【共有持分を取得した者による滌除の可否(平成9年判例=否定説)】

1 共有持分を取得した者による滌除の可否(平成9年判例=否定説)
2 共有持分を取得した者による滌除の可否(全体)
3 共有持分のみの滌除を認める裁判例・学説
4 共有持分のみの滌除を認めない裁判例・学説
5 共有持分のみの滌除を否定した最高裁判例
6 共有持分を取得した者による抵当権消滅請求の可否
7 共有持分を対象とする抵当権の滌除(参考)

1 共有持分を取得した者による滌除の可否(平成9年判例=否定説)

抵当権が設定された不動産を取得した者は,以前は滌除をすることができました。
詳しくはこちら|滌除(平成15年改正民法施行前)の基本(第三取得者の主張・抵当権者の対応)
この点,抵当権が設定された不動産の共有持分を取得した者が,当該取得した共有持分を対象とする滌除を行うことができるかどうかについては,以前は解釈が分かれており,平成9年判例で否定説に統一されました。本記事ではこの解釈論について説明します。

2 共有持分を取得した者による滌除の可否(全体)

本記事で説明する解釈論の前提となる事情は,不動産の全体に抵当権が設定され,その後,共有持分(のみ)を取得した者が現れたというものです。以下,この事情を前提とする解釈を説明します。

<共有持分を取得した者による滌除の可否(全体)>

あ 前提事情

不動産全体に抵当権が設定されていた
Aが不動産の共有持分を取得した
Aが抵当権者に(共有持分のみを対象とする)滌除を主張した

い 解釈(概要)

抵当不動産の共有持分を取得した者(A)が,当該持分のみについて滌除権を行使することについて
肯定する見解と否定する見解があった
平成9年判例が否定説をとり,見解は統一された

3 共有持分のみの滌除を認める裁判例・学説

共有持分のみを対象とする滌除を認めるかどうかは,条文の規定だけからは判明しません。つまり条文からは否定されていません。それ以外の実質的な利害からも,これを認める学説(肯定説)が複数存在し,また,肯定説をとる裁判例もありました。

<共有持分のみの滌除を認める裁判例・学説>

あ 肯定説をとる裁判例

抵当不動産の持分を取得した者(共有者)が,当該持分のみにつき滌除権を行使することを認める
※東京高裁平成元年11月15日(※1)
※東京高裁平成5年5月9日(平成9年判例の原審)

い 肯定説の理由・学説

ア 形式面 滌除権の行使を共有者全員が共同で行うことが必要であるとする明文の規定はない
共有持分のみについての滌除を一律に否定する合理的な根拠は見いだし難い
イ 共有の性質論 共有とは,複数の持分権者が各1個の所有権を持ち,その各所有権が複数の持分割合で制限された状態を意味する
共有持分権者の地位と単独所有権者の地位は同質である
ウ 共同抵当・分筆の扱いとの整合性 共同抵当の目的不動産の1個について,または分筆によって事後的な共同抵当となった不動産の1筆について,滌除ができることは問題がない→共有持分のみを特別扱いする理由はない
抵当権不動産が数人の共有になった場合には,事後的に各共有持分数個についての一種の共同抵当になったものとみることができる
エ 不可分性(否定) 持分に応じた共有物に対する滌除権を不可分的な性質を有する権利とみる特段の根拠はない
抵当権の不可分性は,目的物を構成する個々の物件を個別に処分したり,担保権を実行できないことを意味するものではない
共有持分自体を抵当権の目的とすることが許されるなど,共有持分はそれ自体, 一個の独立した物件として扱われているのであって,単独所有の不動産と変わるところはない
オ 抵当権の内在リスク 抵当権が滌除制度を伴う権利であり,抵当権者は,目的不動産が譲渡され,滌除されるというリスクを覚悟すべきである
カ 濫用への配慮 問題のある事例は,個別に権利濫用の法理で否定すれば足りる
※田中昌利『最高裁判所判例解説 民事篇 平成9年度』p684,685
※荒木新五『抵当不動産の共有持分取得者による当該持分についてのみの滌除の可否』/『判例タイムズ727号』p25〜
※玉田弘毅『抵当不動産の共有持分取得者による抵当権の滌除』/『私法判例リマークス2号』1991年p40
※新関輝夫『共有持分権の取得者による滌除の可否』/『ジュリスト担保法の判例』p120

4 共有持分のみの滌除を認めない裁判例・学説

共有持分のみを対象とする滌除を認めると,いろいろな点で不合理な結果が生じます。そこで,これを認めない学説(否定説)が複数存在し,また,否定説をとる裁判例もありました。

<共有持分のみの滌除を認めない裁判例・学説>

あ 否定説をとる裁判例

抵当不動産の持分を取得た者(共有者)が,当該持分のみにつき滌除権を行使することを認めない
※東京地裁平成元年8月1日(7月31日)(否定説と見られる・前記※1の原審)
※東京地裁平成2年9月1日
※東京地裁平成3年12月9日

