【賃借権譲渡・転貸禁止(民法612条)の趣旨と制限の理論】

1 賃借権譲渡・転貸禁止(民法612条)の趣旨と制限の理論
2 賃借権譲渡・転貸の禁止と解除の規定
3 民法612条の趣旨
4 民法612条を緩和する社会的背景
5 民法612条の解除を制限する解釈(背信行為論)
6 賃借権譲渡・転貸を禁止する特約の有効性(概要)

1 賃借権譲渡・転貸禁止(民法612条)の趣旨と制限の理論

賃貸借契約において,賃貸人に無断で賃借権の譲渡や転貸をすることは民法612条で禁止され,解除できることとなっています。しかし,この解除は大きく制限されています。
詳しくはこちら|無断転貸・賃借権譲渡による解除の制限(背信行為論)
実際のケースで解除が有効かどうかを主張する上で,解除を制限する理論面が役立つことがあります。解除を制限する理由を理解するためには,そもそも禁止される趣旨を把握する必要があります。
本記事では,賃借権譲渡・転貸を禁止する趣旨と,解除を制限する理論の内容を説明します。

2 賃借権譲渡・転貸の禁止と解除の規定

最初に,賃借権の譲渡と転貸を禁止し,違反があった場合には解除を認める条文を押さえておきます。

<賃借権譲渡・転貸の禁止と解除の規定>

あ 民法612条1項

賃借人は,賃貸人の承諾を得なければ,その賃借権を譲り渡し,又は賃借物を転貸することができない。
※民法612条1項

い 民法612条2項

賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは,賃貸人は,契約の解除をすることができる。
※民法612条2項

3 民法612条の趣旨

賃借権譲渡と転貸を禁止する理由は,もともと賃貸借契約では,賃貸人が賃借人を信用することで初めて契約を締結する(貸す)という特徴にあります。逆にいえば,無断で別の者に目的物を使わせることは信頼を裏切るといえるのです。

<民法612条の趣旨>

あ 昭和4年判例

凡ソ賃貸借ナルモノハ賃借人ソノ人ニ対スル信用ニ基キテ成立スルモノナルカ故ニ賃借人ニ於テ擅ニ他人ヲシテ賃借物ヲ使用セシムルコトハ此ノ契約ノ本質上之ヲ認ム可カラサルヲ以テ・・・
※大判昭和4年6月19日

い 昭和28年判例

元来民法612条は,賃貸借が当事者の個人的信頼を基礎とする継続的法律関係であることにかんがみ,賃借人は賃貸人の承諾がなければ第三者に賃借権を譲渡し又は転貸することを得ないものとすると同時に,賃借人がもし賃貸人の承諾なくして第三者をして賃借物の使用収益を為さしめたときは,賃貸借関係を継続するに堪えない背信的所為があつたものとして,賃貸人において一方的に賃貸借関係を終止せしめ得ることを規定したものと解すべきである。
※最判昭和28年9月25日

4 民法612条を緩和する社会的背景

民法612条が作られた時代では,前述の趣旨のように,所有者が誰に使わせるかを選べることを強く保護していました。しかし,その後の時代の変化で,このような所有者の完全な自由は妥当ではないという考えが出てきました。
これが,判例が民法612条の解除を制限する解釈を採用することにつながっています。

<民法612条を緩和する社会的背景>

あ 社会的背景

・・・生起可能性の増大する賃借権譲渡・転貸に一定の法的保護を与えることは,それぞれの意味において,資本制経済=社会の一課題となるのであり,それと矛盾するかぎりにおいて,おそかれ早かれ,何らかの仕方で賃借権譲渡・転貸を賃貸人の個人的恣意から解放することが要請されるに至る。
他方,それぞれの領域における不動産利用関係の近代的契約関係への転化によって,こうした要請にこたえることを可能にする地盤も培われるはずである。
賃借権譲渡・転貸に一定の制限を加えることが積極的に妥当視される場合にも,その制限を賃貸人の個人的恣意にゆだねる(たとえば,「自分ノ嫌ヒナ人間」へは譲渡させぬ「顔付ガ気ニ入ラヌカラ貸サヌ〔賃借権を譲渡させぬ〕ト云フコトサヘモ出来ル」―広中俊雄・農地立法史研究上巻〔昭52〕45所引の小作制度調査委員会特別委員会における横井時敬発言)ことは妥当視されなくならざるをえない
以上のようにして,本条に対する何らかの修正が必然となる。

い 特別法の立法との関係

小作関係については,特別法上の立法措置が問題を解消した(農地調整法,農地法)。
これに対し,借地関係および借家関係については特別法上の立法措置(借地関係に関する借地法10条,罹災都市借地借家臨時処理法4条,借地法9条ノ2~9条ノ4のようなもの)が問題を解消するに至っておらず,一般的な判例上の修正が問題を処理してきている。
※幾代ほか編『新版 注釈民法(15)債権(6)増補版(復刻版)』有斐閣2011年p271

5 民法612条の解除を制限する解釈(背信行為論)

昭和28年判例が,民法612条の解除を制限する解釈を採用しました。それ以前から下級審裁判例が採用していたものを初めて最高裁として採用したのです。
その後,現在に至るまで,この解釈は定着しています。

<民法612条の解除を制限する解釈(背信行為論)>

あ 昭和28年判例

(民法612条の趣旨から)
賃借人が賃貸人の承諾なく第三者をして賃借物の使用収益を為さしめた場合においても,賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情がある場合においては,同条の解除権は発生しないものと解するを相当とする。
※最判昭和28年9月25日

い 理論の枠組み

民法612条2項の立法趣旨自体からその適用には自ら制約があるべきだとする理論に拠つたものである(原審の判断を支持した)
※『判例タイムズ34号』p45〜

う 理論の確立

昭和28年判例(あ)で初めて判示されて以来,現在では判例・通説上確立された原則となっている
※『判例タイムズ1315号』 79頁

6 賃借権譲渡・転貸を禁止する特約の有効性(概要)

以上のように,民法612条の解除は大きく制限されていますので,特約として解除できる状況を広く設定しておく,という発想が出てきます。しかし,判例が採用した解除の制限を弱める(解除しやすくする)特約は,無効となる傾向が強いです。これについては別の記事の中で説明しています。
詳しくはこちら|無断転貸・賃借権譲渡による解除の制限(背信行為論)

本記事では,賃借権譲渡と転貸が禁止される趣旨と,これらを理由とする解除の制限の理論的な内容を説明しました。
実際には,個別的事情によって,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に賃貸借契約における賃借人の変更やそれに伴う解除の問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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