で、謝罪を取る行為が強要罪とされた事案もあります。労働争議の場面で、巡査部長に詫状を書かせた事件です。労働組合法1条2項は、同条1項の目的を達成するためにした正当な行為について刑法35条を適用すると定めています。
正当行為
法令又は正当な業務による行為は、罰しない。
※刑法35条
最高裁は、この事案について正当行為とは言えないとしました。多衆の威力を背景にした脅迫が続き、詫状を書かせたうえ読み上げさせ、さらに3時間余り監禁した経過が認定されています。
詫状を書かせ読み上げさせた所為=労組法1条1項の正当行為ではない
スト支援者が会社の構内において争議中の労組員ら6、70名と共謀し、たまたま5・30記念大会視察中の巡査部長を取り囲み、多衆の威力を背景にして身体または自由に対し危害を加えかねまじき気勢を示して脅迫を続け、取り上げた警察手帳を読み上げたりした上強要して詫状を書かせ、これを参集者に向つて読み上げさせた後、強いてデモ隊の中央附近に引き入れてスクラムを組み、その脱出を不可能にして同所より警察署前まで連行し、3時間余り同巡査部長を不法に監禁した所為は、労働組合法第1条第1項の目的達成のためにした正当行為ということはできない。
※最高裁判所 1959-04-28 最高裁判所刑事判例集13巻4号466頁/最高裁判所裁判集刑事129号541頁
8 謝罪と金員の要求=恐喝に当たらない(新潟地判平3.3.20)
逆に、謝罪と金員の支払を求めながら、恐喝罪の脅迫行為には当たらないとされた事案もあります。
医師会への相談・刑事事件化を告げて謝罪を求めた行為=恐喝行為に当たらない
暴力団員が、入院中に暴力を振るった医師に対し、医師会に相談したとか刑事事件になるなどと申し向けて、暗に金員の支払いを伴う謝罪を求めたことが、恐喝行為に当たらないとされた事例
※新潟地方裁判所 1991-03-20 判例タイムズ755号226頁
裁判所は、言動の1つ1つを取り上げれば非難に値するものがあるとしながら、それは相手方の応対の仕方に原因を求めることができるとして、交渉場面の全体から見れば違法な脅迫行為とは言えないとしました。相手方が警察官を近くに待機させ録音もしていたという客観的な事情も、あわせて考慮されています。
恐喝罪の構成要件は、別の記事で説明しています。
恐喝罪(刑法249条)の総合的解説(構成要件・判例・他罪との関係など)
交渉場面の全体から見て違法な脅迫行為とは言えない=恐喝罪の脅迫に該当せず
当裁判所としては、乙川被告らの言動は、被害者に対し、かなり古くなった出来事を持ち出して、執拗に謝罪を迫ったり、或いは、複数の人数で押しかけるなどの点で穏当を欠くものであったとは言えるものの、前認定にかかる被害者の乙川被告に対する殴打状況やこれに不満を訴える乙川被告に対する被害者の対応のまずさ(これらは、乙川被告の入院中の行状が余りにひどかったため、被害者としては、窮余の一策として、乙川被告を殴打するという荒療治に出てみたわけであるが、その方法が必ずしも当を得たものではなかったため、これに不満を持つ乙川被告から追及を受けるところとなり、被害者としては、乙川被告が暴力団員であることを知っており、覚せい剤常用者かも知れないと考えたがために、乙川被告に対して適切な対応がとれなくなったのであるが、これは一般社会人としてやむを得ないところがあり、一概に被害者のみを責めるわけにはいかない。)などからすると、傷害件で検挙・服役を重ねさせられてきた乙川被告が、再度、謝罪を求めて被害者と交渉しようとしたこともあながち不当な行動として非難するわけにもいかず、前述のとおり、被害者の乙川被告に対する殴打行為が正当な医療行為の範囲内とは言い難いことからすると、被害者としては乙川被告との交渉に応ずるべきであり、その交渉の中で、乙川被告らの言動の一つ一つを取り上げると、そこに非難に値するものが見いだせるにせよ、それは被害者の応対の仕方に原因を求めることができるのであって、乙川被告らの右の言動は、その交渉場面の全体からみれば、これを違法な脅迫行為として捕らえることが困難であり、右交渉に際して、被害者側では、有事に備えて警察官を近くに待機させたうえ、録音機を忍ばせて密かに乙川被告らの言動を録音しており、被害者と一緒に病院の事務次長も立ち会い、乙川被告らが暴れても大丈夫なように器具類等も片付けて、万全の体勢を整えているなどの前認定の客観的事実関係を併せ考えると、乙川被告らの言動が、被害者を困惑させるものであったにせよ、これをもって恐喝罪にいう脅迫行為に該当するとは認め難いのである。
※新潟地方裁判所 1991-03-20 判例タイムズ755号226頁
9 おわりに
謝罪を求めること自体は、相手にその義務がなくても違法ではありません。線を引くのは手段です。脅迫や暴行を用いたかどうかで、まず分かれます。そのうえで、謝罪に法的義務が生じる場面があること、義務がない場合に謝らせたことを一律に強要罪とはしないことが、判断の幅をつくっています。
権利の行使を予告することが脅迫・恐喝になる線は、別の記事で説明しています。
権利行使と脅迫罪・恐喝罪の区別・判断基準(正当な行為と犯罪の境界線)
圧迫を受けてした意思表示が私法上どう扱われるかは、別の記事で説明しています。
退職の強要と意思表示(退職届)の無効(全体・判断基準・紛争予防)
本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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