い 否定説の理由・学説

ア 肯定説の不合理性 抵当権者は,滌除の通知ごとに何回も増価競売をもって対応しなければならない
細分化された共有持分権価格を合算しても1個の不動産価格からかなり低額となり,抵当権者が当初把握した担保価値が毀損される
分筆の場合より持分分割の場合の方が抵当権者を害する危険性が高い
各持分権者から同時に滌除の通知があり,その申出額の合計が合理的である場合の抵当権者の対応も問題となる
抵当権の存在を知りながらあえて持分権を譲り受けた共有持分権者を保護する必要性は小さい
イ 不可分性 滌除は,抵当権者が抵当権を取得した不可分一体の1つの不動産について,完全に抵当権を消滅させる効果をもたらすものである
共有持分権のみの滌除を肯定することは,結果的に 一部弁済による抵当権の一部消滅を認めることと同じになり,抵当権の不可分性を実質的に害することになる
※道垣内弘人『共有持分権者による抵当権の滌除』/『金融法務事情1258号』p46
※志賀剛一『共有持分のみの滌除の有効性』/『NBL451号』p24
※志賀剛一『共有持分のみの滌除の有効性についての再論』/『金融法務事情1289号』p4
※生熊長幸『不動産の共有持分を取得した者はその持分についてのみ抵当権の滌除をすることができるか』/『判例評論377号』p41
※生熊長幸『共有持分権者からの滌除請求』/『銀行法務21 511号』p64
※浦野雄幸『最近執行 ・倒産事情(下)/『NBL463号』p52
※高木多喜男『共有持分に基づく滌除の可否』/『金融法務事情1304号』p36
※石田喜久夫『不動産の共有持分取得者による持分についてのみの抵当権の滌除』/『手形研究452号』p4
※田中昌利『最高裁判所判例解説 民事篇 平成9年度』p686参照

5 共有持分のみの滌除を否定した最高裁判例

以上のように,肯定説と否定説に分かれていましたが,平成9年に最高裁は否定説を採用し,実務での解釈は統一されました。

<共有持分のみの滌除を否定した最高裁判例(※2)

あ 結論

抵当不動産の持分を取得た者(共有者)が,当該持分のみにつき滌除権を行使することを認めない
従前の見解を否定説に統一することとなった

い 判決文引用

一個の不動産の全体を目的とする抵当権が設定されている場合において、右抵当不動産の共有持分を取得した第三者が抵当権の滌除をすることは、許されないものと解するのが相当である。
けだし、滌除は、抵当権者に対して抵当不動産の適正な交換価値に相当する金員の取得を確保させつつ、抵当不動産の第三取得者に対して抵当権を消滅させる権能を与えることにより、両者の利害の調和を図ろうとする制度であると解されるところ、右の場合に共有持分の第三取得者による滌除が許されるとすれば、抵当権者が一個の不動産の全体について一体として把握している交換価値が分断され、分断された交換価値を合算しても一体として把握された交換価値には及ばず、抵当権者を害するのが通常であって、滌除制度の趣旨に反する結果をもたらすからである。
※最高裁平成9年6月5日

6 共有持分を取得した者による抵当権消滅請求の可否

ところで,現在では滌除の制度自体が廃止され,これに代わって抵当権消滅請求の制度が導入されています。これら2つの制度には違いもありますが,同質のものといえます。そのため,平成9年判例は,抵当権消滅請求にもあてはまるという指摘がなされています。

<共有持分を取得した者による抵当権消滅請求の可否>

あ 法改正

現在は滌除の制度は廃止されている
代わりに抵当権消滅請求が導入されている

い 滌除に関する判例理論

平成9年判例(前記※2)の理論について
→抵当権消滅請求についても妥当するであろう
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法−総則・物権・債権−』日本評論社2019年p617
※『論点体系判例民法2物権』第一法規p292

7 共有持分を対象とする抵当権の滌除(参考)

以上で説明した解釈は,最初に不動産の全体に抵当権が設定されたということが前提となっています。この点,共有持分を対象として抵当権が設定されたケースでは,その後当該共有持分を取得した者が滌除権を行使することは可能です。解釈の問題すら生じません。一応指摘しておきます。

<共有持分を対象とする抵当権の滌除(参考)>

共有持分に抵当権が設定されている場合
→共有持分の第三取得者による滌除は可能である
※東京地裁平成3年12月9日

本記事では,抵当権が設定された不動産の共有持分を取得した者が,当該取得した共有持分を対象とする滌除を行うことができるかどうかについて説明しました。
実際には個別的な事情により,結論(解釈)や最適な対応方法が違ってくることもあります。
実際に抵当権や共有に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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