【ライフライン設置権の全体像(トラブル具体例・民法改正・提訴の形式・合意の形式)】

1 ライフライン設置権の全体像(トラブル具体例・民法改正・提訴の形式・合意の形式)

住宅には上下水道や電気、ガスといったライフラインが必須です。ただ、土地の位置関係によっては、ライフラインの配管を他人所有の土地に通す必要がでてくることがあります。いわゆる導管袋地です。このような場合、ライフラインを設置することが権利として認められます。
公道に接しない土地の所有者は、周囲の土地を通行する権利が認められるルールがあります。
詳しくはこちら|公道に接しない土地の所有者は周囲の土地を通行できる(囲繞地通行権)
これのライフライン版といえます。ルールも似ていますが違いもあります。
本記事ではライフライン設置権の基本的事項を横断的に説明します。

2 ライフライン設置権を活用する状況の具体例

(1)ライフライン設置権(新設)を活用する状況の例

他人の土地にライフラインを設置することが必要な状況では、ライフラインの設置を受忍する(許容する)ことを請求することが認められます。

ライフライン設置権(新設)を活用する状況の例

Aの自宅は、周囲が私道や隣家の敷地となっていて、公道に直接接していない
上下水道を通すためには、他人B、Cの所有地の地下を利用せざるを得ない
しかし、周囲の土地所有者B、Cが認めてくれない
「掘削承諾書」に調印してくれない
上下水道の設置はできないのか

(2)ライフライン設置権(既存設備利用)を活用する状況の例

次に、すでに他人所有の土地に(他人所有の)配管がある場合、その配管を利用する(配管を追加させてもらう)ことで足りるケースもあります。状況によっては、このような他人所有の既存配管を利用することが権利として認められます。

ライフライン設置権(既存設備利用)を活用する状況の例

私の自宅は、周囲が私道や隣家の敷地となっていて、公道に直接接していない
上下水道を通すためには、他人の所有地の地下を利用せざるを得ない
隣地Aには、上下水道の設備が通っている
しかし、隣地Aの所有者は認めてくれない
隣地Aに既にある設備に接続する形で私の自宅に上下水道を延長することはできないのか

3 ライフライン設置権の法的根拠(平成29年改正前)

(1)ライフライン設置の権利を認めた判例

平成29年の民法改正までは、ライフライン設置権が民法上の条文にはなっていませんでした。ただし、解釈によってライフライン設置権が認められていました。最高裁判例も下級審裁判例も認めていました。

ライフライン設置の権利を認めた判例

『囲繞地』所有者には『ライフラインの設置を許容する義務』がある
※下水道法10条、11条
※民法209条、210条、211条、220条、221条類推
※最高裁平成5年9月24日
※東京地裁平成4年4月28日
※福岡高裁平成3年1月30日
※東京地裁平成3年1月29日

(2)関連する条文

平成29年の民法改正前は、解釈よってライフライン設置権を認めていましたが、その解釈にはいくつかのバリエーションがありました。具体的には、関連する法令の条文を使う(類推適用する)のですが、どれを使うか、についてはバラツキがありました。ただ、結論(ライフライン設置権が認められる)には影響するものではありません。

関連する条文

条文 規定上の対象 下水道法10条、11条 公共下水道の供用が開始された場合 民法209条、210条、211条 対象=通行権 民法220条、221条 対象=高低差がある土地、排水のみ

4 既存のライフライン設備の利用権(平成29年改正前)

ライフライン設置権の中身として、前述の配管を新たに設置する(掘削と設置を受け入れることを請求する)とは別に、既存の配管を利用する(使わせることを請求する)ものもあります。これも判例が認めています。

既存のライフライン設備の利用権

あ 条件

既存の給排水設備を、袋地の給排水のために使用することが、他の方法に比べて合理的である場合、設備の利用権が認められることがある

い 裁判所の判断

ア 利用権 当該給排水設備の利用が認められる
イ 費用負担 設置やメンテナンスの費用について
→囲繞地所有者は袋地所有者に分担を請求できる
※民法220条、221条2項類推
※最判平成14年10月15日

5 平成29年民法改正によるライフライン設置権の明文化

平成29年の民法改正で、ライフライン設置権(新設、既存設備の利用)が条文として明文化しました。以上で説明した、判例などの解釈が条文になったものです。実質的に、具体的なルール自体が変わったというものではありません。

6 ライフライン設置権の権利濫用→違反がひどい場合は配管設置不可

ライフライン設置権は、他人の土地を使うので、使わせる側からすれば負担になります。そこで無条件に認めるわけではなく、特殊事情があるケースでは例外的に否定されることもあります。
具体例として、違法建築の住宅への下水道の配管のためのライフライン設置権が主張されたケースで、権利濫用として、ライフラインの設置を認めなかった最高裁判例があります。この判例では、自治体の施工停止命令を無視した(建築を強行した)点が重視されています。
詳しくはこちら|ライフライン設置権が権利の濫用となった判例(最判平成5年9月24日)

7 ライフライン設置権の訴訟の形式(承諾請求・確認請求・妨害排除請求)

(1)訴訟提起の時の「請求内容」を迷う状況

ライフライン設置権について話し合いで解決しない場合は、裁判所の判決を取得して工事を進めることになります。ここで、訴状に記載する請求権の内容(種類)が問題となります。役所に提出する「承諾書」の代わりとなるものなので「承諾請求」という発想が出てきます。

訴訟提起の時の「請求内容」を迷う状況

私の自宅は、周囲が私道や隣家の敷地となっていて、公道に直接接していない
上下水道を通すためには、囲繞地の所有地の地下を利用せざるを得ない
囲繞地所有者が設置工事を認めてくれない
訴訟によって裁判所に認めてもらうしかない状態である
ところで、設置工事をする場合には、役所に、掘削対象土地所有者の「掘削承諾書」を出す必要がある
訴訟の請求内容は「承諾請求」にすべきか

(2)訴訟の形式(承諾請求・確認請求・妨害排除請求)の理論的解釈

前述の「承諾請求権」は、純粋な法的理論としては成り立ちません。理論的には「妨害排除請求」や「確認請求」となるはずです。ただし、実務では柔軟に対応しています。つまり「承諾請求」を裁判所が認めることもあります。

訴訟の形式(承諾請求・確認請求・妨害排除請求)の理論的解釈

あ 請求権=訴訟物の特定の必要性

提訴の際は請求権を特定、明記する必要がある

い 『掘削承諾書』の性質

ライフライン設置については、役所の手続上『承諾書』が要求される
『承諾書』の承諾は、法的なものではなく、俗称に過ぎない

う 請求権の内容

ア 理論・原則論 『承諾』は登記申請などの『意思表示の擬制』のみである
『掘削承諾』は『意思表示の擬制』ではない
→理論的には確認請求or妨害排除請求が正しい
※長岡簡判昭和42年5月17日
※民事執行法177条(意思表示の擬制)参照
※不動産登記法63条1項(登記申請の意思表示擬制)参照
イ 実務の傾向 最近は実務上、承諾請求も認められる傾向がある

民事執行法177条(意思表示の擬制)については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|判決による意思表示の擬制(意思表示の強制執行・民事執行法177条)

(3)訴訟の形式(承諾・妨害排除・確認)のまとめ

以上のように、ライフライン設置権の提訴における形式(請求権)は3種類あり、実務ではいずれも認められています。最後に表にしてまとめておきます。

訴訟の形式(承諾・妨害排除・確認)のまとめ

請求権の種類 具体的内容 理論 実務 承諾請求 ライフライン設置を『承諾』する 確認請求 ライフライン設置の権利の存在の確認を求める 妨害排除請求 ライフライン設置業務を妨害することを防止する

8 ライフライン設置権の解決の所要期間・コスト

ライフライン設置権に関する訴訟は、訴訟一般の中では軽い方です。もちろん事案によっては、ライフラインが認められるかどうか、認められる場合に、具体的にどの位置や方法で配管(埋設)をするべきか、といことについての審理が難しいため長期化する、ということもあります。所要期間・コストなどの実務的、平均的な傾向をまとめます。

ライフライン設置権の解決の所要期間・コスト

あ 典型例

権利関係で他の所有者・共有者から『反対』されるケースが多い

い 解決の見通し|概要

現況で通行している状況があれば比較的早期・低コストで解決可能

う 実例

掘削承諾書への調印拒否
→提訴
→2〜3か月で和解・10万円だけの和解金
→現実に建築作業が再開→完成した

9 合意によるライフライン設置権の設定→地役権・区分地上権・単なる承諾など

以上の説明は、ライフラインの設置について当事者間に合意・契約がない場合が前提です。この点、ライフライン設置について合意があれば、当然スムーズに埋設作業を進められます。
合意する場合には、その内容としてバリエーションがあります。配管を設置する権利として、地役権区分地上権を設定する方法があり、これらの場合、登記することで記録としてより確実になります。逆に、登記を変えることを避けるために、(単なる)掘削や配管設置の承諾にとどめることもあります。
「地下の賃貸借契約」という発想もありますが、賃貸借は引渡(占有移転)を伴う場合の契約です。ライフライン設置はこれにあたりません。「賃貸借契約」として締結した場合は、賃貸借に準じる契約ということになります。
詳しくはこちら|賃貸借の対象物(目的たる物)

10 関連テーマ

(1)不動産売買における上下水埋設不備トラブル

たとえば、土地の売買の後から、埋設管が理由で建築確認が下りない、というケースもあります。この場合売買契約の解除が認められることや、(契約は維持して)売主や仲介業者の損害賠償責任が認められることがあります。
詳しくはこちら|土地売買後の上下水道の容量不足発覚によるトラブル

参考情報

安藤一郎『現代裁判法体系5 私道・境界』新日本法規出版

本記事では、ライフライン設置権の全体像について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に上下水道や電気、ガスなどの配管に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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